とある執事の日常 ~お嬢様の中身は恐らくギャル~

冬兎

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第三章 セーラ服の女神

第四十三話 異端尋問

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 翌朝、リオネール邸の玄関前に立つと、空気が重く張り詰めていた。

 旦那様に奥様、俺の両親を含む使用人たちが総出で見送りに来ている。だが誰一人として声を発さない。ただ黙って、俺とお嬢様を見つめている。

 父上がいつも以上に険しい表情で門の前に立っていた。母上はその隣で、いつになく真剣な眼差しを向けている。

「レティシア」

 旦那様が、娘の名を呼ぶ。

「無理はするな。何かあれば、すぐに私を呼べ。王国全軍を動かしてでも助ける」

 この人ならば娘を救うためならば平気でやり兼ねないのが恐ろしい。

 お嬢様が、にっこりと笑う。

「大丈夫だよパパ。ルミぽよを信じてるから」

 奥様が、心配そうに前へ出る。

「本当に、二人だけで......?」
「うん。今回は、あたしとクラウだけで行くべきなの」

 お嬢様が、いつになく真剣な静かな声で答え、心配そうに姉の表情を伺っている双子の妹を抱きしめている。

 父上が、俺の肩に手を置く。

「クラウス、力の使いどころを見誤るな。お前が必要と判断したのであれば、何が起ころうとも父が全力で助けてやる」

 母上も、珍しく真顔で告げる。

「何があっても、お嬢様を守りなさい。手段は選ばなくていいわ」

 ある意味最強の手札を手に入れた。これは心強い。

「はい…ありがとうございます」

 双子のフロラとフィオナが、お嬢様の裾を引っ張る。

「レティお姉ちゃん、絶対帰ってきてね」
「また一緒にお茶会しようね」

 お嬢様が屈んで、二人の頭を撫でる。

「うん、約束する。美味しいケーキ、たくさん食べようね」

 俺はお嬢様を馬車に乗せ、御者台に座る。

 手綱を握る手に、自然と力が入った。

 大聖堂へ向かう道中、お嬢様は窓の外をじっと見つめている。

 街は、いつもと変わらない賑わいを見せていた。

 露店が並び、商人たちが声を張り上げ、子供たちが路地を駆け回る。

 クロネコ急便のトロッコが、定刻通りに駅を出発していく。

 ポートランドの塩の製造装置が稼働し始めてから、民衆の食卓は確実に豊かになり笑顔が増えた。

 だが――その繁栄の裏で、教会の影が静かに伸びていた。

「ねぇ、クラウ」

 お嬢様が、ぽつりと呟く。

「うち、間違ってないよね?」
「お嬢様が間違っているはずがありません」

 即答する。

「みんなが美味しいご飯食べて、幸せに暮らせるようにしたかっただけなのに」
「それが間違いなら、この世界に神など存在しません」

 お嬢様が、小さく笑う。

「ウケるw ルミぽよ聞いたら怒るよ~」
「お嬢様のためなら、神でも世界でも、敵に回しても構いません」
「......ありがと」

 馬車が、大聖堂の前に到着した。

 白亜の建物が、朝日を受けて神々しく輝いている。

 だがその光は、俺の目には冷たく映った。

 聖騎士たちが、既に待ち構えている。

 銀色の鎧に身を包み、槍を構えた男たちが、整然と並んでいた。

「レティシア・リオネール。クラウス・ハートレイ。大司教がお待ちだ」

 貴族令嬢であるお嬢様に対してあまりに失礼な物言いに思わず文句を言いそうになるが、お嬢様に無言で止められる。

 お嬢様が馬車から降り、俺はその後に続いた。

 大聖堂の内部は、外見以上に荘厳だった。

 高い天井、美しいステンドグラス、壁に刻まれた女神ルミナの像。その像に対し、信者たちが祈りを捧げている。

 違う、本当の女神はもっと暖かい笑顔の普通の女性だ。その偉そうな笑みを浮かべている女は誰だ?

 教会の雰囲気のせいか、これから始まる異端尋問による緊張からか、女神ルミナのの笑みが酷く醜悪に見えてしまう。
 
 聖騎士に導かれ、最上階の審問の間へ進む。

 重厚な扉が開くと、そこには豪華な装飾に囲まれた部屋が広がっていた。

 中央に、玉座のような椅子。その上に座る、白髪の老人。

 大司教ルーカス・フェリクスー

 六十を過ぎているはずだが、背筋は伸び、鋭い灰色の瞳は若者のように光っている。

 周囲には、高位聖職者たちが整然と並んでいた。

 誰もが厳かな表情で、俺たちを見下ろしている。

「レティシア・リオネール。クラウス・ハートレイ。逃げ出さずよくぞ参った」

 大司教が、威厳のある声で告げる。

 お嬢様が、一歩前に出る。

「教会からのお呼びとあらば、参上するのが女神様の使途である我々の務めです」

 お嬢様の模範返答に、大司教が冷たく微笑む。

「ふん、女神様の使途、か。ならば聞こう。貴様は海水塩という異端の技術を広め、神の領域を侵した。これについてどう答える?」
「人々の暮らしを豊かにしただけです。塩は生活必需品であり、誰もが手に入れられるべきものだと考えます」
「それが傲慢だと言っている」

 大司教が立ち上がる。

「神のみが塩を作る権利を持つ。貴様ら人間が、勝手に神の領域に踏み込むことは許されぬ」

 俺は一歩前に出た。

「それは教義の曲解では?女神ルミナは、民を愛し、民の幸せを願う存在のはず」

 大司教の視線が、鋭く俺を射抜く。

「黙れ、執事風情が。貴様に発言権などないわ」

 あらやだ酷い。泣きそう。

 だが俺は引き下がらない。

「お嬢様は何一つ間違ったことはしていません。むしろ、塩を独占して民を苦しめていたのは――」
「クラウス、黙りなさい」

 お嬢様が、珍しく強く俺を制する。

「大丈夫です。私に任せなさい」

 お嬢様が、再び大司教を見据える。

「大司教様。わたくしは、ただ民の幸せを願っただけです。それが神の教えに反するとは思えません」
「神の教えは、この私が決める」

 大司教が断言する。

「貴様ごときに、神の意思は理解できぬ」

 その言葉に、俺は違和感を覚えた。

 神の教えを"決める"?

 神の意思を伝えるのではなく、決める、と言ったのか。

 大司教が、さらに続ける。

「さらに貴様は、女神ルミナを冒涜した」

 お嬢様が、目を見開く。

「冒涜?何のことですか?」
「古代神殿から『光の依代』を盗んだ。それは神殿を守護する聖遺物。貴様が持つべきものではない」

 お嬢様が、懐から依代を取り出す。水晶のような、淡く光る小さな宝石。

「これはルミナ様が私に託したものです」

 審問の間が、一瞬静まり返る。

 そして――大司教が、嘲笑した。

「女神が直接貴様に?笑止」

 周囲の聖職者たちも、鼻で笑う。

「女神ルミナは数百年前から顕現されていない。貴様ごときの前に現れるはずがない」

「本当です。ルミナ様は――」
「黙れ!!」

 大司教の声が、部屋中に響き渡る。

「それこそが冒涜の証拠だ。女神を騙り、聖遺物を盗み、民を惑わす。これ以上の罪があるか」

 審問官たちが、ざわめき始める。

「魔女だ!」
「異端者だ!」
「処刑を!」

 声が、次第に大きくなっていく。

 俺は拳を強く握る。お嬢様への数々の冒涜、我慢できるわけがない。

「!?」

 が、お嬢様が俺の手を掴み、首を横に振る。

「まだだよ」

 俺にだけ聞こえるように小さく囁く。

 大司教が、高々と宣言する。

「レティシア・リオネール。貴様を魔女と認定する」

 その瞬間、聖騎士たちが一斉に動いた。

 俺とお嬢様を囲み、槍を向ける。

「抵抗すれば、即座に斬る」

 聖騎士の隊長が、冷たく告げる。

 俺は、お嬢様を見る。

 お嬢様は俺を安心させるためか、静かに微笑んでいた。

「分かりました。抵抗はしません」

 こんな状況下でも揺らぐことのない絶対の自信。黙っていれば完璧な貴族令嬢である。

「盗んだ聖遺物を出せ」

 言われるがままお嬢様が”光の依り代”を聖騎士に手渡すと、お嬢様と俺は、聖騎士たちに連行された。

 大聖堂の地下へ降りる階段は、薄暗く、冷たい。

 松明の光だけが、石造りの壁を照らしている。

 どれだけ降りたのだろう。

 ようやく、牢獄に辿り着いた。

 鉄格子の向こうには、何もない。

 石造りの床と壁。小さな窓から、わずかな光が差し込むだけ。

 聖騎士が鉄格子を開け、俺たちを押し込む。

 ガチャリ、と重い音を立てて、鍵がかけられた。

「明後日、火刑に処す」

 聖騎士が、無表情に告げて去っていく。

 静寂が、牢獄を支配した。

 俺は、怒りを抑えきれなかった。

「お嬢様、こんな茶番......!」
「大丈夫」

 お嬢様が、穏やかに微笑む。

「全部予想通り」
「......予想通り?」

 俺はお嬢様を見つめる。

「ルミぽよが言ってた。『教会は必ず動く』って」
「ですがこのままでは......」
「そ。だから、これはチャンスなの」

 お嬢様の瞳に、確固たる意思が宿っている。

「うちが魔女じゃない、てみんなが理解してくれれば、みんなも気付くっしょ。自分らの信じる女神様の意思なのか、それとも教会の意思なのか…」
「しかし、明後日には――」
「大丈夫! うちはルミぽよを信じてる!」

 そういうお嬢様の周り淡い光が優しく包む。あのギャル女神が見守ってくれているのかもしれない。

 俺はため息をつく。

 結局、お嬢様の無茶に付き合うのが俺の役目だ。

「分かりました。お嬢様がそうおっしゃるなら」
「ん、ありがと♡」

 微笑むお嬢様…その笑顔に俺が逆らえないのを理解しているのだろう。ずるい。

「つーかさ、マジでこの牢獄寒くね?」
「......確かに」

 地下だからか、底冷えがする。

 お嬢様が、俺の隣に座る。

「じゃ、肩借りるね」
「        」

 自然に、俺の肩に頭を預ける。

「        」
「いいじゃん。どーせ誰も見てないし」

 そう言って、目を閉じる。

 牢獄の外では、聖騎士が直立不動で見張りについている。

「ねぇクラウ」
「はい」
「もし、うちが本当に処刑されそうになったら、どうする?」
「必ず助けます自分の手首を切り落としてでもお嬢様の元に駆け付け敵対する組織人物全てに想像し得る全ての苦しみを味合わせ後悔の中愚か者どもが大切にしている全て―—

 想像しただけで胸が切り裂かれる思いだ。そんなこと断じて許すわけにはいかない。

「つまり、この世界全てを敵に回しても、お嬢様を守ります」
「ふふ、やっぱそう言うと思った」

 お嬢様が、小さく笑う。

「少なくてもうちには絶対に裏切らない味方が傍にいてくれる。それだけでうちは頑張れるよ」

 俺は、天井を見上げる。石造りの冷たい天井。

 俺は、自分の命に代えてもお嬢様を守るという使命がある。

 それ以外のことは、どうでもいい。


―——


 時間がゆっくりと過ぎ牢獄の窓から差し込む光が、徐々に傾いていく。

 夕暮れが近づいているのだろう。

 お嬢様は、俺の肩で静かに眠っている。

 その寝顔は、幼い頃と何も変わらない。

 その時――足音が聞こえた。複数の、重い足音。

 見張りに立つ騎士よりも上等な鎧の聖騎士たちが、こちらへ向かってくる。

 お嬢様が、目を覚ます。

「ん......クラウ?」
「聖騎士が来ます」

 俺は立ち上がり、鉄格子の前に立つ。

 足音が、止まる。

 現れたのは、銀色の鎧を纏い槍を携えた壮年の男。

「レティシア・リオネール。大司教がお呼びだ」
「......今度は何ですか?」

 お嬢様が、立ち上がる。

「発言は許していない。黙ってついてくればよい」

 聖騎士が鉄格子を開ける。

 俺も続こうとするが、槍で制される。

「貴様は残れ」
「お嬢様だけを連れて行くつもりか」
「そうだ」

 俺は、聖騎士を睨む。

 だがお嬢様が、俺の腕を掴む。

「大丈夫。すぐ戻るから」
「お嬢様――」
「信じて」

 その言葉に、俺は頷くしかなかった。

 お嬢様が、聖騎士たちに連れられ足音が遠ざかっていく。

 静寂が、再び牢獄を支配した。

 俺は、鉄格子を握りしめる。

 お嬢様が何をされるのか。大司教が何を企んでいるのか。

 分からない。流石に貴族の令嬢であるお嬢様に対しいきなり危害を加えるほど教会も馬鹿ではないだろうが――もし、お嬢様に何か危害を加えようとするのであれば、俺はこの聖堂ごと燃やし尽くしてでも救って見せる。

 その時、牢獄の窓から、夕日が差し込んだ。

 赤く、血のような光。

 それはまるで、これから起こる何かを暗示しているかのようだった。
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