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出会い
09. Bath Routine / おフロの法則
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「ここがバスルームだ。覚えておくように」
「案内してくださりありがとうございました、師匠」
廊下を少し進んだところにある広いバスルームは──壁面と床のタイルも、バスタブも汚れなく真っ白でピカピカで、気分が弾む。
さあ、ようやくシャワーを浴びられる!
頭はむず痒いし体は汗でベトベトだし、とても気持ち悪かったんだ。
そう思いながらいそいそと、まるでボロ布のような衣服を脱ぎ払おうと手をかけるも、そこではたと気付いた。
──師匠、何故まだ出ていこうとしない?
「……師匠、まだ何か?」
「? 言ったろう、正しい入浴方法を直々に指南すると」
え──?
ということは──。
「……つまり、裸体を師匠に見られると?」
「まあ、そういうことになる」
〝まあそういうことになる〟?!
つまりさっきの師匠の言葉の意味は文字通りの──。
──いや、一応、私だって淑女だったのだ。
いくら師匠といえど、考えただけで悪寒が──。
「師匠、すみませんが……お断りします」
「?!」
「ですがそれでも〝指南〟すると主張されるなら、私は今、師匠に飛びついてしまうかもしれませんわ」
「!!」
私がそう言うと、師匠は怒ってネチネチと言い返してくるかと思ったが──何故か目を大きく見開いて、ショックを受けているようにしか見えない──。
「……嫌がられることなど、初めてだ……」
え──。
その驚きの呟きが本当なら、今までのお弟子さんたちは私とは少し考え方が違うのだろう──。
◯
話し合いは上手くいき、師匠はバスルームの外で私に指示を飛ばすこととなった。
「いいかジジ、決して体を洗う前にバスタブに浸からぬように! まずは髪の毛より先に、頭皮を清潔にする。専用の赤紫色のシャンプーを取れ!」
早くお風呂にザブンと浸かってあたたまりたいのになあ──なかなか長くなりそうだ。
目の前には数本のボトルが並んでいるが、その中でも最も毒々しい色のシャンプーを使わなくてはいけないようだ。
「毛髪にはまた違うものを使うからな。まずはそれで……いや、待て。お前の髪は少し長すぎるから、より洗浄力の高いものがいいか……?」
師匠は何やら迷っているようだ。
──かれは不潔を嫌う。
もしかしたら長い髪も、好まないのかも。
「……。」
〝お前の髪は少し長すぎる〟──。
たしかにそのとおりだ。
この髪は、より爵位の高い殿方に見初められるためのものだった。
長く綺麗な髪を自分の武器のひとつにするために、毎日髪を手入れし、美しく保とうと努力してきた。
──でも、もう殿方の気を引こうと頑張ったって無駄だ。
もういらないな。
今となっては、もはや──大切にしてきたこの長い髪が、鬱陶しいとさえ思う。
「師匠、すみませんが、ナイフか鋏を持ってきてくださいませんか? 髪を切りたいのです」
◯
ジョキジョキと、鋏を軽快に踊らせる。
──何だか楽しくなってきた。
昔の自分よ、さようなら!
などと思っていたのだが──。
「はっ……!」
や、やりすぎた──!
ジョキリと切って、毛束がふぁさりと床に落下した途端、われに帰る。
「……。」
鏡を見れば──これはもはや女性のヘアスタイルではない。
男だ。
もちろん髪が肩まである師匠よりとても短い。
しかも何だか心なしか、レオお兄様に似ている──(髪型だけ)。
「……ふふっ」
ついでに頭を振ってみると、非常に軽くて笑みがこぼれる。
床には私を囲むように大量の金髪が積み上がっているのだから、当然だろう。
──何だか、とてもサッパリした。
とにかく、師匠よりも短くなったのだから、不潔とは言わせまい。
「師匠、お待たせてしてしまい申し訳ありません。鋏をありがとうございました」
ドアの向こうはしばらく物音がしなかったが、ドアの隙間から鋏を差し出すと、手袋をした手が受け取った。
「……これを使え。今のお前にはこれがいい」
その手は一度引っこんだが、また戻ってきた。
その手の中にあったのは──シンプルな白い固形石鹸だった。
──私も以前、これと同じようなものを使っていたが──。
「匂いを嗅いでみろ」
そう言われ、鼻先を近づけると、ふわりと──懐かしい香り。
とても濃密に感じる薔薇のような豊かなその香りは、それでいて、どこかエキゾチックで神秘的。
「師匠、これ……」
「以前は、そのソープを使っていたのだろう」
そうだ、幼い頃から使っていたものと同じだ。
「はい、これを愛用していました」
「競売場で、お前からかすかに同じ匂いがした。そのソープは、かのポリドリ王国産の、知る人ぞ知る逸品だ。それを使えば、毛髪はツヤツヤと輝くが、同時に洗浄能力も非常に高い」
え、そうだったんだ。
そんなに良質なものだとは知らずに使ってしまっていた。
だって、このソープは──。
「わざわざ、このソープを選んで使用していたということは、美醜と清潔感に対する意識が他よりも優れていると、僕は踏んだというわけだ」
「え……」
そ、それは──。
少し誤解が──。
何故なら私は、お母さまが使っていた石鹸を使っていただけに過ぎない。
お母さまが、何故この石鹸を選んだのかは今となっては分からないが、私はただ、お母さまの髪の香りがとても好きで、彼女と同じものが使いたかっただけだ。
それ以来、お父さまもちゃっかり同じものを使うようになり、当家御用達のブランドになったのだけど。
「……だから、お前を選んだだけのこと」
つまり──私はこの石鹸を使っていなかったら、ここにいなかったということ?
もしそうだったら、また別の人間に買われていただろう。
私はあの競売場にいた人たちを思い出して、身震いした。
「それでも、私を選んでくださってありがとうございます」
──お母さまのおかげだ。
私が師匠に拾われて、奴隷として売られたにも関わらずさほど辛い目にも遭わずに済んでいるのは、お母さまのおかげだ。
お母さま──感謝します。
──でも、私を捨てたことは、墓場に行くまで恨むけどね。
「さあ、フケをこそぎ落とせ! お前はまだ洗浄魔法も使えないのだから……指圧だ! 十本指が揃ってればできるだろう、頭皮を擦れ! 今から十分間だ!」
師匠の〝指南〟は非常に煩わしいが、それでも三日ぶりのお風呂は、最高だ。
「案内してくださりありがとうございました、師匠」
廊下を少し進んだところにある広いバスルームは──壁面と床のタイルも、バスタブも汚れなく真っ白でピカピカで、気分が弾む。
さあ、ようやくシャワーを浴びられる!
頭はむず痒いし体は汗でベトベトだし、とても気持ち悪かったんだ。
そう思いながらいそいそと、まるでボロ布のような衣服を脱ぎ払おうと手をかけるも、そこではたと気付いた。
──師匠、何故まだ出ていこうとしない?
「……師匠、まだ何か?」
「? 言ったろう、正しい入浴方法を直々に指南すると」
え──?
ということは──。
「……つまり、裸体を師匠に見られると?」
「まあ、そういうことになる」
〝まあそういうことになる〟?!
つまりさっきの師匠の言葉の意味は文字通りの──。
──いや、一応、私だって淑女だったのだ。
いくら師匠といえど、考えただけで悪寒が──。
「師匠、すみませんが……お断りします」
「?!」
「ですがそれでも〝指南〟すると主張されるなら、私は今、師匠に飛びついてしまうかもしれませんわ」
「!!」
私がそう言うと、師匠は怒ってネチネチと言い返してくるかと思ったが──何故か目を大きく見開いて、ショックを受けているようにしか見えない──。
「……嫌がられることなど、初めてだ……」
え──。
その驚きの呟きが本当なら、今までのお弟子さんたちは私とは少し考え方が違うのだろう──。
◯
話し合いは上手くいき、師匠はバスルームの外で私に指示を飛ばすこととなった。
「いいかジジ、決して体を洗う前にバスタブに浸からぬように! まずは髪の毛より先に、頭皮を清潔にする。専用の赤紫色のシャンプーを取れ!」
早くお風呂にザブンと浸かってあたたまりたいのになあ──なかなか長くなりそうだ。
目の前には数本のボトルが並んでいるが、その中でも最も毒々しい色のシャンプーを使わなくてはいけないようだ。
「毛髪にはまた違うものを使うからな。まずはそれで……いや、待て。お前の髪は少し長すぎるから、より洗浄力の高いものがいいか……?」
師匠は何やら迷っているようだ。
──かれは不潔を嫌う。
もしかしたら長い髪も、好まないのかも。
「……。」
〝お前の髪は少し長すぎる〟──。
たしかにそのとおりだ。
この髪は、より爵位の高い殿方に見初められるためのものだった。
長く綺麗な髪を自分の武器のひとつにするために、毎日髪を手入れし、美しく保とうと努力してきた。
──でも、もう殿方の気を引こうと頑張ったって無駄だ。
もういらないな。
今となっては、もはや──大切にしてきたこの長い髪が、鬱陶しいとさえ思う。
「師匠、すみませんが、ナイフか鋏を持ってきてくださいませんか? 髪を切りたいのです」
◯
ジョキジョキと、鋏を軽快に踊らせる。
──何だか楽しくなってきた。
昔の自分よ、さようなら!
などと思っていたのだが──。
「はっ……!」
や、やりすぎた──!
ジョキリと切って、毛束がふぁさりと床に落下した途端、われに帰る。
「……。」
鏡を見れば──これはもはや女性のヘアスタイルではない。
男だ。
もちろん髪が肩まである師匠よりとても短い。
しかも何だか心なしか、レオお兄様に似ている──(髪型だけ)。
「……ふふっ」
ついでに頭を振ってみると、非常に軽くて笑みがこぼれる。
床には私を囲むように大量の金髪が積み上がっているのだから、当然だろう。
──何だか、とてもサッパリした。
とにかく、師匠よりも短くなったのだから、不潔とは言わせまい。
「師匠、お待たせてしてしまい申し訳ありません。鋏をありがとうございました」
ドアの向こうはしばらく物音がしなかったが、ドアの隙間から鋏を差し出すと、手袋をした手が受け取った。
「……これを使え。今のお前にはこれがいい」
その手は一度引っこんだが、また戻ってきた。
その手の中にあったのは──シンプルな白い固形石鹸だった。
──私も以前、これと同じようなものを使っていたが──。
「匂いを嗅いでみろ」
そう言われ、鼻先を近づけると、ふわりと──懐かしい香り。
とても濃密に感じる薔薇のような豊かなその香りは、それでいて、どこかエキゾチックで神秘的。
「師匠、これ……」
「以前は、そのソープを使っていたのだろう」
そうだ、幼い頃から使っていたものと同じだ。
「はい、これを愛用していました」
「競売場で、お前からかすかに同じ匂いがした。そのソープは、かのポリドリ王国産の、知る人ぞ知る逸品だ。それを使えば、毛髪はツヤツヤと輝くが、同時に洗浄能力も非常に高い」
え、そうだったんだ。
そんなに良質なものだとは知らずに使ってしまっていた。
だって、このソープは──。
「わざわざ、このソープを選んで使用していたということは、美醜と清潔感に対する意識が他よりも優れていると、僕は踏んだというわけだ」
「え……」
そ、それは──。
少し誤解が──。
何故なら私は、お母さまが使っていた石鹸を使っていただけに過ぎない。
お母さまが、何故この石鹸を選んだのかは今となっては分からないが、私はただ、お母さまの髪の香りがとても好きで、彼女と同じものが使いたかっただけだ。
それ以来、お父さまもちゃっかり同じものを使うようになり、当家御用達のブランドになったのだけど。
「……だから、お前を選んだだけのこと」
つまり──私はこの石鹸を使っていなかったら、ここにいなかったということ?
もしそうだったら、また別の人間に買われていただろう。
私はあの競売場にいた人たちを思い出して、身震いした。
「それでも、私を選んでくださってありがとうございます」
──お母さまのおかげだ。
私が師匠に拾われて、奴隷として売られたにも関わらずさほど辛い目にも遭わずに済んでいるのは、お母さまのおかげだ。
お母さま──感謝します。
──でも、私を捨てたことは、墓場に行くまで恨むけどね。
「さあ、フケをこそぎ落とせ! お前はまだ洗浄魔法も使えないのだから……指圧だ! 十本指が揃ってればできるだろう、頭皮を擦れ! 今から十分間だ!」
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