随筆集

あのね、

　「あのね、僕は死にたいのです。」

　僕には、なぜ生きなければならないのか、その理由が一片も見つからないのです。人に聞いても、皆口々に「そんな事は誰にも分からない」だとか、「楽しいことがあるから」だとか、挙句の果てには「命は素晴らしいものだ、両親から頂いた命にケチなんてつけるものじゃない」など説教じみた事を言う人間まで現れる次第で、彼らはまるで僕の問いになど興味を示さず、自分の持つ信念と正義の名の下に、首を切り落とすかの勢いで、ただ暴力的に、乱雑に、説き伏せようとしてくるのです。
「何故それまでに生きねばならないのか」
この、ただ一つの簡潔な問いにも、腰をどんと据え、まっすぐに僕の目を見て、こうであると明確に提示出来る人を、僕は今まで一人として見た事がないのです。
　僕だって、美味い料理と少しばかり上等なお酒を頂けば「これは幸せだ」と感じますし、道を歩き、季節の花々や、風や、香りや、晴れやかな夕空を眺めて喫む紫煙の味には甚く感動し、心揺れ動かされます。しかし、それがこの世界に生きようとする根源となり得ない事は、万人にも明白であるかと思うのです。
　僕は死ぬ事に大真面目であるのです。
　所謂、十代の様な多感な歳という訳でも無く、人の関心を惹きたいだとか、それでしか自分のアイデンティティを保てないと言う訳でもなく、仕事も人並み以上に稼ぎがありますし、恋人もおり上手くやっていると自分では思っております。
　悩みがあって、金が無く、明日の糧も無い人間が「私は死にたいのです。」などと言えば、誰しもがえらく同情し、それはそう思うのかも知れない、などと理解を示すのでしょうが、仕事もあり飯も食えて、色事にも困らない人間が「私は死にたいのです。」などと一度発すれば、たちまち空気は凍り付き、誰しもがいよいよ狂人を見る様な、白々とした目でしか僕を見ようとしないのです。
　僕はその目を見る度に、放火や強姦や、或いは人殺しをしたかの様な、まるで人の道を外れた人間であるかのように思い知らしめられるのでした。
　物心付いた頃から、長らくこの様な思想の元に育った僕に言わせれば、「如何なる絶望の中にも希望を見出し、生きる事が最善であり、苦難を越え、死中に活を見出す事こそ人生である」なんて、如何にも人間的な、欺瞞と自惚に満ちた思想こそが狂気であって、ぶるりと心底身震いする様な恐ろしい洗脳に感じて他ならないのです。「生きねば、生きねば、」とただそれだけを背負って「生きる」という呪いを身いっぱいに塗りたくられ、もはや生きると言うよりも、無理にと生かされている様に感じる他無いのです。

　人間の、生への飽くなき執着が、どうしても私には理解し得ず、世の中に満ちる、そんな瘴気を当て続けられる日々に、ただ鳥肌を立てて怯え、脂汗を流しながらひたすらに自我を保つ、そんな絶え間無い努力を続けなければならないこの憂き世に、僕はただ、心の底からうんざりしているのです。
　僕にとって生きる事とは、死を待つに過ぎないのです。