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第一章「無双の戦鬼、忠誠を誓う」
「なんて罪なご主人様なの私ったら」
しおりを挟む『私の兄さんはぜーったい渡しませんからーー!!』
そう宣言したトーカは、ジンに腕を引かれ部屋の隅で愛を囁かれなだめすかされている。後ろから腕を首に回すように巻かれ、頬を緩ませながらもプイッとわかりやすく明後日の方向を向きジンと目を合わせようとしない。あれでは兄妹というよりまるで恋人のようである。
昨夜は彼らを『温かい家族』と評したが、先ほどの反応を見るにどうもトーカは家族という関係だけでは満足していない様子だ。しかし自分では妹を名乗っていて……どうやら結構ズルい立ち位置にいるらしい。
「……」
私はそんな彼らを視界に収めながらも思案にふける。
それにしても、と。
トーカがこうなる切っ掛けとなった彼の態度。昨夜と比べてあまりに違いすぎる。
私に莫大な霊力と哄笑を浴びせて脅し、手に鎖を巻き付け、輝くお尻を見せて……全くと言っていいほど私には好意的ではなかった。
しかし、朝起きてみるとどうだ。
髪を優しく撫でたり、普通に謝ったり、私のために洋食を用意したり、ましてや私の足にキスをしそうに……。
いったいなぜ……?
なにが妹至上主義っぽかった彼をここまで変えてしまったのか?
「──」
昨夜の彼と今の彼で違う部分。その差異には気がついている。
それは記憶だ。私の過去の記憶を見ているか、見ていないか。つまり私の記憶を見たから、彼は私への態度を変えたということになる。
「うぅ……」
猛烈に恥ずかしい!
彼は私のことをマザコン吸血鬼とからかった。ということはお母様とのやりとりも見られてしまったということだ。お母様に無邪気に甘える私の姿を。
せっかく登場からミステリアスな吸血鬼を演じようと心がけていたのに! ……正直あまり上手くいってはいなかったけれども。
それでも、強気な姿勢は貫けていたはずだ。それなのに……私の本質の一部に触れられてしまった。
それにそこまで記憶を遡っているならば、私のブルームフィールド家での境遇も見たはずだ。
英国のブルームフィールド家当主を父に持ち、仏国出身の母を持つ私は力も弱く、家での居場所がなかった。
人間としても生きられず、吸血鬼としても生きられない愛人の子、それが私だ。だからこそ、目障りとなった私はこの国に送られてしまったのだ。
おそらくその事情を知り、彼は私に同情のようなものを抱いたのだろう。それゆえに私への態度が軟化した……のだろうか? 本当に?
「うーん……?」
そんな単純なタマだろうか彼は? 正直、昨日までの印象では「そんなことは知らんな」とか言ってこちらの事情など切って捨てそうだが。
いやきっとそうだ。トーカしか目に入ってないような男が簡単に他の女の子に同情するわけがない。
おそらく同情は無しね……。
しかしそれ以外の材料だと、私がお母様のことが大好きであることと、強気な態度が後天的に身に付けたものであるということくらいしかないはずだ。
「……?」
つまり……どういうことだろう。
他人に厳しい態度が実は張りぼてなのだとバレてしまったから……彼は私に少し優しくなった?
「……いやなんで?」
そうなる理由がわからない。
それともマザコンな女の子に優しくなる性質を持つとか……? もはや意味がわからない。
……ダメね、考えるほど謎が深まっていく。
こういうときは原点に返るべき。
今朝から彼の態度がなぜ軟化したのか……いや、ちょっと待って?
さっきは酷いところばかり挙げたけれど、昨日の時点で彼は私の荷物をわざわざ大きな霊力を割いた刀でこちらに引っ張っていなかっただろうか。泊まることも許可したし、涼を取るために魔剣も創り出した。
──前提が崩れる。
夢を見たことが拍車をかけたとしても、つまり彼はなんだかんだいって昨日の時点で優しかった……?
……それこそなぜ、だ。
もっとシンプルに物事を俯瞰してみよう。
一人の人間を守護する使命を帯びた戦鬼が、初めて会った女の子に優しくする理由?
「はっ……!?」
そう考えると、唐突に閃くものがあった。まるで天啓を得たかのようだった。
要は簡単なことだったのだ。男が女に優しくする理由など、そんなものは限られてくる。
もしかして。
もしかしてなのだけれど……。
──もしかして彼は、私のことが好きなのでは?
「──」
そう考えるとすべての辻褄が合う。
一目惚れ、という現象がこの世には存在する。私のあまりの可愛らしさに、彼がはじめから参っていたのだとしたら……?
それにこの国の男の子は、好きな人には意地悪をすると聞き及んでいる。昨日の彼の態度を見ればどうだ、見事にこちらに意地悪なことを言いながらも、なんだかんだ私のことを慮っているではないか。
なんてことなの……。
私は電撃に打たれたような衝撃を味わっていた。
そうなの? そ、そうなの……?
ふーん……ふぅ~~~~~~~ん??
ま、まぁ? 正直言って私の容姿は客観的に見て優れていると自負している。こんな片田舎の国に住む鬼など、一目惚れしたのだとしても仕方ないのかもしれない。
えー? ど、どうしよっかなー……。困っちゃう。
だって住む国も違うし、種族も違うし……。国が違ったせいで私はこんなことになったんだし。でもお母様ってなんだかんだ言ってお父様のこと最後まで好きっぽかったけど……。
チラリと部屋の隅で妹を宥めているジンを盗み見る。
私より頭二つ分くらい高い背丈に、日本人らしい黒髪は適当に散らしている。目つきは鷹のように鋭く、見る者によっては威圧感を覚えるかもしれない。
「ふーん……?」
容姿は悪くない。私の好みではないけれど、決して悪いわけではないわね! 私の好みではないけれど!
それに妹に対する態度であれだけ甘いのだ。恋人に対する態度など、どれだけ甘やかしてしまうのだろうか。
今朝の頭を撫でる行為や、足にキス未遂を思い出す。
恋人に対して素直になれない粗野な男が、文句を言いながらも私に奉仕する姿を幻視してしまう。
……わ、悪くないんじゃない?
それに彼の力も強大だ。スケールが大きいことに目が行きがちだが、使い方こそ間違えなければ、なにかと役に立つ可能性の塊である。そもそも私は彼を眷属にしようとしていたのだから、役に立つのは大歓迎である。
私のことが大好きな役に立つ眷属だなんて、最高じゃない? それに吸血鬼の女主人に聞いた『眷属にさせてみたいことアンケート』第一位は『眷属に禁断の愛の告白をされたい』だし。身分差から燃え上がる恋……!
悪くない、悪くないわ!
な、なによ。そういうことだったのね。まったく、こんなに素直じゃないなんて。ちょっと可愛いところもあるじゃない……?
「ふ、ふふふふふふふふ……」
おっといけない。あまりのことに危ない笑いが漏れてしまったわ。
いいこと? 私はお嬢様のリゼット=ブルームフィールドよ?
常に余裕を持って眷属を受け入れる器量を見せつけなくては。
私が真実に辿り着いてしまったちょうどその時、ジンがトーカから身体を離した。どうやら説得が終わったようだった。
「えへ……えへへへへ。さて、誤解も解けたことですし、朝ご飯にしましょうか」
何をどう説明されたのかは知らないが、トーカの機嫌は直ったようで、だらしない笑顔でそう提案して台所にスキップで向かっていった。大方、トーカが一番だとでもジンが吹き込み続けたのだろう。
だけどごめんなさいトーカ。彼の心は、既に私がもらってしまったわ……。真実って、なんて残酷なの……。
「思わぬ時間を食ってしまったな。おい、お前も朝食を運ぶのを手伝え」
ガリガリと頭をかきながら彼は私に目を向けた。
気になっていたけれど、昨日からジンは私をきちんと名前で呼んだことがない。まずはそこから矯正していかないといけないわね。
そうだわ、少しテストしてみましょうか。私の仮説が正しいかどうかを。
「ね、私のことは”マスター”って呼んでいいわよ。ど、どうしてもって言うなら”リゼット”でもいいけれど?」
私は腕を組み、髪をクルクルと指で弄びながらそう提案してみる。
さあ、どう出る!? 私のことが好きなら、”リゼット”と呼んでみたいはず!
「いきなりなんだ……? ふん、勘違いするな。先ほどのことは気の迷いだ。俺を傅かせようなど百年早い。マスターなどおこがましい、リゼットで充分だ」
ほら! ほらほらほら! やはり私の仮説は正しかったようね……。このわかりやすいジャパニーズツンデレ! 間違いなく私のことが好きなのねこの子ったら!
ジンは顔をツンと逸らして台所の方に向かう。「行くぞ、リゼット」と言いながら。
まったく、この眷属素直じゃないんだから!
そうと決まれば、これからはこの素直になれない眷属を、可愛いご主人様に従順になるよう優しく導いてあげなくちゃ!
今後の方針が決まった私は「しょうがないわね。特別に手伝ってあげるわ、ジン」と言ってさっそく優しくて器の大きいご主人様の姿を見せてあげることにするのだった。
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