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第三章 Hybrid Rainbow

#30 ドロユワ

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 チャキッ。不意に、金属音が鳴る。

「なら、公務執行妨害ってことで」
 感情を灯さずに発せられるのは、荒井涼子あらいりょうこの気怠い声。

 回転式拳銃・ニューナンブM60。
 いわゆる警察官用拳銃だ。
 銃口はセイギを狙い、引き金には、人差し指が軽く添えられている。
 警察官けん銃使用及び取り扱い規範第八条相手に向けてけん銃を撃つことができる場合を大いに逸脱した行為。

 その状況を理解できないまま、東雲しののめ警部補はしばらく呆然と眺め、
「……… ちょっ、銃をおろせ!何やってんの!?」
 激しく動揺。思わず上ずった声になる。

 そんな悲鳴に対し、荒井あらい巡査は華麗にスルー。
 鈍色に淀むその深い眼差しは、段々と濃い闇へと堕ちていく。

 
 真神正義まがみせいぎの本能が、そう直感する。

「いかれてんのかよ、おまえ」
 射貫くように、セイギは敵意を向ける。
「いかしてんだろ?アタシはよォ」
 荒井あらい巡査の口の端が歪に上がる。

「………いいから銃をおろせ、リョーコ」
 改めて、平静さを装い、彼女を諌める東雲しののめ警部補。

 そもそも荒井あらい巡査は、使使

 なぜならば、
 そんな彼女が銃を抜く。
 東雲しののめ警部補には、彼女が気が触れたようにしか見えなかった。

「るっせーな、かかりちょー。ぶっちゃけこのくそガキ。アタイより強ぇーっすからね?」
 銃を構えたまま、荒井巡査は忠告する。
「アタイはぇー。相手が数人がかりで武器ドーグ持ってようが、素手喧嘩一撃ステゴロワンパンでマジ余裕。
 だからこそわかる。アンタ、アタイよりぇーだろ?」

 やってみないとわからない。
 それが心情。だからセイギは応えない。

 荒井巡査は話を続ける。
「だけど、こっちも手段を選んでられない。アンタがそのを守るように、アタイたちにも守りたいものがある。
 アンタがその歩みを止めないなら、アタイ達も己の道を征くだけだ。
 Don't lose your way.(我が道を征け!)
 略して、ドロユワ」

 膠着状態。
 まっすぐな瞳で交錯するセイギと荒井巡査。
 洗練された殺気が病室を充満し、戦闘行為の気運が確実に高まっていく。
 そして今、闘いの火蓋が切って落とされようとしていた。

「―――― わかりました、ですの」
 室内の殺気を浄化するように、透き通った声が澄み渡る。
 声の主は、フォーチュンだ。
 三人の視線が一斉に集中する。
「ヴァチカンへの帰国、受諾しますですの」
「おい、フォーチュン……… 」
 殺気立った姿勢を崩し、セイギは振り返る。
 それに準じて荒井巡査も銃口を下ろし、拳銃をしまう。
 東雲しののめ警部補は、ホっと胸をなでおろした。

東雲しののめ様。少しセイギ様とお話しする時間をいただいてもよろしいですか?」
 彼女の要望に、東雲しののめ警部補と荒井巡査は一度眼を合わせる。
 ふたりは黙ったまま、病室の扉に向かって退出する。
 退出の間際、東雲しののめ警部補がぺちんっと部下の頭を叩く。
「あだっ!?」
 木霊するのは、荒井巡査の小さな悲鳴。
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