黄昏に贈る王冠《ロイヤルクラウン》~無双の戦鬼は甘やかす!~

黎明煌

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第一章「無双の戦鬼、忠誠を誓う」

「……食パンも買っておくか」

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「ごめんなさいね、リゼット」
「……どうしてお母様が謝るの?」

 微睡みの中で揺蕩っていた意識が、一つの景色へと引き寄せられた。

(ここは一体……?)

 俺は怪訝に思いつつ周囲を見渡す。刀花もいなければそもそも場所が小さな居間ですらない。身体はフワフワとし、意のままに動かないことが歯がゆく感じる。

(夢、なのか?)

 窓から降り注ぐ陽光の中、豪奢な部屋に二人の女性がテーブルに着いていた。
 だが、俺の記憶の中にはこのような場所は存在しない。目の前で会話を交わす女性二人も見覚えは……いや、片方の少女については見覚えがある。先ほど見ていたよりは多少幼さが残る相貌ではあるが。

(ふむ……)

 それを前提にし、俺は改めて目の前の光景に目を細める。
 
「私の血のせいで、あなたに苦労をさせているわ」
「……そんなこと、ありません」

 申し訳なさそうに目を伏せる女性は、相対する少女をより大人っぽくした姿をしていた。
 肩にストールをかけ、その顔立ちには柔和さを湛えているが、今は影が落ちている。顔色もよくない。

「私にもあの方と同じ国の血が流れていたなら、少しは違ったのでしょうけれど……」

 頬に手を当て沈痛な面持ちで言う女性に、少女は「お母様のフランスの血も大好きです」と懸命に訴えた。

(なるほど……)

 これも契約とやらの影響か。
 俺はどうやらあのブリティッシュヴァンピール……いや、こう言うのも今は語弊があるか。リゼットの記憶を見ているらしい。普通は主人の記憶など見る権利など眷属にはないのだろうが、契約を中途半端に斬ってしまった弊害が起きているのかもしれない。

 俺は眉をひそめた。厄介なものを見せられている、と。
 身動きもとれず、俺が出来るのは流れていく記憶をただ傍観するのみだ。

「ありがとうリゼット。でもやっぱり相性が悪かったのでしょうね。そのせいであなたの吸血鬼としてのチカラも……」

 女性は力なく笑う。それを見たリゼットは黙って下を向いていた。

 なるほど、と思う。吸血鬼たるもの血というのはその存在の根幹にも関わる重要なファクターだ。国籍による血の違いというのもその存在を左右するのか。

「お母様は悪くないです。私が……私にもっと力があれば、ブルームフィールド家での立ち位置も──」

 リゼットは悔しそうに肩を震わせて唇をかみしめている。

(……)

 どうやら混血というのはどこの地域でも肩身が狭いようだな。種族的には同じ吸血鬼でも、国籍でこうも変わるか。それとも、血を重視する吸血鬼独特の感性か?

 吸血鬼の力が小さい少女は嘆く。自分の至らなさを。どれだけ勉強を頑張って、どれだけ教養を身に付けようとも、吸血鬼としての力が弱ければそれではただの人間と変わらない。吸血鬼を吸血鬼たらしめるのは、やはり血だった。

 そんな少女を、女性は痛ましそうに見ている。耐えきれなくなったのか、女性は席を立って少女をその身に包み込んだ。

「ねえリゼット、私はもう長くないわ。この先あなたが独りで生きていかなくてはならない時がじきに来るでしょう」

 女性の胸に顔を埋めながら、少女はコクリと頷いた。その肩は震えている。

「だけどね──」

 優しく少女の頭を撫でながら、女性は言い聞かせるように耳元に囁く。

「吸血鬼の力が弱くても、あなたは”強く生きなさい”。どんな言葉を背中に投げかけられようと、背筋を伸ばして。そうすれば、きっと誰かがあなたを助けてくれるから」

 少女はイヤイヤと首を横に振る。今だって必死に頑張っている。学校の成績も一番だし、霊力を操る練習も欠かしたことがない。だけど、家のメイドにすら笑われるのが現状だった。

「もう……」

 女性は困ったように笑いながら少女の美しい金髪をなで続ける。
 女性に抱きつくリゼットは小動物のように離そうとしない。『強く』という言葉からはほど遠い姿だった。さぞや女性は不安に思ったことだろう。

 結局、少女が泣き疲れて眠るまで、その女性は慈愛の眼差しで少女をあやし続けた。

 ──そしてそんな日々は長くは続かなかった。

「お母様……」

 墓標の前で、少女は静かに目を伏せていた。
 ……いつの間にか部屋から外に出ていた。夢というのは唐突なものだ。

 リゼットは風に流れる髪を押さえながら、静かな闘志を瞳に宿していた。いつか言われた”強く生きる”という言葉。幼さが許す弱さを捨て去り、少女は一人のヒトとして自立しようとしていた。

(……)

 だが、それは危うさをも孕んでいた。
 俺は彼女の周囲を眺める──誰もいない。あの部屋の時間から数年経ったのか、少女の顔立ちは現在と比べて遜色ない。それだけの時間が経ってなお、少女の周りには一人の味方も存在しなかった。

「きっと強くなって、家の人たちを見返してみせます」

 誰に宣言するでもなく、少女は戒めるように呟き、墓標に背を向けた。「どうか、見守っていてください」そう震えた声で言い残して。

 こうして少女は孤独となった。
 大好きな母の教えである『強く生きる』という言葉を実践するために、一層の努力を重ねながら。それが実っているかは別としても、どんな時でも背中は丸めなかった。

 ──そんな孤軍奮闘を続ける小さな少女の日々は、またしても唐突に終わりを迎えた。

「目障りだ。お前のような半端者は、東の果てにでも渡るがいい」

 父のその無情なる一言で。




 意識が浮上する。

『む……』

 夢独特の浮遊感がなくなり、身体の調子を確かめようとしたところで動きを止めた。
 身体を包む甘く柔らかい感触。刀花が俺を胸に抱いてすやすやと安らかな寝息を立てているからだ。

 新聞配達のバイクが立てるパパパという音を遠くに聞きながら寝る直前の出来事を思い出す。
 リゼットを泊めることになったのはいいものの、布団は二組しか敷くスペースがなく、仕方なく俺は物置の飾り台で寝ようとしたのだが、刀花がそれを許さなかったのだ。
 しかし三人が川の字になって眠るようなスペースもなく、あえなく俺は刀花の抱き枕……刀? と相成り、二人と刀一本で眠ることになったのだった。

「おかあさま……」

 小さく消えてしまいそうな声に意識を向ける。
 隣の布団で眠るリゼットは悲しそうに眉を寄せている。実際、その胸の内を推し量るのは先ほどの夢の内容で充分だった。
 その瞳の端から流れ出るものがある。

『……』

 刀花の豊満な胸からスポンと抜けてフワフワと浮きながらリゼットに近づく。涙が頬を伝って流れ落ち、その枕を濡らしていた。

 さもありなん、というやつだ。大切な母を亡くし、独り努力を続けるも虚しく、このような島国に島流しの憂き目に遭ったのだ。涙の一つも流れよう。
 家の者を見返すという目標も、これでは叶えられまい。

『ちっ……』

 目の前の少女を見ていると、夢の内容が妙にチラつく。優しかった母親に、今では甘えることも許されない孤独な少女。周囲から嘲笑され、それでもと奮起し、しかし見放された吸血鬼……いったいなんの茶番だこれは。
 どこの国でも種族でも、やはりヒトというのは好きになれそうにない。

『ふん……』

 誤魔化すように、鼻もないのに鼻息を鳴らす。ついでに柄巻きを解き、固い布ながらも少女の涙を拭った。

『むぅ……』

 なぜ俺がこんなことを、と思いながら見切りをつけ、台所の方へと浮いていく。棚の上には調味料、冷蔵庫の食材はまだしも、スープ類は味噌しかない。我が家はどちらかと言えば和食派なのだ。英国を思わせるような食材などはない。

『……コンビニならばこの時間でも開いているか』

 チラリと居間の方を見る。すやすやと刀花は眠り、リゼットはいまだうなされている。
 うなされているリゼットを見ていると……昨夜のように無碍に扱うことが出来なくなっていた。昨日までの俺ならば「うるさい」と言って叩き起こすところだ。

 ──くそ、妙なものを見てしまったせいだ。
 
 やはり早々に契約を斬るべきだったか。
 まごつく自分になんだか無性に苛ついてきた。そうとも、何を情に絆されようとしている。俺は刀花を守る無双の戦鬼だぞ? 元々は殺しの道具だ。どれだけの血をこれまで吸ってきたと思っている。独りの少女の涙を見たところで心動かされることなど何もないのだ。我が心は鉄血にして無血。障害を斬り伏せるただ一つの鋼にして――

「ぐす……おかあさまぁ……」
「──」

 はー! ところでこの戦鬼様、特に何も用事はないが無性にコンビニに行きたくなってきてしまったなー! はー! 辛い役どころであるなー! はー!

 くるりと自分を鞘から走らせ、近くのコンビニの裏手に空間を繋げてその穴へと消える。

 彼女の国の味とはほど遠いだろうが、コンソメスープの素くらいならば、コンビニでも売っているだろうと思いながら。
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