ロルスの鍵

ふゆのこみち

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魔獣狩り編

Lv.105 脱力

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「あっちへ行ったぞ」
「早く見つけ出せ、余計なことを触れ回られたりでもしたら今度こそ大変なことになる」

 何人かの男たちが慌ただしく駆けて行くのが見えた。人数が明らかに増えてきている。
口振りから何か良くない情報を持って逃げているのだと察した。後ろを振り返り半目で見るが、呑気に笑ってどこ吹く風である。

「それで、どうしてこんなことになったんですか、テベネスティさん」
「いやぁ、君には本当に迷惑をかけるね。まさかあそこまで力を入れて追いかけて来るとは思わなかったものだから」
「今の内に行きますよ。僕まで追われる羽目になるなんて酷い一日だ」
「はっはっは、悪かったよ。そうだな、私の泊まっている場所は見張られているだろうから君の宿泊しているっていうところにお邪魔してもいいかな? この際廊下でも良いから」
「女性を外で寝かせる程落ちちゃいないですよ」
「……どうしてそれを」

 しまった。空気が一変し、テベネスティさんに壁際へと詰め寄られる。真剣な眼差しでこちらを射抜き、身動きが取れないよう首元に腕を置かれた。すかさずナイフのような硬い物を外套越しに腹部へと突き付けられる。
イヴァが女性だと証言しない限り僕にはわからなかった。実際今テベネスティさんを追っている男たちもそうとは気付いていないのだろう。男装も、振る舞いも完璧だったのだ。

「まさか君に見抜かれるとは思わなかった。どこか抜けている様子なのに意外と鋭いね。まるで姉上のようだ」
「お姉さんは知っているんですか」
「ふ、私は家に帰れば『不要の五男』、誰一人見向きはしない。私に手を差し伸べたのは姉上だけでね……使用人たちどころか父上にすら性別を偽っているとは見抜かれなかった」
「どうして、男に?」
「そうでなければ生きていられないからだ。女であったら、私は今頃肉片となって朽ちていただろう」

 テベネスティさんの家全体が異様な空気に包まれているのか、そう在らざるを得なかったのか。
僕などでは想像も出来ないような事情があるらしい。男を装わなければ出来ないことがあったのか、それとも性別一つで生死を左右する決まりでもあったのか。何にせよ道楽でこのような恰好をしているわけではなく、身を守るために必要だったのだとわかる言葉だった。

「さて、大体わかってもらえただろう。君のことだからそう易々と人前で明かしたりしないはずだ。私の秘密はどうか心の中にだけしまっておいてはくれないか」
「どうして僕が秘密を守ると?」
「人を見る目だけは上手に養ってきたつもりだ。全身を嘘で塗り固めた人間、秘密を吐露する者、そうでない側の人間は大体わかる。姉上のようだと言ったろう、君は隠し事が得意そうだ。違うかな?」
「違いますと言ったら」
「何事もないよう振る舞い隠す事は出来ても、核心を突かれれば嘘は吐けないか。素直なのはいいことだ」

 先程までは大口を開けて笑っていたのに女の人だとわかったせいだろうか、綺麗に弧を描いた口元はやけにお淑やかに見える。小さく笑うと「案内してくれるかい?」と手を差し出された。

「エスコートなんてしたことないんですが」
「奇遇だね、私もされたことはない。大丈夫だ、望んではいないよ。いつか素敵な人でも見つけてやってもらうさ」
「僕では不服ですか?」
「いいや? 私が淑女になれたらお願いしよう。……この恰好ではね」

 外套に身を包んだ自身を見下ろし肩を竦める。不格好だと言いたいらしい。
確かに女性らしいドレスには見えないが、そう悪くはないと思う。旅人なら男も女もそんなものだ。本人が気にしている以上仕方ないが、引っ込められてしまった手は逸れないように捕まえておこう。勝手に逃げられては事情も聞けない。
……僕が余計な一言を言ってしまったせいで落ち込んだのなら尚更放っておくわけにもいかないだろう。

「ほらね、君は不器用だけれど優しさをちゃんと持っている人だ」

 手を繋いでいて良かった。真面目な話はどこへやら、早々に好奇心の赴くまま別の場所へ行こうとされては敵わない。この人は自分が追われていること忘れているのか。
そもそもここは関所に程近く、僕らが滅多に足を運ばない先である。どうしてこんなところで再会することになったのか。それは少し前に遡る。


 水夜に入ってからだいぶ時間が経ち、日も暮れてそろそろ夜になるという頃。若様の書類の中から父さんに関する報告書を発見した僕はイヴァと一緒になって内容を確認していた。

―――――――――――

 報告書

 行方不明者 レイルについて

 “討伐者”の一族、最も権威ある名家の直系長子。
××××××××家は直系傍系共に長子を失い没落。家名の返上を行い歴史から姿を消す。


―――――――――――

 名前が同じだけの別人かと思ったが、“討伐者”という家業自体が特殊だ。その中で何人も同じ名前が存在するとは思えない。恐らく父さんのことで間違いないだろう。
 書類からはシュヒや父さんの行方を追っているのだと見て取れる。
これを見る限りやはりただの商人ではない。情報屋もしているのか、それともこれを必要としたのは若様自身なのか。

〔おい、どうする〕
(僕らが関係者だってバレないようにしないと)
〔書類は〕
(無くなったらすぐに僕が持ち出したってわかるよ。それにしても父さんやシュヒを探す目的はなんだろう)
〔考えるのは後にしろ、急いで戻れ。あの侍女に不審に思われたら終わりだ〕

 散らばった書類を浮遊魔法で元通りにしたイヴァから、早く部屋を出ろと促された。他の書類が気になるがそのまま部屋を出てノーレさんの所へ戻る。若様の口振りから察するにノーレさんは僕の動きを注視しているはずだ。怪しまれないように平静を装う必要があった。

 この人達は一体誰で、何の目的でここに居るのだろう。真っ先に考えたのはそれだ。
こうなってくるとこの辺りに来たことにも理由があるはずだ。父さんの足跡を追って旅をしているのか、シュヒの目撃情報でも得ようとしているのか。
居なくなったのは隣の町であるし、ここは中継地点のつもりで寄ったのかもしれない。
 仮にそうだとして、シュヒに関する情報が早すぎるのが気にかかる。考えられるのは騎士団に所属していて調査を受け持っているか、協会所属でシュヒの行方を追っている可能性だが、それだと父さんの方まで追っていることの説明がつかない。

 計算機に慣れたおかげなのかノーレさんの手伝いが良かったのか、任されていた分の数え作業は全て終わった。夜になる前に帰った方が良いとノーレさんから声を掛けられたので若様と対面することなくそのまま帰路についたのだ、が。

(若様はどこに行ったんだろうね)
〔夜になる前だってのに出掛けるのは確かに不自然だな。探してみるか?〕
(そうしよう。素性の手がかりが掴めるかも)
〔動くものを探してんなら常に新しい情報を求めるはずだぜ。情報が集まりやすい場所はどこだ?〕
(酒場とかが一番だと思うけど、出入りが制限されてる今なら外の情報も欲しいよね。若様のことだから外と繋がりがあって情報のやり取りをしているかもしれない。関所を管理してる役人の方が可能性はあるかも)
〔なら役所から当たってみるか〕

 役所、関所、酒場と順に見て回ることになった。この時間帯から人が減るので若様との遭遇に気を付けなければならないだろう。一応見つかってしまったときの言い訳も考えながら移動した。
まずは役所の付近を捜索する。(応接室のような場所に通されていない限り)中には居ないと確認し、次はこの町に二つ設置された関所の内一つへ向かうことにした。

 もう少しで関所が見える、というところだった。男たちに追われていたテベネスティさんと偶然再会、僕まで逃げる必要はなかったのに腕を掴まれ一緒に走らされたのである。
おかげで僕の存在が追っ手の男たちに把握されてしまった。なんとか撒いたが明日からは外出を控えた方がいいだろうという結末である。


「随分とこう、個性的な場所だね」
「どうも提供出来る空き家がここだけだったみたいで」
「そうだったのか」
「ここよりちゃんとした場所を用意してあるなら今からでも戻った方が良くないですか? 送りますよ」
「いや大丈夫だ。私が来た方が迷惑じゃなかったかな」
「びっくりはしますね」
「知り合ったばかりなのに色々とすまないね」

 すっかり慣れてしまったが言われてみれば今日会ったばかりである。テベネスティさんは案外人の懐に入るのが上手なのかもしれない。
これで部屋割りは変更だ。シーラの部屋にテベネスティさんを通して僕らはあの狭い部屋に……。

〔うんざりだぜ。いいだろ部屋の変更なんざしなくても〕
(女の人と同じ部屋は流石に)
〔何言ってんだお前だって女みてぇなもんだろうが〕
(イヴァって武器になりそうだよね。棍棒とかどうかな)
〔いやなれねぇよ。振るな振るな〕

 同室者に話をつけてくると断りを入れて、念のため裏の庭で待ってもらうことにした。今の内に皆と必要なことを話をしておくべきだろう。

「皆ちょっといいかな」
「キサラ! おかえり、何の話?」
「内緒の話」
「うんうん」
「皆が秘密をちゃんと守れる、信頼出来ると見込んで一つ打ち明けたいことがあります」

 タスラ、ウィバロ、シーラにコルラスの四人がサッと座って並び真剣な顔でこちらを見上げて来る。秘密を守るという使命感に燃える様はなんというか、微笑ましさすら感じる光景だ。
コホンと咳払いをして仕切り直し、顔を寄せてから小さな声で言い聞かせることにする。

「実は、お姫様が居るんだ」
〔おいおい〕

 理不尽な仕打ちを受けた女性が何か複雑な事情から逃げなくてはいけなくなり、見つからない最善の策として男性を装うことにしたのだと話を続けると、四人は表情をコロコロと変えながらも相槌を打った。
女性であることを隠していること、誰にも言ってはいけないこと、追っ手が居るのでここで匿うことにしたこと、皆も性別については知らないフリをして欲しいと告げると顔を見合わせてからわかったと返してくれた。

「ということで、皆には今からお姫様を守る騎士になってもらいます」
「コル 騎士なる!」
「女の子でもなれる?」
「ちょっと、恥ずかしいよキサラ」
「同じく」
「問答無用。ということでシーラとコルラスは同じ部屋でいいかな」
「「わかった!」」

 部屋割の変更をすんなり受け入れてもらったが更に狭くなると知ったタスラはうへぇという顔をした。流石に文句は言わないが。
兄さんとファリオンさんは事情を言わなくても部屋の変更で何となく察するだろう。それでもってテベネスティさんから話をしない限り知らない顔をしていてくれるはずだ。
 早速秘密を暴露してしまったが、秘密のまま彼女を匿うには限界があるので仕方がない。必要最低限の伝達事項として考えれば妥当なのだ。罪悪感がないわけではないが、ここを怠ってしまえば何かあったとき結果が変わってしまうだろう。コルラスやウィバロ、タスラにだけでも「有事があれば庇う対象」であると覚えてもらう必要があったのだ。

 何を守るべきで何を諦めるべきかは考えているつもりでいる。テベネスティさんには僕に秘密を知られたのが運の尽きだと理解して欲しい。

 作業部屋から一旦引き上げて、隣の部屋に居たファリオンさんには別の話をすることにした。今日発見した報告書や調査書についてだ。

「シュヒアルを、ですか?」
「若様が調べているみたいなんですけど、何か心当りはありますか?」
「驚く程予想通りに商人ではなかったわけですね。まずは貴族に雇われた可能性を考えるべきでしょうか」
「モンドレフト伯爵ですか?」
「どうでしょう。シュヒアルが勝手に逃げ出さないことを伯爵はよくご存知ですからね、心配すらしていないと思います」
「じゃあ一体誰が」

 ファリオンさんはまず騎士団の人間なら出入りが自由だろうと、騎士団関係者である可能性を潰した。確かにそれであれば最初から役人に話を通しているだろう。わざわざ僕を捕まえて手伝わせる理由はない。
 若様の商会は表向き品をキチンと揃っており、管理も充分に出来ている。町が閉鎖さえされていなければ何の疑問すら抱かなかっただろう。そこまで完璧に擬態をする理由が騎士団にはない。

「協会の線もありませんね。モンドレフト伯爵が要請を出す必要がありませんので。もしかすると貴族派・騎士派の人間、引いては第一王子の一派が動いているのかもしれません」
「第一王子?」
「テベレスタ王子です。彼は根っからの貴族主義ですから、協会の失態と絡めてシュヒアルを確保しておきたいと考えるでしょう。ああ、何となくやりかねません」
「失態というのはセルぺゴのことですか」
「まさに。彼のせいで空白の時間を過ごしたと証言が取れれば協会派の第三王子は非常に難しい立場に立たされるはずです。国王陛下が後継を指名していないので、隙あらば足を引っかけられる状態ですから。けれどそうですね、簡単な推察であって絶対というわけではありません。可能性の一つとして留めておいてください」

 シュヒが行方不明になったのはちょうど協会所属のセルぺゴが誘拐事件を起こした時期と重なる。テベレスタ王子が政治的利用を目的としてシュヒを追っている可能性があるようだ。

「くっだらねぇな」
「あの、“討伐者”はどういう立ち位置に居るんでしょうか」
「“討伐者”ですか?」
「何でも良いです。世間的に見てどうなのかなと思って」
「世間的……表向きは平民階級の名家という程度ですから、なんとも。“討伐者”という言葉自体一般には馴染みがありませんし、知識に近いのはせいぜい伝承学者や監獄塔の歴史を知っている者たちくらいでしょうか。実在していると認識している人間は更に限られるはずです」

 少なくとも若様は“討伐者”の存在を知っている。伝承学者からはかけ離れている気がするが、監獄塔の歴史くらいなら知識があっても不思議はない。そして何より妖精界があるという話で意気投合をしたときのことだ。彼は「妖精に触れなければ、とてもあの話は信じられまい」と言った。今にして思えば若様自身が妖精との接触があるとも取れる。

「シュヒアルも“討伐者”の生まれですからね。そちらからの可能性も、無くはないかもしれません」
「え?」
「そういった角度が気になるのでしょう?」

 そうだ。父さんとシュヒの共通点は天使の系譜にあること。もしも、若様がそれに辿り付いていたとしたら? 仮に目的が“討伐者”の一族である父さんやシュヒだったとして、それを得てどうするつもりなのだろう。

「シュヒの素性が知られることはあり得ますか」
「偽名だと聞いたことは?」
「あります」
「この偽名が厄介ですよ。シュヒアルという名前に引っかかったのなら面倒なことになります。意味は……本人に聞いてみてください。教えてくれるでしょうから」

 ここに来てシュヒと話したいことが山積みだ。けれど水面越しでは聞き出せないだろう。合流を急がなければならない。

「シュヒアルとの定期連絡は考え直すべきでしょうか。不審に思われてはいけないわけですし」
「あの、若様のことに関してはファリオンさんから伝えておいてもらえませんか」
「わかりました。キサラくんが上手に気を逸らしてくれることを期待しましょう」
「責任重大ですね。やってみます」

 想定より長く待たせてしまったと急いで庭へ出ると、テベネスティさんは興味深そうにボロ家の外観を眺めたり拡大鏡で観察したりしていた。こうなってくると順応性が高いと感心するべきなのか緊張感を持てと呆れるべきなのかわからない。
何かが吸い取られる感覚に肩を落としながら声をかけると大真面目な顔で「建て替えが必要じゃないかな」と言われた。僕に言われたところでその権限はない。適当に流しつつ、シーラとの顔合わせも兼ねて部屋へ案内した。
 勿論色硬糸の加工作業は見せないつもりだ。見つかったらどんなことになるかわかったものではない。

「初めまして、テベネスティです」
「ファリオンと言います」
「貴方がキサラくんのお兄さんですか?」
「いいえ。目的地が同じというだけですよ」
「兄はもう少しで帰ってくると思います」
「なるほど、同行の方でしたか。突然押しかけて申し訳ない」
「お気になさらず。何か事情がおありなのでしょう」
「寛大な心に感謝します」


 この後僕らはテベネスティさんが例の「魔術師」一行の一人だと聞き出し、これにはファリオンさんですら天を仰いだ。


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