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第三章 ランク戦開催
55話 狡知の神
しおりを挟む通路を歩く一人の人物がいる。
アヌビスだ。
犬の顔をした冥界の神として良く知られているが、使者を守護する神、医学の神など、多くの顔を併せ持っている。
「アッ…アヌビス~!」
そんなアヌビスに駆け寄る兎の顔をした人物。
「ウェネト…どうしたんだい?そんなに慌てて…」
「たっ…大変なんだよぉ!!ほんとにほんとに大変なんだよぉ~」
涙目で慌てふためくの兎頭。
彼女は守護女神のウェネトである。
そんな彼女を落ち着かせるようにアヌビスは声をかけた。
「ウェネト…少し落ち着きなよ。いったい何が大変なのさ?」
「それがだよ!ジプトのランク戦参加が取り消されちゃったんだよ!」
「なっ…なんだって?どうして突然…!」
「私にもわからないよぉ~!今開かれてる緊急運営会議で正式に決まるんだって!うぅ~なんでだろう…あ~なんでだろう…」
それを聞いたアヌビスは足早に駆け出した。
緊急運営会議だと!?
そんなもの、開催されるなんて知らないぞ!!
残りの仕事を終えて帰ってきてみれば…
ロキのやつめ!何を企んでいる!
そう考えながら駆けるアヌビスの顔は、怒りに満ちていた。
・
「それでは…ジプトの参加は見送る…皆、これで良いだろうか。」
中央のイスに座わったまま、手に持った木槌を数回叩いてそう告げるゼウス。
ぐるりと見渡しながら、その反応を確認していく。
ジプトを管理する神々は各々うつむいたまま、口を開くことはない。
周りの神から何も返事がないことを確かめると、ゼウスは再び口を開いた。
「意義はないようじゃな!では、これにて緊急の運営会議は閉会に…」
そこまで告げた瞬間、大きな音を立てて扉が開かれた。
皆、驚いたように小さく響めき、そちらへと視線を向ける。
そこにはアヌビスが立っていた。
「そんな話、僕は聞いていないぞ!ゼウス!」
大きくそう叫び、アヌビスは部屋の中央にいるゼウスの元へと歩み寄った。
そして、ニコニコと笑うゼウスに対し、アヌビスは鋭い目で彼を睨みつける。
「どうしてこんなことになっている!」
「なんのことじゃ?」
はぐらかすように笑うゼウスへ、アヌビスはさらに声を荒げた。
「しらばっくれるな!なぜジプトがランク戦不参加なのだ!誰が勝手に…!!」
「勝手にとは言いがかりじゃよ…これにはちゃんと理由がある。」
「理由だと!?」
アヌビスはさらに目を鋭くさせる。
そんな二人の様子を遠く離れた席から眺めるロキはニヤニヤと笑みを浮かべていた。
「やっぱり、あいつは来るよねぇ~」
「そりゃそうですよ。理由もわからず、突然ランク戦不参加なんて言われて納得はいかないでしょうから。」
「だな。しかし、アヌビスはどんな不正を行ったんだ?」
笑うロキの横で、肩をすくめるイザナミ。
その横でイザナギが頭を傾げている。
「彼はバシレイアに存在する生物を殺したのさ。」
「えっ?!」
「それは誠か!?」
驚くイザナギとイザナミを横目に、ロキはうなずいた。
バシレイアは多くの神が管理する世界。
多くの神がアクセスする世界。
それは、いわゆる彼らの箱庭なのである。
この世界はさまざまな神たちが関わり合って作られた世界であり、プレイヤーとはその神たちによって選ばれた者たちのことを指す。
神に選ばれし者がバシレイアに降り立ち冒険する。
そう言うとなんだか小説的で聞こえはいいのだが…
実のところ、バシレイアとは神々の暇潰しの場。
神々の遊び場と言ってもいい。
長い年月を生きる彼らは全てに飽きており、常に娯楽を求めている。
毎日同じように変わらない世界を見回り、昔ほど信仰心も強くない人間たちの様子を見守っている彼らにとって、毎日同じように過ぎていく悠久の時間は暇そのもの。
嫌気が差すのはもはや必然だったのだ。
誰かが言った。
近頃、世界ではソーシャルゲームというものが流行っている、と。
別の誰が言う。
現代人がやっている箱庭ゲームというものをやってみたらとても面白かった、と。
それならとある神が言った。
「ならば、それらを参考に世界を一つ創ってみてはどうかな?」
そうして出来上がった世界が、このバシレイアだった。
人間たちが遊んでいるゲームを反映させた世界。
彼らが楽しむためだけに創られたゲームの世界。
そして、彼らはこの世界を運営するにあたって、決まり事を6つ設けたのだ。
一、神は皆、現代から一人の人間(プレイヤー)を選ぶ。
一、選んだ人間には好きなタイミングで加護を一つ与えて良い。
一、その人間が死ねば神はペナルティを受ける。
一、プレイヤーを含め、神はバシレイア内に生けるものを殺してはならない。破ればペナルティを受ける。
一、基本的な仕様の設定などはヘルメスに一任する。ただし、変更にあたっては運営会議を通すこと。
一、上項に定めのないものは運営会議にかけ、過半数の承認をもって決定する。
これらの決まり事は、最初の運営会議に出席したものならば皆知っている。
"出席したもの"ならば…
「アヌビスよ…お主、バシレイア内の生きるものを殺したな?」
「殺し…?…あぁ、神獣のことか!殺したよ!僕のジプトを荒らした罰としてね!」
その言葉に会場が響めいた。
その響めきにアヌビスも訝しげな表情を浮かべる。
開いたドアの前に立つウェネトへと視線を移せば、彼女も口を抑えて驚いた顔をしている。
「なんだ!?何が悪い!人の国を荒らした不届き者を始末しただけだ!こちらは正当防衛だぞ!」
「アヌビス…お主は決まり事を確認しておらんのか?バシレイアを運営するための我ら神々の決まりを…」
「決まり事…?なんだそれは!知らないぞ!」
会場がさらに響めく中でゼウスは大きくため息をついた。
ジプトを管理する他の神たちもヒソヒソと互いに口を開いている。
状況が理解できず、キョロキョロと周りに視線を送るアヌビスにウェネトが近寄ってきた。
「アヌビス…あなたは最初の運営会議に出ていないの?」
「最初の…というとバシレイアの創造を決めた会議か?」
ウェネトは無言でうなずく。
「出てない。あの時は魂の裁量で忙しかったからな。どうせバシレイアを創ることは決まってたんだし、必要ないと判断したんだ。」
「なら、その時の内容は確認しなかったの?あなたはそういうことはきちんとする人でしょう?」
アヌビスはその言葉に口を閉ざした。
確かにそうだ…なぜ確認していないのだろう。
いつもなら議事録に目を通すはずなのに。
あの時は確か…トトに議事録を依頼したはずだが…
ふと会場の席へと目を向けると、端に座るトトに目が止まった。
しかし、彼に声をかけようとしたアヌビスにゼウスがすかさず声をかけてくる。
「わしはトトに議事を渡したぞ。あやつが直接くれと言ってきたからな。お主に渡すからと言っていたのぅ…」
確かにそれは間違いないだろう。
トトからも、自分の部屋に議事録を送ったと伝言を受けた記憶がある。
ではなぜ、自分はそれに目を通さなかったのか。
目を通していたならばそれを忘れることはない。
ではなぜ…
いや…目は通したのだ…
議事録を読んだ記憶はある…
しかし、そこに"決め事"のことなど書いてはなかったのだ。
「…そんなこと、議事録には書かれていなかったはずだ。僕は議事録を読んだ…ちゃんとな。」
ゼウスを睨みつけるアヌビス。
しかし、ゼウスはまったく怯む様子もなく、紙を一枚取り出した。
「これはその時の本通だが、確かにここに書いてあるのぉ。ほれ…」
アヌビスが手渡されたそれに目を通すと、確かにそこには"決め事"のことが書かれている。
「僕が受け取ったものには書いてなかったぞ…」
「それはあり得ない。神の開く会議の中身は"書き換える"ことはできないからだ。それはお主も知っておるだろう。」
「だが…!」
言い返そうとするアヌビスをウェネトが止める。
「アヌビス…もうやめましょう。これは我々の落ち度です。あなただけの責任じゃない。今回はあきらめましょう。」
その言葉にアヌビスは悔しげな…怒りの視線をゼウスに向けたが、スッと振り返ると足早に会場を後にした。
後に続くウェネトの背中を見送るロキとイザナギたち。
「なんか…腑に落ちんな。」
「アヌビスが資料の内容を見落とすとは思えないものね。」
訝しむ二人にロキが楽しげに口を開く。
「彼は真面目すぎるんだよ。毎日毎日、魂の裁量ばかりしてるから。たまには羽を伸ばせばいいのにね!」
そう告げたロキは、イザナギたちに見えないように薄っすらと笑みを浮かべていた。
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