6 / 18
6
エイデンから見て、サンドラ・ルーンはごく普通の少女だった。
髪も瞳も金茶色で、特にめずらしくはない。醜くはないが、周りに比べて顔立ちが整っているわけでもない。伯爵令嬢だが、数多くいる貴族の令嬢たちの中で特別家柄が良いわけでもない。
しかし、サンドラの小さく話して小さく笑う姿は可愛らしく見えないこともなかった。野に咲く花のような、そういう素朴な可憐さがサンドラにはあった。
故に、「サンドラをお前の婚約者にする」と父に言われたとき、エイデンは満更でもなかった。それはたぶん、当時のサンドラも同じだったと思う。
「サンドラはあまりドレスや宝石に興味がないようね」
「ええ、そうなのよ。女の子だからもっとお洒落に興味を持ってほしいくらいなんだけど、いつも絵を描いたり、刺繍をしてばかり」
「あら、いいじゃない。高いものを欲しがる子たちよりマシよ。それに、お化粧なんて年頃になったら勝手に覚えるわよ。サンドラはあなたに似て化粧が映える顔立ちだから、年頃になったらモテて大変かもしれないわね」
まるで少女のように無邪気な笑い声が室内に響く。
笑い声の主は、エイデンの母とサンドラの母だった。ふたりは古くからの友人で、その縁でエイデンとサンドラの婚約が決まったようなものだ。
騒がしい母親たちを冷めた目で見た後、エイデンは横目でちらりとサンドラを見る。
スケッチブックに花の絵を描いているサンドラの横顔は真剣だ。母親たちの談笑の内容など、彼女は気にも留めていないようだった。いや、もしかすると聞こえてすらいないのかもしれない。
(年頃になったらモテて大変……?)
エイデンの視線に気付く様子のないサンドラを、エイデンはじろじろと見る。
十二歳になったサンドラは、相変わらず地味で大人しい女の子のままだった。別に不細工ではないし、エイデンには愛らしくも見えるが、母の『年頃になったらモテて大変』という言葉通りになるようには思えない。
周りの友人たちの中には、『お前だったらもっと可愛い子と婚約できただろ』と失礼なことを言ってくる奴もいる。
(でも……)
エイデンは再び視線をふたり夫人たちの片方──サンドラの母親へと移す。
サンドラの母の顔立ちはサンドラによく似ていた。親子だから当たり前かもしれない。
しかし気になるのは、サンドラと同じ顔立ちのサンドラの母が美しいことだ。
エイデンはじいっとサンドラの母の横顔を見つめてから、再び隣のサンドラの横顔を見つめる。
……不思議だ。似ているのに似ていない。
確かに似たような顔だが、サンドラの母の顔には花があって、サンドラにはそれがない。もちろん、だからといってサンドラが可愛くないわけではないが。
(そういえばさっき、化粧が映える顔立ちがどうこうって言ってたな……)
女性の顔が化粧で変わるのは、まだ少年であるエイデンも知っていた。実際母の顔は化粧の前と後で全然違う。
(サンドラの母上もそうなのか? だとしたらサンドラは──……)
なんの化粧も施されていないまっさらできめ細やかな肌。ほのかに色づいた頬と唇。腰まである綺麗な金茶色の髪。
いつの間にか見惚れていたらしい自分に気付き、エイデンは慌ててサンドラから目を逸らす。
綺麗だ、と素直に思った。
ずっとごく普通の平凡な少女だと思っていたはずが、よくよく見ればサンドラは綺麗な少女へと成長していた。いや、エイデンにそう見えるだけなのだろうか。
(……でも、サンドラの母上は美しい顔をしていて、サンドラもサンドラの母上と同じ化粧が映える顔で、つまりサンドラも化粧をしたら誰から見ても綺麗な顔になるってことだよな……?)
それは嫌だな……とエイデンは眉を顰めた。
サンドラが綺麗な少女であることを知っているのは、自分だけでいい。自分以外がサンドラに見惚れていることを想像するだけで、胸がムカムカしてくる。
「見て、エイデン。綺麗に描けたわ」
「君の方が綺麗だよ」
「えっ……」
目を丸くしたサンドラを見つめて、エイデンは口角を上げて微笑む。
「サンドラ、ずっと今のままの君でいてね。控えめで、慎ましい、僕の好きな君でいて」
サンドラはしばし呆然としていたが、やがて恥ずかしそうに頬を赤らめて頷いてくれた。
エイデンの笑みが深まる。
大人しい性格故か、サンドラはエイデンのお願い事なら大抵は聞き入れてくれた。『今のままでいてほしい』という願いなんて、サンドラにとってはきっと至極ささやかな願いに思えただろう。
あとはお互いが十八になって貴族学院を卒業するのを待つだけだ。
サンドラが自分の妻になる日のことを思うと、エイデンは胸が踊るような気分だった。
しかし──……
「おい、エイデン、どうなってるんだ?」
「なんの話だ?」
「お前の婚約者のサンドラの話だよ。今あのマチルダと一緒にいて……それにいつもと雰囲気も違う」
「マチルダと……?」
派手で我が強くて男を立てることを知らない──マチルダはエイデンが嫌う弁えない女そのものだった。
嫌な予感がして、エイデンはすぐさま席を立つ。
「サンドラは今どこに?」
「マチルダと中庭にいるよ。……あの子、化粧をしたらすごく綺麗なんだな」
それだけ聞いて、エイデンは中庭へと走り出した。今まで感じたことのない怒りと焦りで叫び出したい気分だった。
あなたにおすすめの小説
やり直し令嬢は本当にやり直す
お好み焼き
恋愛
やり直しにも色々あるものです。婚約者に若い令嬢に乗り換えられ婚約解消されてしまったので、本来なら婚約する前に時を巻き戻すことが出来ればそれが一番よかったのですけれど、そんな事は神ではないわたくしには不可能です。けれどわたくしの場合は、寿命は変えられないけど見た目年齢は変えられる不老のエルフの血を引いていたお陰で、本当にやり直すことができました。一方わたくしから若いご令嬢に乗り換えた元婚約者は……。
【完結】婚約破棄を3時間で撤回された足枷令嬢は、恋とお菓子を味わいます。
青波鳩子
恋愛
ヴェルーデ王国の第一王子アルフレッドと婚約していている公爵令嬢のアリシアは、お妃教育の最中にアルフレッドから婚約破棄を告げられた。
その僅か三時間後に失意のアリシアの元を訪れたアルフレッドから、婚約破棄は冗談だったと謝罪を受ける。
あの時のアルフレッドの目は冗談などではなかったと思いながら、アリシアは婚約破棄を撤回したいアルフレッドにとりあえず流されておくことにした。
一方のアルフレッドは、誰にも何にも特に興味がなく王に決められた婚約者という存在を自分の足枷と思っていた。
婚約破棄をして自由を得たと思った直後に父である王からの命を受け、婚約破棄を撤回する必要に迫られる。
婚約破棄の撤回からの公爵令嬢アリシアと第一王子アルフレッドの不器用な恋。
アリシアとアルフレッドのハッピーエンドです。
「小説家になろう」でも連載中です。
修正が入っている箇所もあります。
タグはこの先ふえる場合があります。
私の婚約者様には恋人がいるようです?
鳴哉
恋愛
自称潔い性格の子爵令嬢 と
勧められて彼女と婚約した伯爵 の話
短いのでサクッと読んでいただけると思います。
読みやすいように、5話に分けました。
毎日一話、予約投稿します。
【完結】伯爵令嬢は婚約を終わりにしたい〜次期公爵の幸せのために婚約破棄されることを目指して悪女になったら、なぜか溺愛されてしまったようです〜
よどら文鳥
恋愛
伯爵令嬢のミリアナは、次期公爵レインハルトと婚約関係である。
二人は特に問題もなく、順調に親睦を深めていった。
だがある日。
王女のシャーリャはミリアナに対して、「二人の婚約を解消してほしい、レインハルトは本当は私を愛しているの」と促した。
ミリアナは最初こそ信じなかったが王女が帰った後、レインハルトとの会話で王女のことを愛していることが判明した。
レインハルトの幸せをなによりも優先して考えているミリアナは、自分自身が嫌われて婚約破棄を宣告してもらえばいいという決断をする。
ミリアナはレインハルトの前では悪女になりきることを決意。
もともとミリアナは破天荒で活発な性格である。
そのため、悪女になりきるとはいっても、むしろあまり変わっていないことにもミリアナは気がついていない。
だが、悪女になって様々な作戦でレインハルトから嫌われるような行動をするが、なぜか全て感謝されてしまう。
それどころか、レインハルトからの愛情がどんどんと深くなっていき……?
※前回の作品同様、投稿前日に思いついて書いてみた作品なので、先のプロットや展開は未定です。今作も、完結までは書くつもりです。
※第一話のキャラがざまぁされそうな感じはありますが、今回はざまぁがメインの作品ではありません。もしかしたら、このキャラも更生していい子になっちゃったりする可能性もあります。(このあたり、現時点ではどうするか展開考えていないです)
最後に一つだけ。あなたの未来を壊す方法を教えてあげる
椿谷あずる
恋愛
婚約者カインの口から、一方的に別れを告げられたルーミア。
その隣では、彼が庇う女、アメリが怯える素振りを見せながら、こっそりと勝者の微笑みを浮かべていた。
──ああ、なるほど。私は、最初から負ける役だったのね。
全てを悟ったルーミアは、静かに微笑み、淡々と婚約破棄を受け入れる。
だが、その背中を向ける間際、彼女はふと立ち止まり、振り返った。
「……ねえ、最後に一つだけ。教えてあげるわ」
その一言が、すべての運命を覆すとも知らずに。
裏切られた彼女は、微笑みながらすべてを奪い返す──これは、華麗なる逆転劇の始まり。
あなたの瞳に私を映してほしい ~この願いは我儘ですか?~
四折 柊
恋愛
シャルロッテは縁あって好意を寄せていた人と婚約することが出来た。彼に好かれたくて距離を縮めようとするが、彼には好きな人がいるようで思うようにいかない。一緒に出席する夜会で彼はいつもその令嬢を目で追っていることに気付く。「私を見て」その思いが叶わずシャルロッテはとうとう婚約の白紙を望んだ。その後、幼馴染と再会して……。(前半はシリアスですが後半は甘めを目指しています)
【完結】私の事は気にせずに、そのままイチャイチャお続け下さいませ ~私も婚約解消を目指して頑張りますから~
山葵
恋愛
ガルス侯爵家の令嬢である わたくしミモルザには、婚約者がいる。
この国の宰相である父を持つ、リブルート侯爵家嫡男レイライン様。
父同様、優秀…と期待されたが、顔は良いが頭はイマイチだった。
顔が良いから、女性にモテる。
わたくしはと言えば、頭は、まぁ優秀な方になるけれど、顔は中の上位!?
自分に釣り合わないと思っているレイラインは、ミモルザの見ているのを知っていて今日も美しい顔の令嬢とイチャイチャする。
*沢山の方に読んで頂き、ありがとうございます。m(_ _)m
妹と王子殿下は両想いのようなので、私は身を引かせてもらいます。
木山楽斗
恋愛
侯爵令嬢であるラナシアは、第三王子との婚約を喜んでいた。
民を重んじるというラナシアの考えに彼は同調しており、良き夫婦になれると彼女は考えていたのだ。
しかしその期待は、呆気なく裏切られることになった。
第三王子は心の中では民を見下しており、ラナシアの妹と結託して侯爵家を手に入れようとしていたのである。
婚約者の本性を知ったラナシアは、二人の計画を止めるべく行動を開始した。
そこで彼女は、公爵と平民との間にできた妾の子の公爵令息ジオルトと出会う。
その出自故に第三王子と対立している彼は、ラナシアに協力を申し出てきた。
半ば強引なその申し出をラナシアが受け入れたことで、二人は協力関係となる。
二人は王家や公爵家、侯爵家の協力を取り付けながら、着々と準備を進めた。
その結果、妹と第三王子が計画を実行するよりも前に、ラナシアとジオルトの作戦が始まったのだった。