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第三章 勇者ああああと壊れた城の灰かぶり
3-17 逢魔が時
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黄昏時。空の彼方は次第に黒に染められて、星々が見え始めようとしていた。
湖の畔にて、私は緩やかに微笑みながら、一組の笑い声が聞こえるほうを眺める。
若い男女が白馬の上ではしゃいでいる。少しだけバランスを崩しそうになりながらも、楽しみ、大きく笑いながら、男女は私に気づくことなく通り過ぎて行った。
二人の姿は、湖に反射した西日によって見えなくなってしまった。
「いーちゃん?」
「ヒリアさん」
風のように現れたヒリアさんは私の横に座る。大きな魔女帽の所為で瞳には影が掛かっていたが、その曇った表情は簡単に見て取れた。
エラちゃんと王子はめでたく結ばれた。こんな状況だというのにヒリアさんは何を気にしているのだろう。もしかしたら彼女も何か、違和感を感じているのだろうか。
「……よかった、ですね」
私は先ほどの思考を堪え、当たり障りのない言葉を選んで口にする。
しかし本当に幸せそうだ。あんなに楽しそうにエラちゃんを笑わせることなんて私にはできない。
そんな光景とは異なる、どこかもどかしい心境をヒリアさんは話し始めた。
「……まだ、夢は醒めてないわね」
その言葉を聞き、私は、違和感の正体に……いや、自分の勘違いに気が付いた。
――――まだ、終わってなどいないのだ。
私たちの目的は、聖剣が導いた何かを探すこと。まだこの現象にとらわれたままだということはやるべきことがあるということ……の筈。人助けに没頭していて……長い間……忘れてしまっていた。
「いーちゃんは、あのエラって子を中心に世界が回ってると思っているんじゃない?」
「……考えてみれば、そうですね!」
ヒリアさんからの意見は、今起きている事件の真相に迫っているように感じた。
「この夢を見せているのは、きっとエラちゃんに関係した誰か……ってとこですかね」
魔法なんて初等程度知らない私でも、それくらいは理解できていた。しかしそれから先は一切見当がつかない。
エラちゃんの周りで魔法を使っていたのは、精々あの城で働いていた魔法兵たちくらい。しかもあの中にはこんな規模の魔法を使えるものはいなかった。だいいち魔法兵たちではエラちゃんとの関係が薄い。ならもっと彼女に近しい人物。だがその中に魔法が使える人なんて……
――いた。
「エラちゃんあの時言ってた。魔法を習ったって。魔女さんに」
彼女と友達になった、あの、木の葉散る寒空の日に。
「ふーん」
あの時は確か二人でしゃべってたからヒリアさんはこのことには気が付かなかったようだ。
しかしこれで一歩前進した気がする。
そうと決まればすぐにでも行動に移そうと思ったが――
「あ」
その魔女さんの行方はおろか姿かたちさえ見たことがないということを思い出し、足を止める。
「結局手掛かりゼロですね……」
「そうでもないわよ、ほら」
そのヒリアさんの言葉に振り替える前に大きな声がこちらに響いた。
「いいいいさーん!」
声の主はエラちゃんだ。相変わらず敬語のままなのが彼女らしい。
「あの子に聞いてみればいいじゃない」
そうだ、彼女にその魔女さんのことを聞けば一発でわかる……だがあの時のことを掘り返していいものなのだろうか……。
「お久しぶりです。いたなら声をかけてくださればいいのに」
私が顔に手を当てて考えてる合間にエラちゃんはもう目の前まで来ていた。
「ひ、久しぶり、エラちゃん。いまって何月何日だっけ?」
「今日は五月十日ですけど……」
「あはは……そうだよね……」
そうか、もうあれから一ヶ月くらいたったことになっているのか。私にとってはエラちゃんと最後にあったのは一昨日くらいの感覚だが、彼女にとっては一か月以上も私と会っていなかったことになる。
しかしどう聞いたらいいか。魔女さんのことを聞きたいという気持ちはあるが、どうも口が開かない。
そんな俯いて思案顔を見せる私を心配するように、エラちゃんは顔を覗き込んできた。
「お疲れなんですか?」
「ううん、大丈夫。心配しないで。ありがとう……」
歯切れの悪い私の返事にエラちゃんも心配が募ってきたようで悲しそうな顔をしているのを感じた。
良くない。またエラちゃんを悲しませるようなことがあっては――
私が悩むことで彼女を心配させてしまうくらいならさっさと聞いて解決してしまおう!
……でもこれを聞いたら過去にいる必要がなくなって、彼女ともう会えなくなるかと思うと……なんだか……
「……あのっ、エラちゃん」
そんな数秒もない小さな躊躇いの所為か、私はタイミングを逃してしまった。……エラちゃんの後ろから声がかかったのだ。
「エラ」
現れた者の出で立ちは高貴そのもので、体の周りにオーラが見えるくらい美しく見えた。
金髪碧眼の美男子、フランク・ローランス国の王子様であった。
「ごめんなさい。いいいいさんに久々に会えたものだから……」
「いいいいというのは君だったのか。話には聞いているよ。彼女がお世話になったようだ」
彼の礼儀作法の美しさは、今までどんな生活をしてきたのかが瞬間的に思い浮かぶほどのものだった。
「いえ、そんな……私は別に……」
と王子様の言葉に恥ずかしくなり顔を逸らしたが、いまだに彼からの視線を強く感じた。
チラッと彼の顔を見てみると、とても不思議そうな顔でこちらを見ている。
「うーん、君とはどこかで会ったような気がするのだが気のせいか?」
心臓が跳ねるような感覚がした。確かに王子との直接的な面識はないが、あの舞踏会に日には顔を見られたかもしれない。
「わっ、私のような者が王子様と会ったことなどありませんよ~あははは……」
「そうか、気のせいだったか」
冷や汗をかきながらおかしな応対をしてしまったが、王子様はそのまま納得してくれたようで引き下がってくれたみたいだ。
……危ない危ない。万が一お兄ちゃんのことまでバレてしまったら牢獄に入れられかねない。
もちろん、いまお兄ちゃんは席を外している。部屋の方で謎の体操とか道具の整理をしていたのでしばらくは動かないだろうという作戦だ!
お兄ちゃんは王子様に対していろいろと無礼極まりない行為を行ってしまっているので何としてでも会わせるわけにはいかないからだ。
「そうだ、よかったら君も来ないか?」
王子様は突然翻り、懐からあるものを取り出しながら言った。
それは手紙だった。よく見るとこれは招待状のようだ。でも私が呼ばれるようなことって一体……
「結婚式!」
「いいいいさん……私の友達として……その……」
私は飛び跳ねるような動きでエラちゃんの両手を握りしめた。
「絶対、絶対行くよ!」
エラちゃんは突然のことにとてもびっくりしていたけど直ぐに幸せそうな笑顔を見せた。
私は手をゆっくりと離し、まだ言えてなかったことを思い出す。言わなきゃ、エラちゃんの友達なら。
「エラちゃん! 本当におめでとう!」
「……うん……ありがとう」
そういって彼女は、今までで一番の笑顔を向けてくれた。とても美しく、そして愛らしく、柔らかに。
「よかったな、エラ」
そういって王子様はエラちゃんを後ろから抱きしめ、続けて愛を囁いた。
「君をきっと、幸せにしてみせる」
その光景は傍から見ている私さえ赤面させてしまう程のものだった。美男美女が愛し合う光景。それは誰しもが尊いと感じるものであろう。
沈みかけた夕日が彼らを照らす。次第に闇に覆われていく刻の中で、この二人がどうか、黄昏とともに見せた姿のままでいるようにと願った。
少し遠くから聞こえた、梟の鳴き声を聞きながら――――
・・・・・
一人の女が闇を歩く。
高級なヒールから鳴り響く足音は、どこか苛立ちの感情を秘めていた。
壁まで歩くと、立てかけてあったハルバードという名の武器を擦りだす。
気品ある出で立ちからはまるで似合わない野蛮な武器を隣に、彼女は凶暴な言葉を口にし始める。
「全部壊してやる……全部壊してやる……!!!!」
暴言とともにハルバードは薙ぎ倒され、石造りの床に大きな音を響かせた。
「あなた達にはたっぷり報酬を約束してる……いいわね?」
そう女が呟いた先、ハルバードが倒れた先の闇にいくつもの光る眼が見えた。
これから始まるのは、屈辱を晴らすための闘い。
今この国の何処かで、新たな戦いの火ぶたが切って落とされようとしていた。
湖の畔にて、私は緩やかに微笑みながら、一組の笑い声が聞こえるほうを眺める。
若い男女が白馬の上ではしゃいでいる。少しだけバランスを崩しそうになりながらも、楽しみ、大きく笑いながら、男女は私に気づくことなく通り過ぎて行った。
二人の姿は、湖に反射した西日によって見えなくなってしまった。
「いーちゃん?」
「ヒリアさん」
風のように現れたヒリアさんは私の横に座る。大きな魔女帽の所為で瞳には影が掛かっていたが、その曇った表情は簡単に見て取れた。
エラちゃんと王子はめでたく結ばれた。こんな状況だというのにヒリアさんは何を気にしているのだろう。もしかしたら彼女も何か、違和感を感じているのだろうか。
「……よかった、ですね」
私は先ほどの思考を堪え、当たり障りのない言葉を選んで口にする。
しかし本当に幸せそうだ。あんなに楽しそうにエラちゃんを笑わせることなんて私にはできない。
そんな光景とは異なる、どこかもどかしい心境をヒリアさんは話し始めた。
「……まだ、夢は醒めてないわね」
その言葉を聞き、私は、違和感の正体に……いや、自分の勘違いに気が付いた。
――――まだ、終わってなどいないのだ。
私たちの目的は、聖剣が導いた何かを探すこと。まだこの現象にとらわれたままだということはやるべきことがあるということ……の筈。人助けに没頭していて……長い間……忘れてしまっていた。
「いーちゃんは、あのエラって子を中心に世界が回ってると思っているんじゃない?」
「……考えてみれば、そうですね!」
ヒリアさんからの意見は、今起きている事件の真相に迫っているように感じた。
「この夢を見せているのは、きっとエラちゃんに関係した誰か……ってとこですかね」
魔法なんて初等程度知らない私でも、それくらいは理解できていた。しかしそれから先は一切見当がつかない。
エラちゃんの周りで魔法を使っていたのは、精々あの城で働いていた魔法兵たちくらい。しかもあの中にはこんな規模の魔法を使えるものはいなかった。だいいち魔法兵たちではエラちゃんとの関係が薄い。ならもっと彼女に近しい人物。だがその中に魔法が使える人なんて……
――いた。
「エラちゃんあの時言ってた。魔法を習ったって。魔女さんに」
彼女と友達になった、あの、木の葉散る寒空の日に。
「ふーん」
あの時は確か二人でしゃべってたからヒリアさんはこのことには気が付かなかったようだ。
しかしこれで一歩前進した気がする。
そうと決まればすぐにでも行動に移そうと思ったが――
「あ」
その魔女さんの行方はおろか姿かたちさえ見たことがないということを思い出し、足を止める。
「結局手掛かりゼロですね……」
「そうでもないわよ、ほら」
そのヒリアさんの言葉に振り替える前に大きな声がこちらに響いた。
「いいいいさーん!」
声の主はエラちゃんだ。相変わらず敬語のままなのが彼女らしい。
「あの子に聞いてみればいいじゃない」
そうだ、彼女にその魔女さんのことを聞けば一発でわかる……だがあの時のことを掘り返していいものなのだろうか……。
「お久しぶりです。いたなら声をかけてくださればいいのに」
私が顔に手を当てて考えてる合間にエラちゃんはもう目の前まで来ていた。
「ひ、久しぶり、エラちゃん。いまって何月何日だっけ?」
「今日は五月十日ですけど……」
「あはは……そうだよね……」
そうか、もうあれから一ヶ月くらいたったことになっているのか。私にとってはエラちゃんと最後にあったのは一昨日くらいの感覚だが、彼女にとっては一か月以上も私と会っていなかったことになる。
しかしどう聞いたらいいか。魔女さんのことを聞きたいという気持ちはあるが、どうも口が開かない。
そんな俯いて思案顔を見せる私を心配するように、エラちゃんは顔を覗き込んできた。
「お疲れなんですか?」
「ううん、大丈夫。心配しないで。ありがとう……」
歯切れの悪い私の返事にエラちゃんも心配が募ってきたようで悲しそうな顔をしているのを感じた。
良くない。またエラちゃんを悲しませるようなことがあっては――
私が悩むことで彼女を心配させてしまうくらいならさっさと聞いて解決してしまおう!
……でもこれを聞いたら過去にいる必要がなくなって、彼女ともう会えなくなるかと思うと……なんだか……
「……あのっ、エラちゃん」
そんな数秒もない小さな躊躇いの所為か、私はタイミングを逃してしまった。……エラちゃんの後ろから声がかかったのだ。
「エラ」
現れた者の出で立ちは高貴そのもので、体の周りにオーラが見えるくらい美しく見えた。
金髪碧眼の美男子、フランク・ローランス国の王子様であった。
「ごめんなさい。いいいいさんに久々に会えたものだから……」
「いいいいというのは君だったのか。話には聞いているよ。彼女がお世話になったようだ」
彼の礼儀作法の美しさは、今までどんな生活をしてきたのかが瞬間的に思い浮かぶほどのものだった。
「いえ、そんな……私は別に……」
と王子様の言葉に恥ずかしくなり顔を逸らしたが、いまだに彼からの視線を強く感じた。
チラッと彼の顔を見てみると、とても不思議そうな顔でこちらを見ている。
「うーん、君とはどこかで会ったような気がするのだが気のせいか?」
心臓が跳ねるような感覚がした。確かに王子との直接的な面識はないが、あの舞踏会に日には顔を見られたかもしれない。
「わっ、私のような者が王子様と会ったことなどありませんよ~あははは……」
「そうか、気のせいだったか」
冷や汗をかきながらおかしな応対をしてしまったが、王子様はそのまま納得してくれたようで引き下がってくれたみたいだ。
……危ない危ない。万が一お兄ちゃんのことまでバレてしまったら牢獄に入れられかねない。
もちろん、いまお兄ちゃんは席を外している。部屋の方で謎の体操とか道具の整理をしていたのでしばらくは動かないだろうという作戦だ!
お兄ちゃんは王子様に対していろいろと無礼極まりない行為を行ってしまっているので何としてでも会わせるわけにはいかないからだ。
「そうだ、よかったら君も来ないか?」
王子様は突然翻り、懐からあるものを取り出しながら言った。
それは手紙だった。よく見るとこれは招待状のようだ。でも私が呼ばれるようなことって一体……
「結婚式!」
「いいいいさん……私の友達として……その……」
私は飛び跳ねるような動きでエラちゃんの両手を握りしめた。
「絶対、絶対行くよ!」
エラちゃんは突然のことにとてもびっくりしていたけど直ぐに幸せそうな笑顔を見せた。
私は手をゆっくりと離し、まだ言えてなかったことを思い出す。言わなきゃ、エラちゃんの友達なら。
「エラちゃん! 本当におめでとう!」
「……うん……ありがとう」
そういって彼女は、今までで一番の笑顔を向けてくれた。とても美しく、そして愛らしく、柔らかに。
「よかったな、エラ」
そういって王子様はエラちゃんを後ろから抱きしめ、続けて愛を囁いた。
「君をきっと、幸せにしてみせる」
その光景は傍から見ている私さえ赤面させてしまう程のものだった。美男美女が愛し合う光景。それは誰しもが尊いと感じるものであろう。
沈みかけた夕日が彼らを照らす。次第に闇に覆われていく刻の中で、この二人がどうか、黄昏とともに見せた姿のままでいるようにと願った。
少し遠くから聞こえた、梟の鳴き声を聞きながら――――
・・・・・
一人の女が闇を歩く。
高級なヒールから鳴り響く足音は、どこか苛立ちの感情を秘めていた。
壁まで歩くと、立てかけてあったハルバードという名の武器を擦りだす。
気品ある出で立ちからはまるで似合わない野蛮な武器を隣に、彼女は凶暴な言葉を口にし始める。
「全部壊してやる……全部壊してやる……!!!!」
暴言とともにハルバードは薙ぎ倒され、石造りの床に大きな音を響かせた。
「あなた達にはたっぷり報酬を約束してる……いいわね?」
そう女が呟いた先、ハルバードが倒れた先の闇にいくつもの光る眼が見えた。
これから始まるのは、屈辱を晴らすための闘い。
今この国の何処かで、新たな戦いの火ぶたが切って落とされようとしていた。
応援ありがとうございます!
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