「おまえなら、汚されてもいい。いやむしろおまえで汚されたい」って、潔癖さんのはずでは?

白柿

文字の大きさ
1 / 12
出会い

01. Grinning Mask / 笑う仮面

しおりを挟む
 さっきまでうっすらと感じていた既視感の正体が、今、分かった。
 似ている。
 この頑丈な檻も、あの、息の詰まるような社交界も。
 どちらも、一度閉じこめられてしまったら、容易に逃げ出すことはできないという点で。
 競い合い、評価に縛られ続ける。
 いかに上手く上っ面を取り繕えるか。いかに上手く微笑むことができるか。いかに上手く高貴な殿方に気に入られるか。いかに上手くステキな令嬢を演じられるか。いかに上手く振る舞えば──一体いつになったら、お父さまとお母さまは褒めてくださるの?
 でも、この気取った世界から逃げ出せなくたっていいじゃないか、とも私はたしかに思っていた。
 それでも私はお父さまとお母さまのそばにいられることが、幸せだったから。

 そのとき、突然に光がさして、目が眩んだ。
 同時に、どこかから指笛と大きな声が響く。

「さあ、みなさまお待ちかね、今宵の目玉商品の登場です! この類稀なる美しさをご覧ください!! 陶磁器のように白く滑らかな肌、大きなサファイアのような瞳、蜂蜜のように透きとおった美しい髪! 用途は様々、雑用をさせるのはもちろん、夜の奉仕にも……」

 暗がりから、群集のどよめきが聞こえる。
 小汚い奴隷商の男に誘拐されたときから、とうに覚悟はできている。
 ──いや、そうじゃない。
 お父さまとお母さまのそばを離れたときすでに、神様は消えたんだ。

「実は、当競売場では非常に珍しいことに、元上流の貴族です! そのため……」
「もっと近くで見てもいいかい」

 暗闇から、男の声。
 どよめき立っている群集の中で、一人淡々とした声音が妙に頭に響く。

「勿論です! どうぞ檻の近くへ!」

 競売人がそう言った途端、暗がりからどっと大勢の人間がこちらへ流れこんできた。
 思わず後ずさるが、逃げ場はない。

「本当に、美しい……!」
「今時これほどの上物が……!」
「これなら10ポンドも惜しくはない!」

 ──覚悟できていた、はずだったのに。
 今さら、手足が震える。
 檻の間にひしめく顔はすべて、いやらしい笑みをたたえ、目のおくが欲望でじくじくと燃えている。
 この男たちのうちの誰かに、私は買われるのだ。
 奴隷は物で、所有者の思いのままに、何をしたって許される──。

「ではみなさま、10からです!」
「15!」
「20!」
「40だ!」
「50でどうだ!!」

 興奮に沸き立った声が次々と上がる。
 恐怖で叫び出したくなる。誰か助けて!ここから出して!!お父さまとお母さまのもとに帰して!!と。
 でも、誰も助けてなんかくれないことも、誰かの奴隷にならなければ檻から出られないことも、もうわが家には帰れないこともどこかで分かっていた。
 この猛り狂った地獄を、恐ろしくもやかましく思っていると、ふと、群集の中のに目が止まった。
 その仮面は、この中でただ一人、私を静観している。
 不気味だ。
 どこか異国情緒あふれるその仮面は、にんまりと笑い過ぎて、口が裂けている。
 私がそれに視線を奪われていると、男性の白い手袋の上からでも分かる骨張った手がふとその仮面にふれ、ゆっくりとそれを外した。
 不気味な仮面のおくから、現れた男のかお。
 その美しさに、息をのんだ。
 まさにそれは、人類の理想であるギリシア彫刻のよう。
 ──でも、その完全なる美しさに目を奪われている暇はあまりなかった。
 私が思わず見惚れていると、そのかおは人の間を縫ってどんどんとこちらのほうへ近付いてくる──。
 今度は緊張が始まり硬直するしかできないでいるうちに、あっという間に、筋のとおった鼻先は檻の間から覗き、私が悟るに──私の匂いを嗅ぎはじめた。
 まるで犬のように、クンカクンカと──。
 私は、檻の中でできうるかぎり後ずさった。
 や、やめて──!
 絶対クサいから──!
 もう三日も湯あみできてないから──!
 愕然としている私に、そのとき男は笑った。
 え?

「100」

 そしてたしかにそう言った。
 ひゃっ──100ポンド──?
 私の脳内は混乱をきたし、荒れ狂っていたはずの群集は途端にしずまりかえる。

「なんと100!! 他は?!」

 競売人が問うと、一人の男が叫んだ。

「ひゃ、110!!」
「200」

 えっ──?
 100ポンドから10ポンド上がっただけで、今度は一気に200ポンドまで──それも軽々と──。
 見るとすでに不気味な笑みの仮面をつけなおしていて、本当の表情は分からない。
 ──じつはどこかの国の王族か何か?

「200!! その上は?!」

 競売人が問うが、もはや誰も声を上げられなくなっている。
 しばらくの沈黙の後、競売人がハンマーを振り下ろして叫んだ。

「これは当競売場の最高金額を大きく塗り変えました! 200ポンドで落札!!」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

ちゃんと忠告をしましたよ?

柚木ゆず
ファンタジー
 ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。 「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」  アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。  アゼット様。まだ間に合います。  今なら、引き返せますよ? ※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。

処理中です...