あの世からのお迎えを待つばかりのおばあちゃんが、異世界の悪役令嬢と入れ替わったら

白柿

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残ライフ4

04.

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 そのとき、花の香りがふわりと鼻をくすぐった。
 この花の香りは──どこで嗅いだのだったか。

ボーン
ボーン

 振り子時計が鳴っている。
 それがいやに懐かしい。
 今、何時になったんだ?
 私は目を開けた。

「……ようやくお目覚めですか」

 その──空色の毛とピンク色の目、端正な顔立ちを目にした瞬間、すべてを思い出した。
 じいさんの葬式の帰りに、とんでもなく奇妙キテレツな世界へ迷いこんでしまったこと。
 また自分の足で歩けるようになったこと。
 美少女になったこと。
 婚約破棄されたこと。
 勘当されたこと。
 夜の路上で、誰かに刺されたこと。
 心臓を、刺されたのだ。
 心臓を──
 慌てて左胸を抑えるものの──血は出ていないし、ましてや刀なんて刺さっていないし、全く痛くもなんともない。
 何より──私、い、生きている──?
 ど、どういうことだ──?

「侍女頭。義姉上が目を覚まされた。早急に、マクベス様をお通ししろ」
「かしこましりました、セザリエ様」

 侍女頭と呼ばれた西洋の女は、目の前の男──私の弟に一礼してから、部屋を出ていく──え?
 弟は、じっと私を睨みつけている。
 ──え……え?

「……なあ、そのマクベスって人は、これから一体、何しに来るんだい?」

 すると弟は、まるで変なものを見るような目で私を見ているかと思えば──すぐに気を取り直したのか、見事な笑顔を作りあげた。
 まさか──。
 お願いだ、違うと言ってくれ──!

「義姉上……ご冗談を。つい先程、全卒業生たちの前で見せしめの如く婚約破棄を宣言され、次期王妃の座を失うばかりか、これからあなたを待ち構えるのは地獄ばかりだと……ご自身でも、お分かりのくせに?」

 そう言って、ふふっと無邪気に笑った。
 そ、そんな馬鹿な──。

「いい気味だ、義姉上…… これもすべて、常日頃のこの上なくスバラシイ行いが招いた結果ですよ!? ふっふっふ……ははっ……あーはっはっは!!」

 う、嘘だ──。
 この狂気じみた高笑いを、恥ずかしげもなく二度も出来るなんて──。
 そんなまさか──。

「なあ……今は何時だい……?」

 ベッドから這い出てそう聞くが、そういえば部屋の片すみに、存在感のあるあの振り子時計があったのだ。
 その時計の針は──。
 
「……ちょうど今しがた、5時になったところのようですが?」

 どう見ても、二度見ても、5を指している。
 まさか──。
 まさか、時間が巻き戻っているなんて、そんなことあるわけ──。
 
「……。」

 そんな馬鹿な──

 ということは、もしかして──

 また私は、殺されるのか?

「……。」

 いや、そんなこと、あるわけがないじゃないか。
 それなのにあの、暗く浮かび上がる辻斬りの影、呼吸ができない苦しみ、肉が切り裂かれる痛み、むせ返るような血の匂い、全身が痺れていくあの感覚に、飲みこまれていく。
 堪えきれずうずくまった瞬間、ドアがバン!と勢いよく開け放たれる音が響き渡った。
 
「……。」

 しかし──また嫌味のひとつでも聞こえてくるかと思えば、部屋は静かだ。
 ぱたりとドアが閉じられる音がやけに響く。
 それなら、あの3人組じゃありませんようにと祈っていると、コツコツという一人分の靴音がこちらへ近づいてきた。

「……立て」

 祈りは虚しく散ったようだ──。
 しかも腕を持ち上げられ、立たせようとされるので、バッと振り払った。
 満鶴さんじゃないのなら、なおさらいやだ。
 そのとき、呟くような声。

「……泣いているのか?」

 いや、子どもじゃないんだから泣いてはいないが──。
 しかし、このさい、もうヤケだ。
 あんたの期待どおり、咽び泣いてやる。

「うっ……グスッ……ズビ……ひっく」
「……。」

 われながら嘘泣きがうまい。
 ──さあ、どうするんだい、王太子様。
 この前のように嘲笑うか、それとも狼狽るか、もしや慰めにかかったり──。
 元来の性格の悪さを発揮して、少しだけ恐怖から気持ちを逸らすことに成功したかと思えば──。

「……泣くなんて、おまえらしくない」

 王太子は身体を屈め、うずくまる私に両腕を伸ばしてきた。

 ふわりといい香りが鼻を満たして、私の身体は硬直した。

 だ、抱き締められている──。

 ほっぺたにかかる金色の毛はくすぐったいし、その身体のなまあたたかさはどうもむず痒い。
 でも、やっぱりいい匂い──と不覚にもちょっぴりうっとりしていると、耳元で囁かれた。

「そんなに婚約を破棄されるのがいやなら……俺が王になったら、側室くらいにはしてやろうか?」

 思いきり、突き飛ばした。

「な、何する……?!」

 と、とんだ下衆野郎だな──。
 突然突き飛ばされた王太子は、姿勢を崩して尻餅までつき、呆気に取られた顔をしている。
 ──突き飛ばされる理由が分からないほうがどうかしている。

「あんたがボケたことを言うからだろうが」
「!?」

 大体、この前から考えていたが、この男──。
 この世界の新参者の私には、この美男子とこの美少女がどういった経緯で〝婚約破棄〟に至ったのかはさっぱり分からないし、この男だけでなく女のほうにも非はあるのかもしれないが──とにかくは。

「あんたみたいな、しゅうとめみたいな嫌味男、こっちから願い下げだね」

 こっちは冷たい水までかけられたんだ。
 啖呵を切ってやると、少しスッキリした。
 すると王太子の顔がたちまち歪んだ。

「……とうとう、気でも触れたか?」

 そう言って、皮肉げに笑う。
 あ、これは──。

「つい先刻は、俺とカナリアの仲睦まじい姿を目の当たりにして、無様にも気を失ったようだったが……?」

 前回と全く同じ──。

「またカナリアとの婚約を邪魔するようならば、ただでは済まんぞ。今すぐ、婚約解消の書類にサインしろ!……ジル!」

 ──信じられない。
 しかし既視感しかない、おれを見下ろし蔑む目。
 本当に信じられないが、その背後から現れた満鶴さん──いや、じ、──は、これは現実なのだと信じたいと思わせてくるからもっとわけが分からなくなる。
 ──また、会えた。
 それだけで、こんなにもうれしいなんて──本当に、若かりし頃の満鶴さんの生き写しだ。
 私が抱きついたときは顔を赤くして狼狽えていたが、今その顔からは、何の感情も読み取ることができない。
 
「どうした? ぼっとして。〝こっちから願い下げ〟じゃなかったのか?」

 王太子が笑った。
 ──やはりこんな男とは、この美少女だって早く別れるべきだろう。
 
「……女に二言はない」

 ジルの差し出すその書類。
 内容もよく見ずにペンを取り、最下段の空欄に自分の名前を書いた、そのつもりが──見れば、カタカナの外国人の名前がそこに記されていた。
 マーサ・ポーラルガスト──?
 困惑していると、書類を奪われた。

「……よろしい。これでおまえは、正式なる、王の後継者に捨てられたキズモノだ」

 傷物──やはり全く同じ台詞。
 本当に、時間が巻き戻っているというのか──?

「そういえば、今晩の婚約披露パーティーには参加するだろう?」

 王太子がそう問うた。
 こ、婚約披露パーティー?

「これでおまえは主役ではなくなったわけだが、単なるいちゲストとして特別に招待してやろう」

 ──ん?
 もしや、自分の婚約を祝うはずだったパーティーに、ただの客として参加しろということか?
 そんな屈辱はごめんだ。 
 言われっぱなしは好きではないので、何と返してやろうかと考えていたとき、静かな部屋にドアのノック音が響く。

「入れ」
「……これは王太子様。いらっしゃったとはつゆ知らず、失礼いたしました」
「よい。おまえの娘に、用があるのだろう」

 王太子は笑みを深くする。
 そこに立っていたのはやはり、私の親父殿だった。

「……苦渋の決断だ」

 もし、次に続く言葉も同じだったら、時間が巻き戻っているのだと本気で信じざるを得なくなってくる。
 耳を澄ましていると、おれを真っ直ぐに見据えて、父は口を開いた。

「ポーラルガスト家の当主として、おまえを勘当する。一時間だけおまえに与えよう。その間に荷物を纏め、この屋敷から出て行くのだ」
「……。」
「それならば、手切金が欲しかろう」

 カランと水差しが床に落ちる音。

「たっぷり弾んでやろう。さあ、これだ」

 見ると枯れた薔薇の花が目の前に一輪落ちている。
 そして、王太子の大笑い。

 とにかく一言言わせてくれ──とにかく解せぬ。
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