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第三章 ランク戦開催
57話 伝説を再現する男
しおりを挟む「俺が酒職人のアシナだ。」
初老の男は鋭い目を向けてタケルとミコトに自己紹介をする。
先程の酒倉での騒ぎはすでに落ち着きを取り戻しており、従業員たちも仕事に戻っている。
樽の前に仁王立ちをしたアシナに対してタケルが頭を下げた。
「僕の名はタケルと言います。こっちはミコトです。」
その言葉にミコトも頭を下げる。
アシナは2人をちらりと一瞥する。
「今日、こちらに伺った理由は他でもなく、『八…」
「場所をかえるぞ!ついてこい。」
唐突にタケルの言葉を遮ったアシナは、ズカズカと歩き始めた。
その背中を見て、タケルとミコトは顔を見合わせるとセガクへと視線を送る。
「従っておきましょうや。あいつは機嫌を損ねると面倒ですから。」
その言葉を聞いた二人は、うなずくとアシナの後を追った。
酒倉から出たアシナは相変わらずズカズカと歩みを進めていく。
「遅ぇぞ!!さっさと歩けねぇのか!」
気配でも感じられるのだろうか。
少し遅れ気味に離れて歩くタケルたちに対して、アシナは振り向く事なく大きな声を上げる。
その声に足を急がせてアシナの後ろに追いつくタケルたち。
すると、アシナが顔を向ける事なくタケルに話しかけてきた。
「お前さん、『八岐大蛇』の件で来たんだろ?」
「はっ…はい!そうです…」
唐突な問いかけに驚くタケル。
「この酒造にゃ、『八岐大蛇』に家族を殺された奴らもいる!話す内容と場所には気をつけろぃ!」
「すっ…すみません…」
アシナは歩きながら頭を下げるタケルを一瞥すると再び口を開く。
「…『八塩折酒』が欲しいんだな。」
「えっ…?」
「なんだ?違うのか…?」
「いえっ…!!そっ…そうです!!」
「…」
アシナはその言葉に振り向くことなく少し間を置いた。
そして、小さく息をつくと再び口を開く。
「作ってやってもいい…」
「え?!それって…」
「その代わり、条件がある。」
アシナはそう告げて立ち止まった。
タケルに振り向いて、鋭い視線を向ける。
そして、怒気を強めて言葉を綴った。
「あの時、死んじまった奴らの仇を取ってくれ…絶対にだ。」
「…っ!」
「あの時、八岐大蛇の封印を解いたのはお前たちだろ?」
「…はい」
アシナはすでに気づいていたのだ。
アシナの言葉にタケルは視線を落として目を閉じる。
謝罪を…謝罪の言葉を…
そう考えるのに、何にも言葉が出てこない。
頭ではわかっているのに…
言わなきゃならないのに…
謝っても何も変わらないことはわかっている。
それでも…
もっと彼に責められると思っていた。
ひどい言葉をかけられると覚悟していた。
お前のせいだと罵られると、そう思っていたのに…
だが、アシナは何も言わない。
何も言わないのだ。
それがタケルには重くのしかかる。
心が押しつぶされそうな感覚…
あの時、八岐大蛇に飲み込まれていった人々の顔が…
悲痛の顔がまぶたの裏に浮かぶ…
自分の軽率な行いで人の命を奪ってしまったという贖罪が、タケルの心を黒く染め上げていく。
気づけば、大粒の涙が目から溢れ出してきていた。
ポタポタと足元に大きな雫が落ちて、地面を濡らしていく。
吐き出すように嗚咽を漏らして膝から崩れ落ちたタケルを、アシナはただ無言で見つめていた。
ミコトが見兼ねて口を開く。
「アシナさん、私たちは…」
「わかってるよぉ、嬢ちゃん。セガクから話を聞いた時にピンときたからな。だかな、あの件について俺があんたらを責めることはねぇ。少なくとも俺にも責任はあると思っているからな。」
ミコトの言葉にアシナは振り向くことなく、タケルを見つめたまま話し始めた。
「あんたにあの酒を渡したのは、俺の息子なんだよ。」
聞こえているのかはわからないが、未だ尚、肩を震わせて嗚咽を吐き出し続けるタケルにアシナは言葉を続ける。
「俺の息子があんたに酒を渡し、あんたが『八岐大蛇』の封印を解いた。その結果、北の村は滅び、俺の息子はその時に死んだ。」
「…それは…ご冥福をお祈りします。大変申し訳ないことを…」
「ありがとよ。だが、嬢ちゃんは謝る必要はねぇだろ。あれは俺のバカ息子が悪いんだ。自業自得ってやつだよ。」
物悲しげにため息をついて肩をすくめるアシナ。
ミコトはうずくまるタケルを一瞥し、そんなアシナヘと問いかけた。
「その時の話…少し教えてもらえませんか?おっしゃる通り、私は前回の『八岐大蛇』のことは何も知りません。少しでも情報が欲しいんです。」
「それはいいが…そこで泣いてる兄ちゃんはいいのかい?」
もう一度、ちらりとタケルを見る。
そして、無言でうなずくのであった。
◆
「イシナ!!てめぇ、仕込みはどうした!!」
突然、大声を上げてアシナが酒倉に飛び込んできた。
その勢いで置いてあったタライが宙を舞い、従業員が慌ててそれらをキャッチする中、アシナは息子を探すようにキョロキョロと辺りを見回している。
そして、イシナに気づく。
「やっ…やべっ!」
「イシナァァァ!!そぉぉぉこぉぉぉかぁぁぁ!!てめぇ工程をほったらかして、何やってやがんだぁぁぁ!!」
まさに鬼の形相で走ってくるアシナに対し、イシナは観念して手を上げた。
「イシナ!てめぇはまた懲りずに『八塩折酒』を…!!」
「いや…これはよ…。」
「言い訳なんか聞きたくねぇ!!そんな作れるかどうかもわかんねぇ酒のことなんかより、代々受け継がれる製法の勉強をしっかりやらねぇかぁ!!」
「まっ…まだ作れねぇって決まったわけじゃねぇだろ!!」
「決まってんだよ!!俺より腕の足らねぇお前が作れるわけねぇんだ!!いい加減目を覚ましやがれぇぇぇぇぇ!!」
「勝手に決めるなよ!!やってみなくちゃわか…っ!?」
「うぅぅぅるぅぅぅせぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
・
「…痛てててて。くそっ!親父の野郎、殴るこたぁねぇのによぉ!」
先ほどアシナにこっぴどくしぼられたイシナは、頭をさすりながら通りを歩いていた。
「最初から作れねぇって決めつけやがって…これだから職人気質は頭が固くていけねぇんだ。伝説の酒なんだぞ!?酒を職人なら一度は挑んでみたいって思うのは当たり前じゃねぇか。」
腕を組んで目をつむり、ああでもないこうでもないとぶつぶつと愚痴をこぼしながら歩くイシナ。
しかし、作った拳を反対の手のひらで音を立てて受け止めたその時だった。
「お困りのようで…なにか私にお手伝いできることはありませんか?」
「…ん!?」
突然声をかけられたイシナは立ち止まり、あたりをキョロキョロと見回した。
すると、近くの木陰から音を立てることもなく、真っ黒なフードとロングコートをまとった男が姿を現したのである。
「あっ…あんた…誰だ…。」
身構えるイシナに対して、男はニヤリと笑みを浮かべる。
「君は『八塩折酒』を作りたいんだよね?」
「…っ!?なんでそれを…」
自分の問いかけに答えることはしないのに、突然核心をつく言葉を口にしたその男に対して、イシナはより警戒心を強めたのだが…
「ポイントは"糖化"だよ。」
「とっ…糖化…?」
「そう…発酵が止まっても仕込みを続けること。何度も何度も…ね。」
「そっ…それじゃ、ただの甘い酒にしかならないだろ!」
イシナも一応は酒職人だ。
酒を作る際の基本的な製法、工程は理解している。
発酵と糖化。
酒を作る上でこの二点のバランスが大切なのだ。
それを、発酵が終わっても糖化させ続けるなんて…
しかし、疑心に満ちた表情を浮かべるイシナに男は小さく笑いながらこう告げた。
「ククク…だから君たち人間というのは。君らは職人だろ?当たり前のことをし続けるだけの人間を、君たちは職人と呼ぶのかい?」
「…なっ…何が言いたい!」
「技術、精度、出来栄え…同じことを何度も何度も反芻すれば、それらのスキルが伸びるのは当たり前さ。しかしね、僕から言わせればそんなもの単なる作業でしかないんだよ。作業をするのが職人かい?」
イシナは悔しげな表情を浮かべたが、黙って彼の話を聞き続ける。
「いや、違うね。伝統を守り、そのスキルを極めつつ、新しいことを模索し続けることこそ職人の本来の姿だと僕は思うんだ。そして、君はそれができる人間だ。だって…君は伝説に挑んでいるんだろ?」
そう言われた瞬間、イシナの心の中に何かが芽生えた。
そうだ…俺は伝説を再現する男だ。
再びこの世に伝説と呼ばれた酒を呼び起こすのだ。
そんなイシナを見て、男は小さく笑みを浮かべる。
「伝説を作れよ。」
風が…
二人の間を通り抜け、葉擦れの音だけが辺りに響き渡っていた。
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