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第五章 Thank you, My twilight

#39 松岡遍

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 夕暮れの病室。
 室内に明かりはなく、窓辺から射す斜陽の光だけが薄っすらと伸びていた。
 散り際の蝉がその命の残り火を燃やしながら、懸命に叫び声をあげる。
 セイギは仰向けに寝そべり、天井を見上げていた。病室には彼一人。

 その眼に写るのは過去の虚像。
 星詠みの巫女・フォーチュン。

 短い時間の中で彼女は笑い、泣き、怒り、ころころとその表情を変えていった。 

 ――― 孤独。彼女はまた、ひとりぼっちになってしまうのだろうか。

 そばにいる。
 傍らに立つ。
 寄り添い合って、分かち合う。

 人はなぜ、たったこれだけのことが出来ないのだろうか。

(ダメだな、おれは……… )
 意気消沈。度重なった敗北のせいか、真神正義まがみせいぎは流石に弱気になっていた。

 そんな折。
 ガラガラガラ。ドンッ。

 不意に、
 不躾に、
 ノックもなしに、
 病室の扉が突如開け放たれる。

「……… なによ、ハッキリ言って元気そうじゃない」

 そこに立つのは、黒髪の女の子。
 凛とした瞳に勝気な容貌。一目見て意志の強さを窺わせるその端麗さは、まるで日本刀のように研ぎ澄まされた印象。
 赤色と黒のスポーツウェアを着用し、その手にはなにやら中身の入ったレジ袋を持っている。

 不本意。
 そう言いたそうに彼女は眉をひそめる。
 しかし、その表情にはどこか安堵も混在していた。

「~~~~~ッッ」
 驚愕のあまり、セイギは口をパクパクと震わせる。
 彼女の事を、真神正義まがみせいぎ

 「なんでおまえがここにんだよ………ッッ!?」

 

「――――!!」

 彼女の名を叫ぶ。
『マッチョ』と呼ばれた黒髪女子は腰に手を据え、呆れた表情。

「アタシにそんな呼び方すんの。ハッキリ言って、もうあんただけなんだからね」

 彼女の名前は、松岡遍まつおか あまね
 通称・マッチョ。真神正義まがみせいぎの幼馴染である。

        ◆◆◆

 徳島県の洋菓子店・イルローザが販売する洋菓子、マンマローザ。
 あまねが持参したものだ。
 そのパッケージを、セイギは雑に開封。
 すぐさま現物をモシャモシャと咀嚼する。

「うん、美味いっ!」
「……… まぁ、今さらあんたにデリカシーなんて求めたりはしないんだけどさぁ」
 口を尖らせつつも、傍らに座るあまねはどこか嬉しそうに微笑む。
「まさかおまえが来てくれるなんてな。ホントびっくりだわ」
「それはこっちの台詞よ。そんなに包帯グルグルに巻いちゃって。律子りつこ、心配してたわよ」

 ふたりが会うのは、半年ぶりくらいだろうか。
 あまね真神律子まがみりつこは親子のように仲が良く、今でも頻繁に連絡を取り合っていることを、セイギは知っている。

「まぁ、ちょっと弾みでな。コテンパンにやられちまったけど………」
 包帯に巻かれた身体をさすりながら、セイギは苦笑を浮かべる。

……… 」
 意外な単語を、あまねは口にする。
「なんだ、知ってんのか。あいつらそんな有名なんか?」
「組織の名前だけなら一般人でも知ってるわ。その中でもハッキリ言って、

 紅狼ホンラン。その最凶最悪の名前に、セイギの傷痕が疼く。

 そして、確信する。

「ってことは、
 ……… たしか、【】っけ?」

「直接会ったことはないけどね。
 正確には、仲間とかじゃくて利害が一致した同盟みたいなもんだけど……… 。
 にしてもアンタ、紅狼ホンランり合ってよく五体満足で生きてるわね。ハッキリ言って大したもんだわ。
 ――― まぁ、ゆーても、

 すこし、あまねの眼つきが鋭くなる。

「あんなん正味まぐれだろ?もう二度と勘弁だけどな」
 再度、セイギは苦笑する。

 一方、彼女は窓を見る。
 そこには、茜色の夕暮れが広がっていた。
成瀬鳴海なるせなるみ ――― 」

 ドクンッ。セイギの心臓が、脈を打つ。

「ハッキリ言って、すべてはあの女からはじまったわ……… 」
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