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出会い
12. Say What You Wanna Say / 本音を
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「……ふざけるのもいい加減にしろ」
どうやら逆鱗に触れてしまったらしい──。
毛髪を振り乱した怨霊が、あの世からズルズルと這い出てきた。
──寝起きの師匠がベッドから落下して這い上がってきただけだが、もはや、そうとしか見えない。
「すみません師匠、やりすぎでしたわ……!」
とりあえず急いで謝罪する。
確かに最初に寝ぼけて抱き付いてきたのは師匠のほうだが、その後ちょっとイラッとして、からかってしまったのは私だ。
少し反省していると、師匠はくいと眉根を上げて言った。
「入るなと言ったはずだが?」
それはそうだが──。
「でも、大事な用件が……お客様が」
「そんなことは今、どうでもいい」
え、どうでもいいって、そんな横暴な。
客は今も待っているというのに──。
困惑していると、師匠はまるで吐き捨てるように言った。
「どうせまた魘されてたんだろ?」
「……。」
──どうしよう。
罪悪感のせいで師匠の顔をまっすぐ見られない。
かれの弱点を勝手に盗み見てしまったからだ。
師匠の師匠か──。
過去に何があったのかは分からないが、間違いなく言えるのは、きっと、過去の悪夢に魘されている自分など、絶対に誰にも見られたくない。
だから師匠は、寝室は入室禁止と言ったのだ。
女性の子どものこともあるが、今は謝らないと先に進まないだろう。
「師匠、ごめんなさい……」
謝れば、師匠ならきっと許してくれるから──。
「……お前なんか、選ばなきゃよかった」
──え?
今、何て──?
「お前は、弟子失格だ。……出て行け」
──聞き間違いではなかった。
その言葉はまるで鋭利な刃物のように、私の胸に突き刺さった。
どこか悔しげに俯く顔も、これは全く冗談などではないと思い知らせてくる。
頭が回らない。
まさか──魘されているところを見られただけで弟子を追い出すなんて、そんなことあるわけ──。
「聞こえなかったか? 今すぐ出て行けと言ったんだ!!」
──怖い!
まるで氷のように冷え切った目で、師匠は私を睨みつけていた。
思わずじわりと涙が滲んでくる。
師匠に見られたくない。師匠に怯えている自分を。
──言われたとおり、出て行ってやる。
私はその冷たい目から逃げ出した。
今度こそは捨てられないように、師匠に好かれようと、聞き分けの良い自分を演じて──。
でも現実は、もうさよならを言われた。
好きな人たちに、同じように好かれたいだけなのに、どうしていつも私は上手くできないのだろう。
寝室のドアの前で、立ち尽くす。
「……。」
でも──と引き下がるべきか。
涙なんか拭いて、こういうときこそ頭を使え、ジジ。
師匠は私に出て行けと言った。でも──今、ここから出ていくべきではないんじゃないか?
確かに、入室禁止を破っただけで出て行けだなんて、非常に先が思いやられる。
でも、また路頭に迷うのは嫌だ。
奴隷に逆戻りは、もっとごめんだ。
この申し分無い住まいと、清潔な服と美味しい食事──それをきちんと提供してくれる師匠といるべきに決まっている。
師匠をどうやって説得しよう?
そういえば、メアリルボーン家の令嬢だったときの私は、自分や当家の評判ばかり気にして、自分の言いたいことさえ言えなかったのを今になって思い出す。
でも、今の私は──どうしたら師匠を説得できるのかはさっぱり分からないが──とにかく言ってやりたいことだけはある。
決心し、踵を返して師匠に迫り寄ると、師匠は驚いたような顔をして、何だか怯えている──。
「……なっ、何するつもりだ?!」
最後の嫌がらせで、触られまくるとでも思っているのだろうか?
そんなことするわけないじゃないか。
「いや、特に何も? ……ただ師匠には、これだけははっきり言っておいてやろうと思いまして」
嫌味を言われるがまま、何も言い返せず笑っているのは、最悪の気分。
「……何だ? 言ってみればいい」
でも、もう自分の評判なんか気にする必要ないから、言いたいことを言いたいだけ言ってやる!
「先ほどの発言を聞くと、どうやら師匠は、私を弟子に選んだことを後悔されているようですが……私は、私を選んでくださったのが師匠で、本当に、良かったと思っています」
そう言うと、師匠は怪訝そうに眉根を寄せた。
これは、信じていないな──というか、嫌味だと思ってるな──。
どうやら師匠は少々、人の機微に鈍感なようだ。
それならば、理解できるまで説明するのみ。
「何故なら師匠は、私がレオお兄様の店で雨宿りしていたときはきちんと迎えに来てくれましたし、私が髪を切ったらわざわざ綺麗に整えてくれましたし、それに競売場から私を出してくれ、申し分ない衣食住を与えてくれて、人間らしい生活を送らせてくださり……」
──何だか興奮してきた。
好き勝手なことを好きなだけ言えるって、最高の気分!
「だから私は、師匠のそばにいられれば、奴隷でも伯爵の娘でもなく、ただの師匠の弟子でいられます。それが私にとっては、心地よくて…… だから、師匠のことはちゃんと大切にしようと思っていました」
だから──。
「というわけなので、出ていくつもりは一切ありませんし、師匠のことを、大切にしてあげたいと思っている弟子を追い出すだなんて……頭がおかしいのではなくて?」
──ああ。
はっきり言ってやって、格好つけたかったのに──握り拳は震え、目には涙が滲んでくる。
だって、師匠は「お前なんか選ばなきゃよかった」と言って──私を拒絶しているというのに──死にたくなってくる。
でも、少しスッキリはした。
涙でぼやけてしまって、師匠の顔はよく分からないが、ようやくかれは口を開いた。
「……客が来てるのか」
「え……は、はい」
え、ここでお客様の話──?
これだけ私が捲し立てたのに?
「客の相手をしてくるから、少し待ってろ」
そう残しただけで、そのまま部屋を出て行ってしまった。
どうやら逆鱗に触れてしまったらしい──。
毛髪を振り乱した怨霊が、あの世からズルズルと這い出てきた。
──寝起きの師匠がベッドから落下して這い上がってきただけだが、もはや、そうとしか見えない。
「すみません師匠、やりすぎでしたわ……!」
とりあえず急いで謝罪する。
確かに最初に寝ぼけて抱き付いてきたのは師匠のほうだが、その後ちょっとイラッとして、からかってしまったのは私だ。
少し反省していると、師匠はくいと眉根を上げて言った。
「入るなと言ったはずだが?」
それはそうだが──。
「でも、大事な用件が……お客様が」
「そんなことは今、どうでもいい」
え、どうでもいいって、そんな横暴な。
客は今も待っているというのに──。
困惑していると、師匠はまるで吐き捨てるように言った。
「どうせまた魘されてたんだろ?」
「……。」
──どうしよう。
罪悪感のせいで師匠の顔をまっすぐ見られない。
かれの弱点を勝手に盗み見てしまったからだ。
師匠の師匠か──。
過去に何があったのかは分からないが、間違いなく言えるのは、きっと、過去の悪夢に魘されている自分など、絶対に誰にも見られたくない。
だから師匠は、寝室は入室禁止と言ったのだ。
女性の子どものこともあるが、今は謝らないと先に進まないだろう。
「師匠、ごめんなさい……」
謝れば、師匠ならきっと許してくれるから──。
「……お前なんか、選ばなきゃよかった」
──え?
今、何て──?
「お前は、弟子失格だ。……出て行け」
──聞き間違いではなかった。
その言葉はまるで鋭利な刃物のように、私の胸に突き刺さった。
どこか悔しげに俯く顔も、これは全く冗談などではないと思い知らせてくる。
頭が回らない。
まさか──魘されているところを見られただけで弟子を追い出すなんて、そんなことあるわけ──。
「聞こえなかったか? 今すぐ出て行けと言ったんだ!!」
──怖い!
まるで氷のように冷え切った目で、師匠は私を睨みつけていた。
思わずじわりと涙が滲んでくる。
師匠に見られたくない。師匠に怯えている自分を。
──言われたとおり、出て行ってやる。
私はその冷たい目から逃げ出した。
今度こそは捨てられないように、師匠に好かれようと、聞き分けの良い自分を演じて──。
でも現実は、もうさよならを言われた。
好きな人たちに、同じように好かれたいだけなのに、どうしていつも私は上手くできないのだろう。
寝室のドアの前で、立ち尽くす。
「……。」
でも──と引き下がるべきか。
涙なんか拭いて、こういうときこそ頭を使え、ジジ。
師匠は私に出て行けと言った。でも──今、ここから出ていくべきではないんじゃないか?
確かに、入室禁止を破っただけで出て行けだなんて、非常に先が思いやられる。
でも、また路頭に迷うのは嫌だ。
奴隷に逆戻りは、もっとごめんだ。
この申し分無い住まいと、清潔な服と美味しい食事──それをきちんと提供してくれる師匠といるべきに決まっている。
師匠をどうやって説得しよう?
そういえば、メアリルボーン家の令嬢だったときの私は、自分や当家の評判ばかり気にして、自分の言いたいことさえ言えなかったのを今になって思い出す。
でも、今の私は──どうしたら師匠を説得できるのかはさっぱり分からないが──とにかく言ってやりたいことだけはある。
決心し、踵を返して師匠に迫り寄ると、師匠は驚いたような顔をして、何だか怯えている──。
「……なっ、何するつもりだ?!」
最後の嫌がらせで、触られまくるとでも思っているのだろうか?
そんなことするわけないじゃないか。
「いや、特に何も? ……ただ師匠には、これだけははっきり言っておいてやろうと思いまして」
嫌味を言われるがまま、何も言い返せず笑っているのは、最悪の気分。
「……何だ? 言ってみればいい」
でも、もう自分の評判なんか気にする必要ないから、言いたいことを言いたいだけ言ってやる!
「先ほどの発言を聞くと、どうやら師匠は、私を弟子に選んだことを後悔されているようですが……私は、私を選んでくださったのが師匠で、本当に、良かったと思っています」
そう言うと、師匠は怪訝そうに眉根を寄せた。
これは、信じていないな──というか、嫌味だと思ってるな──。
どうやら師匠は少々、人の機微に鈍感なようだ。
それならば、理解できるまで説明するのみ。
「何故なら師匠は、私がレオお兄様の店で雨宿りしていたときはきちんと迎えに来てくれましたし、私が髪を切ったらわざわざ綺麗に整えてくれましたし、それに競売場から私を出してくれ、申し分ない衣食住を与えてくれて、人間らしい生活を送らせてくださり……」
──何だか興奮してきた。
好き勝手なことを好きなだけ言えるって、最高の気分!
「だから私は、師匠のそばにいられれば、奴隷でも伯爵の娘でもなく、ただの師匠の弟子でいられます。それが私にとっては、心地よくて…… だから、師匠のことはちゃんと大切にしようと思っていました」
だから──。
「というわけなので、出ていくつもりは一切ありませんし、師匠のことを、大切にしてあげたいと思っている弟子を追い出すだなんて……頭がおかしいのではなくて?」
──ああ。
はっきり言ってやって、格好つけたかったのに──握り拳は震え、目には涙が滲んでくる。
だって、師匠は「お前なんか選ばなきゃよかった」と言って──私を拒絶しているというのに──死にたくなってくる。
でも、少しスッキリはした。
涙でぼやけてしまって、師匠の顔はよく分からないが、ようやくかれは口を開いた。
「……客が来てるのか」
「え……は、はい」
え、ここでお客様の話──?
これだけ私が捲し立てたのに?
「客の相手をしてくるから、少し待ってろ」
そう残しただけで、そのまま部屋を出て行ってしまった。
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