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支柱を失った国
王国の朝は、騒然としていた。
王城の廊下を、報告書を抱えた官僚たちが走る。
「穀物価格がさらに上昇しました!」
「南方商会が契約破棄を通告!」
「港湾税の未納が続出しております!」
執務室の扉が荒々しく閉じられる。
レオンハルトは机を叩いた。
「なぜ止められない!」
誰も答えない。
止める者が、いないからだ。
かつては。
価格が上がる前に調整が入り、
商会が動く前に代替契約が結ばれ、
貴族が騒ぐ前に説明文書が届いていた。
それを整えていたのは——
考えまいとする。
「帝国は動かぬのか」
「……市場原理に従う、との一点張りです」
冷たい返答。
王国が切り捨てた“市場原理”という理屈を、今度は突きつけられている。
「民の暴動が発生しました」
その報告に、空気が凍る。
「北部の倉庫が襲撃を受け、備蓄が略奪されております」
王子の喉がひくりと鳴る。
「鎮圧しろ」
「兵の給金が滞っております」
沈黙。
視界が揺れる。
資金繰りの表を見ても、数字が合わない。
赤字。
赤字。
赤字。
「……たかが交易の停止だ」
そう呟いた瞬間、財務官が震える声で告げる。
「交易は血流でございます。止まれば、国は壊死いたします」
その言葉が、重く落ちる。
レオンハルトは初めて、机の引き出しを開ける。
そこには、古い契約書の束。
セラフィーナの筆跡。
整然とした文字。
緻密な注釈。
王国の未来を、何重にも守る仕組み。
「……なぜ、言わなかった」
思わず零れる。
彼女は一度も、自分の功績を誇らなかった。
当然のように支え、
当然のように補い、
当然のように後ろに立っていた。
だから。
“いなくなったとき”の重さを、誰も知らなかった。
「殿下、貴族連合が王権制限を求めております」
「何だと」
「統治能力の再検討を——」
足元が崩れる。
自分は王になる男だ。
選ぶ側だった。
捨てる側だった。
だが今。
切り捨てた支柱の穴が、
国全体を飲み込もうとしている。
窓の外では、群衆のざわめきが広がっている。
怒号。
不安。
疑念。
「……セラフィーナ」
初めて、名を呟く。
だがその声は、届かない。
彼女はもう、隣にはいない。
帝国の宮殿では。
穀物の新たな航路が整備され、
市場は安定し、
官僚たちが静かに働いている。
「王国の暴動は予測通りだ」
カイゼルが淡々と報告を受ける。
セラフィーナは目を伏せる。
「延命は不可能でしょう」
声は冷静。
だが、ほんの僅かに影がある。
「情が残っているか」
問いは優しい。
「……いいえ」
小さな嘘。
だが、選択は変わらない。
カイゼルは彼女を見つめる。
「貴女が戻らぬ限り、王国は崩れる」
「戻りません」
迷いはない。
それは、感情の答えでもあった。
帝国の灯りは揺らがない。
一方で、王国の城壁には亀裂が走り始めていた。
王子はようやく理解する。
断罪したのは、
一人の女ではなかった。
自分の国だったのだと。
王城の廊下を、報告書を抱えた官僚たちが走る。
「穀物価格がさらに上昇しました!」
「南方商会が契約破棄を通告!」
「港湾税の未納が続出しております!」
執務室の扉が荒々しく閉じられる。
レオンハルトは机を叩いた。
「なぜ止められない!」
誰も答えない。
止める者が、いないからだ。
かつては。
価格が上がる前に調整が入り、
商会が動く前に代替契約が結ばれ、
貴族が騒ぐ前に説明文書が届いていた。
それを整えていたのは——
考えまいとする。
「帝国は動かぬのか」
「……市場原理に従う、との一点張りです」
冷たい返答。
王国が切り捨てた“市場原理”という理屈を、今度は突きつけられている。
「民の暴動が発生しました」
その報告に、空気が凍る。
「北部の倉庫が襲撃を受け、備蓄が略奪されております」
王子の喉がひくりと鳴る。
「鎮圧しろ」
「兵の給金が滞っております」
沈黙。
視界が揺れる。
資金繰りの表を見ても、数字が合わない。
赤字。
赤字。
赤字。
「……たかが交易の停止だ」
そう呟いた瞬間、財務官が震える声で告げる。
「交易は血流でございます。止まれば、国は壊死いたします」
その言葉が、重く落ちる。
レオンハルトは初めて、机の引き出しを開ける。
そこには、古い契約書の束。
セラフィーナの筆跡。
整然とした文字。
緻密な注釈。
王国の未来を、何重にも守る仕組み。
「……なぜ、言わなかった」
思わず零れる。
彼女は一度も、自分の功績を誇らなかった。
当然のように支え、
当然のように補い、
当然のように後ろに立っていた。
だから。
“いなくなったとき”の重さを、誰も知らなかった。
「殿下、貴族連合が王権制限を求めております」
「何だと」
「統治能力の再検討を——」
足元が崩れる。
自分は王になる男だ。
選ぶ側だった。
捨てる側だった。
だが今。
切り捨てた支柱の穴が、
国全体を飲み込もうとしている。
窓の外では、群衆のざわめきが広がっている。
怒号。
不安。
疑念。
「……セラフィーナ」
初めて、名を呟く。
だがその声は、届かない。
彼女はもう、隣にはいない。
帝国の宮殿では。
穀物の新たな航路が整備され、
市場は安定し、
官僚たちが静かに働いている。
「王国の暴動は予測通りだ」
カイゼルが淡々と報告を受ける。
セラフィーナは目を伏せる。
「延命は不可能でしょう」
声は冷静。
だが、ほんの僅かに影がある。
「情が残っているか」
問いは優しい。
「……いいえ」
小さな嘘。
だが、選択は変わらない。
カイゼルは彼女を見つめる。
「貴女が戻らぬ限り、王国は崩れる」
「戻りません」
迷いはない。
それは、感情の答えでもあった。
帝国の灯りは揺らがない。
一方で、王国の城壁には亀裂が走り始めていた。
王子はようやく理解する。
断罪したのは、
一人の女ではなかった。
自分の国だったのだと。
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