とある執事の日常 ~お嬢様の中身は恐らくギャル~

冬兎

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第三章 セーラ服の女神

第四十四話 揺れる信仰

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 大聖堂最上階の執務室。

 夕暮れの赤い光が、ステンドグラスを通して部屋を染めている。壁一面には聖典『光の書』が整然と並び、窓からは王都の街並みが一望できる。豪奢な絨毯、金色の燭台、象牙細工の装飾品——全てが教会の権威を誇示するために揃えられたものだ。

 大司教ルーカス・フェリクスは、黒檀の執務机の前に立っていた。

 重厚な扉が開く。

 銀色の鎧を纏った聖騎士たちが、レティシア・リオネールを連れて入室する。

「大司教様。お連れしました」

 聖騎士が一礼し、退室する。

 扉が閉まる音が、室内に静かに響いた。

 レティシアは部屋の中央に立ち、直立のままの大司教を見上げる。

 その瞳は、一切の恐怖も不安も感じさせない。

 ルーカスは、椅子に座り直した。この少女を見下ろす位置に。

「レティシア・リオネール」

「はい。何の御用ですか、大司教様」

 その声は、落ち着いていた。

 まるで、午後のお茶会に招かれた貴族令嬢のように。

 ルーカスは、机の上の書類に視線を落とす。

「明後日、王都中央広場にて、お主とお主の執事の公開火刑を執行する」

「それは先ほどお聞きしましたわ」

 それでもレティシアの表情は一切揺らぐことはない。

 沈黙が部屋を支配する。交差する視線は、ルーカスから逸らされた。

「......今ならまだ、間に合う」

「何がですか?」

 レティシアが、小首を傾げる。

 ルーカスは、複雑な表情で口を開いた。

「異端の技術——海水から塩を作る方法を教会に献上し、女神を騙ったことを公の場で謝罪しろ。そうすれば......確実に命は救える」

 レティシアが、きょとんとした表情を浮かべる。

「でも、私は間違ったことなど何一つ言っていませんよ?それで謝罪してしまえば、それこそ女神さまに顔向けできませんわ」

「......何?」

 ルーカスの眉が、ぴくりと動く。

「塩を作ったのは、みんなが美味しいご飯を食べられるようにするためです。女神様は、民が幸せになることを望んでいらっしゃいます」

「貴様が女神様を語るな!」

 ルーカスが突然立ち上がり机を叩く。

「貴様は異端者だ。女神を冒涜した罪人だ。その身勝手な解釈で、教会の教えを歪めるな!!」

 レティシアが、真っ直ぐに大司教を見つめる。

「本当に、本当にルーカス様はそうお考えですか?」

「......何?」

「ルーカス大司教様は、民が幸せになることを女神様が望まぬとお考えなんですか?」

 ルーカスの言葉が詰まる。

 レティシアは、一歩前に出た。

「私が持っていた依代——あれは本物です。女神ルミナ様が、私に直接託してくださったものです」

「馬鹿な......女神は数百年、誰にも顕現していない」

「それは、教会が女神様の教えを歪めてしまったからです。それは教会の方がご存知では?」

 ルーカスの顔が強張る。

 レティシアは、淡々と続けた。

「『一人は万人のために、万人は一人のために』——本来の教えは、人々が互いに支え合うことでした。でも今の教会は、教会の権力や献金を集めることばかりに熱心です」

「黙れ!」

 ルーカスが叫ぶ。

 だが、レティシアの瞳には嘘がない。

 その真っ直ぐな眼差しに、ルーカスは何も言い返せなくなる。

 ルーカスが、よろよろと窓へと歩く。

 夕日が、王都の街並みを赤く染めている。

「......貴様は、本気でそう信じているのか」

「はい」

 レティシアが、即答する。

「そして、明後日、皆さんも真実を知ることになります」

 ルーカスが振り返る。

「何を根拠に、そんなことが言える」

「女神様が、私を見捨てないからです」

 その言葉に、ルーカスは息を呑んだ。

 あまりに純粋な、揺るぎない信仰。

 ルーカスは、自分が最後にそんな気持ちを抱いたのがいつだったか、思い出せなかった。

 若き日、聖職者を志した頃——確かに、自分にもそんな想いがあった。

 民を救いたい。女神の教えを広めたい。

 だが、いつしか組織の維持が目的になり、献金の額が評価基準になり、民の幸せよりも教会の権威が優先されるようになった。

「......貴様は、愚かだ」

 ルーカスが、呟く。

「この世界は、理想だけでは生きていけない。教会を維持するには金が要る。聖職者を養うには権力が要る」

「それは分かります」

 レティシアが、頷く。

「でも、だからこそ本来の教えに立ち返るべきなんです。民を幸せにすることが、教会の役目なんですから」

 ルーカスの拳が、震える。

「......貴様のような娘が、教会を…いや、世界を滅ぼす」

「いいえ。女神様の望む世界を取り戻すだけです」

 レティシアが、微笑む。

 その笑顔には、一片の曇りもなかった。

 ルーカスは、手を振った。

「もういい。下がれ」

「はい。それではごきげんよう」

 レティシアが優雅に一礼し扉へ向かう。

 外で待機していた聖騎士が扉を開け、レティシアを連れて退室する。

 扉が閉まり、静寂が戻る。

 ルーカスは、再び窓の外を見た。

「......あの娘は……危険すぎる」

 誰に言うでもなく、呟く。

 もし、本当に女神が彼女に依代を託したのだとしたら——

 ルーカスは、その思考を振り払った。

「馬鹿な。そんなことがある訳ない」

 だが、心の奥底で説明の出来ぬしこりが残るのであった。


―——


 足音が近づいてくる。

 俺は、鉄格子の前に立ち上がった。

 銀色の鎧を纏った聖騎士たちが、お嬢様を連れて戻ってくる。

「お嬢様!」

 俺は駆け寄る。

 聖騎士が鉄格子を開け、お嬢様を中に入れる。

「無事ですか!」

 俺は、お嬢様の身体を確認する。怪我はない。表情も穏やか。

「うん、大丈夫。ちょっとお話しただけ」

 お嬢様が、にっこり笑う。

「何を......」

「まぁいいってことよ!」

 お嬢様が、手をひらひらと振る。

 俺は意味が分からず困惑する。

 大司教が何を話したのか。お嬢様に何を要求したのか。

 だが、お嬢様は何も語ろうとしない。

 聖騎士たちが、足音を響かせながら去っていく。

 牢獄に、再び静寂が訪れた。

 お嬢様が、小さな窓から夜空を見上げる。

 星が、一つ二つと瞬き始めている。

「あと一日......ルミぽよ、もう少しだけ辛抱してね」

 小さく呟く。

 その声は、まるで聖女の祈りのように神秘的なものだった。

 俺はお嬢様の横顔を見つめる。

 何を考えているのか。何を見ているのか。

「お嬢様」

「ん?」

「.....何が起ころうとも私はお嬢様の守ります」

 お嬢様が振り返り、そして柔らかく微笑んだ。

「知ってるw だから、うちは平気は頑張れるんよ」

 その言葉に、俺の胸が熱くなる。

 お嬢様は、俺を信じてくれている。

 ならば、俺はその信頼に応えなければならない。

 たとえ、この世界全てを敵に回すことになっても。


―——


 翌朝——

 王都、リオネール邸の執務室。

 朝日が、窓から差し込んでいる。

 だが、部屋の空気は重かった。

 レオン・リオネール伯爵が、執務机の前に立っている。その隣には妻セシリア。そして、クラウスの両親、アーロンとマリアに加えエルドが集まっていた。

 アーロンが、一枚の書状を広げる。

「教会から正式な通達が来ました。明日正午、王都中央広場にて公開火刑を執行すると」

 レオンの拳が、机を叩く。

 木製の机が、悲鳴を上げた。

「教会め......!我が娘に手を出すとは」

「レオン」

 セシリアが、夫の肩に手を置く。

「レティシアを信じましょう。あの子は、必ず何か考えているはずです」

 その時、執務室の扉が勢いよく開いた。

「レティシア様を! レティシア様を助けに行かせてください!」

 オクタヴィア・サウザードが、息を切らせながら飛び込んでくる。その後ろには、セバスチャンが続く。

「オクタヴィア嬢......」

 レオンが、複雑な表情を浮かべる。

 オクタヴィアは、レティシアの古い友人だ。必死になるのも当然だろう。

「私が、私が大剣で聖堂を......!」

「落ち着きなさい、オクタヴィアさん」

 セシリアが、優しく諭す。

「レティシアなら、きっと大丈夫」

「でも......!」

 その時、再び扉が開く。

「失礼します」

 エドウィン・カーライルが、息を切らせながら入室する。

「クロネコ急便、総動員します。いつでも動けるよう、部下たちに待機を命じました」

 レオンが、エドウィンを見る。

「エドウィン殿......」

「レティシア様には、恩があります。この身が続く限り、お守りします」

 エドウィンが、深く一礼する。

 レオンは、集まった面々を見渡した。

 アーロンとマリア——長年仕えてくれた執事長とメイド長。

 エルド——娘の家庭教師。

 オクタヴィアとセバスチャン——娘の親友とその執事。

 エドウィン——娘に救われた元商人ギルド支部長。

 皆、レティシアのために動こうとしている。その心強い娘の仲間たちを見て、逆にレオンは落ち着きを取り戻す。

 レオンは、深く息を吐いた。

「......娘を…レティシアを信じよう」

「旦那様………」

 アーロンが、顔を上げる。

「だが、万が一に備えて準備をする。アーロン、騎士団を待機させろ」

「御意」

「エルド、バルドはこちらに向かっているか?」

「今晩にも到着予定です」

「エドウィン、クロネコ急便の人員配置を頼む」

「はい」

 レオンが、窓の外を見る。

 王都の街並み。その向こうに、大聖堂の尖塔が見える。

「あの子は、私たちの想像を超えてくる。いつも、そうだった」

 セシリアが、夫の手を握る。

「ええ。だから、信じましょう」

 オクタヴィアが、拳を握りしめる。

「レティシア様......どうか、ご無事で」


―——


 その日の晩ー王宮、執務室。

 ロートニア王とレオンが、向かい合っていた。

「ロト、もし教会が本当にレティシアを......」

「分かっている」

 ロートニアが、手を上げる。

「王国軍、いつでも動けるよう待機させている」

「すまない......」

「レティシアとクラウスは、この国の未来だ。絶対に失うわけにはいかん」

 ロートニアが、立ち上がる。

「だが、それも恐らく杞憂に終わるだろう。あの娘なら、必ず自分で道を切り開く」


 ——クロネコ急便本部。

 エドウィンが、集まった部下たちの前に立っていた。

「諸君、明日、レティシア様が火刑に処されるかもしれない」

 ざわめきが、広がる。

 エドウィンが、声を張り上げた。

「だが、我々は信じる。レティシア様は、必ず無事に戻ってくる。そのために、我々は全力で支援する」

「おう!」

 部下たちが、拳を突き上げる。

「明日正午、各自配置につけ。いつでも動けるように」

「了解!」

 部下たちが、散っていく。

 エドウィンは、窓の外を見た。

「レティシア様......どうか、ご無事で」

 ——サウザード邸。

 オクタヴィアが、自室で大剣ルミナス・ヴァルキリアを磨いていた。

「レティシア様......」

 刃に映る自分の顔が、歪んでいる。

 涙が、頬を伝った。

「どうか、無事でいてください」

 セバスチャンが、扉をノックする。

「お嬢様、明日の準備は整いました」

「......ありがとう、セバスチャン」

 オクタヴィアが、涙を拭う。

「レティシア様を、必ず助けますわ」



―——



 大聖堂、最上階。

 大司教ルーカス・フェリクスが、窓から月を見上げていた。

「明日、公開火刑だ......」

 その表情には、僅かな迷いが見える。

 ルーカスは、机の上の『光の書』を手に取った。

 第二章「相互の誓約」——



 ”一人は万人のために、万人は一人のために”

 汝の光は隣人を照らすためにあり、隣人の光は汝を照らすためにある。



 その一節を、声に出して読む。

「互いに支え合い、共に歩むことこそが、女神の望む世界の在り方である......」

 ルーカスは、聖典を閉じた。

「......私は、間違っているのだろうか……」

 誰に問うでもなく、自らに呟く。

 空には月が、不気味なほど美しく輝いていた。
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