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第二章 秋人の場合
欺瞞編 1-19 誤算
しおりを挟むミカエリスと秋人は、真っ暗な空間に佇んでいた。その様子は、海の中を漂う藻屑か、宇宙を彷徨う星数のように。
「…やってくれたわね。」
ミカエリスは秋人に向かって恨めしそうに口を開く。それに対して、秋人はしてやったり顔をしながら、気持ちを声に出す。
「ざまぁみやがれ。」
「最初からこれを狙っていた訳?」
「はっ!お前とやり合ってる途中で、でっかい奴が近づいて来る反応があったからな。しかも、いつか感じたことのある反応だった。もしやと思って、こいつに賭けただけだ。」
「…ハァ。ここはグラードの体内よ。異空間、次元の狭間みたいなもの。あなた、このまま死ぬつもりなの?」
「お前の思い通りになるよりマシだな!どうせ俺は、街の人間を殺しまくってるんだ。あのまま生き延びたって、俺には何も残んねぇんだ…」
その言葉にミカエリスは、なるほどと言った顔をして、「クククッ」と不気味に笑い出した。
「…なっ、何がおかしい。」
「フフフッフフ、いえ、あなたのこと考えると…フフッ、不憫でね…フフフフッ」
涙を堪えながら笑っているミカエリスに、秋人は苛立ちを見せる。
「どういう意味だ…」
秋人の問いには答えず、ミカエリスはただ笑い続けている。
「くそっ!お前、何がおかしいんだ!」
ミカエリスはお腹を抱えながら笑うミカエリスだが、なんとか笑いを堪えながら、秋人に向かって指を2本立てる。
「フフッ、ごめんなさいね。本当に可笑しくって。2つ…2つ教えてあげる…フフフッ。1つ目、あなたは勘違いをしているわ。私はここからすぐに出ることができるの。」
「なっ!?」
その言葉に言葉を失う秋人。
しかし、そんなことはお構いなしに、ミカエリスは話を続ける。
「そして、2つ目…なんだけど…フッ」
そこまで言って、ミカエリスは再び笑い出す。それに対し、動揺を隠せない秋人は、声を上げて、答えを要求する。
「クソやろう!笑ってないで早く言えよ!2つ目は何だ!」
秋人がそう吐き捨てた瞬間、ミカエリスの視線が、虫けらを見るような据わったものに変わる。そして、ジッと秋人を見つめながら言い放った。
「あなたはもう"死ねない"わ。」
それを聞いた秋人は、ミカエリスが何を言っているのか理解ができなかった。ただ茫然と、笑い続けるミカエリスを見ていることしかできない。
(なんだ?こいつは何を言ってるんだ?)
ミカエリスの言葉が、頭の中をぐるぐると回っている。動揺と不安から、自然と疑問が言葉になる。
「しっ、死ねないとは、どう言う意味だ!お前はさっき、"死ぬより私につけ"と言っていたじゃないか!」
「それは方便ってやつよ。」
その答えに、いっそう混乱した様子を見せる秋人に、笑いながらミカエリスは話を続ける。
「ウフフッ、混乱しているようね。いいわぁ、教えてあげましょうねぇ。」
ミカエリスはそう言うと、自分の腹に融合していた秋人の手を、ズルュリと抜き出した。跡には、破れた服の間から、白く透き通った白い肌が見えていて、傷一つ残っていない。
呆気に取られている秋人を尻目に、ミカエリスは再び話を始める。
「融合の能力、陰特有の力ね。こんな使い方はあなたが初めてでしょうけど。まぁそれは置いといて…」
ミカエリスは、何かを考えるように顎に手を置く。そして、思いついたように指を鳴らした。
「まずは御礼からね。私の思惑通りに動いてくれて、本当にありがとう。しかも、嬉しい誤算までプレゼントしてくれるなんて。」
驚愕という言葉通りの表情を浮かべる秋人に対し、ミカエリスは話し続ける。
「私が送った行進曲。如何だったかしら。そうねぇ…題名は『マリオネットの葬送』なんてどうかしらね。」
「行進…曲?」
「そうよぉ。私からあなたへの贈り物。思ったより影響を受けた者は少なかったけれど、まぁ合格点と言ったところかしら。」
秋人は、その言葉を聞いてピンときた。市民を操り、自分へ襲いかからせたのが、この女であることに。
「何でこんなことを…。俺に何か恨みでもあるのか?」
「まさかぁ。恨みなんてないわよ。理由はそうね…あなたがテトラを殺して、私の計画の邪魔をしたこと…いや違うわね、これじゃ恨みになっちゃうわ…」
再び何かを考え込むミカエリス。
しかし直ぐに何かを思いつき、再び口を開く。
「あなたが異世界人だからかしら。」
ニコリっと笑い、ミカエリスは秋人へそう告げた。秋人は納得がいかず、ミカエリスへ問いかける。
「異世界人だから?それだけでこんな事するのか?こんな事に何の得があるんだ!」
「得ならあったわ。"誤算"ではあったけれど。それ以外は別にどうでもいい事よ。」
「誤算…?それにどうでもいいって…どういう意味だ!ちゃんと説明しろよ!」
「ハァ。あなた何か五月蝿いわねぇ。男なんだから、もう少しドシッ構えなさい。ドシッと。」
ため息をついて、面倒くさそうに首を振るミカエリスに、秋人は苛立ちをそのままぶつける。
「何がドシッとだ!!お前のせいでこうなったんだぞ!?さっさと説明しろ!」
「まぁ…そうよね。私のせいではあるわね…フフ。では、簡単にわかりやすく。」
そう言って、ミカエリスは少し間を置くと、
「あの国の民がいくら死のうが、私には"どうでもいい"こと。」
「なっ!?お前がそう差し向けた…」
ミカエリスは吠えかかる秋人を、指で静止する。そして、秋人にとってさらに驚愕な事実を告げる。
「そして、誤算はあなたが死なない理由…そう、あなたは"魔人"になったのよ。」
「まっ、魔…人…?!」
「手を血で染め上げ、憎悪をいっぱい吸い込んで、あなたの心、魂は闇堕ちしたの。闇堕ちした魂は、魔に染まり…」
ミカエリスはそこまで言って、抑えきれない何かを堪えるように、両手で自身を抱きしめる仕草をする。その顔は快楽を感じたように紅潮し、愉悦の笑みを浮かべている。
「はぁぁぁぁ。考えただけでイっちゃいそう…。そう、魔に染まった魂を持つ人間の体もまた、魔に染まるのよ。要は魔人になるのね。」
秋人は言葉が出ない。自分が魔人になったなど、いきなり言われても許容できる人間などいないだろう。
呆気に取られている秋人に対して、ミカエリスは話を続ける。
「でも、悪いことばかりではないのよ。身体能力は大きく強化されるし、永くいれば特殊な能力だって得ることができる。そして…」
少しだけ息を吐き出すと、ミカエリスは秋人に向かってそっと呟く。
「事実上、死なない体になるの…。ククク…ハァーッハッハッハッハ!」
ミカエリスは体を丸めて、お腹を抱えて笑い出す。
そんなミカエリスを見て、秋人は茫然としていた。頭の中で、ミカエリスから聞いた話がグルグル渦を巻いている。
(…俺が、まっ魔人…?)
(人間ではなくなった…?)
(死ぬことができないって…)
(なぜ…なぜこうなったんだ…?)
いくら考えても答えは出ない。
(そもそも、なぜ俺がこんな目に…)
(俺は何も悪いことはしてないのに…)
(ただ、他の奴より、人と付き合うのが苦手だっただけなのに…)
(引きこもってたことがいけなかったのか?)
(親に迷惑をかけたこと…?)
(夏美を無視してたのもか?)
(違う違う違う!これは……)
(…そうだ!これは夢なんだ!)
頭を抱えながら、自分に都合の良いように、秋人は事実を書き換えていく。
(これは夢だ!)
(悪い夢…そうに決まっている!)
(少しゲームをし過ぎたんだ…)
(目が覚めれば、いつものベッドの上にいるはずだ…)
現実逃避を始めた秋人は、ミカエリスに対して反応を示さなくなっていた。
そんな秋人を見て、ミカエリスは小さく首を傾げる。
「あら?壊れちゃった?そんなことないわよねぇ。それじゃつまらないもの。」
そう呟くと、秋人の額をトンッと指で押す。ブツブツと呟き続ける秋人へ、ミカエリスは見送るように声をかける。
「飽きちゃったから、私はもう行くわね。まぁ、もしここから出られたら、私のところにいらっしゃい。印をつけてあげたから、すぐにわかるわ。」
そう言ってミカエリスは、投げキッスとウィンクに「じゃあまた。」と付け加えて、黒い靄の中に消えていった。
(夢だ…)
(夢であってくれ…)
残された秋人は、グルグルと回り続ける思考とともに、暗闇のみが広がる空間の中を、ゆっくりと漂い続けるのであった。
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