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第一章「無双の戦鬼、忠誠を誓う」
「蛍でしょうか、風流ですよねぇ……ふ、ふふふ」
しおりを挟む「兄さん、お風呂空きましたよ」
しっとりと濡れた長い黒髪にタオルをポンポンと当てて水気を取りながら刀花が風呂場から出てきた。
「悪いわね、先にいただいたわよ」
リゼットも同じく居間の方に入ってくる。流れる金髪は水を含みまるで大河のように流れている。
風呂上がりで薄着の二人が入ってきたことで、小さな居間にシャンプーの華やかな香りが扇風機の風に乗って広がった。
「いやぁ外国の方ってやっぱりスタイルいいですね。こう腰のくびれが……」
刀花が寝間着ごしに自分の腰をふにふにと摘まんでいる。一方リゼットは「浮いてた……」と自分の胸に手を当てていた。それぞれに何か思うことがあったらしい。
「まったく、風呂の入り方も知らんとは……」
二人同時に風呂場から出てきたことから分かるように、二人は先程まで一緒にお風呂に入っていたのだ。
「し、仕方ないじゃない……初めて見るお風呂だったし」
まぁ確かに、今の時代自動的に温度を調節してくれる風呂の方が普及しているのだろう。バランス釜などもはや過去の遺物なのやもしれん。
「もう兄さんダメですよ自分のこと棚上げしちゃ。兄さんは爆発させたじゃないですか」
「あなたの方がやらかしてるじゃないの」
爆発するような機構になっている方が悪い。
ジト目でこちらを見てくるリゼットを無視して立ち上がり、手を一振りして一本の透き通った細身の剣を作り出す。
「ふっ」
刀身部分を指で挟み、先端まで一気に走らせる。刃引き完了。
「そら刀花」
「ありがとうございます♪」
それを受け取った刀花は眼前に掲げながら扇風機の前に座って風を浴びる。
「あー夏はこれに限ります」
冷気が風に乗り部屋を過ごしやすい温度へと変える。
それ自体が冷気を発する氷の魔剣だ、クーラーが付いていない我が家では重宝する。
「絵面が物騒すぎる……」
リゼットはその様子を見てドン引きしている。失礼な、刀花が考えた素晴らしいアイデアだぞ。我が妹はノーベル賞もとれるな!
「そんなお前には刃引きしないでそのままくれてやろう」
「きゃー!?」
追加でもう一本作り出し無遠慮に放り投げた。
それをリゼットは見事な真剣白羽取りで受け止めている。
「ほう、やるじゃないか」
「『やるじゃないか……』じゃないわよ!」
赤い瞳を怒らせ、チャキリと硬質な音と共に切っ先をこちらに向けてガーと威嚇してくる。まるで猫だな。
「ふん、冗談だ。刃引きはしてある。それに──」
デコピンで向けられた刀身を弾く。
その小さな衝撃で、魔剣はサラサラと粉雪のように跡形もなく霞んで消えていった。
「刀花の安全を守る俺が危険な魔剣など貸し出すものか。冗談の通じないやつめ」
「あなたのジョークは分かりにくいのよ……」
げんなりした様子で刀花の隣に座りこちらに無言で手を差し出す。その手にもう一振り剣を作ってやってひょいと渡した。
刀花の真似をし扇風機に掲げると「あ、涼しい」と眉間にシワの寄っていた顔を緩めご満悦だ。
「さて、俺も風呂に入るか」
そう言って風呂場に向かう俺を追いかける視線がある。リゼットだ。こちらの様子を観察している。
「なんだ?」
「……そういえば紋章が見当たらないと思って」
「紋章ってなんですか?」
立ち上がり冷蔵庫から取り出した牛乳を二人分コップに注ぎながら刀花が聞く。
「眷属になった者には身体のどこかにその主人を示す紋章が現れるはずなのだけれど……」
「……銭湯やプールに入れないではないか」
「え、そこ?」
自分の腕を確認してみる。半袖から覗く腕にはそのようなものは見受けられない。
「あなたが変に断ち斬ったから現れていないのかしら……あら、ありがとう」
リゼットが刀花から牛乳を受け取りコクコク飲むのを尻目に上半身の服を脱ぐ。
「……」
ない。
「……」
ズボンも脱ぐ。「ちょっと……」「きゃっ♪」という声が聞こえたが無視する。
「……」
ない。首を傾げる。
「………………お、ケツにあるぞ」
「ぶーーー!?(金髪美少女)」
「に、兄さん大変です、く、ふふ……紋章が、ふふ、二つに割れています」
リゼットは牛乳を吹き出し、刀花は肩を震わせながら指摘する。身体を捻り見てみると、三日月と星を組み合わせたような不思議な円形の模様が描かれていた。ケツに。
「……ふむ」
中途半端に下着を脱いで露になっているケツに、試しに霊力を流し込むと……、
──ピカーっと紋章が輝きだした。ケツの。
「に、兄さん……ごめんなさい私……ふ、ふふふ……」
畳の上で仁王立ちとなりひたすらケツを輝かせる兄の姿に刀花、撃沈。部屋の隅で丸くなり小刻みに肩を震わせている。
「あ、あなたねぇ! いいから早くその汚いの仕舞いなさい!」
「なんだお前の紋章は汚いのか」
「そっちじゃないわよバカーーー!!」
リゼットは怒りと羞恥で真っ赤になりながら喚いている。
「お前が刻んだのだろう、尻フェチ吸血鬼」
「あなたそれもう一回言ったら絶対許さないからね」
「ではどこフェチなのだ」
「え、指……って何言わせるの!」
「私は鎖骨です!」
殺意すら感じる視線と元気よく答える声に肩をすくめて居間を後にする。
まあこれならタオルで隠せば銭湯やプールには入れるだろう。
「な、なんでこんなことに……」
しくしくと泣く吸血鬼の声をBGMに、俺はゆったりと風呂に入り疲れを癒すのだった。
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