【完結】真面目だけが取り柄の地味で従順な女はもうやめますね

祈璃

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 エイデンから見て、サンドラ・ルーンはごく普通の少女だった。
 髪も瞳も金茶色で、特にめずらしくはない。醜くはないが、周りに比べて顔立ちが整っているわけでもない。伯爵令嬢だが、数多くいる貴族の令嬢たちの中で特別家柄が良いわけでもない。
 しかし、サンドラの小さく話して小さく笑う姿は可愛らしく見えないこともなかった。野に咲く花のような、そういう素朴な可憐さがサンドラにはあった。

 故に、「サンドラをお前の婚約者にする」と父に言われたとき、エイデンは満更でもなかった。それはたぶん、当時のサンドラも同じだったと思う。




「サンドラはあまりドレスや宝石に興味がないようね」
「ええ、そうなのよ。女の子だからもっとお洒落に興味を持ってほしいくらいなんだけど、いつも絵を描いたり、刺繍をしてばかり」
「あら、いいじゃない。高いものを欲しがる子たちよりマシよ。それに、お化粧なんて年頃になったら勝手に覚えるわよ。サンドラはあなたに似て化粧が映える顔立ちだから、年頃になったらモテて大変かもしれないわね」

 まるで少女のように無邪気な笑い声が室内に響く。
 笑い声の主は、エイデンの母とサンドラの母だった。ふたりは古くからの友人で、その縁でエイデンとサンドラの婚約が決まったようなものだ。

 騒がしい母親たちを冷めた目で見た後、エイデンは横目でちらりとサンドラを見る。

 スケッチブックに花の絵を描いているサンドラの横顔は真剣だ。母親たちの談笑の内容など、彼女は気にも留めていないようだった。いや、もしかすると聞こえてすらいないのかもしれない。

(年頃になったらモテて大変……?)

 エイデンの視線に気付く様子のないサンドラを、エイデンはじろじろと見る。
 十二歳になったサンドラは、相変わらず地味で大人しい女の子のままだった。別に不細工ではないし、エイデンには愛らしくも見えるが、母の『年頃になったらモテて大変』という言葉通りになるようには思えない。
 周りの友人たちの中には、『お前だったらもっと可愛い子と婚約できただろ』と失礼なことを言ってくる奴もいる。

(でも……)

 エイデンは再び視線をふたり夫人たちの片方──サンドラの母親へと移す。
 サンドラの母の顔立ちはサンドラによく似ていた。親子だから当たり前かもしれない。
 しかし気になるのは、サンドラと同じ顔立ちのサンドラの母が美しいことだ。

 エイデンはじいっとサンドラの母の横顔を見つめてから、再び隣のサンドラの横顔を見つめる。
 ……不思議だ。似ているのに似ていない。
 確かに似たような顔だが、サンドラの母の顔には花があって、サンドラにはそれがない。もちろん、だからといってサンドラが可愛くないわけではないが。

(そういえばさっき、化粧が映える顔立ちがどうこうって言ってたな……)

 女性の顔が化粧で変わるのは、まだ少年であるエイデンも知っていた。実際母の顔は化粧の前と後で全然違う。

(サンドラの母上もそうなのか? だとしたらサンドラは──……)

 なんの化粧も施されていないまっさらできめ細やかな肌。ほのかに色づいた頬と唇。腰まである綺麗な金茶色の髪。

 いつの間にか見惚れていたらしい自分に気付き、エイデンは慌ててサンドラから目を逸らす。
 綺麗だ、と素直に思った。
 ずっとごく普通の平凡な少女だと思っていたはずが、よくよく見ればサンドラは綺麗な少女へと成長していた。いや、エイデンにそう見えるだけなのだろうか。

(……でも、サンドラの母上は美しい顔をしていて、サンドラもサンドラの母上と同じ化粧が映える顔で、つまりサンドラも化粧をしたら誰から見ても綺麗な顔になるってことだよな……?)

 それは嫌だな……とエイデンは眉を顰めた。
 サンドラが綺麗な少女であることを知っているのは、自分だけでいい。自分以外がサンドラに見惚れていることを想像するだけで、胸がムカムカしてくる。

「見て、エイデン。綺麗に描けたわ」
「君の方が綺麗だよ」
「えっ……」

 目を丸くしたサンドラを見つめて、エイデンは口角を上げて微笑む。

「サンドラ、ずっと今のままの君でいてね。控えめで、慎ましい、僕の好きな君でいて」

 サンドラはしばし呆然としていたが、やがて恥ずかしそうに頬を赤らめて頷いてくれた。
 エイデンの笑みが深まる。
 
 大人しい性格故か、サンドラはエイデンのお願い事なら大抵は聞き入れてくれた。『今のままでいてほしい』という願いなんて、サンドラにとってはきっと至極ささやかな願いに思えただろう。

 あとはお互いが十八になって貴族学院を卒業するのを待つだけだ。
 サンドラが自分の妻になる日のことを思うと、エイデンは胸が踊るような気分だった。

 しかし──……




「おい、エイデン、どうなってるんだ?」
「なんの話だ?」
「お前の婚約者のサンドラの話だよ。今あのマチルダと一緒にいて……それにいつもと雰囲気も違う」
「マチルダと……?」

 派手で我が強くて男を立てることを知らない──マチルダはエイデンが嫌うわきまえない女そのものだった。
 嫌な予感がして、エイデンはすぐさま席を立つ。

「サンドラは今どこに?」
「マチルダと中庭にいるよ。……あの子、化粧をしたらすごく綺麗なんだな」

 それだけ聞いて、エイデンは中庭へと走り出した。今まで感じたことのない怒りと焦りで叫び出したい気分だった。
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