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日本という国に、いや、そこで生きていた『自分』という存在にあまり執着はなかった。

死ぬ時も、ああ死ぬんだなぁ位にしか思わなくて、どちらかと言えば開放感すら感じていたように思う。
ようやく、この憂鬱な世界から解放されるんだ、と。

ただ、まあ、ふざけて俺の事を駅のホームから突き落としてくれたクソなクラスメイトには、是非とも今後地獄を生きて欲しいところだが。

「ははっ、まじでくだらねー人生だったな。」

享年16歳。俺こと、宮島みやじま冬璃とうりの人生はそこで幕を閉じた。

はずだった。

「……は?」

気づけば、俺はまるで中世ヨーロッパのようなレンガ造りの街並みが並ぶ、市場に立っていた。

「どうしたの?ピーター?ほら、早く行かないと欲しいもの無くなっちゃうわよ。」

と、優しく俺の手を引く女性。

ああ、そうだ、この人は俺の母親だ。

(……これは、転生?今になって前世を思い出した……ってことか?)

思い返せば、ちゃんと今世、ピーター・ルウェリン・パーンの記憶もある。目の前の女性は俺の母親で、今は魔法工具のパーツを買うためにこの街で1番大きな市場にやってきたんだ。

そう、ここはなんと魔法の溢れる国。
父と母は魔法技師で、主に魔力で動かく車椅子や義手義足を作っているこの国でも一二を争う技術者なのだ。

(そんな親の背を見て育ったピーターも、技術者に憧れていたんだよな。)

確か、この前9歳の誕生日を祝ってもらったはず。物心着く前から親の工房に出入りして、分からないなりにも理解しようと親の専門書を読み漁っていた。今回も親にねだって、真似事のようにパーツが欲しいと我儘を言った記憶がある。

(……でも、ピーターが欲しがってたパーツだと、手持ちと組み合わせても何も作れないよな……大きいパーツがカッコイイっていう子供ながらの理由もわかるんだけど、魔力を通す回路が繋がらないと意味が無いし……)

当時ピーターが理解できなかった内容も、前世の記憶を思い出して知識量も増えた俺なら、理解ができる。
魔法のメカニズムも気になるし、魔法工学なんて現代日本では作りえなかった近未来的な機械だって作れるかもしれない!

久しく感じていなかった心が沸き立つこの感覚。

転生した理由も、この世界の真理も何一つ分からないが、今、自分がここに生きている。
何にも囚われることなく、生きていける。

それが、どれだけ嬉しいことか!

(よし、この世界の人間は10歳になれば固有スキルが目覚めるし、魔法工学に関しての当たりスキルが目覚めればもっと出来ることが増えるぞ!)


そう思って、俺は頑張ってきたのに。それなのに……

「いやどこだよここ!!?日本!?日本なのここ!?」

何故か宮島冬璃として亡くなった時と同じ年齢、16を迎えたと思ったら、再び日本にトリップしていた。



****

日本にトリップする、少し前。
俺は近くのダンジョンに潜り、ちょっとランクのいい魔石を手に入れて、気分が良かった。

魔石のランクが良いとやはり魔力を通す回路への負担も減るし、何より多少無理に術式を組み込んでも壊れにくい。
試したい術式は沢山あるし、作ってみたいものも沢山ある。

「ただいま~!見て見て!ランクBの魔石が手に入ったんだぁ!何作ろうかな~!」

スキップまでしそうな勢いで扉を開けて、リビングルームで寛いでいる父さんに、魔石を見せびらかす。

「うおっ、びっくりした……その声はピーターか。また自分の体をカスタマイズしたのかい?」

そう言ってずり落ちた眼鏡を指で押し上げる父さん。
そんな父さんの声にキッチンから顔をのぞかせた母さんが

「全く、この子ったら新しく作った義肢試したいって言って今朝急に全身カスタマイズしてダンジョンに行っちゃったのよ!」

父さんからも言ってやってちょうだい!と僅かに頬をふくらませた。

「ピーター。試作の段階は何があるか分からない。いきなり全ての部品を試すというのは危険だ。ましてやダンジョンで試すのなら一つ一つの安全性をしっかり試さなければ、それぞれの改善点もちゃんと見つけられないし、何よりピーター自身が危険だよ。」
「はぁい。わかったよぉ。」

父さんの親として、技術者としての話に間延びした返事をしながら、俺は全身の義肢を解除していく。
青い長い髪と瞳は短い金髪とブラウンの瞳に替わり、スラリと伸びた身長は、成長期前の未熟な背丈へと変わった。いや、『戻った』。

「相変わらず、規格外のスキルだね。」
「でしょでしょ?色々な義肢が作れてすごく楽しいよ。」

フフンと鼻を鳴らした俺に父さんは「すでに根っからの工学馬鹿だな!」と口を開けて笑う。

そう、俺が10歳になって目覚めた固有スキルは『私だけの世界ネバーランド』というスキルの中でも上位に入るレアなスキルだった。もちろん固有スキルはその魂に付随するもので、似たようなものでも全く同じスキルというのは存在しない。

だが、火や水を起こしたり、物を作ったり、というノーマルスキルと比べ、俺の持つ『私だけの世界ネバーランド』は亜空間のスキル。つまり別格なのだ。

ネバーランドという心の中の世界。その亜空間は持ち主である俺の自由に出来る。
俺はそのネバーランドに義肢を作る工場を作り、自分の本体をネバーランドに格納した上で、現実世界では義肢を自分の体として動かすことが出来る。
先程は順番に義肢を解除し、ネバーランドにしまい込んだことによって、本体と入れ替わったため、徐々にパーツごと色が変わったように見えたのだ。

まるでゲームのアバターを変えるみたいに、義肢さえあれば、髪色瞳の色、顔立ち、体格全てを好き勝手にカスタマイズできる。俺個人としても最高の当たりスキルだ。

まあ、本来ならこの固有スキル『私だけの世界ネバーランド』はもっと色々と使える。気に入らないやつをネバーランドの中に閉じ込めることもできるし、義肢以外を作ることだって出来る。
しかし、俺は義肢を作ることにしか興味が無いので、周りからはレアなスキルの無駄遣いと言われている。

「ふーふふーん、なっにつっくろうかな~。」

魔石をネバーランドに収納し、ネバーランドの中にある人形に意識を移す。これは先程の義肢達とは違い、魔法人形として作り上げたものなので、障害や事故などによって腕や足を無くした人達への義肢としては向いていない技術だ。
そのため、これはどちらかと言えば俺の自己満足の作品。例えるなら自動機械オートマタの腕をちぎった所で人間にはそれをつけられない、という感じだ。
なので、もっぱらネバーランドの中でしか使わない。
そもそも魔法人形を自分の体みたいに動かすのは俺のような固有スキルがないと無理だし。

「……やっぱ、1番はこいつを完成させたいんだよなぁ。」

工場内の真ん中に鎮座する、一体の魔法人形。
まだ未完成のそれは、未完成ながらにいい感じの人外感を出している。

「この世界にはエルフとか獣人はいないし、魔物はいても大体動物と同じ容姿だしなぁ。やっぱ人によく似た人ならざるものってロマンだよな。」

うんうん、とひとりで頷きながら、魔法人形を撫でる。
耳は少し尖らせ、人外じみた左右均等な顔を彫り込んだ。顔の造形を作るところが1番大変で、1番拘ったところだ。
そして何より、

「やっぱ角って神秘でかっけぇよな……」

鹿のようで、それよりも遥かに枝分かれした自然界にはありえない角をその魔法人形は持っている。俺が頑張って作りました。

「ここに、ちょっとキラキラしたエフェクト付けたいし、更に神秘感出すために髪は銀髪かな……せっかくBランクの魔石だし、もっと造形凝っても動かせそう。」

両親のように仕事で作るわけじゃないので、趣味にロマンに性癖全開な魔法人形を作れる。利便性とか実用性とかそんなものは二の次だ。

「よし、まずは魔石を埋め込んで外観を完成させよう!」

誰もいない工場で俺はルンルンで作業に取り掛かった。
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