#ヤクザの女に手を出した大学生

シロタカズキ

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正義は部屋の中で死ぬ

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取調室。薄い蛍光灯の光が、篠崎 亮介の横顔を冷たく照らしていた。
男はまるで客室で休んでいるかのような落ち着きで椅子に座り、指先で机を一定のリズムで叩いている。

結城湧斗は資料を閉じ、まっすぐ向き合った。

「篠崎さん。あなたが直接、谷口悠真さんの口元を殴った。事実ですよね。」

篠崎はゆっくりと目を細め、薄い笑みを浮かべた。

「若いのがつっかかってきたんでな。礼儀を教えただけだ。」

「“礼儀”ですか? 殴る必要が?」

結城の声は落ち着いていたが、言葉には鋼があった。

「彼の歯を折って口が利けないようにしたのは、偶然じゃない。あなたは最初から“しゃべれないように”狙った。」

篠崎の笑みがわずかに深くなる。

「警察官ってのは、ずいぶん人を観察してるんだな。」

「仕事ですので。」

結城は即答した。

「あなたが手を下した暴行です。見て見ぬふりはできません。」

篠崎は背もたれに寄りかかり、あくびをかみ殺すような仕草で言う。

「お前もその口を利けなくしてやろうか。」

その瞬間、取調室の空気が一段冷えた。

ノックもなくドアが開き、課長代理の村瀬 孝一が顔を出す。

「結城、ちょっと出ろ。」

結城が席を立つと、村瀬は廊下に誘導し、小声で告げた。

「この件、上からストップが入った。篠崎は釈放する。」

「……は?」

結城の声に怒りが滲む。

「今、本人が自白とも取れる発言をしたんですよ? 証拠だって──」

「証拠不十分だ。暴行の事実は認めても、“正当防衛”と主張されたら押し切れない。」

村瀬はいつもの薄い笑みを浮かべ、肩を叩く。

「結城、お前は正しいことを言ってる。それは否定しない。だがな──正義と現実は別物だ。」

「上に逆らうな」という圧が、笑顔に隠れていた。

「……あの男を外に出したら、誰かがまた被害に遭います。」

村瀬の目の奥が揺れる。

「だから言ってるんだ。“深入りするな”。命が惜しいならな。」

忠告という名の、脅しだった。

結城が取調室へ戻ると、篠崎は既に立ち上がり、荷物を受け取っていた。

「帰っていいそうです。」

結城は悔しさを押し殺し、告げる。

篠崎は歩み寄り、耳元で低く囁いた。

「覚えとけ。若造──正義なんてものはねえ。」

結城の拳が震えた。
殴りたくなる衝動を、奥歯を噛みしめて耐える。

扉が閉まり、足音が消えたあと、取調室には重苦しい静寂だけが残った。
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