黄昏に贈る王冠《ロイヤルクラウン》~無双の戦鬼は甘やかす!~

黎明煌

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第一章「無双の戦鬼、忠誠を誓う」

「料理番組の受け売りだ」

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「ふー……」

 目を閉じ静かに息を吐く。
 身体の中から余計な物を追い出すように呼吸し、目の前の標的に意識を集中させる。今世界にあるのは、俺とターゲットだけでいい。
 自分の耳に通う血管の音さえ聞こえる程の鋭敏な感覚に満足し、何度も何度も頭の中で標的を切り刻む過程をイメージする。

 ──いける。

 自分が斬られたという感覚さえないままに、その身体を細切れにしてみせよう。
 稲妻のように疾く、内なる熱は地脈のごとく、しかして心は水鏡のように。
 腰だめに構えた刀の柄に手をかける。いざ、その身に我が天壌のチカラを受け、せいぜい感謝しながら逝くがいい。

「我流・酒上流抜刀術……至煌殲滅・雷光──」
「なにやってるのあなた」

 後ろから声をかけられ、漲っていた霊力が霧散する。

「ちっ……」

 俺は舌打ちしながら鯉口を切っていた刀を収め、無粋な闖入者に振り向いた。
 相も変わらずチンケな畳部屋。そこには呆れたように腰に手を当てながら嘆息する吸血鬼と、「まぁまぁ」と苦笑しながら宥める我が愛すべき妹がいた。

「……料理だが?」
「なんで野菜に刀振るおうとしてるのよ!」

 ちっぽけなキッチンに立つ俺はチラリとまな板の上に乗せてある野菜を見てからリゼットに説明すると、彼女は目をつり上げ声を荒げ始めた。

「普通に包丁使いなさいよ包丁を!」
「ハン……」

 鼻で嗤う。
 何を言うかと思えば。このブリティッシュヴァンピールは日本の料理について何もわかっちゃいないようだ。
 俺は呆れながらも異国の者にもわかりやすいように蕩々と説明した。

「いいか、日本の料理というのは真心だ。愛情を込めればどのような料理でも美味しくなる」
「な、なによいきなり……」

 リゼットの顔が困惑に染まる。「何言ってんだこいつ」という視線で俺を見てきた。

「俺の愛は総て刀花に捧げられている。そして俺の愛情表現は俺の持てる総ての技術を余さず使用することで成される。つまり──」

 腰にある刀に手をかける。この料理のためだけに創作した最高峰の業物だ。

「最高の獲物で最高の技術を駆使し料理を作ることこそ究極の料理。安っぽい包丁など使用しては俺の愛が疑われるというものだ」
「あなたさっき『殲滅うんたら』とか言ってたわよね?」

 俺の力説虚しく、リゼットは白けた目で俺を見てくる。
 まったく嘆かわしい。やはり日本の奥深い情緒は異邦人には伝わらないのか。

「そうだろう、刀花」

 長く連れ添ってきた家族である刀花に意見を求める。彼女ならば俺に理解を示してくれるはずだ。
 そんな刀花は「うーん……」と可愛らしく首を傾けている。

「兄さんの愛は嬉しいですが、ちゃんと包丁を使ってくださいって前にも言いましたよね?」

 む。
 確かに言われた。あれは確か……刀花の誕生日を祝うために俺が料理を担当し、力加減を間違えてキッチンを爆発させてしまったときだ。

「い、いやしかしだな、それでは俺の愛が……」
「兄さん……?」
「う……」

 刀花がとても悲しそうな目で俺を見てくる。正直、俺はこの顔の刀花に弱い。普段から刀花には弱い俺だが、この表情をさせてしまうともう駄目だ。なんでも言うことを聞いてあげたくなる。世界すら滅ぼしてみせよう。

「わ、わかった。大人しく包丁を使おう」
「ありがとうございます、兄さん」

 ぱっと笑顔を浮かべ手を合わせる刀花にほっとし、俺は刀を消して包丁を握った。
 そんな俺達の様子をリゼットは引き気味で見守っていたが、刀を消したことに安堵して息をついたようだ。

「まったく、料理一つでなんで……って手がプルプルしてるわよ!?」
「うるさい、気が散る」

 安堵したのも束の間、リゼットは俺の手元を見て声を上げた。

「なんでそんな生まれたての馬みたいになってるのよ」
「普通の包丁では加減が難しいのだ……」

 象がアリを踏まずに歩けると思うか?
 使い慣れない獲物だとそのままスパッとまな板までいってしまう恐れがある。
 リゼットの「なにそれ……」という視線を無視して、極度の緊張感を纏いながら荒くなる息を抑制しようとする。落ち着け、落ち着くのだ俺……。

「と、刀花……力加減はこのくらいか?」
「もう20%オフでお願いします」
「刀花……皮をむく角度を入力してくれ」
「表面から2度の角度で皮をむいてください」
「刀花! ここを斬れば致命傷を負わせられるという線が見えるんだがこれはどうすればいい!?」
「無視してください」

 キッチンが阿鼻叫喚の坩堝と化す。使い慣れた獲物ならば一瞬で片が付くというのに!

「あなたよくそれで『カレーくらいなら作れる』とか言ったものね……」

 リゼットは眉をひそめる。ええい、そのような目で俺を見るな。前は上手くいったのだ。

「ま、まあまあ。包丁さえ使ってくれるようになったら大丈夫ですから」

 刀花は嘆息するリゼットを宥めながら、「それじゃ兄さん、あとはお願いしますね」と言い残して居間の方に下がっていった。
 リゼットも下がり、静かになった。これで料理に集中できる。
 少し不安だが、なんとかやりおおせてみせるとも。俺は最強の戦鬼なのだからな!




「あなたが家事を担当している理由がよくわかったわ」

 私はちゃぶ台を挟んで座ったトーカに声をかけた。さぞ常から苦労しているだろうに。

「兄さんは少し不器用で過剰なだけですよ」

 口の端を浮かせ、優しい目でキッチンの方にいるジンのことを語る。
 まあ確かになんでもかんでも破壊しようというよりは、頑張っていい物を仕上げようという心意気を感じたけれど。その手段が問題なだけで。

「兄さんには苦労をかけています。なにせあんな力を持った人ですからね。兄さんにはこの社会は少し窮屈すぎるんです」
「……ふぅん」

 なんだかそう聞くと同情の余地があるように感じてしまう。自分を抑制して、狭い世界で生き、ひたすら愛する存在に尽くす者。なるほど、確かに不器用かもしれない。

「兄さんは”普通のこと”は苦手ですが、それでも頑張ってそうしようとはしてくれます。少しずつ、少しずつ」

 トーカは目を細め、大事な物を包み込むように手を胸に当てて訥々と語った。

「私はいつか、兄さんに”普通”に生きて欲しいんです。普通の人のように社会に溶け込んで、普通に幸せな生を生きる。できれば、私と一緒に」

 まあそれが兄さんにとって幸せかどうかはわかりませんけど、そう言ってトーカは苦笑した。
 そんな彼女を見て私は目をぱちくりとさせる。

「なんだか……本当に家族なのね、あなた達って」
「もちろんですよ」

 屈託のない笑顔で答える彼女は、私にとって少し眩しすぎる。
 物騒な話を聞いた後に兄妹云々と語っていて半信半疑だったが、彼女たちがお互いを大事に想っているのは痛いほど伝わってきた。

(これが温かい家庭というやつなのかしら……)

 自分には縁のなかったものに対して困惑したが、その一端に触れて……少し、「いいな」と思ってしまうのだった。

 そうしてしばらくして彼が出してきたカレーは一時どうなることかと思ったが、何の変哲もない日本の甘口カレーだった。
 それをトーカは「美味しいです!」と嬉しそうに笑って食べ、ジンは「そうだろうそうだろう」と得意げに頷いている。
 正直あれだけ豪語しておいて一般家庭レベルのカレーの味付けなのは……しかし、馬鹿にする気にはなれなかった。
 これが出来るようになるまで、どれだけ苦労したのだろうか。
 彼女の話を聞いた後で食べた”普通”のカレーは、なんだかほんの少しだけ優しい味がしたような気がした。
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