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第一章 お嬢様の塩
第八話 お嬢様の王都デビュー
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整備された街道のおかげで、リオネール領から王都までの道のりは驚くほど快適だった。以前なら丸一日かかった距離を、たった四時間で移動できるようになった。馬車の揺れも少なく、お嬢様は終始窓の外を嬉しそうに眺めながら、行き交う商人や旅人の様子を観察していた。
「ねえクラウ、見て見て。あの商人さん、めっちゃ荷物積んでるよ」
「ええ。街道整備の効果で物流量が増えているようですね」
「やっぱうちらの仕事、意味あったんだねー」
お嬢様が嬉しそうに笑っている中、俺は道中ずっとこのあとの展開を考えていた。
王との謁見―
それは名誉なことであると同時に大きな責任を伴う。お嬢様の提案が王国全体に影響を及ぼすかもしれない。絶対に失敗は許されない。
お嬢様の理想を実現する、それが俺の存在意義だ。失敗など選択肢にあってはならないのだが、それでも緊張するのは仕方ない。
やがて、王都ルミナスの城壁が見えてきた。
高さ二十メートルはあろうかという石造りの壁。防衛のための魔法陣が刻まれ、淡い光を放っている。門では衛兵が厳格に通行者を監視していたが、リオネール家の紋章が刻まれた馬車を見ると、すぐに道を開けた。
「レティシア・リオネール様、ようこそ王都へ。お待ちしておりました」
衛兵が深々と頭を下げる。
「ありがとうございます」
お嬢様が優雅に微笑む。普段のお嬢様からは想像もつかないその所作は、見る者を魅了するほど優雅で完璧なのだが、個人的にはその所作の美しさよりも普段のお嬢様の姿との使い分けの方が驚愕である。
真剣に見ていると、甘いものと認識して口に含んだら実際は辛かった時の様な混乱を引き起こしそうになる。脳がおかしくなりそうなので考えないようにしよう。
門をくぐると、王都の賑わいが一気に押し寄せてきた。
石畳の大通りには露店が立ち並び、様々な商品が並んでいる。魔法具、武器、食料品、香辛料。エルフの商人がエルフ製の弓を売り、ドワーフの鍛冶師が剣を打つ音が響く。獣人の子供たちが路地を駆け回り、魔族らしき人物が魔法書を広げて読んでいる。
人間だけでなく、あらゆる種族が共存する光景。王都に来るのは初めてではないが何度見ても圧倒される。
「すっごーい! めっちゃ人いるじゃん!」
お嬢様が目を輝かせる。
「お嬢様、はしゃぎすぎです」
「だってさ、うち初めて王都来たんだもん」
リオネールの紋章が付いた馬車に気付いた手を振る子供たちにお嬢様が馬車の中から手を振る。見た目は完全に貴族のそれだが口調はいつも通り...器用過ぎるだろ。
領地の外に興味がなかったわけではないが、今までは領地内の視察に忙しく外をみる余裕がなかったのが実情だろう。今後こういった機会は益々増えていくと思う。お嬢様のスケールを領地だけに留まらせるのは無理がある。
「あとで観光したいな」
「謁見が終わってからなら」
「やったー!」
そう考えるといつまで私自身が傍で支えられるか分からない。せめてお嬢様の傍にいることが許さるうちは全力で支え続けよう。
そんな俺のセンチな気持ちを抱きつつも馬車は王宮へ向かう。
王都の中心に聳え立つ王宮は、まさに圧巻だった。白大理石で造られた荘厳な建築物。尖塔が空に向かって伸び、屋根には金の装飾が施されている。正面玄関には巨大な扉があり、両脇に衛兵が立っている。
馬車が停まると、宮廷の使用人が扉を開けた。
「リオネール伯爵家、レティシア様ですね。お待ちしておりました」
「よろしくお願いしますわ」
お嬢様が貴族令嬢の顔に切り替わる。
声のトーンが変わり、姿勢が正され、表情が優雅になる。最早変身といっても過言ではないレベルである。
俺たちは使用人の方にに案内され王宮の内部へ進む。
大理石の床には精緻な魔法陣が刻まれ、壁には歴代の王や勇者の肖像画が飾られている。天井には巨大なシャンデリアが吊るされ、魔法の光が柔らかく空間を照らす。廊下を歩くたびに、靴音が静かに響いた。
「この扉の先が謁見の間でございます」
使用人が重厚な扉の前で立ち止まる。
「王がお待ちです。王は寛大なお方ではありますが、くれぐれもご無礼の無いようお気を付けください」
旦那様からは余程の無礼が無ければ特に気にしなくてはいい、と事前にレクチャーを受けている。他国ではこういった王都の謁見ともなれば、本来執事に過ぎない俺が同席することなどありえないだろうがその辺この国は大分緩いらしい。むしろ執事も一緒に、とまで言われているそうだ。
扉がゆっくりと開いた。
謁見の間は想像以上に広大だった。
赤い絨毯が中央に敷かれ、その先には玉座がある。玉座の背後には王国の紋章——金の獅子と銀の剣——が掲げられている。左右には騎士団の団長と思しき人物が並び、厳かな雰囲気が漂っていた。
そして、玉座には一人の男性が座っていた。
ロートニア・ルミナス。
この国の王にして、元勇者。
豊かな金髪、明るい青の瞳。整った顔立ちは想像以上に若くどこか親しみやすさを感じさせる。だが、その目の奥には強い意志と責任感が宿り威厳を感じさせる。
「ようこそ、レティシア・リオネール。そしてクラウス・ハートレイ」
ロートニア王が穏やかに微笑む・・・が、なぜ俺の名まで?
「お初にお目にかかります、陛下。リオネール伯爵家、レティシア・リオネールにございます」
お嬢様が優雅に一礼する。
「執事のクラウス・ハートレイです。お目通り頂き、光栄に存じます」
俺も深く頭を下げる。
「堅苦しい挨拶は抜きにしよう。レオンから君たちのことはよく聞いているよ」
「父が……ですか?」
「ああ。レオンに口止めしているんだけど、彼とは古い友人でね。だからレティシアは初めましてだけど初めての気がしないな。ちなみにクラウスくんのことも色々聞いているよ」
王がそう言いながら悪戯っぽく笑う。
古い友人?
レオン伯爵が王と古い友人?
そんな重要な情報を一度も聞いたことがない。いや、待て。確かに伯爵は若い頃、冒険者として活動していたと聞いたことがある。もしかして——
「レオンとは幼馴染でね。僕が勇者の任を受けた際も、僕の一番そばで支えてくれたのがレオンだったんだ」
王が懐かしそうに語っている。
「特に、あのドラゴン討伐の時は……まあ、昔話はこのくらいにしよう」
内心で俺はレオン伯爵たちに恨み言を吐いていた。
エルド先生もバルド師匠も、若い頃同じパーティーにいたはずである。いくら口止めされていたからと言っても今回ばかりは事前に教えてくれても良かったのではないだろうか。
頭の中にしたり顔の3人が浮かんでくる。屋敷に戻ったら、代表してレオン伯爵が公務をサボって双子とおままごとしている事をマリア夫人に報告してやろうと思う。
「さて、街道整備の件だが」
と、王が真剣な表情になる。
「素晴らしい成果だと聞いている。リオネール領から王都までの移動時間が大幅に短縮され、物流も活性化したとか」
「はい。魔光石を活用した魔法使いたちの協力もあり予定より早く完成いたしました」
お嬢様が報告する。
「魔光石か。ダンジョンから入手したと聞いたが...」
「はい。月影の洞窟を何度も踏破し、必要な数を集めました」
「...必要な、数?...ということは複数入手した、ということかな?」
「はい、合計で20の魔光石を入手しました」
王が目を見開く。
「通常、あのダンジョンのボスから魔光石がドロップする確率は極めて低いはずだが」
「運が良かったのでございますわ」
お嬢様がにっこりと笑う。王は呆れたような、感心したような表情を浮かべた。
「君はやはりレオンの娘だな。その行動力と胆力、実に見事だ」
「ありがとうございます」
「君たちの作った街道を国全体に展開を検討したいと考えている。君たちの協力が必要だ」
「喜んでお手伝いさせていただきますわ」
お嬢様が即答すると、王は満足そうに微笑みながら大きく頷くが、すぐに表情が切り替わる。
「もう一つ相談がある。商人ギルドによる小麦の買い占めについて、聞いたことはあるかい?」
「はい。噂程度ですが」
お嬢様に代わり俺が答える。
実際、最近その噂はよく耳にしていた。商人ギルドが王国内の小麦を大量に買い占め、その影響で価格が高騰しているという話だ。
「噂ではない。事実なんだ」
王が深いため息をつく。
「商人ギルドは組織的に小麦を買い占めている。そして、その背後には東大陸のどこかの国が関与している可能性が高い」
「東大陸……セレスティア、ですか」
この世界は大きく分けて五つの大陸に分かれており、人類未踏と言われる中央大陸ノクスレアの周囲に四つの大陸が存在する。その東にある大陸がセレスティアで、ルミナス王国はそのセレスティア大陸の極東に位置する。
「ああ。尻尾は掴めていないが、諜報部からの報告では、セレスティア大陸の某国がルミナス王国の弱体化を狙っている可能性が高いとのことだ」
お嬢様が真剣な表情で王を見つめる。
「小麦の価格が高騰すれば、民の生活が苦しくなります。それが続けば、国への不満が高まり——」
「そう。内乱の火種になりかねない」
王が頷く。
「だからこそ、内需を強化し、外圧に耐えうる国にしたい。街道整備はその第一歩だと考えている」
「……」
お嬢様が何かを考え込んでいる。
俺はその表情を知っている。何か思いついたのだ。
「あの……一つ、提案があるのですが」
「聞かせてくれ」
「物流そのものを、国営化してはいかがでしょうか?」
「国...営......かい?」
謁見の間が静まり返り、お嬢様の次の言葉を待ち受けているようだ。
「物流を……国営に?」
「はい」
お嬢様が堂々と語り始める。
「現在、商人や事業者がそれぞれ独自に物流を行っています。ですが、それでは非効率ですし、商人ギルドのような組織に支配されるリスクもあります」
「ふむ……」
「打開策として物流を国が担うことで、事業者は物流以外の本業に集中できるようにするのです。国は需要と供給を正確に把握でき、適切な価格で物資を流通させることができます」
王が身を乗り出す。
「それは……興味深い」
「さらに、生活必需品については価格帯を国が設定し、仮に何らかの理由により設定額を下回る場合は差分を国が補填することで生産者の生活を守ります。これにより、不当な買い占めや価格操作を防げます」
お嬢様が一息つく。
「そして、国外の組織や団体がルミナス国外へ荷を持ち出す際には、関税を課すのです」
「関税……?」
「はい。諸外国を対衣に、国外への荷の異動に税をかけることで、国庫の収入を増やすと同時に、違法な転売や買い占めの防止効果が見込めます」
謁見の間が再び静まり返る。
王の目が見開かれ、文官たちは呆然としている。
俺は内心でため息をついていた。
またか、お嬢様。また、とんでもないことを...。街道の整備もまだ終わっていないというのに。
「……素晴らしい」
王がゆっくりと立ち上がった。
「レティシア・リオネール。君は本当に十七歳なのか?」
「王様、淑女に年齢を尋ねるものではありませんわ」
「信じられん。その発想、その知識……一体どこで学んだのだ?」
お嬢様が無言でにっこりと笑う。
「すまない。僕の知識がレティシアの提案を整理しきれていない。申し訳ないんだけど、少し時間をいただきたい。いやはや、素晴らしい提案だ...」
「恐縮です、陛下」
お嬢様が優雅に一礼する。
「では、今日はこれで。ゆっくり王都を見て回るといいよ」
「ありがとうございます」
俺たちは謁見の間を退出した。
扉が閉まると同時に、お嬢様の表情が緩む。
「ふう……緊張したー」
「お疲れ様です、お嬢様」
「ねえクラウ、うちちゃんと貴族令嬢っぽかった?」
「完璧でした」
俺の返事を聞くとお嬢様が小さくガッツポーズをするのだが、俺はもうそれどころではない。
「お嬢様……また、大変なことを」
「えー、でもさ、やらなきゃダメでしょ?」
お嬢様が真剣な目で俺を見る。
「このままじゃ、みんなが苦しむ。そんなの見てられないもん」
「……そうですね」
俺は諦めて深く息を吐いた。
この国が、いや世界が、変わろうとしているのかもしれない。
そして、その中心には常にこのお嬢様がいるのだ。
「ねえクラウ、見て見て。あの商人さん、めっちゃ荷物積んでるよ」
「ええ。街道整備の効果で物流量が増えているようですね」
「やっぱうちらの仕事、意味あったんだねー」
お嬢様が嬉しそうに笑っている中、俺は道中ずっとこのあとの展開を考えていた。
王との謁見―
それは名誉なことであると同時に大きな責任を伴う。お嬢様の提案が王国全体に影響を及ぼすかもしれない。絶対に失敗は許されない。
お嬢様の理想を実現する、それが俺の存在意義だ。失敗など選択肢にあってはならないのだが、それでも緊張するのは仕方ない。
やがて、王都ルミナスの城壁が見えてきた。
高さ二十メートルはあろうかという石造りの壁。防衛のための魔法陣が刻まれ、淡い光を放っている。門では衛兵が厳格に通行者を監視していたが、リオネール家の紋章が刻まれた馬車を見ると、すぐに道を開けた。
「レティシア・リオネール様、ようこそ王都へ。お待ちしておりました」
衛兵が深々と頭を下げる。
「ありがとうございます」
お嬢様が優雅に微笑む。普段のお嬢様からは想像もつかないその所作は、見る者を魅了するほど優雅で完璧なのだが、個人的にはその所作の美しさよりも普段のお嬢様の姿との使い分けの方が驚愕である。
真剣に見ていると、甘いものと認識して口に含んだら実際は辛かった時の様な混乱を引き起こしそうになる。脳がおかしくなりそうなので考えないようにしよう。
門をくぐると、王都の賑わいが一気に押し寄せてきた。
石畳の大通りには露店が立ち並び、様々な商品が並んでいる。魔法具、武器、食料品、香辛料。エルフの商人がエルフ製の弓を売り、ドワーフの鍛冶師が剣を打つ音が響く。獣人の子供たちが路地を駆け回り、魔族らしき人物が魔法書を広げて読んでいる。
人間だけでなく、あらゆる種族が共存する光景。王都に来るのは初めてではないが何度見ても圧倒される。
「すっごーい! めっちゃ人いるじゃん!」
お嬢様が目を輝かせる。
「お嬢様、はしゃぎすぎです」
「だってさ、うち初めて王都来たんだもん」
リオネールの紋章が付いた馬車に気付いた手を振る子供たちにお嬢様が馬車の中から手を振る。見た目は完全に貴族のそれだが口調はいつも通り...器用過ぎるだろ。
領地の外に興味がなかったわけではないが、今までは領地内の視察に忙しく外をみる余裕がなかったのが実情だろう。今後こういった機会は益々増えていくと思う。お嬢様のスケールを領地だけに留まらせるのは無理がある。
「あとで観光したいな」
「謁見が終わってからなら」
「やったー!」
そう考えるといつまで私自身が傍で支えられるか分からない。せめてお嬢様の傍にいることが許さるうちは全力で支え続けよう。
そんな俺のセンチな気持ちを抱きつつも馬車は王宮へ向かう。
王都の中心に聳え立つ王宮は、まさに圧巻だった。白大理石で造られた荘厳な建築物。尖塔が空に向かって伸び、屋根には金の装飾が施されている。正面玄関には巨大な扉があり、両脇に衛兵が立っている。
馬車が停まると、宮廷の使用人が扉を開けた。
「リオネール伯爵家、レティシア様ですね。お待ちしておりました」
「よろしくお願いしますわ」
お嬢様が貴族令嬢の顔に切り替わる。
声のトーンが変わり、姿勢が正され、表情が優雅になる。最早変身といっても過言ではないレベルである。
俺たちは使用人の方にに案内され王宮の内部へ進む。
大理石の床には精緻な魔法陣が刻まれ、壁には歴代の王や勇者の肖像画が飾られている。天井には巨大なシャンデリアが吊るされ、魔法の光が柔らかく空間を照らす。廊下を歩くたびに、靴音が静かに響いた。
「この扉の先が謁見の間でございます」
使用人が重厚な扉の前で立ち止まる。
「王がお待ちです。王は寛大なお方ではありますが、くれぐれもご無礼の無いようお気を付けください」
旦那様からは余程の無礼が無ければ特に気にしなくてはいい、と事前にレクチャーを受けている。他国ではこういった王都の謁見ともなれば、本来執事に過ぎない俺が同席することなどありえないだろうがその辺この国は大分緩いらしい。むしろ執事も一緒に、とまで言われているそうだ。
扉がゆっくりと開いた。
謁見の間は想像以上に広大だった。
赤い絨毯が中央に敷かれ、その先には玉座がある。玉座の背後には王国の紋章——金の獅子と銀の剣——が掲げられている。左右には騎士団の団長と思しき人物が並び、厳かな雰囲気が漂っていた。
そして、玉座には一人の男性が座っていた。
ロートニア・ルミナス。
この国の王にして、元勇者。
豊かな金髪、明るい青の瞳。整った顔立ちは想像以上に若くどこか親しみやすさを感じさせる。だが、その目の奥には強い意志と責任感が宿り威厳を感じさせる。
「ようこそ、レティシア・リオネール。そしてクラウス・ハートレイ」
ロートニア王が穏やかに微笑む・・・が、なぜ俺の名まで?
「お初にお目にかかります、陛下。リオネール伯爵家、レティシア・リオネールにございます」
お嬢様が優雅に一礼する。
「執事のクラウス・ハートレイです。お目通り頂き、光栄に存じます」
俺も深く頭を下げる。
「堅苦しい挨拶は抜きにしよう。レオンから君たちのことはよく聞いているよ」
「父が……ですか?」
「ああ。レオンに口止めしているんだけど、彼とは古い友人でね。だからレティシアは初めましてだけど初めての気がしないな。ちなみにクラウスくんのことも色々聞いているよ」
王がそう言いながら悪戯っぽく笑う。
古い友人?
レオン伯爵が王と古い友人?
そんな重要な情報を一度も聞いたことがない。いや、待て。確かに伯爵は若い頃、冒険者として活動していたと聞いたことがある。もしかして——
「レオンとは幼馴染でね。僕が勇者の任を受けた際も、僕の一番そばで支えてくれたのがレオンだったんだ」
王が懐かしそうに語っている。
「特に、あのドラゴン討伐の時は……まあ、昔話はこのくらいにしよう」
内心で俺はレオン伯爵たちに恨み言を吐いていた。
エルド先生もバルド師匠も、若い頃同じパーティーにいたはずである。いくら口止めされていたからと言っても今回ばかりは事前に教えてくれても良かったのではないだろうか。
頭の中にしたり顔の3人が浮かんでくる。屋敷に戻ったら、代表してレオン伯爵が公務をサボって双子とおままごとしている事をマリア夫人に報告してやろうと思う。
「さて、街道整備の件だが」
と、王が真剣な表情になる。
「素晴らしい成果だと聞いている。リオネール領から王都までの移動時間が大幅に短縮され、物流も活性化したとか」
「はい。魔光石を活用した魔法使いたちの協力もあり予定より早く完成いたしました」
お嬢様が報告する。
「魔光石か。ダンジョンから入手したと聞いたが...」
「はい。月影の洞窟を何度も踏破し、必要な数を集めました」
「...必要な、数?...ということは複数入手した、ということかな?」
「はい、合計で20の魔光石を入手しました」
王が目を見開く。
「通常、あのダンジョンのボスから魔光石がドロップする確率は極めて低いはずだが」
「運が良かったのでございますわ」
お嬢様がにっこりと笑う。王は呆れたような、感心したような表情を浮かべた。
「君はやはりレオンの娘だな。その行動力と胆力、実に見事だ」
「ありがとうございます」
「君たちの作った街道を国全体に展開を検討したいと考えている。君たちの協力が必要だ」
「喜んでお手伝いさせていただきますわ」
お嬢様が即答すると、王は満足そうに微笑みながら大きく頷くが、すぐに表情が切り替わる。
「もう一つ相談がある。商人ギルドによる小麦の買い占めについて、聞いたことはあるかい?」
「はい。噂程度ですが」
お嬢様に代わり俺が答える。
実際、最近その噂はよく耳にしていた。商人ギルドが王国内の小麦を大量に買い占め、その影響で価格が高騰しているという話だ。
「噂ではない。事実なんだ」
王が深いため息をつく。
「商人ギルドは組織的に小麦を買い占めている。そして、その背後には東大陸のどこかの国が関与している可能性が高い」
「東大陸……セレスティア、ですか」
この世界は大きく分けて五つの大陸に分かれており、人類未踏と言われる中央大陸ノクスレアの周囲に四つの大陸が存在する。その東にある大陸がセレスティアで、ルミナス王国はそのセレスティア大陸の極東に位置する。
「ああ。尻尾は掴めていないが、諜報部からの報告では、セレスティア大陸の某国がルミナス王国の弱体化を狙っている可能性が高いとのことだ」
お嬢様が真剣な表情で王を見つめる。
「小麦の価格が高騰すれば、民の生活が苦しくなります。それが続けば、国への不満が高まり——」
「そう。内乱の火種になりかねない」
王が頷く。
「だからこそ、内需を強化し、外圧に耐えうる国にしたい。街道整備はその第一歩だと考えている」
「……」
お嬢様が何かを考え込んでいる。
俺はその表情を知っている。何か思いついたのだ。
「あの……一つ、提案があるのですが」
「聞かせてくれ」
「物流そのものを、国営化してはいかがでしょうか?」
「国...営......かい?」
謁見の間が静まり返り、お嬢様の次の言葉を待ち受けているようだ。
「物流を……国営に?」
「はい」
お嬢様が堂々と語り始める。
「現在、商人や事業者がそれぞれ独自に物流を行っています。ですが、それでは非効率ですし、商人ギルドのような組織に支配されるリスクもあります」
「ふむ……」
「打開策として物流を国が担うことで、事業者は物流以外の本業に集中できるようにするのです。国は需要と供給を正確に把握でき、適切な価格で物資を流通させることができます」
王が身を乗り出す。
「それは……興味深い」
「さらに、生活必需品については価格帯を国が設定し、仮に何らかの理由により設定額を下回る場合は差分を国が補填することで生産者の生活を守ります。これにより、不当な買い占めや価格操作を防げます」
お嬢様が一息つく。
「そして、国外の組織や団体がルミナス国外へ荷を持ち出す際には、関税を課すのです」
「関税……?」
「はい。諸外国を対衣に、国外への荷の異動に税をかけることで、国庫の収入を増やすと同時に、違法な転売や買い占めの防止効果が見込めます」
謁見の間が再び静まり返る。
王の目が見開かれ、文官たちは呆然としている。
俺は内心でため息をついていた。
またか、お嬢様。また、とんでもないことを...。街道の整備もまだ終わっていないというのに。
「……素晴らしい」
王がゆっくりと立ち上がった。
「レティシア・リオネール。君は本当に十七歳なのか?」
「王様、淑女に年齢を尋ねるものではありませんわ」
「信じられん。その発想、その知識……一体どこで学んだのだ?」
お嬢様が無言でにっこりと笑う。
「すまない。僕の知識がレティシアの提案を整理しきれていない。申し訳ないんだけど、少し時間をいただきたい。いやはや、素晴らしい提案だ...」
「恐縮です、陛下」
お嬢様が優雅に一礼する。
「では、今日はこれで。ゆっくり王都を見て回るといいよ」
「ありがとうございます」
俺たちは謁見の間を退出した。
扉が閉まると同時に、お嬢様の表情が緩む。
「ふう……緊張したー」
「お疲れ様です、お嬢様」
「ねえクラウ、うちちゃんと貴族令嬢っぽかった?」
「完璧でした」
俺の返事を聞くとお嬢様が小さくガッツポーズをするのだが、俺はもうそれどころではない。
「お嬢様……また、大変なことを」
「えー、でもさ、やらなきゃダメでしょ?」
お嬢様が真剣な目で俺を見る。
「このままじゃ、みんなが苦しむ。そんなの見てられないもん」
「……そうですね」
俺は諦めて深く息を吐いた。
この国が、いや世界が、変わろうとしているのかもしれない。
そして、その中心には常にこのお嬢様がいるのだ。
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