あの世からのお迎えを待つばかりのおばあちゃんが、異世界の悪役令嬢と入れ替わったら

白柿

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残ライフ3

11.

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「あんたみたいな最低男にこの私は、もったいないよ」

 そう堂々宣言したものの──何も反応がない。
 まあ、王太子サマの口は、あんぐりと開いてはいるが──とりあえずこの場にいる誰か、誰でもいいから反応をくれ。
 〝いよっ、マーサ! よく言ってくれた最高!〟とか〝生意気だ、引っ込みやがれマーサ!〟とか、何でもいいから──そりゃあもちろん、前者を渇望するが──。
 するとそのときいちばん先に反応を返してくれたのは、やはり言われた当の本人であるマクベスだった。
 ようやく立ち直ったのか、ハッと乾いた笑いを浮かべ──。

「……とうとう、気でも触れたか」

 え~、またそれ? 
 待ちわびた返答が、それ?
 もう聞き飽きたわ。同じことを何度も言わなくたっていいじゃないか。

「どうやらそのようだな。つい先刻は、俺とカナリアの仲睦まじい姿を目の当た……」
「ああ、無様にも気を失ってしまって悪かったね。あんたの言いたいことは分かったから、まずは早く紙をくれ」
「……。」

 そう言うと、どうやら王太子はまたも決まり悪そうにしている様子だが──〝紙〟という言葉だけでもジルさんはすぐに理解してくれたらしく、恭しくも婚約破棄の書類とペンをさっと差し出してくれた。

「ジルさん、ありがとう」

 それに滑らかにペンを走らせて署名し、ばっと王太子に差し出した。
 
「これでいいか、王太子様?」
「よ、よろしい。……ならばこれでおまえは、正式なる……」

 もうキズモノだなんて言わせる時間はやるもんか。

「王の後継者に……」
「あんたからようやく解放された、自由の身!」

 そう叫んでこれみよがしにう~んと伸びをすると、王太子様は口元をぴくぴくと引きつらせている。
 それでも、精一杯皮肉げな笑みを作ろうと頑張っているから、何だか健気だ。

「お、おまえ、おまえは俺を……」

 どうやら頑張って私への嫌味を考えているみたいだが、王太子サマの言葉を待っている時間は今の私にはない。

「よし、あとは……お父様~? そこにいるんだろ?」
「……。」

 少し間があったが、すぐにキイと静かにドアが開いて、お父様が顔を出した。
 少し戸惑っているように見えるのがちょっと面白い、が──。

 おそらく、ここからが正念場だ。
 きっと、この裕福そうな家族から勘当され、身分も落ちて、この家にいられなくなれば、殺されるリスクがぐんと増える気がする。
 この家から追い出されるのを防げれば、今までの流れも、変えられるかもしれない。
 そのためには、お父様に勘当をやめるよう説得しなくては──。
 まず、人を説得するためには、自分の立派な主張も大切だが、相手の気持ちも尊重する──つまり共感することが大事だと、奉公先の先生から学んだものだ。

「お父様……私はお父様の気持ちも、十分理解できる」

 心理的な距離を縮めるには、物理的にも距離を縮めることが不可欠。
 お父様に歩み寄り、その手を取った。

「い、いきなり何だ?」

 あとは、共感する気持ちを忘れずに、己の要求をたたみかけろ!

「王太子様との婚約が破られた今、家族にとって私はただの穀潰しに過ぎないだろう。勘当するのは当然かもしれない。……でも、完全に縁を切る前に、あんたの娘に、最後のチャンスをやってくれ」

 お父様は、じっと私の話を聞いてくれている。
 少々、いやかなり、渋い顔ではあるが。
 ──要求すべてを吞み込んでもらうのが難しそうな場合は、こちらも譲歩することは忘れない。
 そうだな、完全なる縁切りの、時間の期限は──どうせ私がに留まり続ける運命だというのなら──今晩12時だ。

「なに、今日の真夜中12時までの、猶予を私にくれるだけでいい。それまでに、私はお父様にとって非常に有益な存在だと、証明してみせるよ」

 はったりも必要ならかましてやれ!

「もしそれができなかったら、もちろん即刻、私を勘当してくれてかまわない」
 
 ──これで私が今言えることは、全部言った。
 さあ、どう出る、お父様──?と様子を窺っていると、彼は私ではなく、王太子のほうに視線を投げた。

「……王太子様、たった一日もないのです。この愚かなわが子に何ができましょう?」

 ──おお?
 意外にも、お父様は受け入れてくれるつもりなのか──?
 やはり少しは、自分の娘に愛情があったのか?
 やはり、言ってみるものだな。
 王太子を見るが、返答を考えているようだがこういうときだけ読み取れない表情をしている。
 しかしあきらかに、王太子にふられたのは、まずかった。
 私の要求を呑んでも、とくに彼に利益はない。
 今度は王太子をどうやって説得すれば──と考えていると、彼は呟いた。

「……まあ、いいだろう」

 ──え!?
 ほ、本気で言っているのか──?

「わがローズハート王家は、慈悲の心を信条とする。それによって民たちの信頼を得、三百余年もの間、栄え永らえている……だから、娘との別れを惜しむ時間くらいくれてやる」

 どうやら、本気らしい。
 何だかよく分からないが──ローズハート王家万歳!

「ありがとう、王太子!」
「……どうせ、おまえは追い出されることになるだろうよ」

 王太子は私と視線も合わせず、蔑むように言った。
 じゃあ、それならば──。

「じゃあ、これで晴れて婚約破棄が成立したわけだから、手切れ金の代わりでももらっといてやるよ。そこに持ってんだろ? 腐った薔薇」

 言われる前に、先手を打たないとな。

「……。」

 そう言うと──王太子は無言でその枯れた花をポケットから取り出すと、恐らく先に言われたのが悔しかったのだと思うのだが──思いきりそれを、床に叩きつけた。
 しかしただの花なので大きな音がすることもなく、ペシッ、という愛らしい音だけがこの静まりかえる部屋に響いたのだった。

「……。」

 これはさすがにヤケになっているのでは──いじめすぎたか?と反省していたとき。

「……婚約パーティーでは覚えているんだな」

 王太子はしっかりと負け犬の遠吠えを残して、剛健な騎士たちを引き連れ、この部屋から去っていった。
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