黄昏に贈る王冠《ロイヤルクラウン》~無双の戦鬼は甘やかす!~

黎明煌

文字の大きさ
10 / 17
第一章「無双の戦鬼、忠誠を誓う」

「……食パンも買っておくか」

しおりを挟む


「ごめんなさいね、リゼット」
「……どうしてお母様が謝るの?」

 微睡みの中で揺蕩っていた意識が、一つの景色へと引き寄せられた。

(ここは一体……?)

 俺は怪訝に思いつつ周囲を見渡す。刀花もいなければそもそも場所が小さな居間ですらない。身体はフワフワとし、意のままに動かないことが歯がゆく感じる。

(夢、なのか?)

 窓から降り注ぐ陽光の中、豪奢な部屋に二人の女性がテーブルに着いていた。
 だが、俺の記憶の中にはこのような場所は存在しない。目の前で会話を交わす女性二人も見覚えは……いや、片方の少女については見覚えがある。先ほど見ていたよりは多少幼さが残る相貌ではあるが。

(ふむ……)

 それを前提にし、俺は改めて目の前の光景に目を細める。
 
「私の血のせいで、あなたに苦労をさせているわ」
「……そんなこと、ありません」

 申し訳なさそうに目を伏せる女性は、相対する少女をより大人っぽくした姿をしていた。
 肩にストールをかけ、その顔立ちには柔和さを湛えているが、今は影が落ちている。顔色もよくない。

「私にもあの方と同じ国の血が流れていたなら、少しは違ったのでしょうけれど……」

 頬に手を当て沈痛な面持ちで言う女性に、少女は「お母様のフランスの血も大好きです」と懸命に訴えた。

(なるほど……)

 これも契約とやらの影響か。
 俺はどうやらあのブリティッシュヴァンピール……いや、こう言うのも今は語弊があるか。リゼットの記憶を見ているらしい。普通は主人の記憶など見る権利など眷属にはないのだろうが、契約を中途半端に斬ってしまった弊害が起きているのかもしれない。

 俺は眉をひそめた。厄介なものを見せられている、と。
 身動きもとれず、俺が出来るのは流れていく記憶をただ傍観するのみだ。

「ありがとうリゼット。でもやっぱり相性が悪かったのでしょうね。そのせいであなたの吸血鬼としてのチカラも……」

 女性は力なく笑う。それを見たリゼットは黙って下を向いていた。

 なるほど、と思う。吸血鬼たるもの血というのはその存在の根幹にも関わる重要なファクターだ。国籍による血の違いというのもその存在を左右するのか。

「お母様は悪くないです。私が……私にもっと力があれば、ブルームフィールド家での立ち位置も──」

 リゼットは悔しそうに肩を震わせて唇をかみしめている。

(……)

 どうやら混血というのはどこの地域でも肩身が狭いようだな。種族的には同じ吸血鬼でも、国籍でこうも変わるか。それとも、血を重視する吸血鬼独特の感性か?

 吸血鬼の力が小さい少女は嘆く。自分の至らなさを。どれだけ勉強を頑張って、どれだけ教養を身に付けようとも、吸血鬼としての力が弱ければそれではただの人間と変わらない。吸血鬼を吸血鬼たらしめるのは、やはり血だった。

 そんな少女を、女性は痛ましそうに見ている。耐えきれなくなったのか、女性は席を立って少女をその身に包み込んだ。

「ねえリゼット、私はもう長くないわ。この先あなたが独りで生きていかなくてはならない時がじきに来るでしょう」

 女性の胸に顔を埋めながら、少女はコクリと頷いた。その肩は震えている。

「だけどね──」

 優しく少女の頭を撫でながら、女性は言い聞かせるように耳元に囁く。

「吸血鬼の力が弱くても、あなたは”強く生きなさい”。どんな言葉を背中に投げかけられようと、背筋を伸ばして。そうすれば、きっと誰かがあなたを助けてくれるから」

 少女はイヤイヤと首を横に振る。今だって必死に頑張っている。学校の成績も一番だし、霊力を操る練習も欠かしたことがない。だけど、家のメイドにすら笑われるのが現状だった。

「もう……」

 女性は困ったように笑いながら少女の美しい金髪をなで続ける。
 女性に抱きつくリゼットは小動物のように離そうとしない。『強く』という言葉からはほど遠い姿だった。さぞや女性は不安に思ったことだろう。

 結局、少女が泣き疲れて眠るまで、その女性は慈愛の眼差しで少女をあやし続けた。

 ──そしてそんな日々は長くは続かなかった。

「お母様……」

 墓標の前で、少女は静かに目を伏せていた。
 ……いつの間にか部屋から外に出ていた。夢というのは唐突なものだ。

 リゼットは風に流れる髪を押さえながら、静かな闘志を瞳に宿していた。いつか言われた”強く生きる”という言葉。幼さが許す弱さを捨て去り、少女は一人のヒトとして自立しようとしていた。

(……)

 だが、それは危うさをも孕んでいた。
 俺は彼女の周囲を眺める──誰もいない。あの部屋の時間から数年経ったのか、少女の顔立ちは現在と比べて遜色ない。それだけの時間が経ってなお、少女の周りには一人の味方も存在しなかった。

「きっと強くなって、家の人たちを見返してみせます」

 誰に宣言するでもなく、少女は戒めるように呟き、墓標に背を向けた。「どうか、見守っていてください」そう震えた声で言い残して。

 こうして少女は孤独となった。
 大好きな母の教えである『強く生きる』という言葉を実践するために、一層の努力を重ねながら。それが実っているかは別としても、どんな時でも背中は丸めなかった。

 ──そんな孤軍奮闘を続ける小さな少女の日々は、またしても唐突に終わりを迎えた。

「目障りだ。お前のような半端者は、東の果てにでも渡るがいい」

 父のその無情なる一言で。




 意識が浮上する。

『む……』

 夢独特の浮遊感がなくなり、身体の調子を確かめようとしたところで動きを止めた。
 身体を包む甘く柔らかい感触。刀花が俺を胸に抱いてすやすやと安らかな寝息を立てているからだ。

 新聞配達のバイクが立てるパパパという音を遠くに聞きながら寝る直前の出来事を思い出す。
 リゼットを泊めることになったのはいいものの、布団は二組しか敷くスペースがなく、仕方なく俺は物置の飾り台で寝ようとしたのだが、刀花がそれを許さなかったのだ。
 しかし三人が川の字になって眠るようなスペースもなく、あえなく俺は刀花の抱き枕……刀? と相成り、二人と刀一本で眠ることになったのだった。

「おかあさま……」

 小さく消えてしまいそうな声に意識を向ける。
 隣の布団で眠るリゼットは悲しそうに眉を寄せている。実際、その胸の内を推し量るのは先ほどの夢の内容で充分だった。
 その瞳の端から流れ出るものがある。

『……』

 刀花の豊満な胸からスポンと抜けてフワフワと浮きながらリゼットに近づく。涙が頬を伝って流れ落ち、その枕を濡らしていた。

 さもありなん、というやつだ。大切な母を亡くし、独り努力を続けるも虚しく、このような島国に島流しの憂き目に遭ったのだ。涙の一つも流れよう。
 家の者を見返すという目標も、これでは叶えられまい。

『ちっ……』

 目の前の少女を見ていると、夢の内容が妙にチラつく。優しかった母親に、今では甘えることも許されない孤独な少女。周囲から嘲笑され、それでもと奮起し、しかし見放された吸血鬼……いったいなんの茶番だこれは。
 どこの国でも種族でも、やはりヒトというのは好きになれそうにない。

『ふん……』

 誤魔化すように、鼻もないのに鼻息を鳴らす。ついでに柄巻きを解き、固い布ながらも少女の涙を拭った。

『むぅ……』

 なぜ俺がこんなことを、と思いながら見切りをつけ、台所の方へと浮いていく。棚の上には調味料、冷蔵庫の食材はまだしも、スープ類は味噌しかない。我が家はどちらかと言えば和食派なのだ。英国を思わせるような食材などはない。

『……コンビニならばこの時間でも開いているか』

 チラリと居間の方を見る。すやすやと刀花は眠り、リゼットはいまだうなされている。
 うなされているリゼットを見ていると……昨夜のように無碍に扱うことが出来なくなっていた。昨日までの俺ならば「うるさい」と言って叩き起こすところだ。

 ──くそ、妙なものを見てしまったせいだ。
 
 やはり早々に契約を斬るべきだったか。
 まごつく自分になんだか無性に苛ついてきた。そうとも、何を情に絆されようとしている。俺は刀花を守る無双の戦鬼だぞ? 元々は殺しの道具だ。どれだけの血をこれまで吸ってきたと思っている。独りの少女の涙を見たところで心動かされることなど何もないのだ。我が心は鉄血にして無血。障害を斬り伏せるただ一つの鋼にして――

「ぐす……おかあさまぁ……」
「──」

 はー! ところでこの戦鬼様、特に何も用事はないが無性にコンビニに行きたくなってきてしまったなー! はー! 辛い役どころであるなー! はー!

 くるりと自分を鞘から走らせ、近くのコンビニの裏手に空間を繋げてその穴へと消える。

 彼女の国の味とはほど遠いだろうが、コンソメスープの素くらいならば、コンビニでも売っているだろうと思いながら。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

処理中です...