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第4話 泡沫の願い事
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もしも、人間同士だったのなら。
もしも、妖同士だったのなら。
そんなもしもを思い描いては、現実との乖離に息が詰まった。
後悔に、あえて形を与えるのならば、それはきっと人の形をしているだろう。
【第4話 泡沫の願い事】
「ようこそ、忘れ屋へ!いやぁ、2人同時のご来店なんて珍しい!」
「……は?」
咄嗟に主を庇うように前に出る。
おかしい、先程まで主の自室に居たはずなのに、今目の前にあるのは見覚えのないごちゃごちゃと物が溢れるどこかの一室。
そして、気味悪く吊り上げられた口元を携えたフードの少年が言った「来店」という言葉を考えると、やたら物の多いここは何かしらの店らしい。
「……少し耳にしたことがあります。」
と、主の静かな声が聞こえ、ぴくりと耳が動く。
主は先程まで床に伏せていたのが嘘のようにしっかりとした面持ちで、少年へと顔を向けた。
「『忘れ屋』、人の記憶に干渉する術を持つ謎多き術士だと。」
「へぇ?ボク術士と思われてるんだ?」
どこか嘲笑うような声色に、俺は更に警戒を強める。
その時だった。
「わぁ!今日のお客さんは2人もいる!」
と、無邪気な声が足元から聞こえてきたのだ。
「ぅわ!?なんだ!?」
「あら、猫ちゃん。」
足元を見れば灰色の毛並の猫がくりくりとした青い目をこちらに向けている。
(こいつ……化け猫か?)
九回の生を巡ったにしては、妖としての気配が薄い気もするが猫が喋るとなれば化け猫くらいしかいないだろう。
「おばあちゃん達は『裏』の人?」
「なっ……主をおばあちゃんなど……!」
「構いません、翡翠。ええ、私は裏の術士。この子は私の式よ。」
猫の思わぬ言葉にギョッと目を向くも、主は気にした様子もなくクスクス笑うと、化け猫にそう自己を紹介した。
そんな主に、化け猫はこてりとその小さな頭を傾げる。
「しき?」
「ええ、契約の元、私に力を貸してくれる妖よ。」
そう、主が教えてやれば、「なんかすごそう!」とやたらキラキラした目線が投げられる。
こいつ、妖のくせにそんなことも知らないのかと内心呆れていれば、
「ねねね、忘れ屋も式とかいるの!?」
と、フードを被った少年の元へ走り、空でくるりと一回転したかと思えば、それは猫から1人の少年へと姿を変えた。
「いるわけないだろ。ボク術士じゃないし。そもそも好き勝手出入りしてるお前が例外なんだよ。」
そう呆れたようにいう少年はシッシッと近づいてきた化け猫の少年を追い払うかのような仕草を見せる。
いや、それよりも今の言葉……
「術士ではない?」
これだけ大掛かりな術を仕込んだ店を持っておきながら、術士ではないというのは無理があるのではないか。霊力だって傍目から見ても多いと分かるほどに溢れているのに。
条件を付与しているとはいえ、客を選定し、裏とも表とも付かぬ空間でその秘匿性を保持し、尚且つ人の記憶へ干渉する。
そんな大掛かりな霊術、かつて『裏』で天才と謳われた術士、神崎優介でも再現できるかどうか……
「ああ、そうだよ。」
しかし、こっちの疑念を知ってか知らずか、忘れ屋の少年はあっさりとそれを肯定する。
「もっともそっちの『主』は、何となく気づいてそうだけど。」
と、フードでほとんど隠されたその顔を主へと向けた忘れ屋。
自然と目線が主へと向く。
「……たしかに、実際お会いして見ればその気配は『流浪の民』に近い。術士というよりは妖に近い存在……そう感じました。」
そう、主が零した言葉に、俺は声はあげなかったものの、酷く驚きその目を見開いた。
流浪の民、それは死した魂が彼岸に逝けず、表と裏の狭間をさまよい続け生まれる魂の成れの果て。
何故自分が彼岸に行けなかったのか、その理由すらも忘れてただ彷徨うだけの、哀れな魂。
括りで言えば確かに妖に近い存在だが、そんな流浪の民と忘れ屋の少年の気配が近しいというのは一体……
「そして、私にも近い気配。」
「え……」
ふいに告げた主の言葉に俺は再び主の顔を見る。
出会って頃より深く刻まれたそのシワを更に深め、穏やかに笑った。
「私は先程死んだのですね。そして、貴方もまた死者の霊魂を核として存在している。」
「え……」
主が死んだ?
確かに、この所ずっと床に伏せていた。
でも、主が死んだなんて、そんな……
「……驚いた。余程優秀な術士のようで。死をそこまですんなり受け入れているのも珍しい。」
「もう歳が歳でございます。覚悟していたことですし……」
俺の驚きなんて置き去りにして、忘れ屋はあっさりと主の言葉を遠回しに肯定する。
(主が死んだなんて……そんな……どうしよう……)
当の本人があっさり受け入れているのに、俺自身が全然その事実を飲み込めなくて、脳裏に『あいつ』の顔が過ぎった。
「ですが、1つ心残りがございます。それが恐らくこの『忘れ屋』を訪れた理由でございましょう。きっと、翡翠は私が巻き込んでしまったのね。ごめんなさい。最期まで付き合わせてしまって。」
「そんな!主、俺は……!」
主が頭を下げる必要なんてないのに!
きっと、主の言うその心残りは俺と同じはず。
その心残りはきっと、同じ形をしているはずなんだ。
「ではひとつ、記憶の旅にでも出ようじゃないか。」
そう言って忘れ屋がパチンと指を鳴らした。
もしも、妖同士だったのなら。
そんなもしもを思い描いては、現実との乖離に息が詰まった。
後悔に、あえて形を与えるのならば、それはきっと人の形をしているだろう。
【第4話 泡沫の願い事】
「ようこそ、忘れ屋へ!いやぁ、2人同時のご来店なんて珍しい!」
「……は?」
咄嗟に主を庇うように前に出る。
おかしい、先程まで主の自室に居たはずなのに、今目の前にあるのは見覚えのないごちゃごちゃと物が溢れるどこかの一室。
そして、気味悪く吊り上げられた口元を携えたフードの少年が言った「来店」という言葉を考えると、やたら物の多いここは何かしらの店らしい。
「……少し耳にしたことがあります。」
と、主の静かな声が聞こえ、ぴくりと耳が動く。
主は先程まで床に伏せていたのが嘘のようにしっかりとした面持ちで、少年へと顔を向けた。
「『忘れ屋』、人の記憶に干渉する術を持つ謎多き術士だと。」
「へぇ?ボク術士と思われてるんだ?」
どこか嘲笑うような声色に、俺は更に警戒を強める。
その時だった。
「わぁ!今日のお客さんは2人もいる!」
と、無邪気な声が足元から聞こえてきたのだ。
「ぅわ!?なんだ!?」
「あら、猫ちゃん。」
足元を見れば灰色の毛並の猫がくりくりとした青い目をこちらに向けている。
(こいつ……化け猫か?)
九回の生を巡ったにしては、妖としての気配が薄い気もするが猫が喋るとなれば化け猫くらいしかいないだろう。
「おばあちゃん達は『裏』の人?」
「なっ……主をおばあちゃんなど……!」
「構いません、翡翠。ええ、私は裏の術士。この子は私の式よ。」
猫の思わぬ言葉にギョッと目を向くも、主は気にした様子もなくクスクス笑うと、化け猫にそう自己を紹介した。
そんな主に、化け猫はこてりとその小さな頭を傾げる。
「しき?」
「ええ、契約の元、私に力を貸してくれる妖よ。」
そう、主が教えてやれば、「なんかすごそう!」とやたらキラキラした目線が投げられる。
こいつ、妖のくせにそんなことも知らないのかと内心呆れていれば、
「ねねね、忘れ屋も式とかいるの!?」
と、フードを被った少年の元へ走り、空でくるりと一回転したかと思えば、それは猫から1人の少年へと姿を変えた。
「いるわけないだろ。ボク術士じゃないし。そもそも好き勝手出入りしてるお前が例外なんだよ。」
そう呆れたようにいう少年はシッシッと近づいてきた化け猫の少年を追い払うかのような仕草を見せる。
いや、それよりも今の言葉……
「術士ではない?」
これだけ大掛かりな術を仕込んだ店を持っておきながら、術士ではないというのは無理があるのではないか。霊力だって傍目から見ても多いと分かるほどに溢れているのに。
条件を付与しているとはいえ、客を選定し、裏とも表とも付かぬ空間でその秘匿性を保持し、尚且つ人の記憶へ干渉する。
そんな大掛かりな霊術、かつて『裏』で天才と謳われた術士、神崎優介でも再現できるかどうか……
「ああ、そうだよ。」
しかし、こっちの疑念を知ってか知らずか、忘れ屋の少年はあっさりとそれを肯定する。
「もっともそっちの『主』は、何となく気づいてそうだけど。」
と、フードでほとんど隠されたその顔を主へと向けた忘れ屋。
自然と目線が主へと向く。
「……たしかに、実際お会いして見ればその気配は『流浪の民』に近い。術士というよりは妖に近い存在……そう感じました。」
そう、主が零した言葉に、俺は声はあげなかったものの、酷く驚きその目を見開いた。
流浪の民、それは死した魂が彼岸に逝けず、表と裏の狭間をさまよい続け生まれる魂の成れの果て。
何故自分が彼岸に行けなかったのか、その理由すらも忘れてただ彷徨うだけの、哀れな魂。
括りで言えば確かに妖に近い存在だが、そんな流浪の民と忘れ屋の少年の気配が近しいというのは一体……
「そして、私にも近い気配。」
「え……」
ふいに告げた主の言葉に俺は再び主の顔を見る。
出会って頃より深く刻まれたそのシワを更に深め、穏やかに笑った。
「私は先程死んだのですね。そして、貴方もまた死者の霊魂を核として存在している。」
「え……」
主が死んだ?
確かに、この所ずっと床に伏せていた。
でも、主が死んだなんて、そんな……
「……驚いた。余程優秀な術士のようで。死をそこまですんなり受け入れているのも珍しい。」
「もう歳が歳でございます。覚悟していたことですし……」
俺の驚きなんて置き去りにして、忘れ屋はあっさりと主の言葉を遠回しに肯定する。
(主が死んだなんて……そんな……どうしよう……)
当の本人があっさり受け入れているのに、俺自身が全然その事実を飲み込めなくて、脳裏に『あいつ』の顔が過ぎった。
「ですが、1つ心残りがございます。それが恐らくこの『忘れ屋』を訪れた理由でございましょう。きっと、翡翠は私が巻き込んでしまったのね。ごめんなさい。最期まで付き合わせてしまって。」
「そんな!主、俺は……!」
主が頭を下げる必要なんてないのに!
きっと、主の言うその心残りは俺と同じはず。
その心残りはきっと、同じ形をしているはずなんだ。
「ではひとつ、記憶の旅にでも出ようじゃないか。」
そう言って忘れ屋がパチンと指を鳴らした。
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