黄昏に贈る王冠《ロイヤルクラウン》~無双の戦鬼は甘やかす!~

黎明煌

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第一章「無双の戦鬼、忠誠を誓う」

「兄さんはほら……ロマンが、あるんですよ……」

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『それって日常生活でなにか役立ってるの?』

 私がそう質問した瞬間、世界が凍てつく音が聞こえた。
 和やかにお茶を啜っていた空間が、いつの間にか極寒の世界へと変わり果てていた。

「……」
「あー……」

 目の前に並んで座る酒上兄妹の様子を伺う。
 兄の方は俯いて表情を隠し、妹はニコニコしながらも気まずそうに冷や汗をダラダラと流していた。

「え、えーと……?」

 そ、そんなにいけない質問だったかしら……。
 スケールの大きい妹さんの話を聞いていると、あまりにも日常からかけ離れ過ぎていたため、どうしても聞かずにはいられなかったのだ。

「……」

 さりげなく私は周囲の風景を眺めた。
 ジャパニーズ六畳一間の小さなお部屋。ちゃぶ台にタンス、壁には押し入れ。玄関の方向には廊下に併設された小さすぎるキッチンと、トイレ、バスルームに続くドアが見える。
 明らかに特別性のない、ありふれたアパートの一間である。話に聞くような最強の力とやらを必要とするような空間には見えない。
 ということは……この沈黙、やっぱり……?

「ちょ、ちょっと……何か言いなさいよ」

 沈鬱な雰囲気に耐えきれず、私は兄の方を向いて問い質す。さっきから下を向いて……出会った時の偉そうな態度はどこへ行ったのか。

「──」
「な、なに……?」

 じっと見ていると、兄……ジンは静かに立ち上がった。そのままゆったりとした足取りでスタスタと壁際に寄って行ったかと思うと……、

「……」

 三角座りでしゃがみこんでしまった。あっ……。

「い、妹さん……?」

 諸々察してしまったが、一応確認を取ろうと妹に目を向ける。冷や汗をダラダラ流す妹は、一生懸命何か言い訳を考えているようだが、いっこうに日常生活で彼の役立つ例を挙げてこない。こ、これは……。

「に、兄さんは…………最強なんです」
「そ、そうみたいね」

 それはもう聞いた。でも最強の力なんて日常には必要ではないし、敵なんてこの時代いないわよね?

「……す、すごいパワーを持ってます」

 振るったら傷害罪よね?

「武器も出せますし……」

 銃刀法違反よね?

「どんな力も自由自在で……」

 人間に説明できなかったら意味ないわよね?

「す、すごいんです兄さんは……」
「しくしく……しくしく……」

 うわ。な、泣いてる……。
 魔王のような哄笑をあげていたはずの男は、部屋の隅で肩を震わせ泣いていた。

「う、うーん……」

 なんとも言えない表情で彼を見る私に、妹は居ても立ってもいられない様子で立ち上がった。

「や、やめてくれませんか兄さんをいじめるのは!」

 妹さん……トーカはジンに駆け寄って震える肩を抱く。

「まだ何も言っていないのだけれど……」

 心の中ではいろいろ言ったけど。

「いいえ目が語っています! このマジレス吸血鬼さん!」
「ま、マジレス……」

 初めて言われたわそんなカテゴリー。
 キッとこちらを睨み付けるトーカは、庇うようにジンを抱きながら言葉を続ける。

「確かに兄さんの力は日常ではオーバースペックで役に立たないかもしれません!」
「グサッ」
「物を壊してアルバイトのお給料からさっ引かれることの方が多いくらいですけど!」
「グサグサッ」
「だけど、そんな役立たずな兄さんでも大事な家族なんです私には!」
「生きてはいられぬ」
「ああ! 兄さんどうして!?」

 どうしてもクソも。
 庇っているようで着実にダメージを与えたトーカはジンの腰に追いすがるようにして絡みついている。
 ズルズルとトーカを引きずるジンは、死んだ魚の目をしながらおもむろに押し入れを開けた。

「?」

 その押し入れは上下二段に分かれており、上段には何かを置くための飾り台のような物が置いてあった。
 追いすがるトーカを無視し、その飾り台にジンは手を置きため息をついた。
 そうして、ポンっという軽い音がしたかと思うと、

「あっ」

 その飾り台に一振りの刀が鎮座していた。黒塗りの鞘に収められた、どこか禍々しい雰囲気を醸し出す逸品だ。
 しかし平和な住宅の押し入れの奥にひっそりと佇むように置かれているので、本来ならばあるはずの威風も、今はそこはかとない哀愁を漂わせているのみだった。

「うぅ……もう、兄さんが拗ねちゃったじゃないですか」

 彼の腰からずり落ちたトーカがこちらを白い目で見ながら言ってくる。いやあなたのせいよね?
 というか、やっぱりあの刀って彼なのね……。そういえばさっきの話で妖刀がどうのって言っていたような。
 おそらく、あの形態も彼の一部ということなのだろう。ほんとよくわからない生態ね……。ヒトなの? モノなの?
 まあ自分のことを”道具”と言っていたし、結構道具寄りの考え方をしているのかもしれない。
 道具は持ち主に喜ばれることを尊ぶ。だからこそ”役立たず”と言われてこれだけへこんでいるのだろうし。

「──」

 役立たず、か……。
 自分にとって少し馴染み深い単語に、ほんの少しだけ同情してしまう。彼だってなにも好きで役立たずになったわけではあるまい。ただ活躍に適した場がないだけで。……彼の力が適する場なんてそうそうないだろうけれど。

「兄さーん、人型に戻ってくださいよう。じゃないとドアストッパーにしちゃいますよ?」
『妖刀をなんだと思っているのだ』

 うわ喋った。まあ妖刀って言うぐらいだから喋るくらいするのかしら……。

『ふん、どうせ俺は時代の敗北者の役立たずなのだ』
「牙突!」
『聞いてくれ』

 グチグチと文句を言う妖刀をトーカは鞘ごとひょいと持ち、妙な構えをとっている。兄の言うことを真剣には聞いていないようだ。たぶん、こういうことも日常茶飯事なのだろう。

「別に役立たずでもいいんですって、いつも言ってますよね?」
『俺が構うのだ俺が』
「自分を道具扱いする兄さんは嫌いです」
『そうは言ってもだな……』

 悩ましい声を上げる妖刀をブンブン振り回しながらトーカも難しい顔で言う。
 なるほど、少し見えてきた。ジンは道具として活躍したい。そしてトーカは人間としてジンを扱いたい、そういうことだろう。なんとも噛み合わない兄妹である。

 『もっと脇を締めろ脇を~』と、自分そっちのけでいつの間にか剣術道場となっている二人を見る。
 噛み合っていないような二人だが、それでもなんだかんだで仲の良さそうな二人に見える。軽口めいた口調で本音を言い合える関係……、今まで長い間寄り添って歩いてきた年輪を感じさせる、まさに家族といった雰囲気だった……少し、羨ましい。

「それで、結局あなたって何が出来るの?」
『……敵の殲滅』
「いやそういうのいいから」

 話が進まないじゃない。彼は私の返事に『あァん?』とトーカの手からチラリと刀身の輝きを覗かせるが、正直今はあまり迫力がなかった。

「バイトは何してるのよ」
『……スーパーのレジだ』
「地味ねー……」

 まあそんなところだろう。
 たとえ地を砕こうが海を割ろうが、時給は上がらないのがこの世の中である。

「家事は?」
「あっ、私がやってます」

 鞘に収まったジンごと手を挙げるトーカ。下ろしなさいよ物騒ね。

「なんだか、話を聞けば聞くほど……って感じねぇ」
『むっ……』

 最初のように怯えるのも馬鹿らしくなってくる雰囲気だ。思わずため息すら出てしまう。

『か、カレー……』
「え……?」

 そんな私のナメた空気を敏感に察知したのか、ジンは鞘をカタカタ震わせながら負け惜しみのように言い放った。声に力が全然ない。

『カレーくらいなら、作れる……』
「…………そう」

 ……地上最強の戦鬼さんはカレーを作るそうよ?
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