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第一章 イクシードの女の子
5ストライク 追憶と…勧誘?!
しおりを挟むーーーここはどこだろう…
目の前には真っ白な世界が広がっていた。誰もいない真っ白な世界で小さな金髪を揺らし、ソフィアは一人立ち竦んでいる。
ーーーアル兄は…ジーナ姉は…他のみんなはどこに…?
キョロキョロと辺りを見渡しても、誰の姿も見当たらない。さっきまでベスボル会場に居たはずなのに、どうしてこんなところに一人で…
ソフィアの心に、不安な気持ちが広がっていく。
しかし、悲しくなって俯いた瞬間、突然大きな歓声が沸き起こった。驚いて顔を上げれば、綺麗に澄んだ青空と客席に座る多くの観客の姿が見える。
ーーーあれ…?なんで…ここは……なんだっけ…球…場…?
視線の先には、なぜだか見たことのある"バックスクリーン"と両脇に立つ巨大な照明。そのバックスクリーンの上には日本国旗が掲げられ、それをここ特有の浜風が揺らしている。
バタバタという音が聞こえてきそうなほどに、風に靡くその姿を見て、ソフィアの中である記憶が呼び起こされていった。
ふと、自分の右手が小さなボールを握り締めていることに気づく…
次の瞬間、突然左肩を掴まれた。だが、不快感などは一切なく、振り向けば、そこには丸坊主の青年が一人立っている。
顔は陽に焼けて真っ黒で、キャッチー用のヘルメットを被り、重そうなプロテクターとレガースを身に纏っている。キャッチーマスクを脇に抱え、ミットを持って白い歯を光らせている彼は、楽しげに口を開いた。
『なんだよ、二郎!お前、緊張してんのか?』
ーーー二郎…?そうだ…俺は鈴木二郎だ…そして、こいつは拓実…俺の女房役で小学校からの幼馴染の佐藤拓実…
いつの間にか、小さな少女だった自分の体が、大きな高校球児の姿に変わっていることに気づく。
『高校史上最強の怪物でも、緊張するんだな!』
今度は後ろから声が聞こえてきた。振り返ってみると、そこには見知った顔ぶれが並んでいる。そして、再び別の記憶が蘇ってきた。
ーーーそうだ…ここは甲子園の大舞台だ。今日は…俺たち竜王高校が快挙を成し遂げる日…決勝戦…優勝…
そこまで思い出すと、俺は彼らに「緊張なんかしてねぇよ!」と一喝した。チームメイトたちは皆、笑いながら自分のポジションに戻っていく。
そんな彼らを見て小さく笑いつつ、ふと外野に目を向ければ、レフト、センター、ライト…順々に送る視線の先で、懐かしい顔ぶれが手を上げて応えてくれた。
それに手を上げて返し、再びバッターボックスに向き直って打者を睨みつける。キャッチーの拓実がサインを出して、自分と野手に指示を出す。
ーーーねじ伏せろってことかよ…フッ…拓実らしいな。
それに頷くと、マウンド上の俺は両手を大きく振りかぶった。右足をプレートにかけ、左膝を腰の位置まで上げると同時に、胸の位置にグローブとボールを運んでくる。そして、腰を前方に少しずらし、ゆっくりと移動する重心に併せて右足で大地を力強く握りしめながら、左足を大きく前に踏み出すのだ。
ーーー地面から力をもらっている感覚…これが気持ちいいんだよな…
左手のグローブを脇に巻き込めば、自然と右肘が正面を向く。ボールを持った右手が、鞭のように自分の後頭部を掠め、そのまま右肘と連動するように前に出ていく。
そして…
見たこともない豪速球が、手元から放たれた。
まるで、指先からレーザービームを撃ったような感覚に体を震わせながら、ボールの行方を追う。その先では、打者が振ったバットが空を切り、気持ちのいい破壊力のある音が拓実のミットから発せられた。
審判がストライクを宣言し、ゲームセットが告げられる。チームメイトたちが俺の下に駆け寄って来て、喜びの声を上げる。
ーーー竜王高校…甲子園初優勝…俺たちが成し遂げた偉業…
だが、いつの間にか自分は元の小さな少女の姿に戻っていて、喜ぶチームメイトたちを俯瞰して見ていることに気づいた。その中には、なぜか自分の姿も見える。
ーーーなっ!?おい、俺はここにいるぞ!それは…俺じゃない!
そう叫んだが、マウンドで喜ぶ自分とチームメイトたちの姿はゆっくりと遠ざかっていき、彼らの姿はそのまま白い光の霧の中へと消えていってしまう。
少女の姿をしたままの俺は、誰も居なくなった真っ白な空間に一人、呆然と立ち尽くしていた。
と、その時だった。
「やっと思い出したか…」
突然、後ろから声をかけられて驚いて振り向くと、そこには金色の長い髪を綺麗にまとめ上げた一人の女性が立っていた。
銀色の軽鎧に似合う健康的な褐色の肌、エメラルドブルーに輝く瞳、そして、美しくも凛々しさを感じさせるその表情に俺は魅入ってしまう。
そんな俺の視線に気づいてか、その女性は大きな笑い声をあげた。
「アッハッハッハッ!今の君は3歳児の少女であるとはいえ、そんなに見つめられると私でも照れるな!」
少し野生的だが綺麗で大きな声に、ボーッとしていた俺はハッとして、咄嗟に疑問を投げかけていた。
「あ…あなたは…誰ですか?」
「私か?私はアストラという!一応、スポーツの女神と呼ばれてもいるな。」
「スポーツの…神様…?」
それを聞いた俺は唖然とした。
神様など信じたことがなかった俺が、まさかこんな夢を見るなんて…しかも、今のこの体は小さな少女だ。別にロリコンなんて趣味持ってないし、女装趣味なんてのもないんだが…まったく変な夢だ。
しかし、そんな俺の心を読んだかのように、アストラが複雑な表情を浮かべて告げた。
「おいおい、これは夢ではないぞ。残念だが、鈴木二郎…君はすでに死んでいるんだ。そして、君の記憶はその少女ソフィア=イクシードの魂の中に存在している。」
「…はぁ?貴方はいきなり何を言って…俺が死んだって?そんな馬鹿な…俺の記憶?…が、この子の中に宿ってる…?」
彼女が一体何を言っているのか理解できず、混乱した顔でそう告げる俺に対して、アストラは大きくため息をついた。
「まぁ…そうだな。君には少し説明が必要か…」
「説明…?」
俺が訝しげな表情を浮かべていると、アストラは小さく頷いて指をパチンッと鳴らした。その瞬間、俺の頭の中に様々な記憶が飛び込んでくる。
3歳で野球を始めたこと。ジュニアチームで必死に練習したこと。高校は野球部のない竜王高校へ進学したこと。共にチームを作り上げてきた仲間たちとのこと。
甲子園で初優勝を成し遂げて…
高校史上最強の怪物と称えられて…
ドラフト一位指名で…
だが、華やかな記憶はそこまでで、次に飛び込んで来たは暗い記憶ばかりだった。
肩を怪我して故障者リストへ。投手としては絶望的な状況。打者転向するも、結果が出ない日々。
戦力外通告…
何度も挑戦し続けた数々のトライアウト…
妻との離婚…
そして…
ーーーあぁ…そうだ…俺は車に撥ねられたんだ…
俺はその記憶に身震いした。
アストラも目を瞑って腕を組んでいるが、その表情は悲しげだ。俺が今どんな記憶を見ているのか、彼女にもわかっているのだろうか。
まさか、自分が死んでいるなんて…
そう理解させられた俺は絶望した。それは当たり前の感情だろう。自分が死んだと突きつけられて、絶望しない奴なんて普通はいない。
だが、腑に落ちない部分もあることは確かだ。特に今のこの状況とか…
「もし…俺が本当に死んでいるのだとしたら、今のこの状況は何なんです?この体はいったい…」
その問いかけを聞いたアストラは、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりにニヤリと笑みを浮かべると、なぜか楽しげにこう告げる。
「その体は、君の魂が創り替えられて生まれた人間なんだが、ある理由で頭にボールを受けてな…その衝撃で、どうやら君の記憶が呼び起こされたらしいのさ。」
彼女は不謹慎にそう笑っているが、俺の意識は別の事に向いていた。
ーーーこのアストラという女神…どこかで…
しかし、その違和感は彼女の大きな笑い声に飲み込まれてしまう。
「そこで、鈴木二郎!私は君に提案する!」
「て…提案…ですか?」
突然の言葉に首を傾げた俺だが、次に彼女が発した言葉に耳を疑った。
「そうだ!私の管理する世界で人生をやり直して…いや、挑戦し直してみないか?」
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