7 / 17
第一章「無双の戦鬼、忠誠を誓う」
「料理番組の受け売りだ」
しおりを挟む「ふー……」
目を閉じ静かに息を吐く。
身体の中から余計な物を追い出すように呼吸し、目の前の標的に意識を集中させる。今世界にあるのは、俺とターゲットだけでいい。
自分の耳に通う血管の音さえ聞こえる程の鋭敏な感覚に満足し、何度も何度も頭の中で標的を切り刻む過程をイメージする。
──いける。
自分が斬られたという感覚さえないままに、その身体を細切れにしてみせよう。
稲妻のように疾く、内なる熱は地脈のごとく、しかして心は水鏡のように。
腰だめに構えた刀の柄に手をかける。いざ、その身に我が天壌のチカラを受け、せいぜい感謝しながら逝くがいい。
「我流・酒上流抜刀術……至煌殲滅・雷光──」
「なにやってるのあなた」
後ろから声をかけられ、漲っていた霊力が霧散する。
「ちっ……」
俺は舌打ちしながら鯉口を切っていた刀を収め、無粋な闖入者に振り向いた。
相も変わらずチンケな畳部屋。そこには呆れたように腰に手を当てながら嘆息する吸血鬼と、「まぁまぁ」と苦笑しながら宥める我が愛すべき妹がいた。
「……料理だが?」
「なんで野菜に刀振るおうとしてるのよ!」
ちっぽけなキッチンに立つ俺はチラリとまな板の上に乗せてある野菜を見てからリゼットに説明すると、彼女は目をつり上げ声を荒げ始めた。
「普通に包丁使いなさいよ包丁を!」
「ハン……」
鼻で嗤う。
何を言うかと思えば。このブリティッシュヴァンピールは日本の料理について何もわかっちゃいないようだ。
俺は呆れながらも異国の者にもわかりやすいように蕩々と説明した。
「いいか、日本の料理というのは真心だ。愛情を込めればどのような料理でも美味しくなる」
「な、なによいきなり……」
リゼットの顔が困惑に染まる。「何言ってんだこいつ」という視線で俺を見てきた。
「俺の愛は総て刀花に捧げられている。そして俺の愛情表現は俺の持てる総ての技術を余さず使用することで成される。つまり──」
腰にある刀に手をかける。この料理のためだけに創作した最高峰の業物だ。
「最高の獲物で最高の技術を駆使し料理を作ることこそ究極の料理。安っぽい包丁など使用しては俺の愛が疑われるというものだ」
「あなたさっき『殲滅うんたら』とか言ってたわよね?」
俺の力説虚しく、リゼットは白けた目で俺を見てくる。
まったく嘆かわしい。やはり日本の奥深い情緒は異邦人には伝わらないのか。
「そうだろう、刀花」
長く連れ添ってきた家族である刀花に意見を求める。彼女ならば俺に理解を示してくれるはずだ。
そんな刀花は「うーん……」と可愛らしく首を傾けている。
「兄さんの愛は嬉しいですが、ちゃんと包丁を使ってくださいって前にも言いましたよね?」
む。
確かに言われた。あれは確か……刀花の誕生日を祝うために俺が料理を担当し、力加減を間違えてキッチンを爆発させてしまったときだ。
「い、いやしかしだな、それでは俺の愛が……」
「兄さん……?」
「う……」
刀花がとても悲しそうな目で俺を見てくる。正直、俺はこの顔の刀花に弱い。普段から刀花には弱い俺だが、この表情をさせてしまうともう駄目だ。なんでも言うことを聞いてあげたくなる。世界すら滅ぼしてみせよう。
「わ、わかった。大人しく包丁を使おう」
「ありがとうございます、兄さん」
ぱっと笑顔を浮かべ手を合わせる刀花にほっとし、俺は刀を消して包丁を握った。
そんな俺達の様子をリゼットは引き気味で見守っていたが、刀を消したことに安堵して息をついたようだ。
「まったく、料理一つでなんで……って手がプルプルしてるわよ!?」
「うるさい、気が散る」
安堵したのも束の間、リゼットは俺の手元を見て声を上げた。
「なんでそんな生まれたての馬みたいになってるのよ」
「普通の包丁では加減が難しいのだ……」
象がアリを踏まずに歩けると思うか?
使い慣れない獲物だとそのままスパッとまな板までいってしまう恐れがある。
リゼットの「なにそれ……」という視線を無視して、極度の緊張感を纏いながら荒くなる息を抑制しようとする。落ち着け、落ち着くのだ俺……。
「と、刀花……力加減はこのくらいか?」
「もう20%オフでお願いします」
「刀花……皮をむく角度を入力してくれ」
「表面から2度の角度で皮をむいてください」
「刀花! ここを斬れば致命傷を負わせられるという線が見えるんだがこれはどうすればいい!?」
「無視してください」
キッチンが阿鼻叫喚の坩堝と化す。使い慣れた獲物ならば一瞬で片が付くというのに!
「あなたよくそれで『カレーくらいなら作れる』とか言ったものね……」
リゼットは眉をひそめる。ええい、そのような目で俺を見るな。前は上手くいったのだ。
「ま、まあまあ。包丁さえ使ってくれるようになったら大丈夫ですから」
刀花は嘆息するリゼットを宥めながら、「それじゃ兄さん、あとはお願いしますね」と言い残して居間の方に下がっていった。
リゼットも下がり、静かになった。これで料理に集中できる。
少し不安だが、なんとかやりおおせてみせるとも。俺は最強の戦鬼なのだからな!
「あなたが家事を担当している理由がよくわかったわ」
私はちゃぶ台を挟んで座ったトーカに声をかけた。さぞ常から苦労しているだろうに。
「兄さんは少し不器用で過剰なだけですよ」
口の端を浮かせ、優しい目でキッチンの方にいるジンのことを語る。
まあ確かになんでもかんでも破壊しようというよりは、頑張っていい物を仕上げようという心意気を感じたけれど。その手段が問題なだけで。
「兄さんには苦労をかけています。なにせあんな力を持った人ですからね。兄さんにはこの社会は少し窮屈すぎるんです」
「……ふぅん」
なんだかそう聞くと同情の余地があるように感じてしまう。自分を抑制して、狭い世界で生き、ひたすら愛する存在に尽くす者。なるほど、確かに不器用かもしれない。
「兄さんは”普通のこと”は苦手ですが、それでも頑張ってそうしようとはしてくれます。少しずつ、少しずつ」
トーカは目を細め、大事な物を包み込むように手を胸に当てて訥々と語った。
「私はいつか、兄さんに”普通”に生きて欲しいんです。普通の人のように社会に溶け込んで、普通に幸せな生を生きる。できれば、私と一緒に」
まあそれが兄さんにとって幸せかどうかはわかりませんけど、そう言ってトーカは苦笑した。
そんな彼女を見て私は目をぱちくりとさせる。
「なんだか……本当に家族なのね、あなた達って」
「もちろんですよ」
屈託のない笑顔で答える彼女は、私にとって少し眩しすぎる。
物騒な話を聞いた後に兄妹云々と語っていて半信半疑だったが、彼女たちがお互いを大事に想っているのは痛いほど伝わってきた。
(これが温かい家庭というやつなのかしら……)
自分には縁のなかったものに対して困惑したが、その一端に触れて……少し、「いいな」と思ってしまうのだった。
そうしてしばらくして彼が出してきたカレーは一時どうなることかと思ったが、何の変哲もない日本の甘口カレーだった。
それをトーカは「美味しいです!」と嬉しそうに笑って食べ、ジンは「そうだろうそうだろう」と得意げに頷いている。
正直あれだけ豪語しておいて一般家庭レベルのカレーの味付けなのは……しかし、馬鹿にする気にはなれなかった。
これが出来るようになるまで、どれだけ苦労したのだろうか。
彼女の話を聞いた後で食べた”普通”のカレーは、なんだかほんの少しだけ優しい味がしたような気がした。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双
四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。
「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。
教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。
友達もなく、未来への希望もない。
そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。
突如として芽生えた“成長システム”。
努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。
筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。
昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。
「なんであいつが……?」
「昨日まで笑いものだったはずだろ!」
周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。
陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。
だが、これはただのサクセスストーリーではない。
嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。
陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」
かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
物語は、まだ始まったばかりだ。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です
ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」
「では、契約結婚といたしましょう」
そうして今の夫と結婚したシドローネ。
夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。
彼には愛するひとがいる。
それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる