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「サンドラ!」
エイデンはそう叫んだ……ものの、目の前にいる少女が本当に『サンドラ』なのか、婚約者であるエイデンにも確証はなかった。
ただ、その少女は美しいサンドラの母にすごく似ていた。加えて少女の隣にマチルダがいたから、おそらくその美しい少女がサンドラなのだろうと思ったのだ。
いつもは後ろできっちりと結い上げられていた金茶色の髪は緩く巻かれて、肩に流されている。もともとぱっちりとした目はさらに大きく見えたし、淡く色付いていた唇には赤みの強いピンク色の口紅が塗られていた。
今のサンドラは文句なしに可愛かった。
きっと、婚約者の贔屓目なんかじゃない。もうサンドラのことを地味だという者も、エイデンと釣り合っていないという者もいないだろう。
──だからこそ、エイデンは面白くなかった。
「……サンドラ、どうしたんだ?」
呼吸を落ち着けてから、ゆっくりとサンドラへと歩み寄る。
中庭のベンチに腰掛けているサンドラはエイデンをちらちらと見つめながら、隣のマチルダとなにやら囁き合っていた。
「……ど、どうしましょう……もう来ちゃいました……」
「ちょうどいいじゃない。さっき練習したみたいにはっきり言ってやりなさいよ」
「ええ……大丈夫ですかね……?」
「さっきの意気込みはどうしたのよ。第二のマチルダ・ナトルを目指すんでしょ?」
「! ……は、はいっ!」
大きく返事をしたサンドラは、スッとベンチから立ち上がった。そして、今まで見たことのないような澄ました顔をして、エイデンと向かい合う。
いつもとなにもかも違うサンドラの様子に、エイデンは思わずたじろぎかけた。
「さ、サンドラ……?」
「ご機嫌よう、エイデン」
「あ、ああ……」
「私になにか用?」
そのサンドラの声はそっけなく、冷たかった。いつもなら少し恥ずかしそうにしながらも明るい声で返事をしてくれるのに。
戸惑いつつ、エイデンは少し厳しい瞳でサンドラを見つめる。
「……今日は、いつもと随分雰囲気が違うんだな?」
「ええ。マチルダ様にお化粧や髪のアレンジの仕方を色々と教えていただいたの。いいでしょう?」
そう言って、サンドラはくるりと一回転した。髪と制服のスカートがふわりと揺れて、再びエイデンに向き直ったサンドラはにっこりと笑う。
(か、可愛い…………いやっ、そうじゃなくて!)
「サンドラ……僕は今みたいな君はあまり好きじゃないな。昔言っただろう? 『今のままの君でいてくれって』」
「あら、そうだったかしら? でも、だからなんなの?」
「は……?」
「あなたの趣味に合わせる必要ある? 私は今の私が好きよ。マチルダ様みたいな私が好き」
「サンドラっ!」
(冗談じゃない!!)
思わず怒鳴るような声が出た。
普段のサンドラなら体を縮こまらせていると思うが、今日のサンドラは冷ややかにエイデンを見つめたままだった。
そのサンドラの態度に、エイデンはいっそう苛立ちが募る。エイデンが恋した、あの慎ましく照れ屋な少女はいったいどこにいってしまったというのか。
「……サンドラ、なにがあったのか教えてくれ。マチルダ嬢になにか弱みでも握られているのか?」
「まさか。マチルダ様は私に本当に良くしてくださってるの。私の憧れのひとよ」
「…………」
(なにを馬鹿なことを。サンドラがマチルダに憧れるなんて、冗談じゃない)
エイデンはすんでのところで舌打ちを堪えた。そして、まるで王子様のようだと評されることもあるご自慢の顔に、柔らかな笑みを貼り付けて言う。
「本気でそんなことを言っているのか?」
「ええ」
「……じゃあ、君との婚約は考え直さなきゃならなくなるな。今の君を僕の妻にすることはできない」
「……えっ! つまり今の私のままだと婚約解消ってこと!?」
やっぱり食い付いてきた──
取り乱した様子のサンドラを見下ろし、エイデンはわざとらしく肩をすくめる。
「婚約解消なんて本当は僕だって嫌だけど、君が頑なな態度を取るなら仕方がない……」
「本当に? 本当の本当に婚約解消??」
「君が考えを改めて昨日までの君に戻ってくれるなら、もちろん僕も君と結婚するつもりだよ。でも、そうじゃないなら……」
「本当の本当に、私が今のままだったら婚約解消なのね??」
「……ああ、残念だけどそうなる。僕たちの両親もきっと悲しむだろうが──」
エイデンの言葉の最中、サンドラの顔に満面の笑みが浮かんだ。それにエイデンがギョッとしているうちに、サンドラは大きな声で答えた。
「よろしくってよ!!」
「…………は?」
「婚約解消するわ! これで私とあなたは赤の他人ね!! なんて素晴らしい日なのかしら!!」
子どものようにはしゃぎ始めたサンドラに、エイデンは言葉を失った。
想像もしていなかった反応だ。婚約解消をチラつかせれば、またいつものサンドラに戻ってくれると思っていたのに──……
「『よろしくってよ!』……なんて、私そんなこと言ったことないわよ。いったいどこのお嬢様よ、それ」
呆然と立ち尽くすエイデンの耳には、愉快げに声をあげて笑うマチルダの呟きすら届かなかった。
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