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第一章 勇者ああああと妹
1-5 出発の準備
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「こちら10個で900マニーです! お買い上げありがとうございます! ありゃりゃしたー!」
「はぁ……」
街を出発するのもあと少し。現在、旅立ちの前の買い物の最中である。
だが、これが少し問題がある。何せ、いま物を買うために消費しているお金は、先ほど他人の家からふんだくってきた悪いお金なのだ。妹として申し訳ない気持ちでいっぱいである。
主婦の皆さんが必死の思いで集めた僅かながらのヘソクリを滝のように使うなんて、まさに目をつむりたくなるような光景だ。
「……」
兄の表情はいつもと変わらない無表情。
私が分かりやすいくらいに落ち込んでいると、こちらに何かが飛んできた。
「わっ!?」
それは街で買える高級な杖、一級品の魔導衣、魔力の指輪、そして……王国騎士団員指定の兜。
「一つだけおかしくない!?」
兄からのプレゼント……?
「で、でも……人のお金で買ったものだし……」
「……」
私が躊躇っているとお兄ちゃんは、装備を奪い返して無理やり着替えさせてくる。
「ちょっと! 私もう十二歳なんだけど! 自分で着れるから!」
そんな声はお兄ちゃんの耳には一切届かず、私も抵抗を諦めて従うことにした。
「……」
お兄ちゃんはしゃがんだまま、真剣な顔で魔導衣をセットしてくれている。……無表情なだけかもしれないが。
「……あ」
なんだか、とても懐かしい感覚だ。お兄ちゃんがこんな性格になってからというもの、いつもすれ違いの毎日で、触れ合うことはもちろん、会話をすることさえなかったのだ。
少しだけ涙腺が緩む。もう子供じゃないんだからという意地で涙は流さなかったが、今だけはこの幸せに浸っていたい。何年ぶりに再会したようなこの嬉しさに。
「……お兄ちゃん」
無意識に、目の前にある頭を抱きしめていた。こんなことするような年齢じゃないのに。嗚呼、私もまだまだ子供だな。
突然、私の体に浮遊感が訪れた。
「なに!?」
お兄ちゃんが支度を終えて立ち上がったのだ。当然、抱きしめたままの私は持ち上がってしまう。
「おろしてー!」
涙目になりながらじたばたする。飛び降りればいいとも思うかもしれないが、お兄ちゃんは背が高すぎて降りたら足を挫きそうで怖いのだ。
きっとお兄ちゃんは、そのまま歩いていくだろう。街を出るために大通りを一直線だ。
「……それはまずい!」
こんな醜態を公衆の面前で晒されてはもう生きてはいけない!
下を向き、地面への距離を目測する。城の屋上から飛び降りるわけではない。慎重にいけば降りられるはず。大丈夫、いざとなれば魔法を使って何とかして見せる! ……火の上昇気流とかで!
タイミングを見定める。
1……
2……
3……いまだ!
だが急にお兄ちゃんの足が止まる。
「うわぁ!」
その衝撃と飛び降りるタイミングが上手く重なり、無様にも落下してしまった。
ドンという衝撃が走り、思い切り尻餅をつく。
「いったー……」
何事かとお兄ちゃんの顔を見上げてみるが、そこにあるのはいつものムスッとした無表情。
何も変わらない光景に安心したが、いまは急に止まったことへの抗議を言いたい。
お兄ちゃんに話しかけるため埃を掃いながら立ち上がった瞬間、背後から異質な声がした。
「へっ、空気のいい街だぜ。実に壊しがいがあるぜ」
「そして都合のいいことに、入れ違いにならずに済んだようですね」
その異常な言葉の内容に驚き、即座に振り向く。
一人。否、一匹は豚の顔と一角の角を持ち、古い剣闘士のような恰好をした赤肌の怪物。
もう一匹は、上半身が三つ首の竜で、まさに異形と言える怪物。
「なに!?」
驚く私をよそに、二匹の怪物とお兄ちゃんは既に戦闘態勢に入っている。
これが勇者の使命、世界の危機を救う戦いなのだろうか。
まだ戦場と化していないにも関わらず一気に厳かな雰囲気となった街は、いま波乱の幕開けを迎えようとしていた。
「はぁ……」
街を出発するのもあと少し。現在、旅立ちの前の買い物の最中である。
だが、これが少し問題がある。何せ、いま物を買うために消費しているお金は、先ほど他人の家からふんだくってきた悪いお金なのだ。妹として申し訳ない気持ちでいっぱいである。
主婦の皆さんが必死の思いで集めた僅かながらのヘソクリを滝のように使うなんて、まさに目をつむりたくなるような光景だ。
「……」
兄の表情はいつもと変わらない無表情。
私が分かりやすいくらいに落ち込んでいると、こちらに何かが飛んできた。
「わっ!?」
それは街で買える高級な杖、一級品の魔導衣、魔力の指輪、そして……王国騎士団員指定の兜。
「一つだけおかしくない!?」
兄からのプレゼント……?
「で、でも……人のお金で買ったものだし……」
「……」
私が躊躇っているとお兄ちゃんは、装備を奪い返して無理やり着替えさせてくる。
「ちょっと! 私もう十二歳なんだけど! 自分で着れるから!」
そんな声はお兄ちゃんの耳には一切届かず、私も抵抗を諦めて従うことにした。
「……」
お兄ちゃんはしゃがんだまま、真剣な顔で魔導衣をセットしてくれている。……無表情なだけかもしれないが。
「……あ」
なんだか、とても懐かしい感覚だ。お兄ちゃんがこんな性格になってからというもの、いつもすれ違いの毎日で、触れ合うことはもちろん、会話をすることさえなかったのだ。
少しだけ涙腺が緩む。もう子供じゃないんだからという意地で涙は流さなかったが、今だけはこの幸せに浸っていたい。何年ぶりに再会したようなこの嬉しさに。
「……お兄ちゃん」
無意識に、目の前にある頭を抱きしめていた。こんなことするような年齢じゃないのに。嗚呼、私もまだまだ子供だな。
突然、私の体に浮遊感が訪れた。
「なに!?」
お兄ちゃんが支度を終えて立ち上がったのだ。当然、抱きしめたままの私は持ち上がってしまう。
「おろしてー!」
涙目になりながらじたばたする。飛び降りればいいとも思うかもしれないが、お兄ちゃんは背が高すぎて降りたら足を挫きそうで怖いのだ。
きっとお兄ちゃんは、そのまま歩いていくだろう。街を出るために大通りを一直線だ。
「……それはまずい!」
こんな醜態を公衆の面前で晒されてはもう生きてはいけない!
下を向き、地面への距離を目測する。城の屋上から飛び降りるわけではない。慎重にいけば降りられるはず。大丈夫、いざとなれば魔法を使って何とかして見せる! ……火の上昇気流とかで!
タイミングを見定める。
1……
2……
3……いまだ!
だが急にお兄ちゃんの足が止まる。
「うわぁ!」
その衝撃と飛び降りるタイミングが上手く重なり、無様にも落下してしまった。
ドンという衝撃が走り、思い切り尻餅をつく。
「いったー……」
何事かとお兄ちゃんの顔を見上げてみるが、そこにあるのはいつものムスッとした無表情。
何も変わらない光景に安心したが、いまは急に止まったことへの抗議を言いたい。
お兄ちゃんに話しかけるため埃を掃いながら立ち上がった瞬間、背後から異質な声がした。
「へっ、空気のいい街だぜ。実に壊しがいがあるぜ」
「そして都合のいいことに、入れ違いにならずに済んだようですね」
その異常な言葉の内容に驚き、即座に振り向く。
一人。否、一匹は豚の顔と一角の角を持ち、古い剣闘士のような恰好をした赤肌の怪物。
もう一匹は、上半身が三つ首の竜で、まさに異形と言える怪物。
「なに!?」
驚く私をよそに、二匹の怪物とお兄ちゃんは既に戦闘態勢に入っている。
これが勇者の使命、世界の危機を救う戦いなのだろうか。
まだ戦場と化していないにも関わらず一気に厳かな雰囲気となった街は、いま波乱の幕開けを迎えようとしていた。
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