黄昏に贈る王冠《ロイヤルクラウン》~無双の戦鬼は甘やかす!~

黎明煌

文字の大きさ
13 / 17
第一章「無双の戦鬼、忠誠を誓う」

「あなたにしては気が利いてるって思ってたのよ……」

しおりを挟む


「ねぇ、私の屋敷を片付けるのを手伝ってくれない? 何かお礼もしたいし、一度いらっしゃいな」

 皿洗いも終わりさてどうしたものかと思っていたところ、リゼットからそんな提案があった。

「あ?」

 なぜ俺がそんな一銭にもならないことをせねばならんのか。思わず眉をしかめたが、俺の顔を見てもリゼットは明るい表情を崩さない。まるで俺が「もちろん行く」と言うのを信じて疑わない顔だ。

「礼などいらん。それに片付けなど、業者の人間に頼めばいいだろう」

 刀花が望んだから泊めてやっただけに過ぎない。
 それにイメージで覗いた屋敷はだいぶ荒れ果てていたように見えた。個人でどうにか出来るレベルではないと判断する。
 真っ当なことを言ったつもりだったが、リゼットはやれやれと首を横に振った。ムカつくなその仕草。

「もう。仮にも吸血鬼の住む屋敷よ? 普通の人間に触らせられるわけないじゃない」
「む……」
 
 それもそうか。というか自分で仮にもとか言うな。どれだけ自分の力に自信がないんだ。しかし──

「吸血鬼の住む館か……」

 そう聞くと危険度が上がるな。目の前の少女を基準にすれば危機感など抱かないが、確かに調査は必要であるか。なにが刀花の身を脅かすかもわからん。

「……仕方ない、一度見てみるか」
「ふふ、最後にはそう言うと思っていたわ」

 俺の発言にリゼットは「もう素直じゃないんだから♪」といった雰囲気で机に肘をつき笑みを浮かべている。なんだこいつ気持ち悪いな……。

「なんだか兄さんが手玉に取られているみたいで癪ですね……」

 隣に座る刀花は「一番の理解者は私なのに」とぶつぶつ言いながらむくれている。

「さ、それじゃあ早速出かけましょうか」

 リゼットは仕切るように手を鳴らしながら立ち上がった。

「あ、兄さん。アルバイトの方は大丈夫ですか?」

 しかしその出だしを挫くように刀花が聞いてくる。
 俺はその質問にギクリと顔を強ばらせた。嫌な汗が背中を伝う。

「あー……まぁなんだ、その」

 結果的には大丈夫だ。大丈夫なのだが、その過程に問題があってだな……。

「……今度はどういう理由でクビになったんですか?」

 さすが我が妹。一を聞いて十を知る、打てば響くとはこのことだ。その察する力が今は兄さん恨めしい。

「ち、違うのだ。ちょっと鮮魚の氷が足りていないなと思っただけなのだ。よかれと思っての行為だったのだ……」
「……氷漬けですか?」

 おう。美味しいお魚全部氷河期にしてやったわ。

「幸い異能はバレなかったが、『お前が来てから変なことばかり起こる』という理由でな」
「あなた本当に生まれる時代を間違えたのね……」

 リゼットが不憫な者を見るような視線を送ってくる。やめろ、哀れむな。泣くぞ。どこか俺の力が真に役立つ職場はないものか……。

「……い、行きましょうか。リゼットさんの屋敷に」

 刀花が沈黙に耐えかね俺の肩を支えて立ち上がる。はあ、また履歴書を補充しておかねばならんな……。



「そういえば吸血鬼は太陽に関しては大丈夫なのか? 今日はとてもいい天気だが」

 外出の支度をしながらリゼットに問いかける。支度といっても財布を持つだけだが。刀花はガス栓や戸締まりをチェックしている。

「いつの時代の吸血鬼観よ」

 黒いサマードレスをひらりと揺らしながら彼女は髪を掻き上げた。

「一般にすら広まっている弱点を、吸血鬼がそのままにしておくわけないじゃない?」

 得意げに口の端を浮かせながら指を立てて説明する。

「確かに太陽は苦手だけれど、少し怠いなと思うだけだし、ニンニクも生じゃなければ食べられるし、心臓に杭を打てば死ぬとか言うけど、そもそも心臓に杭を打たれればどの生物でも死ぬしね」

 吸血鬼の概念が乱れてしまいそうだ。いや彼女に言わせれば俺の価値観が古いだけなのか。

「まぁでも、確かに日差しは気になるわねぇ」

 リゼットは窓から空を見上げて顔をしかめた。それは吸血鬼だから言っているのか、女の子だから言っているのか。

「ね、日傘はないの?」

 刀花が玄関先で「準備できましたよー」と呼ぶ声を聞きながら思案する。
 リゼットと玄関に向かい、靴を履きながらチラリと傘立てを見る。雨用の傘だけで日傘などという小洒落たものはない。

「あー確かに今日はいい天気ですし、日焼けとか気になりますよねぇ」

 ドアを押さえながら刀花も微妙そうな顔をする。刀花もそう言うのであれば否応はない。その期待に応えるとしよう。

「少し待て」
「あら、あるの?」
「創る」

 リゼットの「え?」という声を無視し、むむむと唸りながらイメージする。武器ならポンと出せるのだが、一工夫必要となると少し時間がかかるのだ。

「……こんなところか」

 ポンという少し間抜けな音とともに、俺の手には夏の少女に相応しい、白い日傘が二本握られていた。

「そら」
「ありがとうございます、兄さん」
「へぇ……」

 三人で廊下に出て、白い日傘を刀花とリゼットに手渡した。
 刀花は嬉しそうに受け取り、リゼットはためつすがめつといった様子で検分し、傘を開く。

「あら、可愛いじゃない」

 傘の縁に付いたフリルをご機嫌に眺めながら言う。そのあたりは創造の際、特に苦労した部分だ。いい目をしているじゃないか。
 クルクル傘を回しながら笑顔を浮かべているリゼットだが、「あら?」と呟き、傘の柄に付いた異物に目をとめた。

「……このスイッチは?」
「あ、リゼットさんそれは──」

 刀花の制止の声も虚しく、リゼットは柄に付いたスイッチを押してしまった。

 ──パァン!

「……」
「……」
「……」

 閑静な住宅地に乾いた発砲音が鳴り響いた。

「……」

 リゼットは先端から硝煙の香り漂う煙を上げる傘を持って、立ち尽くしたまま青い顔でダラダラと汗を流している。

「……ナニコレ」

 廊下の天井からパラパラと降り注ぐ木くずを受けながらも彼女は辛うじてそう口にした。

「ふん。いいか、大事なことだから教えておくが──」

 それに対し俺は腕を組んでふんぞり返った。

「──俺は武器しか出せん」
「自慢げに言うことじゃないでしょーーー!?」

 リゼットの絶叫が青空に木霊した。

「おかしいと思ったのよ! あなたにしては随分控えめだって! やっぱりこういうことだったのね!!」
「やっぱりとはなんだやっぱりとは」
「ちなみに私はこれです」

 刀花がニコニコしながら傘の柄を捻り、手前に引く。柄に収納された隠し刃がぬらりと夏の日差しを受け鈍い輝きを放った。

「ダメですよリゼットさん、兄さんが創った物に付いているスイッチを軽々に押しちゃ」
「え、私が悪いの!?」

 リゼットはギョッとしながら「どうりで傘にしては少し重いなと思ってたのよ!」と傘を自分から遠ざけている。

「さて、そろそろ行かないとまずいな」
「まずいって、今度は何!?」

 そんなもの決まっている。
 閑静な住宅地で銃声だぞ? 次に来るのは当然──

 ウゥ~……!

 遠くから見える赤い光と鳴り響くサイレンが近づいてきた。

「ポリスメーン!?」
「逃げるぞー」
「はーい」

 慣れた様子で俺達兄妹は二階から飛び降りる。
 先に俺が着地し、落ちてくる刀花を柔らかく受け止めてから降ろし、二人して走り出す。公僕なんぞに付き合っていられるか。
 リゼットは遅れながらも「ま、待ちなさーい!!」とモタモタしながら階段を駈け降りて叫びながら追走する。

「いやあ、警察呼んじゃうのは何年ぶりですかね?」
「五年くらいではないか?」

 懐かしい感じですよねぇ、これ。と隣で走る刀花は愉快そうに笑っている。昔は公的機関と追いかけっこなんざ日常茶飯事だったからな。

「まっ……ちょっと待って……」

 既に息を切らしたリゼットがひいひい言いながら後ろから呼びかけてくる。
 貧弱すぎる……これでは事情聴取は免れまい。

「ちっ、ほら来い」

 舌打ちして彼女の肩と膝に手を入れた。

「ひゃっ!?」

 ひょいと、俗に言うお姫様抱っこをして再び郊外の森の方向へと走り出す。

「あ、ありがと……」
「ふん、調査を優先させるためだ」

 警察に捕まれば何時間拘束されるかわからん。それでは屋敷の調査をする頃には日が暮れてしまいかねん。
 そう言うとリゼットは頬を染めながらも「そんなこと言っちゃって」と呟きながら控えめに俺のシャツの襟を握ってきた。それ以外に何があるというのだ……。

「むむむ、リゼットさんずるい! あとで代わってください」

 隣で見事な健脚を披露する刀花が頬を膨らませて言う声を聞きながら、俺達は郊外の森へとノンストップで走り抜けていった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

処理中です...