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第三章 Hybrid Rainbow
#29 普通の女の子
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「フォーチュンを連れて帰る?」
説明を要約すると、セイギは怪訝そうに眉を顰める。
傍らに座るフォーチュンは、顔を青褪めさせながら、強張っている。
室内には4名。セイギ、フォーチュン、東雲警部補、荒井巡査が残っている。
「そうだ。星詠みの巫女には申し訳ないが、早々に帰国してもらう」
淡々と、東雲警部補は話を進めていく。
「キミたちが襲われたあの事件は、世界を巻き込む大きな争い。その氷山の一角に過ぎない。
水面下では今も尚、星詠みの巫女を狙って、無数の勢力がここ四国でそれぞれの計画を進行させている。
この現状を『火薬庫』と表現してもいいだろう。
事は政治も絡み、非常に複雑な構造を呈している。このままでは世界大戦をも招きかねない事態だ」
頭の中が、真っ白になる。
フォーチュンは自覚していた。
ヴァチカン市国を飛び出せば、それなりに影響があることを。
それでも地球の化身の神託を果たすことで、それらが綺麗に払拭できると信じていた。
「で、でもっ、わたくしには使命がっ……… 」
唇が、震えていた。
それは責任逃れ。
もしくは初めて手にした、束の間の自由への未練だったのかもしれない。
脳を介さず、言葉がひとりでに歩いてゆく。
なんって醜い。
どこか他人事のよう冷静に客観視する自分が云う。それでも信じたくなかった。
まさか、そのような事態を招くだなんて、想像もしていなかったのだ。
星詠みの巫女という肩書を、心底甘く見ていた。
「その使命のために、いったい何人殺すつもりだ?」
そんな彼女を、容赦のない東雲警部補の言葉がブッた斬る。
「徳島はまもなく戦場となる。
四国全土が戦渦に包まれる。日本各地ではすでに陣取り合戦が展開されている。世界中では見えない歯車が刻々と狂い、その歪に巻き込まれて今も尚、どこかで誰かが犠牲になっている。キミが云うその使命のためにだ」
「おい、ちょっと待てよ」
セイギが、話に割って入る。
「フォーチュンはなんにも悪くねーだろ。何でもかんでもコイツのせいにすんじゃねぇよ。戦争だのなんだのって、騒いでんのは全部外野だろ?
フォーチュンはただ徳島にやって来たってだけじゃねぇか。それの何が悪りぃんだよ……… 」
「残念だが、その娘はキミたちのような一般人とは違う。彼女には立場があり、責任が伴う。それは本人が決めるものではなく、社会が定義するものだ。
運命、と言い換えてもいいだろう。
人は、自分が生まれる場所を選べない。
貧しい国に生まれたものが必然的に飢えや衛生、暴力などの問題に直面するように。我々日本人が義務教育を受け、大人になれば労働や納税を行う義務が定まっているように。彼女には彼女の運命がある。
彼女は、キミたちとは違うんだ」
「違わねぇよ!フォーチュンはおれたちとなんにも変わらない、普通の女の子だ。おまえたちオトナのテキトーなこじつけで、勝手に祭り上げられた普通の女の子なんだよ」
世界中が、フォーチュンを奪い合っているのはよくわかった。
だがそのすべては、決して彼女が望んだことではない。
故に、その責任をフォーチュンに押し付けようだなんて、到底看過できる話ではなかった。
そんなセイギの憐れみを、フォーチュンは心強く感じるも、その胸中は複雑だ。
この心優しい少年が住む街に、これから自身がもたらす災厄が降りかかろうとしている。
その罪悪感が、彼女の背徳心を蝕んでいく。
真神正義が憤れば憤るほどに、フォーチュンの胸が締め付けられる。
そんなふたりを物言わぬ表情で、ただただ黙って荒井巡査は傍観している。
「少なくとも、この四国において一番近くで彼女を見ていたのはキミだ。確かにそれは紛れもない事実だろう。もしかしたら、彼女の素顔はそうなのかもしれない。
だが我々には解らない。彼女の事など何一つ。そして世の中も、彼女のことなど誰も理解はしないだろう。なぜなら誰も、彼女の内面には興味がない。
星詠みの巫女という、その表面だけで充分すぎるからだ。
そして、俺に解ることはただひとつ。
彼女をこのままにすればさらなる犠牲者を生むという事実だけ。命には重みがある。なら個の意志よりも多数の命を尊ぶべきだ。
俺は警察官。俺は俺の運命に従い、この国に住まう一般市民の平和を守る。
――― ここから先は俺の管轄だ。
星詠みの巫女。ご同行、願えないだろうか」
東雲警部補は、まっすぐとフォーチュンを見つめる。
だが、その視線を遮るように、ベッドから這い出た真神正義が立ち塞がる。
「フォーチュンは連れて行かせねぇ………」
視線がぶつかる。
睨み合う真神正義と東雲警部補。
病室内を、物々しい緊張感が充満していく。
説明を要約すると、セイギは怪訝そうに眉を顰める。
傍らに座るフォーチュンは、顔を青褪めさせながら、強張っている。
室内には4名。セイギ、フォーチュン、東雲警部補、荒井巡査が残っている。
「そうだ。星詠みの巫女には申し訳ないが、早々に帰国してもらう」
淡々と、東雲警部補は話を進めていく。
「キミたちが襲われたあの事件は、世界を巻き込む大きな争い。その氷山の一角に過ぎない。
水面下では今も尚、星詠みの巫女を狙って、無数の勢力がここ四国でそれぞれの計画を進行させている。
この現状を『火薬庫』と表現してもいいだろう。
事は政治も絡み、非常に複雑な構造を呈している。このままでは世界大戦をも招きかねない事態だ」
頭の中が、真っ白になる。
フォーチュンは自覚していた。
ヴァチカン市国を飛び出せば、それなりに影響があることを。
それでも地球の化身の神託を果たすことで、それらが綺麗に払拭できると信じていた。
「で、でもっ、わたくしには使命がっ……… 」
唇が、震えていた。
それは責任逃れ。
もしくは初めて手にした、束の間の自由への未練だったのかもしれない。
脳を介さず、言葉がひとりでに歩いてゆく。
なんって醜い。
どこか他人事のよう冷静に客観視する自分が云う。それでも信じたくなかった。
まさか、そのような事態を招くだなんて、想像もしていなかったのだ。
星詠みの巫女という肩書を、心底甘く見ていた。
「その使命のために、いったい何人殺すつもりだ?」
そんな彼女を、容赦のない東雲警部補の言葉がブッた斬る。
「徳島はまもなく戦場となる。
四国全土が戦渦に包まれる。日本各地ではすでに陣取り合戦が展開されている。世界中では見えない歯車が刻々と狂い、その歪に巻き込まれて今も尚、どこかで誰かが犠牲になっている。キミが云うその使命のためにだ」
「おい、ちょっと待てよ」
セイギが、話に割って入る。
「フォーチュンはなんにも悪くねーだろ。何でもかんでもコイツのせいにすんじゃねぇよ。戦争だのなんだのって、騒いでんのは全部外野だろ?
フォーチュンはただ徳島にやって来たってだけじゃねぇか。それの何が悪りぃんだよ……… 」
「残念だが、その娘はキミたちのような一般人とは違う。彼女には立場があり、責任が伴う。それは本人が決めるものではなく、社会が定義するものだ。
運命、と言い換えてもいいだろう。
人は、自分が生まれる場所を選べない。
貧しい国に生まれたものが必然的に飢えや衛生、暴力などの問題に直面するように。我々日本人が義務教育を受け、大人になれば労働や納税を行う義務が定まっているように。彼女には彼女の運命がある。
彼女は、キミたちとは違うんだ」
「違わねぇよ!フォーチュンはおれたちとなんにも変わらない、普通の女の子だ。おまえたちオトナのテキトーなこじつけで、勝手に祭り上げられた普通の女の子なんだよ」
世界中が、フォーチュンを奪い合っているのはよくわかった。
だがそのすべては、決して彼女が望んだことではない。
故に、その責任をフォーチュンに押し付けようだなんて、到底看過できる話ではなかった。
そんなセイギの憐れみを、フォーチュンは心強く感じるも、その胸中は複雑だ。
この心優しい少年が住む街に、これから自身がもたらす災厄が降りかかろうとしている。
その罪悪感が、彼女の背徳心を蝕んでいく。
真神正義が憤れば憤るほどに、フォーチュンの胸が締め付けられる。
そんなふたりを物言わぬ表情で、ただただ黙って荒井巡査は傍観している。
「少なくとも、この四国において一番近くで彼女を見ていたのはキミだ。確かにそれは紛れもない事実だろう。もしかしたら、彼女の素顔はそうなのかもしれない。
だが我々には解らない。彼女の事など何一つ。そして世の中も、彼女のことなど誰も理解はしないだろう。なぜなら誰も、彼女の内面には興味がない。
星詠みの巫女という、その表面だけで充分すぎるからだ。
そして、俺に解ることはただひとつ。
彼女をこのままにすればさらなる犠牲者を生むという事実だけ。命には重みがある。なら個の意志よりも多数の命を尊ぶべきだ。
俺は警察官。俺は俺の運命に従い、この国に住まう一般市民の平和を守る。
――― ここから先は俺の管轄だ。
星詠みの巫女。ご同行、願えないだろうか」
東雲警部補は、まっすぐとフォーチュンを見つめる。
だが、その視線を遮るように、ベッドから這い出た真神正義が立ち塞がる。
「フォーチュンは連れて行かせねぇ………」
視線がぶつかる。
睨み合う真神正義と東雲警部補。
病室内を、物々しい緊張感が充満していく。
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