黄昏に贈る王冠《ロイヤルクラウン》~無双の戦鬼は甘やかす!~

黎明煌

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第一章「無双の戦鬼、忠誠を誓う」

「最初の草むらでレ〇クウザに出会った気分って言ったら分かるかしら?」

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 果てしなく眠い。
 街路樹に身体を預けながら、俺は意識を失いかけていた。

「だが、お前を守りきれてよかった」

 胸に抱く小さな存在を見る。
 にゃあと、か細く鳴きその子猫は懐から飛び降りた。

「ふー……」

 さすがにバイト七百日連勤は堪える。体力的には全く問題ないが、精神的にかなり消耗してしまっている。特に人間の男に使われるのは耐えがたい屈辱だ。俺を”使っていい”のは、我が最愛の妹たる刀花だけだというのに。
 とはいえその刀花の学費や生活費のためだ、どのような責め苦だろうが甘んじて受け入れるとも。
 そんな想いで苦行を終えた夜、家路を急いでいたらトラックに轢かれそうな子猫がいたのでとっさに助けたのだ。

「轢き逃げとはいい度胸だ……やはり人間はクソであるな」

 子猫を懐に庇ったのはいいが、そのまま轢かれてしまい吹っ飛ばされてしまった。
 派手に血は流れているがその程度で死ぬほどヤワな身体はしていないので、街路樹に頭を預け休憩中といったところだ。身体の痛みよりバイトの疲れによる眠気の方が勝る。

「……このまま眠るのもありか」

 今の時間なら刀花はもう寝ているだろうからな。
 子猫の鼻をくすぐりながら思う。可愛らしい……こんな俺でも、か弱い存在を守ることが出来たのだという実感が俺の胸を温かくする。

「にゃあ」

 そんな可愛らしい子猫は俺に向けて一声鳴き……、

 ジョボボボ。

 俺のズボンにおしっこをかけ、去っていった。

「……」

 ……最近、いいことないな。
 なんだか一気に疲労感が押し寄せてきた……。
 血溜まりに思いっきり横になる。もういい、ふて寝してくれる。すまない刀花、お前の兄さんは憐れにもここで寝るぞ。
 人通りも少ないこの時間、通報する人間もいないだろう。そうタカをくくった俺は目を閉じて眠気に身を任せようとする。

 ──しかし、唐突に夜空から降り立つ翼と靴の音が俺の意識を浮上させた。

「惨めね。そのまま朽ちるのならあなたの命、私に捧げなさい」
「ああ……?」

 珍しい音に意識を乱された俺は、閉じかけた瞼を開ける。そこには……、

「あなたを助けてあげると言っているのよ。感謝することね、人間?」

 背中に蝙蝠のような翼を生やした、一人の少女が立っていた。

「──」

 しばし、見惚れた。
 腰まで届く黄金の髪は月の銀光と対になり、より一層の神秘を放っている。妖しく輝く紅の瞳は、ふてぶてしくこちらを見下ろしていた。

「言葉も無いようね。当たり前だろうけれど吸血鬼と会うのは初めてかしら?」

 黒いドレスの裾を揺らしながら、少女は得意気に口の端を上げる。少女の動きに合わせ背中の翼がピコピコと動いており、否応なくそれが本物であると認識させられた。

「……」

 確かに珍しい、会うのも初めてだ。
 吸血鬼は油断ならない存在と聞く。夜の支配者、闇の一族……普段ならばすぐさま臨戦態勢をとる相手だ。
 しかし……しかし今の俺は眠たかった。それにこの小娘からはあまり驚異を感じない。不覚にも見惚れはしたが、正直言って今すぐにでも寝たいのだ俺は。

「そうか、いい旅を。あと翼は仕舞え、人間に見られるぞ。俺は寝る」
「ちょっとー!?」

 最近はすぐに特定されて炎上? なるものをするらしいからな。生きにくい世の中になったものだ。まったく、人間というのは見なくてもよいものをすぐに暴こうとする愚かな生き物よ。
 内心で苦々しい心地を味わいながらゴロンと寝返りを打っていれば、頭上から慌てたような声が耳に届く。

「あ、あなたそれでいいの? このままじゃあなた死んじゃうわよ!? 血もすごいし……」

 この程度でくたばるものか。この俺を誰だと思っている。
 俺を殺せるのは刀花の「また節約しなきゃですね」という言葉だけだ。うっ、すまない刀花……。

「こ、こうなったら勝手にやっちゃうからね……?」

 どうせそのままじゃ死ぬんだし、となにやらごそごそと身動ぎする音が聞こえる。

「む……?」

 何をする気だと聞く前に、口許に生暖かい液体が上から垂れてきた。

「コントラクト──!」

 それが唇に触れた瞬間、彼女と俺を激しい風が包み込んだ。

「な──貴様……!」

 慌ててガバッと起き上がり口許を拭う。
 この甘く芳しい香りを発する紅……やはり、血だ。吸血鬼の血を体内に入れてしまった。
 それを与えた彼女を見ると「え、え? 成功した? 弱ってる人間相手ならと思ったけど、ホントに……!?」と不安になるリアクションをしていた。この小娘……!

「うっ……」
「あっ……」

 吹き荒ぶ風の中、儀式は着実に進行していく。
 まるで生まれ変わるように、トラックに轢かれた時に負った俺の身体の傷は塞がり、彼女との間に見えない繋がりのような何かが形成されていった。
 そうして一際強い風が吹いた後、夜の静けさが戻ってくる。儀式は終了したらしい。

「……」
「……」

 お互い無言で見つめ合う。
 目の前の少女はキョトンとし、俺の視線はややきつめだ。勝手なことを……。

「ふ、ふふふ……」

 文句でも言ってから契約をぶった斬ってやろうと思い口を開こうとした瞬間、少女の肩が震えだした。なんだ……?

「や──」
「や?」
「やったあーーーー!!」
「うお……」

 いきなり叫ぶ。その顔は喜色満面の笑みに彩られていた。
 先程登場した時の怪しげな雰囲気などうっちゃって、やったやったと言いながらピョンピョンと跳び跳ねている。

「初めて成功したわ! 見なさい、私だってやればできるのよ! ふふ、あはははは!」

 そんなことを言いながら笑い声を上げる少女。
 初めて……? 吸血鬼は眷属を増やしてなんぼのイメージがあったのだが……。

「ふふ、ねぇあなた、名前はなんていうの? あっ、待って言わないで、こっちで調べるから!」
 
 コロコロと表情を変える少女の姿を見ると、なんだか文句を言いづらくなってしまう。
 そんな少女は頭に指を当ててムムムといった表情で首を傾げている。おそらく、この妙な見えない繋がりを通して眷属の情報を読み取っているのだろう。主人には、その権利がある。

「サカガミジン? ジンっていうのね、よろしく! 私があなたのご主人様、リゼット=ブルームフィールドよ!」

 ご機嫌な様子で手を取りブンブンと振り回す。
 うーむ、いい笑顔だ。これから泣かせると思うと申し訳ない……こともないな。

「あなたが私の眷属第一号よ。すごい、本当に眷属の情報が頭に流れ込んでくるのね……」

 妹がいるの? 学校には通わずにバイトしてるの? 言葉にしながら少女……リゼットは確認してくる。本当に俺のことが分かるようだ。くるくると踊るように回りながら、彼女は悦に浸っている。

 ──だが、俺の情報が分かるというなら、そろそろ知る頃合いだろう。

「ふむふむ、妹と二人暮らしで、両親はいなくて、十年前に人間を生け贄に……え?」

 ピタリとリゼットの動きが止まる。行き着いたか。
 ギギギと音が鳴りそうな動きでこちらを向く。その前に……、

「ふん」

 俺はつまらなさそうに鼻息を鳴らしながら一振りの刀を掌から生成し、彼女との繋がりを一時的に断ち斬った。
 警告の意味を含めて。

「プライバシーの侵害は、あまり感心せんぞ」

 青い顔で及び腰になった少女に告げる。さすがに刀を向けたりはしないが。

「傷を治してくれたことには感謝しよう。だが、知りすぎるというのも考えものだな、”ご主人様”とやら? ……舐められたものだ。眷属だと? この俺を……」
「な、え……? か、カタナ? それに嘘、契約が……」

 少女は何が起こっているかも分からず目を白黒させるのみ。死にかけの人間だと思っていた者がいきなり刀を取りだし、斬れないものを斬ったのだ、彼女の混乱は想像に難くない。
 だが、かすかに「あなた、何者なの……」と彼女は呟いた。

「ク、ハハハ……」

 この俺が誰かと……そう聞いたか?

「自己紹介が遅れたな──」

 肩に刀を置き、真の姿を露にする。
 メキメキという頭の肉を割る音と共に、天を嘲笑うかのように歪曲した二本の角が月夜に顕現した。

「我が"所有者"、酒上刀花に与えられし名は酒上刃。五百の人間の魂を生け贄に、鬼を斬りし妖刀を媒介に創造された”無双の戦鬼”である。俺の秘密を知ったからには、分かっているのだろうな……"ご主人様"? ククク、ハーハハハハハハ!!!」
「は、はわわわ……」

 腰を抜かしてへたりこむ少女を、唇を歪めながら視線で射貫く。

 不気味に響く哄笑と共に「人間じゃなかったーーー!!??」という哀れな少女の悲鳴が、静かな夜に木霊していった。
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