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第二章 勇者ああああとバレンタインの魔女

2-10 貫くべき意志

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 連れてこられたのは、いつか自分が逃げ込んでいた魔物の徘徊する樹海。

 今日は何故か魔物の姿は見えず、俺は底無し沼のように深く黒い感傷に飲み込まれていく。



 どうせみんな死ぬのだから国を守る必要なんてあるのか、なんて言い訳をして勝手に仕事をサボった昨日。

 頭の中で何度も何度も繰り返される一日前の記憶。

 どうすれば皆を助けられただろうか、国を守れただろうか。シミュレーションをいくら繰り返しても、最善の方法が浮かぶ前に自責の念で一杯になる。



「ッ……」

 やがて怒りは口にも表れ、歯が軋む音が静かな森の中に鳴った。

「我々はウィッチ街に行くこととなるだろうが、その前に立ち寄らねばならない場所がある」



 ウィッチ街。パプライラ王国から北に聳える由緒正しい魔法市街。

 本来ウィッチ街に行くとなれば、危険を避けるために樹海を避けて大きく迂回する必要がある。そのルートで進めば大体三日から四日も時間を割くことになるのだ。

 しかしこの通り、この魔術師の力によるものなのか一切の難なく進むことができていた。



 森は緩やかな斜面を作り、人間たちが体力を奪われていることを気づかないように出来ている。

 魔物たちはその果てで森から抜け出せなくなった人間たちを食らうのだ。

 だがそんな心配は今だけは必要なく、やがて頂上のようなところにたどり着くと一つのログハウスが見えた。その窓からは一人の青年が顔を覗かせている。



「おーい! グラムー! それとその友達くーん! 休憩がてらコーヒーはいかがかなー!」

 彼の姿は正にブランダムそっくりであり、フードさえ脱げば瓜二つかもしれない程だった。

 一切外に出たことがないと言われても信じてしまいそうな白い肌。そして美しく整えられた銀髪。

 ブランダムを初めて見たときにも思ったが、まるで天使が地上に降臨したかのようだ。



「あいつも神塔の連中か」

 神塔シティ。そこの出身の者たちは見ただけでわかるほど特徴的な容姿をしているのだ。

 数々の超常的な能力を持って生まれてきた白き者たちの集まり。その力は情報隠匿を徹底しているためか謎に包まれている。



 俺たちは小屋までたどり着き、作られてから既に数十年は立っているだろうと思える木の扉へと手を掛ける。

 内側はエントランスの正面に細長い廊下があった。その突き当りには落ち着いたリビングがあり、小さなテーブルに窓から光が差し込んでいる。



「どうぞ座って座って」

 そう言いながら青年は無邪気にコーヒーをテーブルへ運ぶ。ブランダムと違い彼は底抜けに明るく、その外見の印象もあり太陽を想像させる。対してブランダムは……闇の中で真白に輝く満月といったところか。



「ブランダムから聞いてるかも知れないけど一応言っておくね。僕の名前はプロッタ・C・ディバング! よろしくねー」

 プロッタと名乗る彼は子供のように、馴れ馴れしくぶんぶんとシェイクハンドで接してくる。



「ゴドーだ。姓はトゥリース」

「あー! ブランダム言わなかったね! ゴドーの顔に書いてるよー?」

 プロッタは自分が名前を言っただけなのに、どういうスキルを持っているのだろうか。

「ここで説明するんだからいいだろう」

「君はいつもそっけないなあ。よし、早速本題に入るけどこれからどうする気?」



 話は急に移り変わる。これはきっと、この旅の目的や計画の話だろう。

「ああ、この事件は非常に危険な可能性を秘めている。できればハックがこちらに来る前に終わらせるべきだ。ディバング、現在の状況は? こっちでは見定める術は無くグレーといった形だが、そちらで何か見えたか」



 ブランダムは慣れてるような目配せをすると、棚から地図を取り出させて広げさせる。

「うん、見えた。んー、今はウィッチ街を終えて次に向かったらしいね。まだ本格的な動きは見えないけど限りなく黒に近いグレーだよ。」



 災厄をもたらす者は近くにいる……?

 この白い魔術師から聞いた話からは、禍々しい巨大な悪魔のような存在をイメージしていたが、意外にも世界に紛れ込んでいるような身近なやつなのかもしれない。



「……なら、次に奴らはエラの城に向かうか?」

「あの女ならそう考えると思うけどね」



 自分にはまるで話が飲み込めず蚊帳の外にいる感覚。実際、この二人も自分に理解してもらおうという気はないようだ。俺はただの手駒、考えることなどせずにただこの二人に従っていればいい。そのような無言の言葉が感じ取れた。

 だが自分にもやり遂げるべき目的がある。ただ従うだけでは自分のやりたいことなんてできやしない。

 そう思って自分も口を発しようとするも――



「お前はいま知るべきではない」

 これだ。なにも教えてくれやしない。



「へー、ゴドーってホントに人間なんだね。でもなんでさっきから神気が漂ってるんだい?」

「それは神の目の所為だろう。神性も持たない者がこの旅に参加できるわけがないからな」



 そう言われて、反射的に自分の目を触れる。

 神の目。寂れた王国を目の当たりにした以降はこの目の能力を感じていないが、これについても何も教えられていない。

 知らないことばかり。そんなに俺を信用してないのか。それとも俺は役立たずだってことか?



「予定は決まった。我々はクォイボシティへ先回りする。目的は監視、そして戦力集めだ。」

 そう宣言したブランダムは早々に荷物をもって立ち去ろうと急ぐ。

「あれ、いいの? ここって一応、道に迷った人を保護するところだし、一日休んでいこうよー」

「そんな時間はない」



 行くぞ、とばかりに目配せをして外に出ていく。

 プロッタも口の割にはしっかりと準備を済ませていたらしく、小屋を出るのはほぼ同時となった。



 歩き始め、森に入るところであることを思い出す。

「おい、ブランダム。お前は魔法で瞬間移動を使えるんじゃなかったか?」

 そうすれば簡単に着くじゃないかと提案するも、彼はかぶりを振って一言。



「アレは使えない」

 そう言って黙ったのだった。



「ああ、ワープはタイミングが揃わないと使えないからダメなんだよ。それと、もしそんな荒業使っちゃったら僕たちとか空間とかが壊れちゃうかも知れないからね」

 唖然とした。そんな異次元の話をさも当たり前のように話すなんて、やはり神塔の連中はぶっ飛んでやがる。



 とにかく、俺たちはこのまま歩くしか方法はない。

 クォイボと言えばここから一週間近くかかる海辺の街だ。

 最後の審判が告げられてからは遠征なんてなかったから懐かしい感覚だ。

 心を引き締める為に顔を二度叩き、気合を込めて森へと進んだ。



 戦士の勘が囁いている。――戦いは近い。

 俺は初戦で何を知るのだろう。更なる真実か、作られた虚構か。

 無くしてしまった者たちの為にも、この闘気だけは、剣を握る両手に宿しておこう。
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