ロルスの鍵

ふゆのこみち

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奪還編

Lv.80 秘匿

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「はぁ?」
「だから、ずっと居たよ。僕」
「ずっと・・・?」

 弟のキサラは、隠し事がこの上なく上手いらしかった。半成・・・タスラを拾ってきたのはつい最近だと思っていたのに、実は俺が気付かなかっただけで「ずっと」居たのである。これは馬車の中で聞いた。偶然見つけたから観念して「最近」出会ったことにしただけで、こちらが見つけていなければ旅立つその日まで俺はタスラの存在を知らなかっただろう。

と、いうのもだ。
キサラが文字の読み書きを出来ると知って、魔女が軽い気持ちで仕事を紹介した。

 商会であったり貴族であったり、金になる仕事を回してくれる相手が付いて、定期的に多めの収入が入るようになったのである。半成を二人養えるだけの余裕はこれで確保された。それでもアイツは忙しそうに働いてたのを知っている。何故か常にギリギリのやりくりだったことを疑問に思っていたが・・・アイツは図書館にも通っていたのだ、本を読むのには金が要る。仕事の関係でいくらか都合してもらったこともあるようだが基本的には自腹だ。

 そこまでして何を読んでたのかと言えば植物の育て方であったり、ちょっとした動物の生態であったりだ。妖精のことについても調べていたようだがそれは置いておこう。
 人間と同じだと思って与えても半成にとっては毒であることもあると知って、食べ物に気を付ける為、それから食用植物の栽培や薬草採取を自分で行う為に、であったり。
 必要な知識を得るには金が要る。古くなった本を新しく写本したり、代筆業で得た高額の報酬はほとんどが知識のために消えたようだ。

 片や俺は家の維持の為に自分でこういうのもなんだが、たくさん働いた。父と母が遺した家、それから小屋。普通に考えて子供が所有出来るだけのそれではなかったが、これは俺のわがままだ。まだ幼い弟が自分から出て行くまでは手放したくなかった。取り上げるような形で家から出したくはなかったのだ。

 村の大人からいくらか生活費の援助をされていたが、そのせいでキサラがいじめられていることを知ってからすっぱり援助は断って、それまでの借りは少しずつだったが返した。言う程簡単なことじゃなかったが、寝る間も惜しんで仕事の最中にすら別の仕事をこなしていればなんとか、ギリギリで生活出来た。
どれだけの種類をこなしたかなんて覚えてないが、掛け持ちなんて当たり前だ。

 キサラが魔女の紹介で働き始めても、俺はキサラから一切金は受け取らなかった。かっこつけたかったってのが一番、あとは、自由に使えばいいと思ったからだ。シーラに関して俺は関わらなかったから、そちらに回すだろうと考えていた。
 キサラに与えられる報酬がある程度安定して余裕があることを知って(当時タスラまで抱えてるとは知らなかった)やっと肩の力が抜けた。今思えばタスラのことは、言わなかったのではなく言えなかったのだと思う。

 俺は兵士になりたかった。気持ち的に余裕が出来ると無理をしなくても効率よく稼ぐ方法が見えて来る。勿論贅沢をする程の報酬を求めたわけではなく、家の維持と自分の生活費が賄える分があれば充分だ。それ程無理なことではなかった。
 気が付けば仕事の合間を見て、訓練に参加出来る程になっていた。腕っぷしがよければそれだけ稼げる。護衛系、用心棒の仕事をもらうこともあった。懐に余裕が出来ると掛け持ちの数も減っていき、村を出る前には仕事先は二つになっていた。
・・・周囲には何故か遊んでいると思われてたらしいが。


そんな日々の中でタスラの存在を知ったときは衝撃的だった。まだこれ以上抱え込む気なのかと。勿論こちらからも手助けをするつもりではあったが、だからというか、タスラを匿っていたこと以上に大きな隠し事をしているなんて考えたくもなかった。なかったんだが・・・。

「この盗人!」

一体アイツは何を隠してたんだ?

「おい聞いてるのか盗人め、これを一体どこで手に入れた!」
「いや、弟が持ってた」
「弟ぉ?はっは、笑わせるな。確かにレイルより老けているようだが奴に兄は居なかったぞ、人族」
「レイル?」
「私がこれを渡したのはレイルだ。それともその弟という者が盗んだのか?」
「・・・レイルは、俺の父だ」
「ほ?!」

 俺が預言者の弟子、魔術師のファリオンって男を追って・・・なんだったか、バノ?とかいう奴と川の近くを歩いていたらそれは起きた。
 川が水かさを増して、バノを飲み込みそうになったのだ。俺はそれを引っ張り上げたところで気付いた。狙いは俺だったのだと。

 妙な動きをする水に絡め獲られ、あっという間に川の底へ引きずり込まれた。おかしい、こんなに深いはずがないと思いながら水から逃れようともがく。止めていた息がいよいよ限界になり咳き込んだ次の瞬間、呼吸が普通に出来ることがわかった。不思議に思っている暇も無く目の前に今度は変な女が現れ、開口一番「この盗人」と宣ったわけである。

「この縦笛を、アンタが父に渡したのか?」
「そうだとも。目印にな」
「目印・・・・」
「しかし癒しの笛をその弟とやらに渡したのか、レイルは。そしてお前は息子、と。ほう。息子か。ほう。」

だば、っと女が泣き出した。変な女だ。う、っと顔を顰めてそのまま心ばかり後退するのは仕方のないことだろう。盗みを働いたという不名誉な疑いが晴れたのなら早々に拘束を解いて欲しい。

「うう、うううう、私が、私が目をつけていたのにぃ・・・どこぞの女にレイルが・・・可愛いレイルがぁあ」
「・・・・目印って」
「あまりにも可愛いので伴侶に、と。ふふ、大人になればさぞかし男前に・・・ぐふふ、なのにぃ!!」
「その、なんだ、こう言ってはなんだが父と母は息子の俺がうんざりするぐらいには仲が良かったぞ」
「嫌だ聞きたくない!」

ドバシャァ!と目から涙が噴き出している。アレに当たったら痛そうだ。出来れば充分に距離が取りたい。二度と視界に入らないくらい遠くへ。

「うっうっうっ」
「それにしても随分前に会ったっきりなんだな。俺より若いときに父に渡したんだろう?これ」
「そうなのだ、あの頃はレイルもこのくらいの大きさで・・・ぬっ」
「なんだよ、これ解く気になったか?」
「お前!レイルにそっくりではないか!!」
「息子だと言ってるだろうが!」

何を聞いてたんだこいつは。急に周りをぐるぐるし始めた。観察しているらしいが、水の中でそんな動きをしたらどうなるか。答えは簡単だ、渦が出来る。

「ぐ、止まれ!」
「あわわわわわ違うそんなつもりでは」
「止めるか離すかしろ!」
「え、あ、任せろ」

ぱ、と水が離された。渦の中に放り出された俺はぐるぐると回る。馬鹿なのか、馬鹿なんだなお前は。渦の中に離す奴があるか!!

「実は俺を殺す気だろ」
「面目ない」

小さく縮こまっている女を見てため息を吐く。何にせよ自由になった。とっとと帰ろう

「ぬ、待て人族、いいや、レイルの息子!」
「待たない。誤解は解けたんだろ帰るぞ俺は」
「せめてレイルが今どうしているのかだけでも!」
「死んだよ」
「・・・何?」
「弟の目の前で殺された。母と一緒にな」
「何を言っているのだ」

涙を流しながら滑稽な顔をしていた女が急に真顔になった。そうしていれば綺麗な顔なんだがな。
引き留める手がぴたりと止まってこちらを見つめている

「それは弟とやらが言ったのか?」
「いいや、ただ、二人死んだ。これだけは間違いない」
「ではそれは別人だ」
「・・・・何を」
「その縦笛だ。癒しの縦笛だと言ったであろうが。私がレイルへ渡したのだと」
「言ってたな。それがなんだ」
「癒しは人族が持たぬ力だと聞いた。悪用されないこともないだろう。人族には過ぎたものだ」
「そうだな」
「だから、一代きりなのだそれは」

ぴ、と人差し指が目の前に掲げられた。女はそのまま続ける

「レイルが死ねば、その縦笛は失せる」
「でも、今」
「一代きり。レイル一つの命で終わる道具なのだ。他の誰にも渡らないように」
「・・・待て、過ぎた力だって言ったな。どうして父に」
「決まっているだろう、“討伐者”には怪我が付きものだからな」
「は」

何を、言っているんだ?

「うーん、レイルが息子の、弟の方へ渡したということは“討伐者”を継ぐのはそちらということか?」
「父は“討伐者”なのか」
「?どうしてそんなことも知らないのか。レイルは一族の直系長子であったろうが」
「一族」
「だから私が打診を受けたのだ。妖精の力を借りて討伐を行うものも歴代では居たからな」

一族という単語にドクリと胸が鳴った。バクバクと耳の奥で聞こえる鼓動の傍でファリオンの声が蘇る。

『・・・そうですね、これは秘密だったんですが、いずれ本人から聞くことです。貴方たちにも関係がないこととは言えません。私が言ったことは内密に、そしてシュヒアルの前では何も聞かなかったフリをしてください』

『シュヒアルは、“討伐者”の一族の、とある家系で生まれました。』と続けられた、あの話。
そういえばあの魔女は、不可解な事を言っていた。まるで父を知っているかのような口ぶりで話していることがあったのを思い出す。あり得ない。魔女が移り住んでくる前に父はもう死んでいたはずだったのだから。

「シュヒアルは面識があったのか・・・?」
「ん?シュヒアルとはまた懐かしい名前だ」

何気ない、独り言のようなそれを女は拾った。というかこれ妖精だったのか、と今更気が付く

「知ってるのか」
「当たり前だとも。傍系の子だったろう」
「傍系?」
「才能はあったが、惜しいことだな。屋敷ごと燃えたろう?あの忌々しい女もさぞかし取り乱して・・・」

ぐらりと足元が揺れるような感覚がした。女が何を言っているのかわからない。
俺が知らないことはキサラが秘密にしようと、意図的に隠していることだけだと思っていた。打ち明けられるまでは触れないでおこうというような、そんなささやかなもの。
それが、どうだ。秘密というのは誰にだってあるが、自分自身に関わることで隠されたものがある。そんなのは居心地が悪くて仕方がない

「待て、待ってくれ、その話は後でしよう。父は生きてるってことか?」
「そうなる。その縦笛が証明している」
「間違いではないのか」
「間違うわけがない。死はどれほど離れていようがその笛へ届く」

たとえ人間界を離れ、三界のどこかで死を迎えていても縦笛は壊れて無くなってしまうらしい。つまり本当に生きているということだ。しかしそれが本当なら



「一体誰がキサラの目の前で死んだ・・・?」



俺が留守にしている間キサラは酷い目にあった。目の前で誰かが死んでいたのだ。遺体の数は二つ。人の形をして、焼け焦げて。あれは一体誰だ?立ちすくむキサラは心が砕かれていた。正面に立っていたのは、ガヴェラ。

目の前で殺されたのだと思った。父と母が、ガヴェラに。けれどそうだ、キサラは「置いて行かれた」と思っている。ガヴェラの記憶に関して失っていたから、もしかすると両親の死の事実ごと忘れてしまったのかと、思っていた。

思っていたのに。


『俺がレイルとミレアを逃がしてやったのによ』


蘇ったのは牢の前に立つガヴェラの声だった。
逃がして?殺したの間違いだろう?それにどうして俺がこの縦笛を持っているんだ。

『なんですか?それ。』
『さぁ。キサラが大事そうに持ってたんだが』
『なんで貴方が持ってるんですか』
『いや、なんでだったかな・・・記憶が曖昧なんだが』

キサラが大事に持っていた。それは覚えている。だったらもらったんだろう、それか取り上げたのか?いや、どっちにしろ覚えているはずだ。キサラからもらって忘れるはずがない。どうして記憶が無い

「何だ、これ」
「おい、大丈夫か。レイルの、名はなんだ」
「テイザ」
「混乱しているようだな。どうした」
「変なんだ、記憶がおかしい」
「お前が自ら封じたわけではないのか?縦笛に魔法がかかっているぞ。意思に反し施されたものであるなら解いておくか」
「?!待っ」

話を聞かない妖精が、縦笛にかかっているという魔法を解いた。一気に流れ込む記憶に目が回る

「ぐっあ、が・・・・っ」
「しまった、痛みの記憶まで付随しているとは。ほれ、それを吹け」

出来るかと返したかったが呼吸が苦しくてそれどころではない。喉が空気を鳴らしている。
身が引き裂かれるような痛みに耐えきれず体が傾く

「テイザの弟は、どうやらこの笛を使ったようだな。瀕死の怪我か、恐ろしいことだ」

 痛みにキツく目を瞑ると目の前にはあの日の家が広がった。帰って扉を開くと大きな背が見える。誰だ。訝しんでいると振り返った男が、ガヴェラと名乗った。ガヴェラが振り返ったことでその背で隠れていた部屋の様子が見える。立ち尽くすキサラと、その前に横たわる焦げた、人型。

『っ、お前、一体何をした!』
『何つってもな・・・頼まれたことをやっただけだ』
『キサラ、キサラ!お前、目が・・・・』
『目は見えてる。心が砕けたってとこか』
『お前がやったのか』
『まさか。それがな状態なんだ、そいつは。全く胸糞が悪い』

ドン。大きな音がして家が揺れる。俺はキサラに駆け寄ろうとして、止められた

『馬鹿、近付くな。今はマズい』
『キサラ?』
『ほらやべぇのが湧いてきたぞ』

ドロ。何かが焼け焦げた体から溢れ出す。ゆるゆると液体が溢れたかと思えばそれは急に伸びてキサラの足元へ溜まり出した

『取り込もうとしてやがる』
『なんだ、アレは』
『屍・・・なんだったか、俺に聞くな。親父にでも聞け』
『キサラ、キサラ逃げろ!』
『逃げんのはお前の方だ』

ひょい、と襟を掴まれて持ち上げられた。俺の足元にも何かが伸びてきていたのだ。黒い液体のような、気持ちの悪いものが

『見てみろ』

絡みつくように伸びた液体は、キサラに触れた途端ジュ、と音を立てて霧のように散ったのだ。

『そら、標的がお前になったぞ。逃げろ』


ザク。


それまで動きの遅かった液体は急に鋭利な形へと姿を変え、俺の胸に突き刺さった

『は?』
『!?チッ、なんだ?急に成長しやがった』

ガヴェラは迷わず液体を“浄化”した。間違いなく浄化だ。おかしい、お前魔物のはずだろう

『おいおい、死ぬな』

慌てたようなガヴェラの顔。視線を逸らせば目が変になっているキサラが、ゆっくりと歩いて来るのが見えた。俺の目の前までやってくると、あの縦笛を取り出して・・・・

『“癒しを”』

あまりの痛みに俺の意識はなくなった。記憶の中の俺が意識を失うと同時に現実の俺に帰って来る。目の前には妖精の女がいた。縦笛もしっかりある

「今のは」
「なんだかレイルと違いテイザは危なっかしいな」
「誰のせいでこうなったと」
「私は今ここから動けないしな。うむ、私には劣るが一つ力を授けよう」
「要らない」

要らないと言い終わった瞬間バノの背後に戻されていた。妖精ってのには初めて会うが、もしもあんなのがたくさんいるのなら頭が痛くなりそうだ。人間界に生まれて良かった。

〔そんなわけで精霊魔法が使えるようになったのだから感謝してレイルを探すといいぞ〕
「うるさい」
〔ぬん!?妖精だぞ、私は妖精さんだぞ!?人族にとって希少かつ羨望の的だぞ???〕
「いい迷惑だ」
〔こうして水を溜めるとどこでも水鏡にして私と会話出来るからな。用があれば気軽に繋げるとよいぞ〕

まだ何か話していたが皿を逆さにして水を床へ撒くと何も聞こえなくなった。強制的に終わらせられるのは確かに便利だ。それにしても水か。さて、どんなことが出来るんだか。

試しに水をもう一度張り、考えた。妖精と連絡が取れるのと同じように、ファリオンと連絡が取れればいいのだが。


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