ロルスの鍵

ふゆのこみち

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魔王降臨編

11. 木は鳴かない

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「あっち行ったぞ、絶対に捕まえろ」
「半獣だ。半獣が出やがった!!」

 シーラの耳を見た途端、半獣と叫んだ波がうねる様に周囲へ伝わって行った。蔑称を並べ、捕獲を唱え、躍起になっているその姿に眉を顰めているのはどうやらキサラだけのようだ。
走る者、ただ道を通る者のどちらともぶつかりそうになり、避けたところで自分の姿が見えなくなっているらしいことに気が付いた。

(シュヒが魔法をかけてくれたんだ)

 でなければ真っ先に捕まっていたのはキサラだっただろう。シーラにぶつかったのだってわざとかもしれない。害があるのは一体どちらだというのか。

 早々にその場を立ち去ろうとしたが、何かの音が聞こえた。反射的にそちらを見上げれば、何故か一枚の羽根が浮遊している。
先程の怒りも忘れ、キサラはポカンとそれを見つめる他なかった。

(なんだろう、これ)

 辺りに風も吹いていなければどこかに引っ掛かっているわけでもない。ならば蜘蛛の巣かと目を凝らしたが、糸のようなものが付いているようには見えなかった。
シュヒアルから送られた何かの合図だろうかと訝しんでいると、羽根の向こう側で何かがキラリと光った。

(羽根に、光)

 誘導だろうか? 流れ星かとも思ったが、それにしては小さいような。
目を凝らして窺っていると、その光はやがて弧を描くようにして森の奥へ落ちて行った。周囲を見渡してもこの奇妙な現象に気付いた者は居ないようである。

 こういう事態を想定していたわけではないが、待ち合わせている店もあれば馬車の位置もわかっている。けれどもしかしたら合流が難しいという判断があって、自分を呼んでいるのかもしれない。
キサラは間違いならば戻ればいいと足早に光を追いかけた。

 森に足を踏み入れた瞬間、やはり風一つ吹いていないにも関わらず羽根がふわりとキサラの前を行く。滞空時間に加え、依然として地面に落ちる気配はない。

「ちょ、ちょっと待って! 早い、早いって」

 人の手で整えられた道であれば良かったのだが、木の根がそこかしこに張っており足元に気を付けなければならない。羽根を見失わないよう進むのは至難の業だった。
元々木々に囲われた村で暮らしていたが、森に入ったことはほとんどなく、入ったとしても道なりに進んでいれば良かった。そのため今のような道なき森を歩く心得など持っていないのだ。

「ぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ」

 重い銅か鉄が石畳の上で引きずられたかのような音だ。唐突に響いたそれに驚いて横を見れば、妙な木が立っている。音に合わせて背の高い木が揺れているのだ。
どうやら先程の不快な音は笑い声だったらしい。枝に生っている木の実が機嫌よく震えていた。

 何だアレは。

 おかしな木の周りだけ草も花も生えていない。むき出しの土の上に孤立しているかのように見えた。
もしかするとこの不快な笑い声を聞いて近くに生えていた全てが枯れたのではないだろうか。

 キサラはその禍々しい光景を見なかったことにして先へ進んだ。

 何と羽根は待てという言葉を理解しその場に留まっていたのである。耳もないのにどうやって聞き届けたのか。
 思わず観察を始めると、羽根がものすごい勢いで左右にびゅんびゅんと飛び始めた。この悪夢のような状況と先程見かけた魔の木ではどちらがマシなのだろう。

「あ、えっと……案内を続けてもらって」

 控えめに声をかければ羽根もハッとしたようにその場で上下する。くるりと回ったかと思えば、ついて来い!とでも言うように上下に揺れながらまた進みだした。

「早い」

 再びハッとしたように羽根がぴたりと止まった。次いでこちらを向く。まるで首を回したかのような動作だった。
そっちが顔なのか。目はそこなのか。

 がっくりと羽根が下を向き、ふるふると横へ揺れる。反省会だろうか。
今度は早いという言葉を受け入れたのかゆっくりと動き出した。

 ここまで感情表現豊かな羽根を見たのはこれが初めてである。キサラとしても接し方は手探りだった。
しかし何故羽根にはキサラが見えているのだろう。他の人たちには全く見えていなかったのに。

 やはりシュヒアル自身が遣わした使い魔だろうか? キサラがうんうん唸りながら駆けているとやがて開けた場所に出た。

「うわっ」

 地面の一部が異様に輝きを放っており、その眩しさに思わず目を閉じ手を翳す。庇うように頭を下へ向けたが、光っているのもまた地面なのであまり意味がなかった。

〔小僧〕
「え? えっ? どちら様ですか」
〔どちら様でも良かろう。少し手を貸してはくれまいか〕
「手を? えっと、今何も見えないんですけどそれでも良ければ」
〔ほう眩しいか。そうだろう、そうだろうとも〕

 一体何に満足したのか声は得意気だ。徐々に光が弱まって行くのを感じてキサラは薄目を開いた。

〔早くこちらへ来ないか〕
「今目を慣らしているのでもう少し待ってもらえれば」
〔ふぬん、不便だの〕

 ぱちぱち、と目を瞬いて軽く頭を振る。見れば光の中心だった場所には小さな人が横たわっていた。その横には先程道案内をしてくれた羽根と、小さくなった光が仲良く並んでいる。
光はよく見ると、球体のような形をしていた。

「あれ、この人。もしかして、ドワーフ?」
〔いかにも。見ての通り弱っているが、残念なことに今の我々には手がない〕
「なるほど確かに…。一体どうすれば良いですか?」
〔ここにある薬草を潰せば汁が出る。まずはそれを飲ませてやってくれ〕
「薬草?」
〔手を出せ〕

 パッと両手を前に出すと、手の中にワサっと草が盛られた。見たことのない種類の葉っぱだ。

〔馴染みはないだろうが痛み止めの効果がある。それからこれを巻けば良い。なぁに、見た目はこれだが良い奴だ〕

 キサラが言われた通りにこなそうと近寄れば、当のドワーフがキツく睨みつけて来た。真っ白な髭にふさふさの眉毛。間から覗く両目は鋭く細められており、そこには明らかな敵意が籠っている。

「寄るな人族。俺はお前たちが大嫌いだ! 放っておけ!!」
「見た目よりは元気そうですね」
〔どうした顔色が悪いぞ、人族の子〕
「いえ、大丈夫です」
〔余計な意地を張るものではないぞ。これはお前を傷つけた人族とは違う〕
「ですが」
〔良い。こやつが許さずとも代わりに許可しよう。存分に治療に当たれ〕
「そんな!」
〔ええい、何年生きておるのだお前は。分別くらいつけろ〕

 丸い光とドワーフが争っていると、キサラの背後で何かが動く音がした。振り返らなくてもわかる特徴的な鳴き声。あの木だ。

「歩いてる!?」
〔おお、魔界の木だな。何故こんなところに〕
「こっちに来るじゃねぇか、ぐっ」
〔動くな、傷に障るぞ〕

 グジュリと嫌な音をさせながら、大量の木の実が一斉に口を開く。木の実には牙が生えており、紫色の長い舌がベロリと垂れる。そのまま緑色の唾液を撒き散らし、歓喜に揺れた。
 唾液が落ちた場所はジュッと音を立てて、そこに生えていた草が一瞬の内に溶けてしまった。周囲に何も残っていなかったわけである。唾液が強力な酸なのだ。

〔うむ、これは良くないな〕

 光は冷静にそう言い放ち、羽根も微動だにしない。
木が一際大きく鳴いたかと思うと、鋭利に尖らせた根をこちらへ伸ばしてきた。

 あんなもので突き刺されたら。そう思った次の瞬間キサラはドワーフの上に覆いかぶさっていた。
「おい!」と叫ぶ声が下から聞こえても動くつもりはない。

〔知性無き魔物は哀れであるな。相手すら選べないとは〕

 光がそうボヤいたかと思えば、隣の羽根から頭が生えた。
いや、正確に言えば羽根は頭についていただけでひらりと落ちた。頭から爪先まで姿を現したそれが、どこから取り出したのか弓を構え素早く矢を射る。

 放たれた矢は見事根に命中した。かと思えば大きな音を立てて破裂する。

「ぎぃいぃいいぃいいいいい!!!」

 辺りに悲鳴のような酷い音が響いた。羽根……ではなく、耳の尖った麗人はそれを見届けるとこちらを振り返る。

「……エルフ………」

 初めて見た。妖精自体初めて遭遇したのに、ドワーフのおじいさんからエルフの青年まで。まるで小さい頃に読んだ絵本の中に居るようではないか。

〔恰好つけとる場合ではないぞ。まだ生きている〕

 根はエルフや光の方には伸びなかった。

「僕を狙っている」

 咄嗟にその場から離れた。キサラが狙いなら妖精たちは巻き込まれただけに過ぎない。傍から離れれば助かる見込みもあるだろう。

「そのドワーフのおじいさん連れて逃げて!」

 木に向かって「こっちだ!」と怒鳴ると案の定こちらへ向き直り、木の実が一斉に鳴いた。
あんなものに狙われて、追いつかれたらどうなるだろう。ただでさえ森は険しく進むのもやっとだったのに、上手く逃げ切れるだろうか。

 無数の根が鞭のようにしなり、走り出したキサラの足を叩いた。続けざま絡め獲るような動きで引っかけられ、地面に倒れ込む。木の形をしていながら自在に、ジワジワと距離を詰めて来た。
 木の向こうにはエルフが立っていて、弓を構えている。ドワーフのおじいさんは信じられないものを目にしたような、驚愕の顔でキサラを見ていた。

「どうして」

 あの怪我では本当に動けないだろう。攻撃なんて良いから早く逃げた方が良い。縋る様にエルフを見たが、弓を下ろす気配はなかった。

「逃げろってば!!」

〔許せ。我が子らよ〕

 光が神妙に零すと、魔の木は一瞬で吹き飛んだ。幹も枝も木の実も原型を留めておらず、どの部分の破片かもわからない物体が散らばる。そしてそれらは地面へ降り注ぐ途中でジュワリと音を立て、煙のように消えて行った。

 キサラはしばらく言葉が出なかった。今更ながら恐怖が全身を縛り、動けない。
そんな様子を見て何を思ったのか、弓を仕舞ったエルフがドワーフのおじいさんを指差した。治療を、ということだろうか。

 エルフは一応奮起していたのだが、彼の手はどうしようもなく不器用だった。
薬草は汁が搾られることなく千切れ、ドワーフのおじいさんに巻くはずの布は何故かエルフの腕に巻き付いて取れなくなっている。
エルフは終始無表情だったのだが、あれは困った顔をしているな、とキサラは理解した。


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