終雪

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終雪

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 戸を開けると、薄紅色の雪が舞っていた。

 彼女を乗せた車椅子を、日の当たる場所まで送ると、僕はひとひらの雪へと手を伸ばした。
 するりと指の間を滑ったそれは、空に吸い寄せられると重苦しい程の青へと、深く、深く、溶けて行った。
 彼女は不器用に笑みを浮かべ、くしゃりと眉間に皺を寄せると、「また来よう。」そう一言だけ言った。
 朝露あさつゆを着る若草の様にじわりと青白い頬を濡らし、古びたサンダルから覗く自身の爪先をじっと見つめていた彼女に、僕は何か言葉を掛けようとしたが、風が言葉を攫うさらうと、想いだけが静かにアスファルトへ染み込んで行った。
 僕は滲む青を噛み締めながら、震える手を窮屈なポケットへと押し込み、力一杯に首を振った。
 僕にはそうする事しか出来なかった。

 彼女の暖かな影が僕を抱くと、
 終雪は、やわらかに春の終わりを告げた。



 私は無機機な白い部屋の白いベッドで、上半身だけを起こしながら、痛んだアルバムを皺くちゃの手で持て余していた。
 窓枠は光を切り取り、私の足元に鮮やかな柑子色の画用紙を敷くと、その上を淡い小さな影達が踊ってみせた。
 アルバムをそっとお辞儀させ、ぱたりと鳴る音で部屋を満たすと、弱り切った脚を引き擦りながら窓際まで運んだ。
 大きく窓を開けて身を乗り出す。
 夕暮れに張り詰めた空気の中、薄紅色の雪が悠々と舞っていた。
 私は痩せた腕を精一杯に伸ばすと、一枚ひとひらが私のてのひらを訪れた。ほんの一瞬ではあったが、それは悲しい程の温もりで私に触れたのを確かに感じた。
 その温度を拭い去る様に小さな風が吹くと、確かな思い出だけを残して夕陽の中へと溶けて行った。
 両の手を窓枠に乗せ、静かに瞼を下ろすと、一筋の想いが優しく頬を伝った。
 私は空に向け、漸くようやく微笑む事ができた。

 暗闇の中で暖かな夕陽が私を抱くと、
 終雪は、やわらかに春の終わりを告げた。




 
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