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第一章 イクシードの女の子
15ストライク 三人だけの勉強会
しおりを挟む本屋での一件以降、ジルベルトはベスボルに関する事から、あからさまに俺を遠ざけるようになった。
家の中ではベスボルの話は一切禁止で、本を買うなどもっての外。たまに魚屋のポッケがうちに来るんだが、俺にベスボルの事を話し出した瞬間に、彼を追い出したことだってあった。
街へ行く時も、ジルベルトの態度は変わらない。街を歩いていて、少しでもベスボルの話が聞こえてくると、その人に文句を言い始める始末である。
ダンカンは特に気にしてはいないようだが、街の連中はいい迷惑だと嘆いていた。
しかし、いったい何がダメだったのだろう。そんなに値段のする本でもないのに。ジルベルトの虫の居所が悪かったのか…いや、本屋に行くまでは機嫌が良かったはずだ。他の本はなんでも買っていいと言うくせに、なんでベスボルの本だけはダメなんだろう。
結局、考えても理由はわからなかったので、ジルベルトがダメならばと母ニーナにアプローチを試みたが…
「ダメよ。父さんの許可を得なくちゃ。」
この通り、失敗に終わる。そういう事で、今回の作戦は完全に手詰まりになった。
作戦なんて言うと大袈裟に聞こえるかもしれないが、4歳児にできることなど限られているのだから仕方がない。稼ぐ力なんてないし、お小遣いだって貰えない。たとえ貰えても、お目当ての本を買うまでに途方もない時間を過ごすハメになり兼ねない。
4歳児にとって、本一冊を買ってもらうためには様々な策を考え、実践し、親の機嫌を取らねばならない。
だから、"作戦"なのである。
しかし、どうしたものだろうか。
いろいろと考えてみたが、ジルベルトを攻略する手立てが見つからない。彼が拒む理由はどうにも分からなかった。
一つ気にかかるとすれば、ジルベルトが再び見せたあの表情……喪失感を漂わせたあの表情が原因なのではないだろうか。
だが、たとえその理由を聞いたとしても、彼は絶対に教えてはくれないだろう。
…もっと大きくなって、稼げるようになるまで待つしかないか。
しかし、俺はそうは思わなかった。
普通の奴ならそうやって諦めるかもしれないが、俺はそんなに簡単に諦めはしない。壁にぶち当たった時はその時にできる事が何かをちゃんと分析し、それを実践する。これが夢を叶えるためには必要なのだ。
俺がこれからやるべき事は二つ。
まずは、ジルベルトが拒む理由を知る。それには、あの表情の理由を解明しなければならない。
俺の推測ではジルベルトはベスボルが嫌いだ。だが、一切を拒むほどではないはずである。なぜなら、アルにはベスボル大会への参加を許可したのだから。
"俺"がベスボルに関わることを嫌がる理由があるはずで、それを突き止め、今後の突破口を開いておかなければならない。
だって、このままだと本を買って貰えないどころか、いつかベスボル選手になるって言った時に、絶対に反対されることが目に見えているからだ。今のうちから、不安の種は取り除いておかなくては。
そして、もう一つはベスボルについて知識を得るための別の方法を見つける事だ。何も本だけがベスボルを知る為の唯一の手段、と言うわけでもないし、実はすでにその方法には当てがある。
ベスボルの事をよく知っていて、俺がいつでも気軽に話ができる人物と言えば…そう、俺には兄のアルがいるのだ。ベスボル嫌いの父親に対して、大会に参加したいと打診するくらいだ。ベスボルが好きな事は間違いないだろう。
それに、先にアルを押さえておけば、ジルベルトの態度についても聞き出せるかもしれない。
そう考えてこっそりとお願いしてみると…
「父さんには内緒だよ。」
簡単に了承を得る事ができた。
さすがは妹思いの兄貴だと感じつつも、少し嬉しそうなアルを見れば彼の気持ちが汲み取れた。ベスボルの話ができる仲間が増えて嬉しいのだろう。
ただし、二人だけだとジルベルトたちに怪しまれてしまうと考えた俺は、ジーナにも協力を仰ぎ、三人で遊ぶと言う名目のもと、毎晩アルの部屋で勉強会を開催する事にした。
夕飯を済ませ、アルが次の日の準備を終えると、俺とジーナが彼の部屋を訪れて勉強会が始まる。そこで、俺はベスボルの歴史や基礎的な知識、ルール、そして、現在のベスボルの理論などを学びながら、この世界の様々なことをアルから教えてもらった。
誘っておいてこう言うのもなんだが、ジーナはベスボルに興味がないらしく、いつも部屋の隅で大好きな本を読み漁っているだけだった。それでも、たまに本で得た知識でアルの説明を補足してくれたことが、俺には嬉しかった。
勉強会を始めて何日か経ったある日、俺はジルベルトの態度について、タイミングを見計らってアルに尋ねてみることにした。
「アル兄…父ちゃん、なんでソフィアにベスボルの本を買ってくれないのぉ ?」
その言葉にアルとジーナは少し驚いていて、顔を見合わせた。
「…そうか。ソフィアはまだ知らないんだっけな。」
小さくため息をついたかと思えば、アルは少し深刻そうに何かを考え始めた。それを見たジーナが、読んでいた本を畳んで俺の両肩に手を置いて、アルへとこう告げる。
「アル兄…ソフィアにも、そろそろ教えてあげても良いんじゃない?」
教えるって…何をだ?二人とも知っていて俺が知らない事があるのか。アルの様子からすれば、けっこう深刻な話なんだろうか。
俺はアルの言葉を待つ事にした。
ここは待つべきところであって、好奇心を丸出しにすべきではない。大抵こういった場合、自分の気持ちを優先し過ぎると、相手の機嫌を損ねてしまいかねないからだ。
俺が空気を読んで静かに待っていると、何かを決心したようにアルが小さく息をついた。
「ソフィアは賢いから大丈夫だと思うけど、今から話す事は、絶対に父さんの前でしちゃだめだよ。」
アルはいつになく真面目な表情でそう告げた。ジーナが後ろから俺の肩をギュッと抱いてくれる。その体温に守られながら俺がこくりと頷くと、アルは徐に話し始めた。
「イクシード家の初代当主…父さんの曽祖父だから僕らからすれば、ひいひいおじい様だね。その高曽祖父アルベルト=イクシードは、その昔ベスボル選手だったらしいんだ。」
俺はその話を聞いて心が躍った。
まさか、自分がベスボル選手の家系だったとは驚きだ。この情報は、今後役立つかもしれない。
しかし、それと同時に疑問も浮かぶ。それなら、なぜジルベルトはベスボルを嫌っているのだろうか。
俺は再びアルの言葉を待つ。
「だけど…アルベルトおじい様は、試合中に大怪我を負ってしまったらしいんだ。そして、それが原因でベスボル選手を引退し、この地に来る事を志願したらしい。」
怪我で引退…か。よくある話だと思うんだが…。
「僕もそれ以上は聞けてなくてね。父さんはその先は話したがらないんだってさ。そもそも、僕もジーナもこの話は母さんから聞いたんだ。父さんには絶対言っちゃだめだって、念を押されてね。」
アルの言葉に、ジーナも静かに頷いていた。
結局、それ以上のことはアルたちも知らないようだったので、この話はここで終わる事にした。
気になるのは高曽祖父が負った怪我のことだ。そこに、ジルベルトが俺をベスボルに近づけたくない理由があるかもしれない。俺も一度怪我をした身(全快してるけど)だし、その事も少しは関連している可能性がある。
それなら、次に話を聞くのは母ニーナだなと、ジルベルト調査計画を練っていた俺にアルが唐突に告げる。
「さて、今日はとても重要な話に入っていくから、よく聞くんだよ、ソフィア。」
「重要な…話?なになにっ!!楽しい事?!」
それを聞いた俺は目を輝かせた。
なんだろう…野球にはない技法かな?ベスボルならではの理論についてかな?それとも…それとも…グフフフフ…
一瞬で想像を巡らせて、内心でニマニマと笑う俺に対して、アルは真面目な顔をしてこう告げる。
「そう、魔力とスキルについてだ。」
ま…まりょ……キ……キタァァァァコレェェェェ!!!
その瞬間、俺は別の意味で盛り上がった。
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