上 下
70 / 78
急章の弐 Who Moved My cheese?

70ターン目/伝説の挑戦者

しおりを挟む
 勇者は歩んでゆく。
 拓かれた道を。淡々と進んでゆく。

「タロー、キミは―――」
 途中、グリフィンが声をかけようとするが、その口を閉ざす。
 医療魔術師が問い掛けようとした内容は、勇者も察しがついていた。

 かつての勇者パーティーがひとり。
 女剣士/如月飛鳥きさらぎ あすか
 彼女を手に掛けたのか―――

 しかし答えは―――
 すでに出ているではないか。
 タローがここにいる・・・・・・・・・
 それがすべてだ。

 慈しみを込めた眼差しが、ふたりの間を交錯する。
 そして、タローは医療魔術師のもとを通り過ぎた。

「タロー、よくぞ無事で……!」
 そんな彼のもとへ、今度はエルザ姫が駆け寄っていく。
 そしてギュッと勇者を抱きしめた。
「今回ばかりはもうダメかと―――」
 それは勿論、彼の身を案じてのことだが、それと同時にこの戦場で体験した自身の精神的摩耗も含めての言葉だった。

「ご心配をお掛けしました、エルザ姫」
 その抱擁にタローもまた応える。
「でも、もう大丈夫。あとは僕が引き受けます」
 優しくも、力強く応える。

「――――我輩も・・・
 そんな彼等の後方から、聞き慣れた不遜な声。
 青髪褐色の男が不敵に嗤う。

「―――魔王さまっ!!」
 魔族たちが歓喜する。
 魔王イスカリオテは、勇者の足跡を辿りながら歩んでゆく。
 そんな彼のもとへ、魔王秘書/リリスが駆け寄っていった。

「リリスよ、よくぞエリザベス代表をここまで守り抜いた。褒めてつかわすぞ」
「勿体なき御言葉。魔王さまも御無事でなによりです」
「うむ、我輩もおまえが生きてて嬉しいわい」
 ニカッと快活に笑う魔王に、リリスの表情も綻ぶ。
「時に魔王さま。ドクター・・・より、例のシステムの再現の準備が整った、と」
「…………そうか」
 快活だった笑みが、何やら腹黒いものへと移ろってゆく。
「戦いとは、二手三手先を見据えなければな」
 そういって、ご機嫌な様子で勇者のもとへ歩んでゆく。

「どうだ、【超勇者形態ちょうゆうしゃモード】の調子は?」
「まだ全出力を出せていない。25%ってところかな
。そっちこそ、【超魔王形態ちょうまおうモード】はどーなんだよ」
「及第点といったところか。我輩もまだ同程度の出力だ。だがそもそも制限解除の出力に見合う相手というのが最早難しい。貴様と我輩は名実ともに世界最強カンストしつつあるからな」

 そして勇者と魔王は、その視線を次なる敵対者へと注ぐ。

「果たして冒険王と大賢者ヤツらに我輩たちの相手が務まるものか、見物だな」
 その視線の先、ミフネとホグワーツもまたこちらを睨めつける。

「タロー、強くなったな―――」
 父としての歓喜と、戦士としての滾りが孕んだ微笑みをミフネは浮かべた。

「ヤツが魔王。本来の人類史が歩んだ先に待ち構えていた不倶戴天の宿敵てき
 一方、ホグワーツは永年の宿願であった人類敵を目の当たりするなり、複雑な胸中に囚われる。
「勇者と魔王。まさか相反する存在とこんな形で対面することになろうとは―――」
 世界に平和をもたらそうと奔走していた自分が、いつの間にか新時代に対する障壁として立ち塞がることになるなんて。
「それもまた、一興か」
 ホグワーツは自嘲した。 

 そして、
「ミフネ、魔王は儂がやる」
「ちょうど俺も息子とりてぇと思ってたところだ」
 意見が一致する。
「つーかあやつら、儂らより基本ステータスは遥かに上じゃなぁ」
 大賢者の考察に、冒険王は相槌を打つ。
「あぁ、まさか俺たちが挑戦者になるとはな―――」
 だが二人とも、どこか嬉しそうな雰囲気があった。
しおりを挟む

処理中です...