とある執事の日常 ~お嬢様の中身は恐らくギャル~

冬兎

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第四章 灼熱の試練

第五十九話 炎獄の迷宮①

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 翌朝、まだ日が昇りきらない薄暗い時間に俺たちは王宮を出た。

 お嬢様は既に目が冴えきっていて、昨夜から何度も装備を確認している。オクタヴィアも緊張した面持ちで大剣ルミナス・ヴァルキリアの柄を握りしめていた。セバスチャンだけは相変わらず落ち着いた様子だが、その目に宿る光は鋭い。

 火山の麓、炎獄の迷宮入口には既にドラガ王とロートニア王が待ち構えていた。

 朝靄の中に立つ二人の姿は、今でも十分に英雄の面影を感じさせる。

「よく来たな」

 ドラガ王が腕を組んで頷いた。

「三日以内に守護者を倒し、宝珠を持ち帰れ。それが合格条件だ」

 ロートニア王が付け加える。

「守護者なのに倒しちゃっていいの?」

「がっはっは。既に倒すつもりでいるのか! その意気や良し!」

 お嬢様の疑問にドラガ王が満足そうに頷く。

「だが心配は無用だ。守護者に生死の概念はない。戦って相手を認めた段階で宝珠へと姿を変えるが、翌日には何もなかったかのように鎮座している」

 ドラガ王の説明にお嬢様が安心した表情を浮かべる。負ける事など一切考えていない…。

「過去、誰一人として成功していない。だが、お前たちならきっと......」

 ロートニア王のその言葉こそ冗談めかしていたが、表情には真剣さが滲んでいた。

「絶対クリアする! ドラちゃんとロトっちを超えてみせるから!」

 その宣言に、二人の王が笑った。

「イグニスにドラガの名前で宜しく言っておいてくれ。そのうち顔を出すってな」

「無理はするなよ。命より大切なものはない」

 ドラガ王が最後にそう告げると、巨大な石の扉がゆっくりと開いていく。

 中から熱気が溢れ出し、空気が揺らぐ。

 俺たちは四人、並んで一歩を踏み出した。

 扉が背後で閉まる音が、やけに重く響いた。


☆☆☆


 ダンジョンに侵入してすぐに違和感を覚えた。

「......静かすぎる」

 俺が呟くと、セバスチャンも頷いた。

「ええ。ガルガ副議長の講義では、入口付近にも火炎蜥蜴や溶岩スライムが複数生息していると」

 そう、本来ならBランク級のモンスターがうじゃうじゃいるはずだ。

 だが、姿が全く確認できない。

 隠れている可能性もあるのだろうが、そもそも気配すらない。

 お嬢様が首を傾げる。

「みんなお腹すいちゃったのかな?」

「警戒を怠らないでください、お嬢様」

 俺はそう告げながら、周囲を観察する。

 溶岩が流れる通路が続いている。赤い光が壁を照らし、熱気が容赦なく肌を焼く。ガルガ副議長の地獄の講義を思い出しながら、溶岩流のルートを予測する。

「この先、三十メートル進んだところで通路が二手に分かれます。右は溶岩流が増す危険ルート、左は蒸気が噴出する罠が多いルート」

 オクタヴィアが地図を広げる。

「副議長の講義資料によれば、左ルートの方が最短距離ですわね」

「だが罠が多い。慎重に進む必要があるな」

 セバスチャンの言葉に、お嬢様が頷く。

「じゃあ左で。罠は知識があれば対処できるもんね」

 さすがガルガ副議長。ここに来て改めてあの講義の時間に感謝する。

 俺たちは左の通路へ進んだ。

 果たして、講義で習った通りの場所に蒸気噴出の罠が仕掛けられていた。床の僅かな亀裂、壁の変色、空気の流れ。全てが教材通りだ。

「ここですわね」

 オクタヴィアが指差す。

「ええ、間違いありません」

 俺が罠の起動タイミングを計算し、セバスチャンが魔法で空気の流れを操作する。蒸気が噴出するが、俺たちはその合間を縫って通過した。

「副議長の特訓マジ意味あったじゃん!」

 お嬢様が嬉しそうに笑う。

 だが、俺の違和感は拭えなかった。

「やはり、、、、あまりにもモンスターが......いなさすぎる」

 通常なら何度も戦闘になるはず。

 それなのに、一体も遭遇していない。さすがに偶然では済ませられない。

 これは異常だ。

「何か......ダンジョンの中に、モンスターたちを怯えさせる存在がいるのかもしれません」

 俺の推測に、三人が顔を見合わせた。

「新種のモンスター、ですか?」

 セバスチャンが問う。

「分からない。同種族でも突然変異的に強い個体が生れることもある。どちらにせよ最大限の警戒を続けていく」

「一体何が......」

 オクタヴィア嬢の言葉が途中で途切れる。

 俺たちは更に奥へと進み続けた。



 一日目の夜営は、比較的安全な空洞で行った。

 溶岩流から離れた場所で、温度も多少マシだ。

 お嬢様が簡易的な結界を張り、セバスチャンが見張りのローテーションを組む。

「私が最初、次にクラウス殿、その次にオクタヴィアお嬢様とレティシア様で」

「了解」

 当初俺とクラウスだけで見張りをするつもりでいたが、二人のお嬢様が猛反対。

 『あなた達は使用人ではなく仲間です』とはオクタヴィア嬢の言葉だが……。いいえ使用人です。…俺間違ってないよな?

 セバスチャンと説得を試みたが、全く意見を曲げる気のないお嬢様らに俺たちが根負けした。何とかお嬢様二人での見張り、とするのが精いっぱいだった。

 俺は携帯食を口に運びながら、これまでの道のりを振り返る。

 罠は多かったが、全て講義で習った通りのもので対処は容易だった。だが、モンスターは依然として姿を見せない。

 明日、異変の原因に辿り着ければいいのだが。



 二日目。

 さらに奥へと進むにつれ、熱気が増していく。

 空気が重い。呼吸するたびに肺が焼けるような感覚だ。お嬢様が回復と体力強化のバフをかけ続けてくれているが、それでも過酷だ。

「もうすぐ......最奥層です」

 セバスチャンが地図を確認する。

「守護者の間まで、あと二百メートル」

 オクタヴィアが大剣を握り直す。

「ついに、ですわね」

 相手はSランク相当の古代を生きた魔獣だ。

 油断すれば、当然命はない。

 通路が開け、巨大な空間へと出た。

 目の前に広がるのは、溶岩の湖。

 赤く煮えたぎる液体が、不気味な光を放っている。そしてその中央の岩盤に、巨大な影があった。

 
 炎龍イグニス—


 全長二十メートルを超える紅蓮の龍。ガルガ副議長の講義で習った通りの姿だが、イメージよりも全然大きい。

 鱗は溶岩のように赤く輝き、翼を畳んだ姿はまるで山のようだ。

 荒い息遣い。

 鋭く光る瞳。

 明らかに気が立っている。むしろ殺気といっても過言ではない。

「近寄るな......人間よ」

 低い咆哮が響く。

 古代魔獣の中でも、高い知能を持つ個体は人語を解するとガルガ副議長が言っていた。だが、その声にも殺気が籠る。

 ”好戦的だが敵意はない”と習っていたが、とても敵意が無いようにはみえないのだが。

「お嬢様、下がってください」

 俺は一歩前にでてお嬢様を庇うように構える。

 セバスチャンも細剣を構え、オクタヴィア嬢が大剣を両手で握る。

 と、龍が突然動いた。

 巨大な爪が振り下ろされる。

「散開!」

 俺とセバスチャンが左右に飛ぶ。

 爪が地面を砕き、岩盤が砕け散る。オクタヴィア嬢が大剣を構える。

「レティシア様、バフを!」

 お嬢様が杖を掲げる。

「全員全マシマシ~!」

 光が四人を包んだ。

 身体が軽くなる。魔力が溢れる。筋力・敏捷・防御、全てが底上げされる感覚、戦闘開始だ。

 龍の一撃が地面を砕く。

 溶岩が噴き上がり、空気が爆ぜる。

 俺は影魔法で龍の足元へ滑り込む。セバスチャンが細剣で関節を狙う。だが、龍の反応が早い。尾が薙ぎ払われ、俺たちは後退を余儀なくされる。

 オクタヴィア嬢が自慢の愛刀を振るう。

「せいやぁぁぁっ!」

 大剣が龍の前脚に直撃する。

 だが、鱗が硬い。

 まったくダメージが通らない。

「くっ......!」

 オクタヴィア嬢が歯噛みする。

 龍が咆哮し、炎のブレスを吐いた。

「散開!」

 俺の声に、全員が四方へ飛ぶ。

 炎が通路を焼き尽くし、岩盤が溶ける。間一髪で回避したが、あと一瞬遅ければ全員炭になっていた。

「やっぱ強いね!」

 お嬢様が杖を振る。

「でも負けないから!」

 回復魔法が俺たちを包む。

 傷が癒え、体力が戻る。だが、このままでは消耗戦になる。守護龍の防御を突破する手段が必要だ。

 俺は龍の動きを観察する。

 攻撃は確かに強力だが、何か違和感を感じる。

 何だ? 何がおかしいのか見極めろ。

 明らかに何かを守るような動き。その場から動こうとしない。

 龍の背後には......

「卵?」

 セバスチャンが呟いた。

 巨大な卵が、岩盤の窪みに安置されている。

 真っ白な殻が、溶岩の光を反射して輝いていた。

 お嬢様が目を見開く。

「ちょ! ちょっと待って! ストォォォォップ!」

 お嬢様が両手を上げて叫ぶ。

「タンマ! タイム! ストップ!」

 守護龍が動きを止めた。

 俺とセバスチャン、オクタヴィア嬢も攻撃の手を止める。

「お嬢様、一体何を......」

「だってさ、この子......守ってるんだよ? 卵を」

 お嬢様が龍を指差す。

「私たちを攻撃してるんじゃなくて、卵を守ろうとしてるんだよ。ね?」

 守護龍が低く唸る。

 だが、その目には敵意ではなく、困惑が浮かんでいた。

「だからどうした……人間よ。さっさと立ち去るが良い」

「ん~なんか悩んでない?」

 …俺の苦難が、今決定した。
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