練習船で異世界に来ちゃったんだが?! ~異世界海洋探訪記~

さみぃぐらぁど

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重油狂騒曲

国際船主組合

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「最大速力で引っ掛けた割には、案外傷が少ないな」
「表面の塗装が剥げたくらいだ。歪みもないし、案外丈夫だね」

 左舷のSSデッキ、舷外通路の損害確認を行っているのは、機関部の東沢と米山。
 俺は報告書だの定常作業だので手が離せないので、非直で暇な二人にやってもらっている。

「なんだかんだ、30過ぎの熟女なんだけどな。この船」
「アラフォーは熟女じゃないだろ」
「……は?」
「……あ゛?」

 …この判断が、その後の乗組員トラブルと不安全事象のレポートを招くことになるとは知らず。





「正面3マイルに反航船。1隻、相対速力16ノット」
「ポートステア0-4-5。監視を厳となせ」

 敵… ルアン共和国の私掠船団を突破してから一夜明け、時刻は0830。
 当直を交替した直後の海鵜丸は、このタイミングで1隻の船と接触する。

 その様子を、俺は機関制御室のモニタで見ていた。

 隣にはジルルがいる。どういうわけか、彼女は機関室が気に入ったようだ。

「海の景色はいっぱい見てきましたが、この機関室という所はこの船でしか見られませんから」

 だそうだ。


「今度はいきなり撃ってくるなんてことはないだろうな…」
「だといいが」

 同じ当直班に入った内藤と会話しながら、俺はスティックを操作してカメラの画角をいじる。

 拡大して相手船の様子を見てみれば、茶色の小柄な船体の上には3本マストが昇り、後部には大きな緑色の旗が翻っていた。

「あの記章は… 組合の哨戒船です! よかった、無事に合流できて…」

 ジルルがそう言い、俺は内線電話を取る。

「船橋、制御室」
『船橋3/Oです、どうぞ』
「はい制御室機関長。ジルルによれば前方の向き合い船は組合の船だそうだ。接近を提言するよ」
『そうですか…! 了解です、接近します』



 相手船との距離が3ケーブルを切る。

 既に組合の船と合流できたことは放送で船内に知らされているので、暴露甲板には、この世界で初めて遭遇する“敵ではない船”を一目見ようと非直の乗組員が集まっていた。

 俺もジルルを連れて、高三原と一緒に船橋に上がっていた。

 接触に備えて主機はスタンバイエンジンにしているから、本当は機関室を離れたくはなかったのだが、「責任者として同席しろ」という高三原の指示である。

 2ケーブルにまで近づき、こちらも速度を落とし始めたときだ。

 突然、相手船から拡声器で拡大したような“声”が聞こえた。


≪不審船に告げる! こちらは国際船主組合の哨戒船エルハロである! 貴船の所属と航行目的を明らかにし、速やかに停船せよ!≫

 その、この世界で耳にするとは思っていなかった大音響の声に俺たちは驚いて硬直する。

 するとジルルが、「拡声魔法です」と注釈を入れてくれた。

「船乗りに重宝される魔法です。魔素を魔力で震わせて、四半フェラルまで声を届けることができるんですよ。…私は、使えませんが」
「こちらから返答不能の時はどうすればいい?」
「この場合は指示に従えばよいかと」

 と言うので、高三原はストップエンジンの指示を出す。

 こちらが停船したことを認めると、組合の船、エルハロはゆっくりとこちらに近付いてきた。

 どうやら1層の砲甲板を備えているようだが、砲門を開ける気配はない。
 その代わり、右舷に防舷物を吊るし、こちらに接舷を試みているようであった。

 その様子を見た高三原はすぐに放送マイクを手に取った。

「当直2班、接舷部署用意。速やかに前部甲板および後部甲板へ」

 それを聞いた甲板上の非直たちは慌てて船内に戻り、すぐに安全帽と救命胴衣を身に着けて、前後の暴露甲板に移動していった。

 そうしている間にもエルハロは近づき、その甲板上には今にももやい縄を投げようとしている乗組員の姿が見える。

 甲板上に集合したこちらの乗組員が手を振ってどうにか合図すると、エルハロからもやい縄の先に結びつけられた投げ縄が放り込まれる。

 キャッチしたそれを頼りにもやい縄を手繰り寄せると、甲板上のボラードにもやい縄が掛けられた。


「よし上出来だ。ギャングウェイ通行橋降ろすぞ!」

 こちらの方が乾舷が高い。

 向こうの乗員たちは移乗用の梯子をどこに付けるべきか困り果てているようだったので、こちらから右舷のギャングウェイを降下させることとした。

 電動油圧式のギャングウェイが展開され、それが相手の木甲板の上に降ろされる様を、向こうの乗員は化け物でも見るかのように見つめている。

 すると、相手の船尾船楼の中から、周りの乗員とは一線を画すオーラを纏う、正装の女性がその姿を現した。

「向こうの責任者かな?」
「だな。話に行こう」

 と、俺がそのままギャングウェイの方に歩き出そうとすると、後ろから高三原が「待て」と制止した。

「話し合いの前に、制服に着替えてこい」
「……ウス」
「私も着替えてきますね!」



 久方ぶりの制服は、なんだか落ち着かない。

 これは、乗船式や下船式など、限られた儀礼の場でしか着用しないものだ。
 ネクタイがひん曲がっていないか高三原と確認し合い、俺たちは舷門で同じく制服に着替えたジルルと合流する。

 コートと制帽まで着用した彼女は、やはり小さくとも軍人に見えた。

「それが皆さんの制服なんですね…」
「まあな。滅多に着るもんじゃないが」
「さ、先方を待たせたら悪い。早く行こう」

 俺は意を決してギャングウェイに一歩踏み出した。

 ギシリギシリと軋む音を立てながら相手船へと向かう俺たちを、非直の者全員が甲板上から注視している。
 それは向こうの乗員も同じで、年齢の様々な男たちが、俺たちと船を興味深そうに眺めていた。

 ただひとり、ギャングウェイの終わる先で直立不動を崩さない、正装の女性を除いて。


「海鵜丸、船長の高三原です」
「同じく、機関長の金元です」

 相手船の甲板に足をつけると、俺たちは直立で敬礼し、名乗る。
 女性もそれを見て、三指を額に付ける独特な答礼をした。

「哨戒船エルハロ、船長のエリーシャ・ヴェスペルです。……そちらは?」

 エリーシャと名乗った女性船長は、傍らで縮み上がっていたジルルを見つけて言った。

 氷のような視線に捉えられたジルルは、ビクリとしながら背筋を伸ばし、エリーシャ船長と同じような礼をする。

「は、はいっ。モルト公国海軍、第4機動艦隊所属、ジルル・ショルツ特務少尉でありまひゅっ!」

 と、俺たちの聞いたことのない肩書を名乗ろうとして、肝心なところで噛んだ。

 ジルルは真っ青になっていたが、その様子に、鉄面皮を保ち続けていたエリーシャ船長の顔がほころぶ。

「ふふ… 本船には、あなた方をどうこうする意思はありませんよ。どうかそう緊張なさらず、中でゆっくり話しましょう。ここでは立ち話もできませんから」





「つまり、貴船は異世界の回廊を通って来られたと」
「通ってきたというか… 巻き込まれたという方が適切でしょうか。しかし、我々がこの世界とは異なる場所からやって来たのは確かです」

 哨戒船エルハロの船尾船楼。
 おそらくは士官用の食堂であろうそこで、俺たちは話していた。

 ジルルのおかげでいくらか和らいだが、それでも空気はピリピリとしている。
 無理もない。なにせこの会談は、お互いにとってまさに「未知との遭遇」なのだから。

 給仕に出されたおそらくは茶らしき液体に口をつけていいのか悩む。

 二人の船長の会話を聞きながら、俺はただその一点を天秤にかけていたのだが、不意にジルルが躊躇いなくグイッと行ったので、俺も一口含んでみる。

 口の中には上質な茶葉の風味が広がって、俺はそれで貴賓用の扱いを受けていることに気づいた。

「それで… 内燃機船と言いましたか。それはいったいどういうもので?」

 急にこちらに話が振られ、俺はピクリとして舌をヤケドしてしまった。

「あー、はい。ええ…… 内燃機船というのは、機関内部で燃料油を燃焼させ、その熱と燃焼ガスで動力を発生させ、これを水線下の推進器に伝達させるものです。構造の詳細は、この場では説明しかねますが……」

 秘密というわけではない。ただ口頭で説明するにはややこしすぎるというだけだ。

「…つまり、航行に風の影響を受けないと?」
「そう、その通りです」

 おお、理解が早くて助かるな!
 なかなか、頭のキレの良い人物のようだ。

「おかげで何度も命拾いしました。しかし、機関長の申し上げた通り、この装置は油を必要とします。実は今これが不足していて… 早急に補給のできる場所を探しています」

 高三原は一気に本題に切り込んだ。
 するとエリーシャ船長はしばらく考え込み、「アテはあります」と答えてくれた。

「皆さんが必要とする種の油を調達できるとは限りませんが… 組合の取引する複数の商会は、どこも燃料油を取り扱っています」

 希望が見えてきた。
 しかし、目を輝かせる俺たちを、エリーシャ船長は「ただ…」と言って制する。

「照明用の油などは総じて高級品です。それほどまとまった量を購入するとなると、かなりの額になりますが……」

 と言われ、俺はがっくりとへこたれてしまった。

 言うまでもなく、今の海鵜丸に財力は皆無だ。
 俺たちの財布に入っている日本円の札など、文字通り紙切れくらいの価値しかない。

「予想はしていましたが、しかし…」
「分かっています、皆さんの境遇は特殊ですから。…そうですね、別の手段を用意できるかもしれません」

 エリーシャ船長は傍らに控えていた士官を呼ぶと、何かの書類を持ってこさせる。

 おそらくは羊皮紙の、1枚つづりの長い紙には、俺たちの理解できない言語で何かがびっしりと書き込まれていた。

「特例として、皆さんをこの場で組合に加盟させます。そうすれば、組合による代理購入として、拠点に着いたらすぐに皆さんが必要とする補給を提供できるでしょう。もちろん、ツケという形にはなりますが」

 書類と羽ペンをズイと突き付ける彼女の視線には、なんだか有無を言わせないような雰囲気があった。




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