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本編
116.白豚王子は逃げられない
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……――――心地良い微睡みから、僕の意識は浮上していく。
「……ん……」
ゆっくりと瞼を開けると、キラキラと煌めく金色が見えた。
褐色の肌にかかる黒髪から覗いた金色の目。その瞳が優しい眼差しで僕を見つめていたのだ。
「起きたか、フラン」
そう言った彼が、僕の顔にかかった髪を梳いて後ろに流し、撫でてくれる。
端整な美形が柔らかく微笑むものだから、僕はうっとりとして見惚れてしまう。
やんわりとした温もりに包まれているなと思えば、彼の腕の中で目が覚めたのだと分かった。
「……ダーク……?」
ぼんやりと呟いて、状況が把握できていなかった僕は辺りを見回してみる。
そこは豪華な貴賓室の一室。清潔に整えられた大きなベッドの上で、僕達は横になっていた。
僕は肌触りの良い上質なナイトガウンを身に着けていて、彼に抱きかかえられる体勢で眠っていたのだ。
(……え? どうして? こうなった?)
彼に食い殺されて死ぬものだと思っていたのに、僕は何故か無事に生きている。
断罪がまだ先の事だとしても、大罪人である筈の僕がどうしてこんな部屋で丁寧に扱われているのか分からない。
困惑して首を傾げていると、彼が僕をギューッと抱きすくめて言う。
「投獄されたと聞いた時は肝が冷えたぞ。本当に無事で良かった」
彼は鼻先を擦り合わせておでこをくっつけ、僕の温もりを確かめ、安堵したように笑う。
そうして、冤罪の件はもう解決したのだと教えてくれた。
僕の冤罪による監禁も含め、数々の謀略は王宮で暗躍していた悪者の仕業だったのだそうだ。
国王陛下の暗殺を謀り、魔鉱石を使い要人を操って王国の実権を握ろうとしていた黒幕。それは国王陛下の右腕であり、王妃の血縁者で第二王子の後ろ盾でもあった、宰相グリーンティー・アイス・ミルクだった。全ては宰相が企てた陰謀だったのだ。
今はそれに連なる者達も全てあぶり出され、皆仲良く捕縛されて獄中だそうだ。
「そ、そんなことが……僕、全然知らなかった……」
「話も長くなるから、何か食べながらにしようか。少し待っていろ」
身体を起こして座り直すと、彼は香り立つ温かい紅茶と軽食を乗せたトレイテーブルをベッドまで持ってきてくれる。
手ずから食べさせられ、何かと世話を焼かれ、至れり尽くせりすぎて混乱する僕に、彼は食事をさせつつ説明を続けた。
紛争地で武功を上げるかたわら、彼は呪毒を無効にする僕の特殊能力について調べ、僕の出生や母親についても徹底的に調べていたらしい。
そこで判明したのが、僕の母親『傾国の魔女』は『暴食の魔女』の二つ名を持つ人物で、大食漢で猛毒すらも平気でたいらげてしまう特異体質の持ち主だったそうだ。
その暴食の能力が僕にも受け継がれ、猛毒を食べても平気なのだろうと推測された。
言われてみると、どんなにたくさん食べても何を食べても、お腹を壊した事がないなと思う。
更には、僕には摂取した猛毒を妙薬に変えて蓄積する特異体質があるそうで、瀕死状態だった国王陛下は僕の鼻血とか色々な液体を浴びた事で解毒され、命を繋ぎ止めたのだとか。
僕的には、鼻血諸々で汚してしまって大変に申し訳ない気持ちでいっぱいなので、なんとも複雑な気持ちだけど。
手の施しようのなかった国王陛下の病状が好転し、それが決定的な証明となって、僕の冤罪は晴らされたのだった。
他にも、僕は王侯貴族や民達が薬物依存や中毒死になる危機を未然に防いでいたそうで……。
寝耳に水と言うか、まったく予想だにしていなかった事の成り行きに、僕は只々唖然として彼の説明を聞いてた。
食事を終えて一息つくと、彼は僕の方にズイッと顔を近付けて言う。
「お前の名誉を守ることができた俺を褒めてくれ」
「あ……ありがとう、ダーク」
僕がお礼を言うと、彼は誇らしげに白い歯を見せて笑った。
その明るい笑顔が眩しくて格好良くて、パタパタと振られる尻尾が愛らしくて、胸がギュウゥンッと締め付けられてしまう。
大好きすぎる彼の真新しい姿にキュンキュンして、萌えすぎて思考が停止しそうになるのだけど、必死に堪えてなんとか疑問を投げかける。
「あの、でも、どうして僕なんかの為にそこまでしてくれたの? ずっと嫌われていると思っていたのに……」
「嫌う? 何故だ? 嫌う理由など何もないだろう?」
不思議そうに彼は首を傾げて、暫し考えてから何か思い当たったように声を上げる。
「ああ、だからずっと俺から逃げ回っていたのか。まさか、そんな風に誤解されていたとはな……嫌う筈がない。俺にとってフランは特別だ」
彼は僕の頬や癖のある髪を撫でながら、思い出を振り返るようにして語る。
「俺が初めてフランを見たのは、六年前の国王誕生祭の時だ。すれ違った俺を見て、お前は笑っただろう?」
「あ……あの、それは、獣人を見るのが初めてで、嬉しくてつい……」
「嘲笑の類でないことは分かっている。俺は人一倍、他者の感情に敏い、悪感情は特に敏感だからな。お前からは悪感情の類は一切感じなかった」
「そ、そっか、なら良かった……」
不気味な暗黒微笑だっただろうなと思い、焦って弁明しようとしたのだけど、彼は分かっていると言って僕の頭を撫でた。
「この国に難民達が押し寄せた時も、城下町で貴族が難民の子供に菓子を施していたのを取り上げて食べていただろう?」
「うぐっ、その節は大変に申し訳ないことを……なんとお詫びすれば良いのやら……」
僕はベッドの上で正座をし、姿勢を正して三つ指を突き、深々と頭を下げようとしたところ、彼に止められる。
「詫びなど不要だ……あれは魔鉱石が仕込まれた菓子だった。俺は毒に慣らされていたから匂いで分かったが、他の者は分からないだろうな。一見して高級な菓子に見えるが、あれは弱った子供や老人が口にすれば命を落としかねない、危険な代物だった」
「っ!?」
彼の言葉から真相を知り、僕は目を見開いて絶句してしまう。
(そんなとんでもない代物をモフモフ・キュートな獣人達に食べさせようとしていたなんて、信じられない蛮行! あの威丈高な貴族マジで許すまじ!! ……謎の強制力で無自覚だったとはいえ、獣人達が口にしなくて本当に良かった)
僕が内心怒りに打ち震えつつも安堵していると、彼は言葉を続ける。
「お前は嫌われ役を演じ、散々悪しざまに言われても、身を呈して難民達を守ってくれた。自国の民だけではなく、獣と蔑称される他国の者ですら、救おうとしてくれるのかと驚いた。家畜の餌などと悪辣な者の目を欺き、身体を癒す貴重な妙薬を惜しげなく提供してくれたんだ」
「えぇっと、それは……」
記憶をたどって思い起こしてみると、覚えのあるような――ないような気がする。
(家畜の餌に見える妙薬というのは、手作りクッキーのことかな? あれは僕が食べちゃったお菓子の代わりにせめてもと渡したもので、粉々に潰れていたのは僕が転げ回ったからで、まったくの偶然が重なった訳なのだけども……)
誤解されていて、なんと言っていいものやらと考えあぐねていると、彼は更に真剣な眼差しで言葉を続けた。
「お前は王族の身でありながら膝を折り、臣下の行いを恥じて難民達へ謝罪してくれた。その姿勢に、俺は深い感銘を受けたんだ」
「ダーク……」
完全に良い方向に拡大解釈されている。
僕は口を開けたり閉じたりしつつ、言葉を紡げずにいた。
(こ、これは今更「誤解でした!」なんて言える雰囲気じゃない……ど、どうしよう。誤解されたままじゃ、きっと問題になる。早めに誤解を解かないと……でも、こんなキラキラした目で見られているのに、なんて言い出せばいいんだよ……)
たじたじとしている僕をよそに、彼は過去を振り返りつつ語る。
「俺が大使として王宮に訪れた際も、魔鉱石の仕込まれた菓子が出された。支援を求めている以上は事を荒立てられず、毒に慣らされている俺なら多少は耐えられるだろうと思っていた。もし、俺の身に何かあっても、使い捨ての『暗黒色を持つ者』なら問題はない。そう、俺は達観していたんだ」
自己犠牲的な彼の言葉を聞くと、僕は胸が詰まって苦しくなる。
(使い捨てにされることを覚悟していたなんて、悲しすぎるよダーク……ゲームのダーク・フェイスは悲劇の英雄だったから、ゲームではそんな裏設定があるのかもしれない……だけど、彼はこの世界に生きている。作り物なんかじゃない、生きた人間なんだ。そんな悲しい思いは、もうして欲しくない……)
辛かっただろう彼の気持ちを想像すると、切なくなって涙が滲んできてしまう。
涙を堪えつつ彼を見つめると、彼は僕に柔らかく微笑みかけて話を続ける。
「なのに、突然お前が現れて菓子を全て食べてしまった。使い捨ての俺を救おうとしてくれる者などいなかったから、心打たれずにはいられなかった。それと同時に心配でならなかったんだ。いくら毒に耐性があっても、許容量には限度がある。だから、必死に追って止めさせようとしていたんだ」
「……それで、ずっと追いかけられていたんだね。僕、てっきり色々やらかしたせいで、ひどく怒らせて嫌われてしまったんだと思ってたよ」
逃走劇を思い出したのか、彼は声を出して笑った。
彼の明るい表情を見ると、切なさが和らいでホッとする。
「ははは。凄い逃げ足でことごとく逃げられてしまっていたな。なかなか捕まえられず、獣化までしてしまった。やっと追いつめたと思ったら、今度はお前に口付けられた。それから妙に身体が楽になって、長年蓄積されていた毒が消えたのだと気付いた。それがきっかけで、フランに毒を解毒し癒す能力があるのだと分かったんだ」
驚愕の事実である。僕がしてしまった数々のやらかしが、逆に彼を助けることになっていたなんて。
(あれれ? 無意識にスイーツ食べちゃう謎の強制力って、もしかして悪いものじゃなかったのかな? ゲームの悪役が破滅する強制力だとばかり思い込んでいたけど、結果的には人助けをしていたみたいだし……これって僕、悪役じゃなくなってる?)
悪役を脱却できたかもしれないと思って、嬉しくて笑顔になってしまう。
そんな僕の手を取って、彼は熱く真摯な眼差しを向けて告げる。
「フランを見ていて分かったんだ。献身を持って国民を尊み、国益を育み、国権を担う。それこそが王族のあるべき姿なのだと。そんな姿を見たからこそ、俺は絶望せずに立ち向かう事が出来た。どんなに惑わされても、暗黒闇に染まることなくいられた。全部、お前のおかげだ」
彼の言動から確信せざるを得ない。拡大解釈が上振れで天元突破していると。
僕は笑顔のまま、スンと遠い目をしてしまう。
(彼の精神的支えになったのなら何よりなわけで、彼の期待を裏切ることなんてできないわけで、裏切ったらそれこそ極悪非道な悪役なわけで……うん。誤解はそのままにして、彼の言う通りだったことにしよう、そうしよう。僕は善良で献身的な白豚王子! 聖人君子!!)
誤解である事実は何がなんでも隠し通し、僕はこの秘密を墓まで持って行こうと決心したのだった。
「それから、国王陛下もお前の妙薬で意識が戻った。今は回復して落ち着いているから、安心すると良い」
「そうなんだ。ありがとう……国王陛下が生きていてくれるだけで、僕は嬉しいよ……」
監禁されている間中、ずっと気掛かりだった国王陛下が無事だと知らされて、やっと安心できた。
目を伏せて俯き、溜息を吐く僕の顎を掬い、彼は表情を窺いながら伝える。
「国王陛下から少し話を聞いた。……父王はお前を愛している。だからこそ、お前を自由にしてやるつもりだったそうだ」
「国王陛下が僕を? 僕に自由を?」
彼の言葉を疑うつもりはないのだけど、国王陛下に愛されていると言われても、いまいち実感が湧かなくて、よく分からない。
もし、それが本当なら、とても嬉しいことなのだけど……。
「積もる話があるそうだ。身支度を整えたら、会いに行こう」
「う……うん」
今すぐ確かめたいような、確かめたくないような、そんな複雑な気持ちになってしまう。
(妾妃の子の僕は愛されていないと思ってた。憎まれてすらいるのだと……だけど、本当は愛されていたと期待してもいいのだろうか? ……でも、もし違っていたら……僕は耐えられるだろうか? 悪夢の白豚王子みたいに、憎悪に駆られてしまわないだろうか? ……)
不安になって考え込んでいると、彼が宣言する。
「だがな、お前を自由にしてやることはできない」
「……え? ……」
明確な断言に驚き、戸惑いの声を漏らして彼を見上げる。
彼は握っていた手を引いて、僕を包み込んで強く抱きしめた。
「……ん……」
ゆっくりと瞼を開けると、キラキラと煌めく金色が見えた。
褐色の肌にかかる黒髪から覗いた金色の目。その瞳が優しい眼差しで僕を見つめていたのだ。
「起きたか、フラン」
そう言った彼が、僕の顔にかかった髪を梳いて後ろに流し、撫でてくれる。
端整な美形が柔らかく微笑むものだから、僕はうっとりとして見惚れてしまう。
やんわりとした温もりに包まれているなと思えば、彼の腕の中で目が覚めたのだと分かった。
「……ダーク……?」
ぼんやりと呟いて、状況が把握できていなかった僕は辺りを見回してみる。
そこは豪華な貴賓室の一室。清潔に整えられた大きなベッドの上で、僕達は横になっていた。
僕は肌触りの良い上質なナイトガウンを身に着けていて、彼に抱きかかえられる体勢で眠っていたのだ。
(……え? どうして? こうなった?)
彼に食い殺されて死ぬものだと思っていたのに、僕は何故か無事に生きている。
断罪がまだ先の事だとしても、大罪人である筈の僕がどうしてこんな部屋で丁寧に扱われているのか分からない。
困惑して首を傾げていると、彼が僕をギューッと抱きすくめて言う。
「投獄されたと聞いた時は肝が冷えたぞ。本当に無事で良かった」
彼は鼻先を擦り合わせておでこをくっつけ、僕の温もりを確かめ、安堵したように笑う。
そうして、冤罪の件はもう解決したのだと教えてくれた。
僕の冤罪による監禁も含め、数々の謀略は王宮で暗躍していた悪者の仕業だったのだそうだ。
国王陛下の暗殺を謀り、魔鉱石を使い要人を操って王国の実権を握ろうとしていた黒幕。それは国王陛下の右腕であり、王妃の血縁者で第二王子の後ろ盾でもあった、宰相グリーンティー・アイス・ミルクだった。全ては宰相が企てた陰謀だったのだ。
今はそれに連なる者達も全てあぶり出され、皆仲良く捕縛されて獄中だそうだ。
「そ、そんなことが……僕、全然知らなかった……」
「話も長くなるから、何か食べながらにしようか。少し待っていろ」
身体を起こして座り直すと、彼は香り立つ温かい紅茶と軽食を乗せたトレイテーブルをベッドまで持ってきてくれる。
手ずから食べさせられ、何かと世話を焼かれ、至れり尽くせりすぎて混乱する僕に、彼は食事をさせつつ説明を続けた。
紛争地で武功を上げるかたわら、彼は呪毒を無効にする僕の特殊能力について調べ、僕の出生や母親についても徹底的に調べていたらしい。
そこで判明したのが、僕の母親『傾国の魔女』は『暴食の魔女』の二つ名を持つ人物で、大食漢で猛毒すらも平気でたいらげてしまう特異体質の持ち主だったそうだ。
その暴食の能力が僕にも受け継がれ、猛毒を食べても平気なのだろうと推測された。
言われてみると、どんなにたくさん食べても何を食べても、お腹を壊した事がないなと思う。
更には、僕には摂取した猛毒を妙薬に変えて蓄積する特異体質があるそうで、瀕死状態だった国王陛下は僕の鼻血とか色々な液体を浴びた事で解毒され、命を繋ぎ止めたのだとか。
僕的には、鼻血諸々で汚してしまって大変に申し訳ない気持ちでいっぱいなので、なんとも複雑な気持ちだけど。
手の施しようのなかった国王陛下の病状が好転し、それが決定的な証明となって、僕の冤罪は晴らされたのだった。
他にも、僕は王侯貴族や民達が薬物依存や中毒死になる危機を未然に防いでいたそうで……。
寝耳に水と言うか、まったく予想だにしていなかった事の成り行きに、僕は只々唖然として彼の説明を聞いてた。
食事を終えて一息つくと、彼は僕の方にズイッと顔を近付けて言う。
「お前の名誉を守ることができた俺を褒めてくれ」
「あ……ありがとう、ダーク」
僕がお礼を言うと、彼は誇らしげに白い歯を見せて笑った。
その明るい笑顔が眩しくて格好良くて、パタパタと振られる尻尾が愛らしくて、胸がギュウゥンッと締め付けられてしまう。
大好きすぎる彼の真新しい姿にキュンキュンして、萌えすぎて思考が停止しそうになるのだけど、必死に堪えてなんとか疑問を投げかける。
「あの、でも、どうして僕なんかの為にそこまでしてくれたの? ずっと嫌われていると思っていたのに……」
「嫌う? 何故だ? 嫌う理由など何もないだろう?」
不思議そうに彼は首を傾げて、暫し考えてから何か思い当たったように声を上げる。
「ああ、だからずっと俺から逃げ回っていたのか。まさか、そんな風に誤解されていたとはな……嫌う筈がない。俺にとってフランは特別だ」
彼は僕の頬や癖のある髪を撫でながら、思い出を振り返るようにして語る。
「俺が初めてフランを見たのは、六年前の国王誕生祭の時だ。すれ違った俺を見て、お前は笑っただろう?」
「あ……あの、それは、獣人を見るのが初めてで、嬉しくてつい……」
「嘲笑の類でないことは分かっている。俺は人一倍、他者の感情に敏い、悪感情は特に敏感だからな。お前からは悪感情の類は一切感じなかった」
「そ、そっか、なら良かった……」
不気味な暗黒微笑だっただろうなと思い、焦って弁明しようとしたのだけど、彼は分かっていると言って僕の頭を撫でた。
「この国に難民達が押し寄せた時も、城下町で貴族が難民の子供に菓子を施していたのを取り上げて食べていただろう?」
「うぐっ、その節は大変に申し訳ないことを……なんとお詫びすれば良いのやら……」
僕はベッドの上で正座をし、姿勢を正して三つ指を突き、深々と頭を下げようとしたところ、彼に止められる。
「詫びなど不要だ……あれは魔鉱石が仕込まれた菓子だった。俺は毒に慣らされていたから匂いで分かったが、他の者は分からないだろうな。一見して高級な菓子に見えるが、あれは弱った子供や老人が口にすれば命を落としかねない、危険な代物だった」
「っ!?」
彼の言葉から真相を知り、僕は目を見開いて絶句してしまう。
(そんなとんでもない代物をモフモフ・キュートな獣人達に食べさせようとしていたなんて、信じられない蛮行! あの威丈高な貴族マジで許すまじ!! ……謎の強制力で無自覚だったとはいえ、獣人達が口にしなくて本当に良かった)
僕が内心怒りに打ち震えつつも安堵していると、彼は言葉を続ける。
「お前は嫌われ役を演じ、散々悪しざまに言われても、身を呈して難民達を守ってくれた。自国の民だけではなく、獣と蔑称される他国の者ですら、救おうとしてくれるのかと驚いた。家畜の餌などと悪辣な者の目を欺き、身体を癒す貴重な妙薬を惜しげなく提供してくれたんだ」
「えぇっと、それは……」
記憶をたどって思い起こしてみると、覚えのあるような――ないような気がする。
(家畜の餌に見える妙薬というのは、手作りクッキーのことかな? あれは僕が食べちゃったお菓子の代わりにせめてもと渡したもので、粉々に潰れていたのは僕が転げ回ったからで、まったくの偶然が重なった訳なのだけども……)
誤解されていて、なんと言っていいものやらと考えあぐねていると、彼は更に真剣な眼差しで言葉を続けた。
「お前は王族の身でありながら膝を折り、臣下の行いを恥じて難民達へ謝罪してくれた。その姿勢に、俺は深い感銘を受けたんだ」
「ダーク……」
完全に良い方向に拡大解釈されている。
僕は口を開けたり閉じたりしつつ、言葉を紡げずにいた。
(こ、これは今更「誤解でした!」なんて言える雰囲気じゃない……ど、どうしよう。誤解されたままじゃ、きっと問題になる。早めに誤解を解かないと……でも、こんなキラキラした目で見られているのに、なんて言い出せばいいんだよ……)
たじたじとしている僕をよそに、彼は過去を振り返りつつ語る。
「俺が大使として王宮に訪れた際も、魔鉱石の仕込まれた菓子が出された。支援を求めている以上は事を荒立てられず、毒に慣らされている俺なら多少は耐えられるだろうと思っていた。もし、俺の身に何かあっても、使い捨ての『暗黒色を持つ者』なら問題はない。そう、俺は達観していたんだ」
自己犠牲的な彼の言葉を聞くと、僕は胸が詰まって苦しくなる。
(使い捨てにされることを覚悟していたなんて、悲しすぎるよダーク……ゲームのダーク・フェイスは悲劇の英雄だったから、ゲームではそんな裏設定があるのかもしれない……だけど、彼はこの世界に生きている。作り物なんかじゃない、生きた人間なんだ。そんな悲しい思いは、もうして欲しくない……)
辛かっただろう彼の気持ちを想像すると、切なくなって涙が滲んできてしまう。
涙を堪えつつ彼を見つめると、彼は僕に柔らかく微笑みかけて話を続ける。
「なのに、突然お前が現れて菓子を全て食べてしまった。使い捨ての俺を救おうとしてくれる者などいなかったから、心打たれずにはいられなかった。それと同時に心配でならなかったんだ。いくら毒に耐性があっても、許容量には限度がある。だから、必死に追って止めさせようとしていたんだ」
「……それで、ずっと追いかけられていたんだね。僕、てっきり色々やらかしたせいで、ひどく怒らせて嫌われてしまったんだと思ってたよ」
逃走劇を思い出したのか、彼は声を出して笑った。
彼の明るい表情を見ると、切なさが和らいでホッとする。
「ははは。凄い逃げ足でことごとく逃げられてしまっていたな。なかなか捕まえられず、獣化までしてしまった。やっと追いつめたと思ったら、今度はお前に口付けられた。それから妙に身体が楽になって、長年蓄積されていた毒が消えたのだと気付いた。それがきっかけで、フランに毒を解毒し癒す能力があるのだと分かったんだ」
驚愕の事実である。僕がしてしまった数々のやらかしが、逆に彼を助けることになっていたなんて。
(あれれ? 無意識にスイーツ食べちゃう謎の強制力って、もしかして悪いものじゃなかったのかな? ゲームの悪役が破滅する強制力だとばかり思い込んでいたけど、結果的には人助けをしていたみたいだし……これって僕、悪役じゃなくなってる?)
悪役を脱却できたかもしれないと思って、嬉しくて笑顔になってしまう。
そんな僕の手を取って、彼は熱く真摯な眼差しを向けて告げる。
「フランを見ていて分かったんだ。献身を持って国民を尊み、国益を育み、国権を担う。それこそが王族のあるべき姿なのだと。そんな姿を見たからこそ、俺は絶望せずに立ち向かう事が出来た。どんなに惑わされても、暗黒闇に染まることなくいられた。全部、お前のおかげだ」
彼の言動から確信せざるを得ない。拡大解釈が上振れで天元突破していると。
僕は笑顔のまま、スンと遠い目をしてしまう。
(彼の精神的支えになったのなら何よりなわけで、彼の期待を裏切ることなんてできないわけで、裏切ったらそれこそ極悪非道な悪役なわけで……うん。誤解はそのままにして、彼の言う通りだったことにしよう、そうしよう。僕は善良で献身的な白豚王子! 聖人君子!!)
誤解である事実は何がなんでも隠し通し、僕はこの秘密を墓まで持って行こうと決心したのだった。
「それから、国王陛下もお前の妙薬で意識が戻った。今は回復して落ち着いているから、安心すると良い」
「そうなんだ。ありがとう……国王陛下が生きていてくれるだけで、僕は嬉しいよ……」
監禁されている間中、ずっと気掛かりだった国王陛下が無事だと知らされて、やっと安心できた。
目を伏せて俯き、溜息を吐く僕の顎を掬い、彼は表情を窺いながら伝える。
「国王陛下から少し話を聞いた。……父王はお前を愛している。だからこそ、お前を自由にしてやるつもりだったそうだ」
「国王陛下が僕を? 僕に自由を?」
彼の言葉を疑うつもりはないのだけど、国王陛下に愛されていると言われても、いまいち実感が湧かなくて、よく分からない。
もし、それが本当なら、とても嬉しいことなのだけど……。
「積もる話があるそうだ。身支度を整えたら、会いに行こう」
「う……うん」
今すぐ確かめたいような、確かめたくないような、そんな複雑な気持ちになってしまう。
(妾妃の子の僕は愛されていないと思ってた。憎まれてすらいるのだと……だけど、本当は愛されていたと期待してもいいのだろうか? ……でも、もし違っていたら……僕は耐えられるだろうか? 悪夢の白豚王子みたいに、憎悪に駆られてしまわないだろうか? ……)
不安になって考え込んでいると、彼が宣言する。
「だがな、お前を自由にしてやることはできない」
「……え? ……」
明確な断言に驚き、戸惑いの声を漏らして彼を見上げる。
彼は握っていた手を引いて、僕を包み込んで強く抱きしめた。
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