とある執事の日常 ~お嬢様の中身は恐らくギャル~

冬兎

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第四章 灼熱の試練

第五十八話 ダンジョン試験前日

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 王都オーガストの商店街は、正午を過ぎても活気に満ちていた。

 石畳の道の両脇に露店が立ち並び、オーガの商人たちが威勢よく声を張り上げている。焼けた岩の匂いと、露店から漂う香辛料の香りが混ざり合い、独特の空気を作り出していた。

 俺たち四人は、その賑やかな通りを歩いている。

 引率しているのは、ドラガ王とロートニア王。

 だが―――

「ロトっち、ドラちゃん、本当に大丈夫?」

 お嬢様が心配そうに尋ねる。

 無理もない。

 二人とも、全身包帯姿だ。

 ドラガ王は右腕を三角巾で吊り、左目の上には大きな絆創膏が貼られている。ロートニア王に至っては、額と両腕に包帯を巻き、歩くたびに微かに顔を歪めている。

「ガハハ!これくらい何でもねえ!」

 ドラガ王が強がるが、その声には痛みが滲んでいる。

 ロートニア王も苦笑を浮かべた。

「まったくだ。王たる者、この程度で音を上げるわけにはいかん。皆大袈裟すぎる」

 その言葉とは裏腹に、二人の足取りは明らかに重い。

 午前中の出来事を思い出す。

 学科試験は、二日間の地獄の特訓の成果があって四人とも無事に合格した。

 ガルガ副議長の容赦ない講義は確かに過酷だったが、それだけに知識の定着率は抜群だった。お嬢様も、途中から眠気と戦いながらも食らいついていた。

 実技試験については、ロートニア王の口利きで免除になった。

 俺たち四人の戦力が、教官たちと比べても決して劣らず、本気で戦えばどちらかに怪我人が出る可能性が高い。本来の目的は「入学」であり、無用な怪我を避けるべきだという判断だった。

 ギルド議長も兼任されているロートニア王の言葉に教官たちも納得していたし、俺としても異論はなかったおだが―――ドラガ王がオクタヴィアに声をかけたのだ。

「オクタヴィア嬢、その大剣から並々ならぬ力を感じるな。俺とロトの拳と、正面から打ち合ってみないか?」

 ロートニア王も興味津々といった様子で頷いた。

「その大剣の真の力、見せてもらおう」

 オクタヴィアは戸惑っていたが、お嬢様に背中を押され―――

 正面から、全力で打ち合った。

 結果。王二人、紙切れのように吹き飛ばされて終わり。

 オクタヴィアの大剣ルミナス・ヴァルキリアは、変身状態で圧倒的な力を発揮する。ドラガ王とロートニア王が本気で魔力を纏わせた拳で受け止めようとしたが、その一撃は二人の防御を容易く突破した。

 ドラガ王が吹き飛ばされ、ロートニア王が地面に叩きつけられる。

 試験場にいた教官たちが慌てて回復魔法をかけたが、完全には治りきらなかった。

 一応二人の名誉のために補足するが、二人は素手で防具もない状態だったことだけは触れておく。

 お嬢様が「オクちゃん、すごーい!」と無邪気に喜ぶ横で、俺とセバスチャンは無言で二人の王に黙祷を捧げた。

「さっきのはな、いくら自分の強さに自信があろうとも、さすがに素手は危ないぞという悪い見本を見せたに過ぎん」

 おうおうおう、ここでドラガが大勝負にでる。

 明らかに言い訳だが、誰も突っ込まない。そう、優しさだ。

「特にクラウスとセバスチャン。お前ら、動きやすさを追求した結果が今の軽装なんだろうが、胸当てや手甲くらいは用意するべきだろう」

 ドラガ王の声に、僅かな真剣さが混じる。

「ダンジョンは実戦だ。見た目より生存率を優先しろ」

 ロートニア王も頷いた。

「炎獄の迷宮は、本当に容赦がない。防具一つで生死が分かれることもある」

 その言葉に嘘はないだろう。

 俺とセバスチャンは確かに軽装だ。動きやすさを重視し、最低限の防具しか身につけていない。だが、ダンジョン最深部で守護者と戦うとなれば、話は別だ。

「分かりました。防具を用意します」

 俺が答えると、ドラガ王が満足そうに頷いた。

「よし。ならば、近くに良い鍛冶屋がある。案内してやろう」

 ということで現在に至る訳である。

 王二人を加えた俺たち六人は、商店街の奥へと進んでいく。

 目的の鍛冶屋は、商店街の外れにあった。

 石造りの建物で、煙突から黒煙が立ち上っている。入口の看板には「炎龍鍛冶」と書かれていた。

 ドラガ王が扉を押し開ける。

「へーいらっしゃー......む!?」

 無愛想なオーガの店主が、だるそうに挨拶する。

 だが、次の瞬間。

 店主の目が、オクタヴィアの背負う大剣に釘付けになった。

「その大剣......そんな、まさかこれは......!」

 凄まじい勢いで、店主がオクタヴィアに駆け寄る。

 オクタヴィアが驚いて一歩下がるが、店主の視線は大剣から離れない。

「どこで手に入れた!? こんな傑作、滅多にお目にかかれるもんじゃねえぞ!」

 店主の声は興奮に満ちている。

 オクタヴィアが経緯を説明すると、店主の目が見開かれた。

「グリム!? 嬢ちゃんグリムと言ったか? あの野郎、ついにやりやがった......!」

 店主が拳を握りしめる。

 その表情には、驚きと、そして誇らしさが混ざっていた。

「俺とグリムは、同じ師匠の下で修行した兄弟子だったんだ。別れてから二十年近く経つが、この大剣を見りゃああいつがどんだけ努力を続けてきたかよく分かるな!」

 懐かしそうに、店主が語る。大剣を眺めるその目は、職人としての尊敬に満ちている。

 店主が大剣の刃に指を這わせる。

 触れてはいないが、その眼差しだけで全てを理解しているようだった。

「こんな傑作を作るまでになってたのか。師匠も喜ぶだろうな」

 しばらく、店主とオクタヴィアの間で、グリムについての話が続いた。

 お嬢様も興味津々といった様子で、グリムとセリオスが協力して大剣を作った話を嬉しそうに語っている。

 店主は何度も頷き、時折感嘆の声を上げた。

「エルフとドワーフが協力してか......。とうとう種族の壁を越えたのか…大したもんだなぁ」

 やがて、話が一段落すると、店主が申し訳なさそうに頭を掻いた。

「グリムの友人に防具を作ってやりたいのは山々なんだが......」

 その表情には、明らかな困惑が浮かんでいる。

「最近、炉の温度が上がりきらなくてな。オーダーメイドは難しい。出来合いので良ければいくらでも持って行ってくれて構わないんだが…」

 炉の温度が上がらない。

 鍛冶師にとって、それは致命的な問題だろう。

「炉の温度、何か理由があんのか?」

 ドラガ王が眉を寄せる。

「他の鍛冶屋も同じ状況か?」

「ああドラガ王か。実はここ数日、王都中の鍛冶屋が同じ問題を抱えてる。火山の活動が弱まってるのか、それとも別の理由があるのか......」

 店主が首を振る。ドラガ王に対する雑な対応が、逆にこの王が民から慕われていることが分かる。

「原因は分からねえが、このままじゃ武具の生産が滞る。そうすりゃ冒険者たちにも影響が出るだろうな」

 ドラガ王とロートニア王が顔を見合わせた。

 何か心当たりがあるのだろうか。

 だが、二人は何も言わず、ただ黙って頷いた。

「承知しました。それでは既製品で構わないので、胸当てと手甲を二人分お願いします」

 俺がそう言うと、店主は頷いて奥へと向かっていった。

 数分後店主が戻ってくると、手には黒い金属で作られた胸当てと手甲が握られていた。

「これならサイズも合うだろう。試着してみてくれ」

 俺とセバスチャンは、その場で胸当てと手甲を装着する。

 思ったより軽い。

 動きやすさを損なわず、それでいて防御力も十分だ。

「ありがとうございます。これで十分です」

 俺が礼を言うと、店主は満足そうに頷いた。

「グリムの恩人だ。代金はいらねえ」

「いえ、それでは」

「いいから持ってけ。グリムにも伝えといてくれ。『お前の作った武具を見られて光栄だった』ってな」

 店主が笑う。

 その笑顔は、職人としての誇りに満ちていた。

 俺は深く頭を下げ、店を後にした。

 商店街に戻り、念のため他の鍛冶屋も何軒か回った。

 だが、どこも同じ理由でオーダーメイドの防具は作れなかった。

 火山の活動が弱まっているという話が、どの店主からも聞かれた。

「炉の温度が足りないと、ミスリル合金みたいな高融点の金属は扱えねえんだ」

 ある店主がそう説明した。

「普通の鉄ならなんとかなるが、冒険者が求めるような高品質な武具は難しい」

 ロートニア王が難しい顔をしている。

「火山の活動が弱まっているのか......。ルクシオンにとって、それは看過できない問題だな」

 ドラガ王も頷いた。

「ああ。火山はこの国の命だ。鍛冶以外にも地熱は神の恵みとして生活と直結していることも多い」

 二人の表情は、どこか重い。

 だが、それ以上は何も語らなかった。

 お嬢様が、二人の様子を心配そうに見つめている。

「ドラちゃん、ロトっち、何か手伝えることある?」

 お嬢様の言葉に、ドラガ王が笑った。

「気持ちは嬉しいが、今はまだ何も分からん。まずは明日のダンジョン試験に集中してくれ」

 ロートニア王も頷く。

「そうだな。お前たちが無事に帰ってくることが、何よりも大切だ」

 お嬢様は納得していない様子だったが、それ以上は追及しなかった。

 夕暮れ時、俺たちは宿へと戻った。

 部屋に入ると、お嬢様が窓辺に立ち、火山を眺めている。

 何の根拠もないが、お嬢様がダンジョンに向かう以上、何も起こらないことはないだろう。

 そして当然のように俺も巻き込まれる。…今日はもう寝よう。
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