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出会い
11. I Remember / 追憶
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どうしてお薬を差し上げてないんですの、師匠?弟子が慌てる羽目になっているじゃありませんか!
たしか師匠の寝室は、二階の廊下を進んだ最奥──昨日師匠に間取りを教えてもらっておいて、良かった。
しかし寝室のドアの前に立つと、昨日の師匠の言葉が思い出された。寝室だけは入室厳禁と、釘を刺されたばかりだ──まあ、急用でない限りは
とりあえず、ドアをノックするくらいなら、許されるだろう。もう午前十時を過ぎているから、そろそろ起こしたっていいよね。
ドアをノックする。
「師匠? 起きておられますか? 今、お客様が来られているのですが……」
そう言って返事を待つが──ドアの向こうは何も聞こえず、しずまりかえっている。
「師匠、休まれているところ申し訳ありませんが、起きてくださいまし! お客様がお薬をまだ受け取っておられないとおっしゃられています」
しかし──やはり返事はない。
熟睡しているのだろうか──。
昨日、たしかに魔法薬を煎じるとあの女性に約束していたはずなのに、すっかり忘れてしまったのだろうか。
「……さあ、どうしましょう」
師匠を起こすべきか、女性に一旦お帰り頂くか──。
──正直、あの女性は嫌いだが、子どもが熱を出して苦しんでいると言っていた──急いだほうがいいだろう。
これはきっと、急用なはず。
「は、入りますわよ……」
「何人たりとも、入るべからず」の部屋におずおずと侵入させて頂く。
部屋の中は、とうに日が昇っているというのに薄暗い。
そして部屋の真ん中に、天蓋付きのベッド。
その純白のレースの向こうに、美しい寝顔が透けて見えて──ああ、後ろめたさがひどい。
「……。」
足音を立てないようしずかに、もっと師匠のほうへ近付き──いや、これから起こす相手に対してそれはおかしいのは分かっているのだけれど──ゆっくりと天蓋をめくると──ハッ!
「……う、美しッ……!」
直視したら美し過ぎて目が眩む──!
師匠、何だか──羽を休めている天使みたい──。
いつもの、神経質で、偏屈で、どこかヘソの曲がっているような性格がかき消えていて、ものすごく──。
って、いやいや。見惚れていないで、魔法薬を!
「師匠! 起きてくださいまし!」
「う……」
師匠の体を揺り動かすわけにはいかないので、なるべく大声を出してみたが──ん?
すやすやと寝ていた表情が、だんだん歪みはじめた。
お、起きるか──?
「あの、お客様が来ています、よ……?」
起きるかと思い様子を見ていたが──違った。
さっきまで穏やかだった寝顔が、みるみるうちに苦しそうに歪み、呼吸までも浅くなってきて──。
これは何かの病気の発作か、ただ悪夢でも見ているだけなのか判別ができない。
とりあえず、意識をこちらへ呼び戻すため、大声を出そうとした瞬間──。
「……ないで……」
師匠が何か、譫言を喋った。
まるで縋るような、切羽詰まった声音に、思わず黙って耳を澄ましてしまう。
すると、今度ははっきりと聞こえた。
「師匠……ぼくを……おいて、いかないで……!」
その瞬間、かれの頬をひとすじの涙が伝い、枕に小さな染みを作った。
え──どうしちゃったの、師匠?
昔の夢を見てるの?
それも悪夢のような──。
つまり、師匠の師匠と過去に何かが──?
ぐるぐると思考が巡ってまとまらず、何と声をかければいいのか分からないでいると、突然、白い腕が伸びてきて──それが私の背中に回った。
「え……?!」
一瞬、何が起きているのか分からなかった。
ただ、ぐいっと、引き寄せられる重力に抵抗しきれず、勢いよく前のめりになり──。
「うっ……」
気付いたら、何か固いものに思いきり鼻をぶつけていた。い、痛い──なんて、そんなことは後でもいいでしょ!
ぶつかったのは、師匠の胸板だ。
これは、今のこの状態は、完全に──師匠に、抱き締められている。
寝ぼけているはずなのに、絶対逃さないとでもいうように、強い力。
「……。」
──あれだけ「僕に触れるな」「汚い」「不潔だ」なんて煩かったというのに、何だこれは?
師匠の師匠には、こんなことをするのか。
──本当に大事な人には、触れられるのか?
何だか滑稽に思えてきた。
師匠とのこれまでのやり取りが。
私もきちんと「僕に触れるな」というかれの言いつけを守ろうとして、馬鹿みたいじゃないか。
──なら、ここはひとつ、(嫌がらせという名の)悪戯をしてさしあげましょう。
これは、狙った殿方を落とすために、研究に研究を重ねて編み出したテクニックよ──。
喰らえ──必殺・【14才の色気】!!(※成功率10%)
「師匠……そろそろ起きてくださらなければ、私……」
そう囁いて、かれの左頬にピッタリと手を這わした。
そして寂しげな仔犬をイメージさせる伏し目からの、上目遣いで師匠を見つめる。
すると師匠はきつく閉じられていた目を驚きに見開いて、見つめ返してきた──それは数秒か数十秒か、それとも一瞬か──すると今までいくら声をかけても決して起きなかったのが嘘だったかのようにいとも簡単に、跳ね起きた。
「ッギャアァーーー!!」
断末魔をあげながら、ズザザッと物凄い勢いで後ずさり──果てはベッドからドスンと落下して私の視界から消えた。
──やれやれ。ムードの欠片もないわね。
たしか師匠の寝室は、二階の廊下を進んだ最奥──昨日師匠に間取りを教えてもらっておいて、良かった。
しかし寝室のドアの前に立つと、昨日の師匠の言葉が思い出された。寝室だけは入室厳禁と、釘を刺されたばかりだ──まあ、急用でない限りは
とりあえず、ドアをノックするくらいなら、許されるだろう。もう午前十時を過ぎているから、そろそろ起こしたっていいよね。
ドアをノックする。
「師匠? 起きておられますか? 今、お客様が来られているのですが……」
そう言って返事を待つが──ドアの向こうは何も聞こえず、しずまりかえっている。
「師匠、休まれているところ申し訳ありませんが、起きてくださいまし! お客様がお薬をまだ受け取っておられないとおっしゃられています」
しかし──やはり返事はない。
熟睡しているのだろうか──。
昨日、たしかに魔法薬を煎じるとあの女性に約束していたはずなのに、すっかり忘れてしまったのだろうか。
「……さあ、どうしましょう」
師匠を起こすべきか、女性に一旦お帰り頂くか──。
──正直、あの女性は嫌いだが、子どもが熱を出して苦しんでいると言っていた──急いだほうがいいだろう。
これはきっと、急用なはず。
「は、入りますわよ……」
「何人たりとも、入るべからず」の部屋におずおずと侵入させて頂く。
部屋の中は、とうに日が昇っているというのに薄暗い。
そして部屋の真ん中に、天蓋付きのベッド。
その純白のレースの向こうに、美しい寝顔が透けて見えて──ああ、後ろめたさがひどい。
「……。」
足音を立てないようしずかに、もっと師匠のほうへ近付き──いや、これから起こす相手に対してそれはおかしいのは分かっているのだけれど──ゆっくりと天蓋をめくると──ハッ!
「……う、美しッ……!」
直視したら美し過ぎて目が眩む──!
師匠、何だか──羽を休めている天使みたい──。
いつもの、神経質で、偏屈で、どこかヘソの曲がっているような性格がかき消えていて、ものすごく──。
って、いやいや。見惚れていないで、魔法薬を!
「師匠! 起きてくださいまし!」
「う……」
師匠の体を揺り動かすわけにはいかないので、なるべく大声を出してみたが──ん?
すやすやと寝ていた表情が、だんだん歪みはじめた。
お、起きるか──?
「あの、お客様が来ています、よ……?」
起きるかと思い様子を見ていたが──違った。
さっきまで穏やかだった寝顔が、みるみるうちに苦しそうに歪み、呼吸までも浅くなってきて──。
これは何かの病気の発作か、ただ悪夢でも見ているだけなのか判別ができない。
とりあえず、意識をこちらへ呼び戻すため、大声を出そうとした瞬間──。
「……ないで……」
師匠が何か、譫言を喋った。
まるで縋るような、切羽詰まった声音に、思わず黙って耳を澄ましてしまう。
すると、今度ははっきりと聞こえた。
「師匠……ぼくを……おいて、いかないで……!」
その瞬間、かれの頬をひとすじの涙が伝い、枕に小さな染みを作った。
え──どうしちゃったの、師匠?
昔の夢を見てるの?
それも悪夢のような──。
つまり、師匠の師匠と過去に何かが──?
ぐるぐると思考が巡ってまとまらず、何と声をかければいいのか分からないでいると、突然、白い腕が伸びてきて──それが私の背中に回った。
「え……?!」
一瞬、何が起きているのか分からなかった。
ただ、ぐいっと、引き寄せられる重力に抵抗しきれず、勢いよく前のめりになり──。
「うっ……」
気付いたら、何か固いものに思いきり鼻をぶつけていた。い、痛い──なんて、そんなことは後でもいいでしょ!
ぶつかったのは、師匠の胸板だ。
これは、今のこの状態は、完全に──師匠に、抱き締められている。
寝ぼけているはずなのに、絶対逃さないとでもいうように、強い力。
「……。」
──あれだけ「僕に触れるな」「汚い」「不潔だ」なんて煩かったというのに、何だこれは?
師匠の師匠には、こんなことをするのか。
──本当に大事な人には、触れられるのか?
何だか滑稽に思えてきた。
師匠とのこれまでのやり取りが。
私もきちんと「僕に触れるな」というかれの言いつけを守ろうとして、馬鹿みたいじゃないか。
──なら、ここはひとつ、(嫌がらせという名の)悪戯をしてさしあげましょう。
これは、狙った殿方を落とすために、研究に研究を重ねて編み出したテクニックよ──。
喰らえ──必殺・【14才の色気】!!(※成功率10%)
「師匠……そろそろ起きてくださらなければ、私……」
そう囁いて、かれの左頬にピッタリと手を這わした。
そして寂しげな仔犬をイメージさせる伏し目からの、上目遣いで師匠を見つめる。
すると師匠はきつく閉じられていた目を驚きに見開いて、見つめ返してきた──それは数秒か数十秒か、それとも一瞬か──すると今までいくら声をかけても決して起きなかったのが嘘だったかのようにいとも簡単に、跳ね起きた。
「ッギャアァーーー!!」
断末魔をあげながら、ズザザッと物凄い勢いで後ずさり──果てはベッドからドスンと落下して私の視界から消えた。
──やれやれ。ムードの欠片もないわね。
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