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名を呼んだ理由
夜の回廊は、昼間の喧騒が嘘のように静かだった。
会議の余韻が、まだ胸に残っている。
王子の焦り。
震える声。
そして——
肩に触れた、あの温度。
セラフィーナは歩みを止める。
あれは外交上の牽制だった。
合理的な位置取り。
帝国の顧問を守る当然の行為。
そう、理解している。
だが。
「なぜ、あのとき……」
胸の奥が、微かに疼く。
嬉しかった。
それを、認めたくなかった。
回廊の先に、灯りが見える。
カイゼルが立っている。
待っていたのか、偶然か。
「王子は帰った」
低い声。
「これ以上の交渉は無意味だと悟ったらしい」
「そうでございますか」
声が少しだけ、柔らぐ。
「揺れたか」
唐突な問い。
視線が絡む。
「……何のことでしょう」
「王子の言葉にだ」
逃げ場はない。
彼は、見抜いている。
セラフィーナは目を伏せる。
「わたくしは、理で動きます」
「感情はないと?」
静かな追及。
「……ございます」
その言葉が、夜に溶ける。
王子は過去。
共に過ごした年月。
積み重ねた書類。
支えた未来。
だが。
今日、会議の場で感じたものは——
まったく違う温度だった。
「カイゼル」
名を呼ぶ。
自然に。
迷いなく。
彼の瞳が、わずかに揺れる。
「わたくしは……」
喉が乾く。
だが、逃げない。
「選ばれたことが、嬉しかったのです」
風が止む。
静寂。
それは告白ではない。
だが、十分だった。
カイゼルはゆっくりと近づく。
触れない距離。
「当然だ」
低い声。
「私は貴女を選んだ」
真っ直ぐな言葉。
誇張も、甘言もない。
事実として。
胸が、はっきりと熱を帯びる。
もう誤魔化せない。
王子に必要とされたときよりも。
評価されたときよりも。
“守る”と言われたときよりも。
今の言葉のほうが、深く刺さる。
「……困ります」
わずかな笑み。
「何がだ」
「理で動けなくなります」
沈黙。
そして。
カイゼルの指先が、そっと彼女の顎に触れる。
強引ではない。
確認するように。
「理で十分だ」
銀の瞳が近い。
「貴女が私を選ぶなら、それもまた合理だ」
胸が高鳴る。
否定できない。
彼の隣は、安定している。
正当に評価される。
そして何より——
安心する。
「……カイゼル」
もう“陛下”とは言わない。
彼は、わずかに微笑む。
「遅い」
「何がでございますか」
「気づくのが」
その声は、ほんの少しだけ柔らかい。
セラフィーナは目を閉じる。
自覚する。
王国への未練ではない。
王子への情でもない。
今、心が向いているのは。
この、理知的で冷静な皇帝。
そして。
それを認めた瞬間、
彼女の中で、何かが決定的に変わった。
もう戻らない。
戻れない。
王子が何を言おうと。
何を差し出そうと。
心は、ここにある。
会議の余韻が、まだ胸に残っている。
王子の焦り。
震える声。
そして——
肩に触れた、あの温度。
セラフィーナは歩みを止める。
あれは外交上の牽制だった。
合理的な位置取り。
帝国の顧問を守る当然の行為。
そう、理解している。
だが。
「なぜ、あのとき……」
胸の奥が、微かに疼く。
嬉しかった。
それを、認めたくなかった。
回廊の先に、灯りが見える。
カイゼルが立っている。
待っていたのか、偶然か。
「王子は帰った」
低い声。
「これ以上の交渉は無意味だと悟ったらしい」
「そうでございますか」
声が少しだけ、柔らぐ。
「揺れたか」
唐突な問い。
視線が絡む。
「……何のことでしょう」
「王子の言葉にだ」
逃げ場はない。
彼は、見抜いている。
セラフィーナは目を伏せる。
「わたくしは、理で動きます」
「感情はないと?」
静かな追及。
「……ございます」
その言葉が、夜に溶ける。
王子は過去。
共に過ごした年月。
積み重ねた書類。
支えた未来。
だが。
今日、会議の場で感じたものは——
まったく違う温度だった。
「カイゼル」
名を呼ぶ。
自然に。
迷いなく。
彼の瞳が、わずかに揺れる。
「わたくしは……」
喉が乾く。
だが、逃げない。
「選ばれたことが、嬉しかったのです」
風が止む。
静寂。
それは告白ではない。
だが、十分だった。
カイゼルはゆっくりと近づく。
触れない距離。
「当然だ」
低い声。
「私は貴女を選んだ」
真っ直ぐな言葉。
誇張も、甘言もない。
事実として。
胸が、はっきりと熱を帯びる。
もう誤魔化せない。
王子に必要とされたときよりも。
評価されたときよりも。
“守る”と言われたときよりも。
今の言葉のほうが、深く刺さる。
「……困ります」
わずかな笑み。
「何がだ」
「理で動けなくなります」
沈黙。
そして。
カイゼルの指先が、そっと彼女の顎に触れる。
強引ではない。
確認するように。
「理で十分だ」
銀の瞳が近い。
「貴女が私を選ぶなら、それもまた合理だ」
胸が高鳴る。
否定できない。
彼の隣は、安定している。
正当に評価される。
そして何より——
安心する。
「……カイゼル」
もう“陛下”とは言わない。
彼は、わずかに微笑む。
「遅い」
「何がでございますか」
「気づくのが」
その声は、ほんの少しだけ柔らかい。
セラフィーナは目を閉じる。
自覚する。
王国への未練ではない。
王子への情でもない。
今、心が向いているのは。
この、理知的で冷静な皇帝。
そして。
それを認めた瞬間、
彼女の中で、何かが決定的に変わった。
もう戻らない。
戻れない。
王子が何を言おうと。
何を差し出そうと。
心は、ここにある。
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