30 / 50
第二章 秋人の場合
絶望編 1-7 真っ黒
しおりを挟む監禁され、実験の道具となって、どれほどの時が過ぎただろうか。
台の上に繋がれたまま、秋人はぼーっと、吊るされたランプを見つめていた。
ここ数日は目が覚めれば、作業中のテトラが目の前にいるか、今のように誰もいないこの部屋に、一人取り残されているかだった。
彼女の凶行を思い出すと、震えが止まらなくなる。内臓を触られる感触が、お腹の中に残っていて、未だに腹の中で、何かが蠢いているように感じる。
ガチガチと歯を鳴らしながら、体を縮めようとするが、鎖がそれを拒み続ける。何度も何度も鎖を引き続けるが、思い通りにいかず、その怒りと恐怖に、「うわぁぁぁ」と叫び声を上げる。
その声は誰にも届くことなく、部屋中にこだましながら消えていく。
怒りはすぐに消えるが、恐怖は消えることはない。心に染み付いたトラウマは、秋人を何度も何度も苦しめた。
吐き気、嗚咽、恐怖は様々な現象として秋人の体に現れ、体力を奪っていった。
殺してほしいとさえ考えていた思考も、もはや、何も感じなくなりつつある。
心が、無意味な怒りに打たれ、恐怖に飲み込まれていく。何度も何度も繰り返していくうちに、秋人の心は、ヤスリで削られるような苦痛に苛まれながら、すり減っていった。
時折、執事の片割れが食事を運んできた。秋人に死なれては困るというのも、あながち嘘ではないらしい。
栄養が考えられ、食べやすく小さくしたものが、口に運ばれる。もちろん手足の鎖は外されない為、仰向けのままだ。
うまく喉に入らず、むせることがしばしばあったが、執事はお構いなしに口へと食事を運んできた。
食事が終わると、テトラがやって来る。
秋人の状態などお構いなしに、執事達と共に準備をすると、秋人が見ている前で、秋人の腹を捌いていく。
恐怖に絶望する秋人の表情を楽しみながら、内臓を一つずつ丁寧に取り出していく。
秋人には一切目もくれず、作業に没頭しているテトラは、悪魔にしか見えなかった。
笑いながら、自分の腑を舐め回すように見る姿は、まるで生贄を捧げられ、それを楽しそうに吟味している悪魔そのものだ。
もはや、秋人には逃れる術はなく、黙ってテトラの好きなようにさせる他ない。
いつ解けるかわからない呪縛に、心を、感情を殺して、ただただ耐え続けることしかできなかった。
それから、1ヶ月が過ぎた頃、秋人の心に変化が起き始めた。
いつもと同じように食事を終えると、テトラがやって来た。その日のテトラは少し苛立っていたようだが、秋人はどうでもよかった。
むしろ、3人の悪魔への憎悪が、ゆっくりと芽生えていく。
(まただ…)
(なぜこんな目に合うんだ…)
(それもこれも…皆こいつらのせい…だ)
(気に入らない…)
透き通った水に、黒いインクが落ちたように、それは秋人の心に闇を落とした。
一雫、また一雫と、秋人の奥底へと落ち続けるそれは、少しずつ秋人の綺麗だったものを黒く染め上げていく。
(道具のように…見やがって)
(執事の…あの見下すような視線…)
(気に入らない…気に入らない…)
さらに1週間が過ぎた。
(気に入らない気に入らない気に入らない…)
(気に入らない気に入らない気に入らない…)
(気に入らない気に入らない気に入らない…)
真っ黒な瞳で、自分を見据える秋人に、テトラは笑みをこぼして話しかける。
「良いですわ。真っ黒な深淵。心に宿したのね…フフフ。」
そう言って秋人の臓物を一つ取り上げる。
「これは、あなたの心の臓です。ハート、心がある場所とも言いますね。綺麗なピンクです…でも、あなたの心は憎悪で真っ黒。不思議だと思わない?」
フフフっとさらに笑い、持っていた秋人の心臓を戻すと、手袋を外し、秋人の頭を撫で始める。
そんなテトラの声は、ほとんど秋人には届いていない。
(気に入らない気に入らない…)
(気に入らない気に入らない気に入らない…)
(気に入らないなら…)
(気に入らないのなら…)
(殺してやる。)
そして、秋人がこの世界に来て、2ヶ月が過ぎたある日のこと。
その日も、テトラ達が熱心に作業をしていると、老婆の執事がピクリと耳を動かす。そして、テトラに何かを伝える。
「また…ですか。めんどくさいですね。邪魔ばかりして…」
明らかに苛立った様子で、秋人の体を元に戻していく。そのまま、2人の執事に秋人のことを任せると、テトラは素早く着替えて、部屋を後にする。
2人の執事も、秋人の体を修復すると、そそくさと片付けを行い、部屋から出ていく。
1人、部屋に取り残された秋人は、どす黒く染まり上がった思考を回転させる。
(殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す)
(どうすればいい…)
(何が足りない…)
(力だ…力が足りないんだ…)
(奴らを圧倒する力…)
(奴らを…殺す力…)
(力が欲しい…)
秋人は、そのまま力尽きたように、静かに眠りについた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
テトラは螺旋階段を登り、応接の間へと足を急がせる。その道中、訪問者に対して思案する。
(前回の訪問から、そんなに時間は経っていないのに、なぜこのタイミングで…)
前回は、アルフレイムでの襲撃の件について、報告を聞くためにそいつは訪れてきた。失敗に終わったことを伝えると、嫌味をダラダラと言われて、気分を害したのだが。
(…まさか、秋人のことがばれたか?)
そう考えたが、テトラは頭を横に振る。
(有り得ない。門番の失踪については、うまく揉み消したはずだ。バレるはずはない。)
テトラは「様子見だな…」と小さく呟き、訪問者の待つ部屋へと到着した。
コンコンとノックをして、返事を待つ。
「どうぞ」と声がしたのを聞いて、ドアを開けて部屋に入ると、ソファーに座って、紅茶を啜りながら寛いでいる男がいた。
「…あなたでしたか。」
そう告げて、テトラはフゥッとため息をついた。
0
あなたにおすすめの小説
悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業
ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
祈りの果てに ― 無限の箱庭で笑う者 ―
酒の飲めない飲んだくれ
ファンタジー
俺は一度、終わりを迎えた。
でも――もう一度だけ、生きてみようと思った。
女神に導かれ、空の海を旅する青年。
特別な船と、「影」の船員たちと共に、無限の空を渡る。
絶望の果てに与えられた“過剰な恩恵”。
それは、ひとりの女神の「願い」から生まれたものだった。
彼の旅路はやがて、女神の望みそのものを問い直す。
――絶望の果て、その先から始まる、再生のハイファンタジー戦記。
その歩みが世界を、そして自分自身を変えていく。
これは、ただの俺の旅の物語。
『祈りの果てに ― 無限の箱庭で笑う者 ―』
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる