6 / 12
出会い
06. Time is Slipping Away / 31人目
しおりを挟む
何だか──気まずい。
何か違う話題は──そうだ、そういえばレオナルドさんの厚意で雨宿りさせてもらっているというのに、何もお礼を言っていなかった。
そのうえ美味しすぎる手料理まで!
「レオナルドさん、雨宿りさせて頂いている上に美味しいお料理まで……感謝いたしますわ」
「ははっ、礼なんか要らねえよ。それより、〝レオナルドさん〟なんて呼ばれると何かむず痒いから、レオって呼べよ。このまちのヤツは皆そう呼ぶんだ」
「えっ……」
い、いきなり愛称で呼び捨てだなんて──出会ったばかりなのに?
でも私の恩人がそう言っているのだから、まずは──練習するしかない。
「は、はい、承知しましたわ……れ、レオ……お兄様」
「っぶはっ!! お、おにーさま?!」
「……。」
ふ、吹き出された──!
恥ずかしい──!
でも、れ、〝レオ〟だなんて無理だし、もしも私にお兄様がいたのなら、彼のような方がいいな──という願望が、つい──。
「ははっ……わりぃな笑っちまって。三十年生きてきて初めての経験だったもんで……まあ、そうだな……レオお兄様っつうのも、色々と、悪くねえな」
レオお兄様はそう言ってニヤッと笑ってみせた。
よ、よかった、一応受け入れてもらえて。
──よし、それならば、遅くなってしまったが私もレオお兄様に自己紹介しなくては。
「名乗るのが遅くなってしまい申し訳ありません。私は、ジョージアナ・メアリルボーン……」
──いや、今はもう違うじゃないか。
その名前は、もう使えない。メアリルボーン伯爵家はすでに潰えたのだ。
それに、すでに私は師匠の所有物になった。
「……どうぞ〝ジジ〟と呼んでくださいませ。師匠がそう名乗るように、と」
「それじゃあ、ジジ。もうあいつから〝僕に絶対、決して、何があっても触れるな〟って言われちまったか?」
レオお兄様はそう言って、完璧な師匠の声真似をしてみせた。
すごい、似てる! というかそっくりだ!
師匠独特のあの神経質な声音!
「ふふっ……ソックリですわね」
「ジジ、そんなこと言われちまって、戸惑ったろ」
「はい、戸惑ったというか……衝撃でした」
同じ人間に面と向かって「汚い」だなんて──本当に衝撃だった。
でも、今の私はたしかにその通りだから、図星というか──惨めだった。
私がそう言うと、レオお兄様は困ったような表情で話しはじめた。
「あいつはな……クラレンスは、清潔か否か、あるいは、美しいか否かにものすごく執着しやがる。自分以外の人間は全員、指の先でも触れたもんじゃないんだと」
「え……?」
ぜ、全員──?
私だけじゃない──?
そ、そうだったのか──。
路上生活をしていた私が汚いからそう言われたのだと思っていたけど、それ以前に、すべての人間が不潔だと思っているということ?
「ど、どうしてそんなこと……」
「……さあ?」
レオお兄様はそう言って首を傾げた。
よく分からないけど──私だけが汚いと言われて避けられているのではないと思うと、少しほっとする。
するとレオお兄様は、昔話を語り始めた。
「あいつの歴代の弟子は、合計三十人はいたな。だが、皆んなそんなあいつについていけず……あるいは別の理由で……自ら辞めてったり、強制的に辞めさせられたりで……今はジジひとりだ」
「や、やっぱり……」
あの師匠の弟子というのは、おそらく、私が想像するより更にハードワークなのだ。
「あいつは魔法使いとしては最高峰だが、師匠としては最悪だ。でも、あいつには弟子が必要なんだな。そこらへんの平民出は駄目だから金で奴隷でも買ってくるとか言ってたが、本当に買ってくるとは……」
レオお兄様はそう言ってため息をついた。
つまり、奴隷が師匠の──最終手段?
ぞっと背筋が泡立ったが、レオお兄様の話は続く。
「あいつは、一度汚ねえと思うものにさわっちまうと、我を失くしやがる。……まあ、我を失くすっつっても、元々の性格がもう悪りいけどよ」
し、師匠──ひどい言われよう──。
「だから、雨ん中外に閉め出されることなんかよりももっとひでえことが、これからもあるかもしれねえ。だがジジは、一応奴隷だから、辞めるなら逃げるしかねえわけだ」
〝逃げるしかない〟──。
レオお兄様ならばもしかしたら、本当に逃げ出したくなったときは、師匠からの逃亡を手助けしてくれるかもしれない。
すると彼は言った。
「だが逃げる前に、俺んとこちょっと寄ってくれよ。俺が、逃げんの思いとどめさせてやっから。何が何でもな!」
「……え」
何が何でも──?
私はレオお兄様に満面の笑みで見つめられて、思った。
何だろう、この、周囲を念入りに取り囲まれてどこにも逃げられないような感覚は──。
「……つっても、今みたいに腹一杯食べさせて愚痴聞いてやるくらいしかできねえけどよ。でも、絶対、元気にしてまたあいつのもとに返してやっから!」
そう言って背中をバシンと叩かれた。
「ブフッ……」
重い一撃で口に入っていた食事が飛び出た。
咳こみながら、頭の中で、もしかして実は、レオお兄様は私の味方のふりをしてはいるが、本当は師匠が誰より大事なのでは──と悟った。
つまりは弟子が必要らしい師匠のために、自分も協力するということだ。
レオお兄様は、師匠と古い仲のようだし──。
私には知り得ない何かがあるのだろう。
「レオお兄様は、師匠が大切なのですね」
「当ったり前だろ? あいつ、俺しかダチいねえし。……それにこれからは、ジジもそうさ」
そして、彼は「ジジ、頑張れよ~」と言いながら私の髪をわしゃわしゃとかき回す。
しばらく頭髪を洗えていないから、汚いと思いますよ──と言おうかと迷っていたとき、この部屋のドアが開く音がした。
「っ……」
そこには、ギョッと目を見開いている師匠が立っていた。
何か違う話題は──そうだ、そういえばレオナルドさんの厚意で雨宿りさせてもらっているというのに、何もお礼を言っていなかった。
そのうえ美味しすぎる手料理まで!
「レオナルドさん、雨宿りさせて頂いている上に美味しいお料理まで……感謝いたしますわ」
「ははっ、礼なんか要らねえよ。それより、〝レオナルドさん〟なんて呼ばれると何かむず痒いから、レオって呼べよ。このまちのヤツは皆そう呼ぶんだ」
「えっ……」
い、いきなり愛称で呼び捨てだなんて──出会ったばかりなのに?
でも私の恩人がそう言っているのだから、まずは──練習するしかない。
「は、はい、承知しましたわ……れ、レオ……お兄様」
「っぶはっ!! お、おにーさま?!」
「……。」
ふ、吹き出された──!
恥ずかしい──!
でも、れ、〝レオ〟だなんて無理だし、もしも私にお兄様がいたのなら、彼のような方がいいな──という願望が、つい──。
「ははっ……わりぃな笑っちまって。三十年生きてきて初めての経験だったもんで……まあ、そうだな……レオお兄様っつうのも、色々と、悪くねえな」
レオお兄様はそう言ってニヤッと笑ってみせた。
よ、よかった、一応受け入れてもらえて。
──よし、それならば、遅くなってしまったが私もレオお兄様に自己紹介しなくては。
「名乗るのが遅くなってしまい申し訳ありません。私は、ジョージアナ・メアリルボーン……」
──いや、今はもう違うじゃないか。
その名前は、もう使えない。メアリルボーン伯爵家はすでに潰えたのだ。
それに、すでに私は師匠の所有物になった。
「……どうぞ〝ジジ〟と呼んでくださいませ。師匠がそう名乗るように、と」
「それじゃあ、ジジ。もうあいつから〝僕に絶対、決して、何があっても触れるな〟って言われちまったか?」
レオお兄様はそう言って、完璧な師匠の声真似をしてみせた。
すごい、似てる! というかそっくりだ!
師匠独特のあの神経質な声音!
「ふふっ……ソックリですわね」
「ジジ、そんなこと言われちまって、戸惑ったろ」
「はい、戸惑ったというか……衝撃でした」
同じ人間に面と向かって「汚い」だなんて──本当に衝撃だった。
でも、今の私はたしかにその通りだから、図星というか──惨めだった。
私がそう言うと、レオお兄様は困ったような表情で話しはじめた。
「あいつはな……クラレンスは、清潔か否か、あるいは、美しいか否かにものすごく執着しやがる。自分以外の人間は全員、指の先でも触れたもんじゃないんだと」
「え……?」
ぜ、全員──?
私だけじゃない──?
そ、そうだったのか──。
路上生活をしていた私が汚いからそう言われたのだと思っていたけど、それ以前に、すべての人間が不潔だと思っているということ?
「ど、どうしてそんなこと……」
「……さあ?」
レオお兄様はそう言って首を傾げた。
よく分からないけど──私だけが汚いと言われて避けられているのではないと思うと、少しほっとする。
するとレオお兄様は、昔話を語り始めた。
「あいつの歴代の弟子は、合計三十人はいたな。だが、皆んなそんなあいつについていけず……あるいは別の理由で……自ら辞めてったり、強制的に辞めさせられたりで……今はジジひとりだ」
「や、やっぱり……」
あの師匠の弟子というのは、おそらく、私が想像するより更にハードワークなのだ。
「あいつは魔法使いとしては最高峰だが、師匠としては最悪だ。でも、あいつには弟子が必要なんだな。そこらへんの平民出は駄目だから金で奴隷でも買ってくるとか言ってたが、本当に買ってくるとは……」
レオお兄様はそう言ってため息をついた。
つまり、奴隷が師匠の──最終手段?
ぞっと背筋が泡立ったが、レオお兄様の話は続く。
「あいつは、一度汚ねえと思うものにさわっちまうと、我を失くしやがる。……まあ、我を失くすっつっても、元々の性格がもう悪りいけどよ」
し、師匠──ひどい言われよう──。
「だから、雨ん中外に閉め出されることなんかよりももっとひでえことが、これからもあるかもしれねえ。だがジジは、一応奴隷だから、辞めるなら逃げるしかねえわけだ」
〝逃げるしかない〟──。
レオお兄様ならばもしかしたら、本当に逃げ出したくなったときは、師匠からの逃亡を手助けしてくれるかもしれない。
すると彼は言った。
「だが逃げる前に、俺んとこちょっと寄ってくれよ。俺が、逃げんの思いとどめさせてやっから。何が何でもな!」
「……え」
何が何でも──?
私はレオお兄様に満面の笑みで見つめられて、思った。
何だろう、この、周囲を念入りに取り囲まれてどこにも逃げられないような感覚は──。
「……つっても、今みたいに腹一杯食べさせて愚痴聞いてやるくらいしかできねえけどよ。でも、絶対、元気にしてまたあいつのもとに返してやっから!」
そう言って背中をバシンと叩かれた。
「ブフッ……」
重い一撃で口に入っていた食事が飛び出た。
咳こみながら、頭の中で、もしかして実は、レオお兄様は私の味方のふりをしてはいるが、本当は師匠が誰より大事なのでは──と悟った。
つまりは弟子が必要らしい師匠のために、自分も協力するということだ。
レオお兄様は、師匠と古い仲のようだし──。
私には知り得ない何かがあるのだろう。
「レオお兄様は、師匠が大切なのですね」
「当ったり前だろ? あいつ、俺しかダチいねえし。……それにこれからは、ジジもそうさ」
そして、彼は「ジジ、頑張れよ~」と言いながら私の髪をわしゃわしゃとかき回す。
しばらく頭髪を洗えていないから、汚いと思いますよ──と言おうかと迷っていたとき、この部屋のドアが開く音がした。
「っ……」
そこには、ギョッと目を見開いている師匠が立っていた。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。
ちゃんと忠告をしましたよ?
柚木ゆず
ファンタジー
ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。
「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」
アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。
アゼット様。まだ間に合います。
今なら、引き返せますよ?
※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる