DUNGEON MELT

高野ゆう

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ハレー島編

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 この島は大陸から数里隔てた先にある離島である。付近の海流の互いにぶつかる場所で漁獲業が盛んだ。実際、今目と鼻の先には、夕日の光を受けて白い泡を立たせる広大な海と、沖に入ってくる漁船が見える。あれはうちの船だ。少女は遠くに目を凝らしてそう判断した。この島には外部から輸送船も入ってくるが、あの一際小さい船はこの島で盛んなエビ漁を行うためのものである。船の中央には底引き網用の網が掛けてある。この島に住む大半の人々が、ああやって生計を立てているのだ。そしてその子供達はそんな大人たちを見て育つ。そうして、彼らもそうやって漁業で身を立てて生きることをぼんやりと決意する。でも私は…と思いかけて、やめた。そうしてただ、茫々とのびた水平線の光を眺めた。
 少女は今、買い出しを頼まれて帰る途中だった。そして丘の上にある孤児院へ向かう中で、丘下に見える海を眺めていたのだ。ぼんやりと海のさざめきを聴いていると、いつも日の落ちる頃には鳴る鐘の音が漁村の方から聞こえた。あっ、急がなきゃ。彼女はいつの間にかなり時間が経っていたことに気がついた。マザーであるイサベルは怒ったことはないが、そういう人ほど怒ったときに怖いものだ。彼女はそう確信していた。なので、小走りで丘上の家を目指した。
「ただいまー」
「あら、カイア。おかえり」
 少女、カイアは少し身構えて扉を開けたが、こちらに振り向いたイサベルの顔はいつも通りの優しい笑みだった。彼女は目尻に優しい皺を作って、微笑んだ。癖のあるブロンドの髪を肩ほどまでに伸ばし、若く見えるが、実際そうでないことを私は知っている。もっとも、そんなことを言ったらどうなるか分かったものじゃない。から、言わない。ちなみに、イサベルというのは聖職者に与えられる呼称のようなものらしかった。
 カイアは靴のまま中に入った。この建物は木造建築で一階しかない。しかもこのような離島に孤児自体少なく、さらには大陸で広まっている宗教的思想がこの島にはあまり根付いておらず、慈善施設とは名ばかりの孤児院なのである。よって、この孤児院にはカイアを含めわずか7人ほどしかいない。その中には、すでに成人しこの孤児院を支えている人も存在している。
 中に入ると、浅黒い木材をランプが淡く照らし、卓上に色を添えていた。十数人くらいなら座ることが可能なほどの大きさのテーブルである。その向こう側には、多様な色を散りばめたステンドグラスがあり、中央には十字架があった。しかし、カイアはその宗教の名前が何というものだったのか思い出せなかった。

 それからはみんなで夕飯を食べながら、色々なことを話した。ちなみに夕飯は私が街から買ってきたパンと、エビの入ったシチューだった。
 「今日はいつもより大漁だったから、親父さんに分けてもらったんだ」
 そう言ったのは一番年長のロナンだった。彼はすでに成人し、村長、いわゆる親父さんの漁に参加している。彼の肌は真黒に日焼けし、すでに漁師の風貌を思わせた。
 「いいなぁ、俺も早く漁に行きたい」
 「駄目だよ。お前はまだ十歳なんだから」
 「えー」
 足をバタバタさせながら唇を尖らせるのは、最年少のリオだ。金髪を短く整えており、その顔は未だ幼さを残している。
 私はそんな彼らの会話を楽しく聞いていた。だけどどこかで、自分の将来に対する不安のようなものが、耳の奥で波のようにさざめくのを感じていた。
 やがてみんなが食事を終えると各々が手を合わせて祈る。私も、このような日々がいつまでも続けばいいと思いながら手を合わせた。イサベルがいつものお祈りを唱えた。

 ————ΠΡΟΣΕΥΧΗΘΕΙΤΕ ΣΑΝ ΝΑ ΕΙΜΑΣΤΕ ΑΝΘΡΩΠΟΙ, ΠΡΟΣΕΥΧΗΘΕΙΤΕ ΣΑΝ ΝΑ ΕΙΜΑΣΤΕ ΣΤΗ ΣΤΕΡΕΑ,  ΠΡΟΣΕΥΧΗΘΕΙΤΕ ΓΙΑ ΑΥΤΟΝ ΠΟΥ ΕΙΝΑΙ ΘΕΟΣ.

 カイアにはこのお祈りの言葉の意味も分からなかった。ただそれでも、この言葉は彼女が小さい時から聞いており、自然と耳に馴染んだ。
 
 それぞれが食事の片付けを済ませた後は、風呂に入る。そして基本的に、自分たちに割り当てられている部屋で過ごす。部屋自体は多いので、二人一部屋が基本である。カイアは幼馴染である少年、ユンと同じ部屋だった。カイアはまだ濡れた髪にタオルを被せながら、部屋に入る。ユンはすでに部屋の中にいたが、彼の黒髪はまだ少し湿っていた。そう大きくもない部屋の左側に二段ベッドが置いてある。私は訳あって、その上側を希望していた。
 私は鼻歌を歌いながら、ベッドにかけてある梯子を昇る。最近の私の一番楽しみなことである。枕の下から、隠してあった分厚い本を取り出す。その表紙に描かれた文字が何なのかは読み取ることができなかった。それくらい、年季の入った代物であることは確かだ。ただ、著者がサン=ヒューストンという人物であることはわかった。誰かと言われて、知っているわけではないが、彼の記録は興味深いものが多い。早速、鼻歌を歌ったままその本を開ける。もうすでに半分は読み終えていた。おそらくこれはこの人の日記に過ぎないのだろう。読み手を意識して書かれているわけではないが、そのことが逆に彼女に新鮮な感覚を与えたのである。そして、夢中になって読み耽っていたとき、彼女はふと横の方から視線を感じた。
「うわっ!?」
 彼女は思わず、その本を手から放り出してしまった。横からこちらを見ていたのはユンである。梯子の上の段から、こちらを覗いていたのだった。カイアは初め、驚きに声も出なかったが、やがて彼に対する怒りの感情が募ってきた。咄嗟に盗み見は良くない、と彼に言おうとした時、
「それ、イサベルの部屋にあったやつだよね」
「えっ……」
 カイアは思わず、間の抜けた声を出してしまった。そうして、まずいという感情とともに、その本を勝手に拝借していたことに対する罪悪感が彼女の首をもたげ始めた。やがて、彼女が彼に言おうとしていた言葉は泡となって消えていった。
 二人の間に、なんとも言えない沈黙が流れた。カイアにはユンが何を考えているのか読み取ることができなかった。彼の口から、途方もない罵倒の数々が出てくることと、彼がイサベルに密告することをも想像し、彼女の目は虚になり、絶望の最中だった。しかし、彼の発した言葉は彼女の予想に反するものだった。
「———それ、どんな内容なの?」
 そんな彼の顔は嬉々としており、目を輝かせていた。カイアは一瞬呆気に取られたが、その表情を見てホッとした。彼女も笑みを浮かべた。彼女自身、誰かにその内容を話したいと思っていたが、できずにいたのだった。
「せっかくだし、一緒に読もうよ」
「うん!」
 ユンは濡れた前髪の奥にある目を細めながら、ニコッと笑った。彼の笑みは見るものを幸せな気分にさせるから不思議だ。
 カイアはすでに先程までの絶望感を忘れていた。
「これ、シャリンソウって言うんだって。車みたいに花を咲かせるから」
「へぇ、うちの島にも似た花があるよ」
「え、なんていう花なの?」
「クルマグサ」
「ぷっ、はは。あんま変わんないね」
 二人はお互いに笑い合った。
 部屋の小窓から差し込む月明かりは、ベッドの上に並ぶ二人に等しく影を作っていた。
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