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星が落ちた空
しおりを挟む赤茶色の地肌が地平線まで続く世界。
二千年も前に不毛の大地となってしまった地の世界はいまだ再生の兆しがない。
地上から見上げる空は灰色雲に覆われており一年中どんよりと曇っている。
時折砂嵐が来て景色はかすみ、雨を落とす雷雲が嵐を巻き起こしても、過ぎ去ったそこには晴れ間はなくて、やはり灰色雲があるだけなのだ。
アトラン大陸の西方、草木のない岩と砂の大地がむき出しになっている道なき道を地響きを上げながら走るのはヴァジェト共和国防衛軍(VRDF)の巨大武装装甲車と戦闘車だ。
中央を走る装甲車が一際巨体なのは人型機動戦闘兵器〈地殻機兵〉の輸送車両だからで有事の際はそこから出撃するのである。
その装甲車の上部に設置されている見張台から空を見上げる。
夜明けが近いのか地平線の先から灰色雲越しに薄明かりが差してきた。
それでもこの目で太陽を見たことはない。
携帯端末をいじり保存したファイルから何度も読んだ情報を引き出す。
そこには太陽の光には可視光線や紫外線。赤外線が含まれ肉眼で直接観測すると網膜の火傷を引き起こす可能性があり最悪の場合は後遺症や失明のリスクがあると書かれている。
「失明するほどの輝きか…」
「ん?なになに?あ、またそれ見てんの?」
「どうした?」
頭部に設置したゴーグル型暗視望遠双眼鏡で後方を警戒していたタカシがナオキの声に振りかえる。
「タクトがまた端末で趣味のデータ見てる」
「…タクト」
「問題ないよ。本部から送られてきているデータの解析も同時にしてるから。サボってるわけじゃない。僕よりナオキの方が気をつけた方がいいんじゃないの」
「は?」
「自動小型戦闘車」
「うおっ、そうだった!」
「はぁ…」
二人のやり取りにタカシは呆れたように溜息をつくと周囲の監視に戻り、望遠双眼鏡越しに周囲を覗く。
「それで?なんか新しい情報あったか?」
「いや…、今のところはないね」
暗号解析を終えたデータをアップロードして端末を操作し次々と現れる情報を速読していく。
「昨日観測したデータと照らし合わせているけれどこの地帯の環境状況は以前と変わってないみたいだ」
「ふぅん。じゃあ今回の巡回もなんの成果もなしか」
「そうなるね」
「意味あんのかなぁ、こんなことして」
部隊より先行している自動小型戦闘車に装備されている望遠カメラと同調させているゴーグル越しに前方の監視をしながらナオキが呟いた。
「この二千年間環境は変わらなかったわけだろ?今更変わるわけねぇよ」
「俺たちは上の命令に従うだけだ」
「ちぇ、タクトはどう思う?」
「うん、まぁ難しいだろうね」
「だよな!」
「それでもこの国で生きていくためには必要なプロセスなんだと思う」
「え?」
「五百年前に開発された栄養調整補給食の効率化に近年成功したとはいえ食料栽培施設は限られている。地殻人の人口は年々増えているから今は良くても近い将来、食糧不足に行き当たるのは少し考えればわかる。順調に復興してきたのに食料を巡って内乱なんてことになるのを事前に防ぐためにはやはり環境の改善が急務だ」
「まあ…そうだよな」
端末を操作し続けながら淡々と話すタクトに、うーむと腕を組むナオキ。タカシも口を開く。
「警備巡行だけじゃなく同時に各地の環境を調査しそのデータを集積するように通達されているのは、少しでも植物が自生している場所を捜索する目的があるわけだし」
「んー…、じゃあ各地の土壌を一部持ち帰るのはやっぱ研究するため?」
「そうだね」
VRDFは本来、ヴァジェトの防衛及び国の安全維持を目的に設立された組織だ。
昔は他国からの武力攻撃をされ戦争を繰り返していたが、時世が落ち着いた現在は国の治安維持と環境調査の巡行が主な仕事となっている。
国境周辺を巡行しながら国境侵犯を取り締まったり、異常成長現象を起こした地獣を狩ったりしている。
また、最近では並行して各地の土壌を持ち帰ってもいる。
ヴァジェト共和国の機構都市エデンにて環境状況を研究し、地殻人の生活圏をより広げるためだ。
「でも結局、成果はないわけだろ?」
「何もしないよりはましだろ」
「そうだけどさ」
「僕たちが何を考えたってやることは変わらないよ。それなら少しでも自分たちの為になることをすればいい」
「相変わらずタクトは達観しすぎ」
「いつまでも喋ってるとミスするぞ」
タカシに注意されたナオキは、ぶつぶつ言いながら自動小型戦闘車での斥候に集中した。
それを横目に携帯端末の大量のデータを精査する。
電子ネットワークが発達し、地界石のエネルギーによって成り立っているこの世界は自然が少ない。
一説には四千年前に羽翼人と呼ばれる種族との間に勃発した戦争の影響で、地の世界の環境サイクルが破壊されてしまった為、徐々に植物が育たなくなってしまったとかなんとか。
電子ネットワークの隅ではそんな御伽話のような情報も飛び交っているが、そんな非科学的なことを信じる地殻人は少数である。
勿論、タクトも信じていない。
羽翼人なんて存在が現れたこともないし、まず現実味がない。そういう情報は曖昧で眉唾なものばかりだからだ。
だいたい、環境悪化の原因はすでに把握されている。
天功暦2021年ごろに起きた大規模な地殻変動と気候変動が原因だ。
その頃の情報データは欠落が多いが、おそらく地界石の暴発、もしくは地殻人同士の戦争で使用された科学兵器の影響で地殻変動を誘発し、異常気象による環境変化が起きてしまったのだろうと考えられている。
異常気象が続く中、いくつかの陸地が海へと沈み、残った地殻人の間で資源の奪い合いが始り、その戦乱の跡に残されたのは不毛となってしまった大地。わずかな自然の残ったオアシスに生き残った人々は民族関係なく寄り集まりそこに新たな生活拠点を作っていき、今に至る。
研究者たちの間ではそれが通説だ。大多数の地殻人もそう考えている。
自分が生まれてもいない遥か昔の事に思いをはせても意味がない。
僕らが生きているのは今なんだから。
古いデータで見つける遥か昔にそこにあったといわれている草原や生茂る森なんてどこにもなくて、灰色雲に覆われた明けることない空の下、この不毛の大地で僕たちは生きている。
それでも多少は憧れもあったりする。
生まれてから十五年たったけれど、一度も青い空や星の輝く夜空というものは見たことがない。
太陽という輝く惑星はどれほど眩しいのだろうか?
蓄積された電子データの情報を読む度に考える。でも、きっと僕がそれらを見ることは生涯ないのだろう。そう、冷静に判断してしまうのだ。この憧憬は現実の前では何の意味もないのだから。
「ん?」
端末にリアルタイムで送られてきている空間波形がおかしいことに気づく。
「なんだ…?」
こんな複雑な波形見たことがない。あきらかな異常だった。
「タカシ!ナオキ!」
「なになに?どうした?」
「タクト?」
「前方の空間に、どこかおかしいところはない?」
「は?とくにないと思うけど…」
「いや、まて」
ナオキが自動小型戦闘車に搭載されたカメラと同調しているゴーグル越しに戸惑った声を上げた。
「空だ…」
「え?」
「空…?」
タクトは顔を上げて目を見開いた。
「え…」
そこにはありえない光景が広がっていた。
灰色雲が渦を巻きながらゆっくりと回転している。まるで中心から吹いてくる風に抗えないというように回転は次第に速くなり、そして爆発した。
「っ!」
突風に煽られる。
見張台の枠を掴み耐えるがそのあまりの強さに息が詰まる。押し潰されるかのような風圧は辺り一帯を蹂躙した後、唐突に止んだ。
「タカシ…、ナオキ…、大丈夫?」
「おう…なんとかな」
「こっちも、大丈夫だよ」
いつのまにか装甲車は止まっていた。
異常事態に通信が飛び交っている。耳につけたヘッドセットから聞こえてくる情報が通り抜けていく。
普段ならけして聞き逃したりしない。だが…。
目の前に広がっている光景はなんだ。
いや、知識としては知っている。これは空だ。太陽が昇る前の薄明。地平線だけ明るいけれど上空はまだ暗く、無数の星がまだ見える。
「これが空…」
頭上の灰色雲だけが拡散し静かに消えていく。
呆然と見上げていると大小色とりどりの星の中で一つだけ他とは違う輝きがあることに気がついた。
「近づいてくる…?」
炎のように明るく眩き金色に輝くその星は瞬く間に大きくなって地上を目指して落ちていった。
◆
悲鳴と怒号が遠くで飛び交っている。
「姫、格納施設まであと少しです」
「私は大丈夫です。先を急ぎましょう」
「はい」
周囲を警戒しながら人気のない場所を選んで走る。
天王の三の息子誕生による祝賀の儀により水晶宮に羽翼人が集まっていた為、天堕人の軍勢はそちらに集中している。
時折異形の生物が彷徨っているが転移門を使用しなんとか切り抜けた。
戦う術がないアヴニールがいる以上、極力目立つ行動は避けなければならない。
本当は障害物のない空を翼で飛んで行くのが一番の近道だが、上空は敵の監視下にある。飛べば集中砲火されることは容易に想像がついた。だからといって翼力機士は召喚できない。悪目立ちしすぎる。
二人は転げるように自分たちの足で必至に走った。
毎日訓練をしていたリゲルはともかく幽閉されていたアヴニールの体力は少ない。
それでも弱音を言わず息を切らしながらも足を懸命に動かすアヴニールの手を更に握りしめる。
アヴニールを気遣いながらもなんとか格納施設にたどり着いた時、リゲルは思わず安堵の息をついた。だが、安心しても居られない。まだここから脱出しなければならないのだから。施設にある飛行艇を見ながら考えているリゲルの横でアヴニールは施設内を見回した。
「リゲル」
「はい、どうかされましたか」
「あちらは?」
「ああ、あれはたぶん備品や古い機体の倉庫区域ではないでしょうか、私も入ったことはないのですが」
「倉庫?そうなのですか?でもこの結界陣どこかで…」
近づいたアヴニールに結界陣が反応する。驚いて一歩下がった。
「姫!」
分厚く壁のように立ちはだかりしっかりと閉じられていたシャッターがアヴニールの目の前でゆっくりと上がっていく。
「え?」
「これは?」
二人の前に黄金の機体が現れた。
その存在感は異様だった。堅牢な装甲の力強い形状。優美な曲線に似合わない砲撃台まで装備されている。羽翼人が日常的に使用している飛行艇とも違う。防御力に優れた立派な戦艦だ。
「もしかしてこれはヴィマナ?」
「姫はこれが何かご存じなのですか?」
「たぶん流星飛行艇です。羽翼人に与えられた古代遺物の一つで神が創造した光の船」
「古代遺物…!」
「天王の血族のみが動かせるといわれていますがこの数百年動かせた王族はいないと昔コンシェンツァ卿が話してくれたことがあります」
「姫、この船に乗りましょう」
「え…?でもリゲルこれは動かないわ」
「いいえ、きっと姫なら動かせます。だからコンシェンツァ卿はここへ行くように指示したのです。あの方はとても聡明な方。勝算のないことはしない筈。逃亡するにしても普通の飛行艇では難しいと考えたのではないでしょうか?」
おそらく自分の推測は正しいとリゲルは考える。
神によって創造された船だというのならば神の力の一部が宿るアヴニールならば起動できるとコンシェンツァ卿も考えたはずだ。
「……わかりました。やってみましょう。でもどこから乗ればいいのかしら?」
ヴィマナに近づいてみると胴体下部が淡く輝きハッチが開いた。降りてきた階段を恐る恐る上りヴィマナの内部へ入る。訓練の一環として飛行艇に慣れているリゲルでさえ見たことのない精密で精工な機体だと驚嘆する。
「これはすごい」
「ここが操縦室かしら?」
「おそらく」
操縦席を調べパネルに触れるとそこから虹色の光が弾け流星飛行艇が息を吹き返した。
『生体反応認識』
「声?」
『羽翼人王族確認、継承者候補確認。管理権限を移行しますか?』
「管理権限を移行?そうすればこの機体を動かせるのですか?」
『コードが違います』
「……権限を移行します。アヴニール・テネル・エルピスの名において」
『了解しました。流星飛行艇の全権限を移行。アヴニール・テネル・エルピスを継承者として認めます。ようこそアヴニール』
「あなたは?」
『私は流星飛行艇に搭載された人工感応知能です。この機体を自動制御しています』
「なるほど。貴女はこの機体そのものなのですね。わかりました。ではヴィマナと呼びます」
『了解しました』
「ヴィマナ、早速ですがすぐにここを脱出したいのです」
『了解しました。命令を実行します。操縦席にお座りください』
アヴニールは中央の操縦席。リゲルは副操縦席に座った。
『全エンジンを起動。防御界磁展開。主砲弾発射準備完了』
ヴィマナの主砲が施設上部に向けて照準を合わせた。次の瞬間、轟音と共に屋根が破壊された。
「…屋根が、吹き飛びましたね」
「みごとに粉々だな…」
『問題ありません。流星飛行艇、発進します』
巨体にも関わらずふわりと音もなく機体が浮き上がったかと思えば、ぐんぐんその速度があがっていく。
『目的地を設定してください』
「地の世界へ行きたいのです」
『了解しました。空間解析開始。天空中央島北部、虹の滝にて結界磁場の綻びを発見』
「そこから行けるのですね?」
『異空転移成功率52.9%。どうしますか?』
「参ります!」
『了解しました。進路変更。――後方より二機攻撃機が来ます』
メインモニターに警告音と共にウィンドウが開く。後方の景色だ。攻撃機から高エネルギー弾が放たれる。リゲルが叫ぶ。
「打ってきたぞ!」
『問題ありません。展開中防御界磁により機体に損傷なし』
赤い光の弾丸は戦艦に着弾する前に柔軟な透明の壁に弾かれていく。弾かれるたびに防御界磁にまるで水面の波紋のような小波が立つがびくともしない。
『反撃しますか?』
「いいえ、今は逃げることに集中してください」
『了解しました。では機体を速度重視型に変更します』
黄金の炎に包まれると戦艦の形状が変化していく。黄金の輝きを放ちながら現れたのはまるで黄金の鳥を思わせる戦闘機だった。
『高速飛行開始』
神に創造された光の船はまさしく光のように速く飛ぶことができるのだ。その真骨頂、古代叡智がふんだんに詰め込まれている黄金の鳥は、瞬時に最大加速まで速度をひき上げた。
慣性と重力を完全に相殺するシステムにより機体内部は守られているので操縦席にいても何の影響もない二人だったが外の景色は見えているので、激しい空中戦に何度もひやひやさせられた。
機体を制御している当のヴィマナは人工感応知能らしく、抑揚のない声で淡々と状況を説明している。勿論その間も高速移動中である。
獲物を補足したと思っていた二機の攻撃機はその速さに戸惑い反応が遅れた。だがなんとか持ち直し執拗に追ってくる。後方からは絶え間なく高エネルギー弾が発射されるが、ヴィマナはありえないような俊敏な反応速度で機体を捻ることで難なく回避した。
まるで水を得た魚のように生き生きと空中を自在に乱舞する黄金の鳥は敵の攻撃機を翻弄し、ぐんぐん引き離していく。追うものと追われるもの。だがそこには明確な差があった。
ヴィマナの速さに追いつける機体は他になく、敵の包囲網の横をするりと躱して危険な空域を光の軌道を描きながら見事に疾り抜けたのである。
「みえた!虹の滝だ」
天空中央島にはけして枯れることのないウルズの泉が存在する。
そこから湧出る水はその恩恵を島の至るとこへもたらした後、北の崖から放流されている。
高所から落ちる滝は空中で噴霧となり、雲の滝壺は常に虹で覆われていて幻想的なその光景は星屑の花園と並ぶ美しい名所の一つである。
『結界磁場の綻びが約百八十秒に一度移動していることを確認。座標特定。現在地は滝壺の中になります。滝壺突入十二秒後、結界磁場に接触予定。――再解析完了。異空転移成功率50.5%。結界磁場が不安定な為、強制突入となります。想定される衝撃と突出先の不明慮を考慮する場合、お勧めしかねます』
「それは結界磁場を無事通り抜けられないかもしれないということですね?」
『肯定。その可能性も充分考えられます』
「心配してくれているのですね」
『当機の全権限は継承者に譲渡されました。それにより当機の最優先事項は機体保全から継承者の生命保守に移行しました』
「ありがとう。でも…」
メインモニターに映し出される後方に距離はあるが確かに追ってきている攻撃機を認識する。
敵は諦めていない。
自らの命を懸けて逃がしてくれたコンシェンツァ卿。ここで敵に捕まれば彼の願いは無駄になる。
自分だけ捕まるだけならまだいい。もし捕まっても疎まれ幽閉されていたとはいえ仮にも王族。敵方にとってアヴニールは利用価値があるかもしれない。
だがリゲルは?
彼は捕まったらすぐに殺されるだろう。リゲルの忠誠心は幼い頃から共にいるアヴニールが一番よく分かっている。アヴニールを守るためならリゲルはどんなに傷つこうとも戦い続けるだろう。今までのように。その先にたとえ死が待っていようとも。
まだ生まれて間もない頃に母を亡くし、父たる天王と顔を合わせたのも片手で数えられるほど少なく、ひっそりと離宮で生きてきたアヴニールは兄弟姉妹にもあったことはない。
天王から見向きもされずなんの後ろ盾のないアヴニールは天王の一の娘であり王位継承第一位の長子でありながら水晶宮の権力闘争に何の価値もないと見做され、貴族も使用人も距離を置いた。
家族の温かみも知らず、たったひとりでとる冷たい食事の味気なさは今でも思い出せる。
そんな中、人の温かさと優しさを教えてくれたのはリゲルである。
下級島から奴隷のように徴兵されてきた子供の一人にリゲルはいた。
アヴニールもまた子供だったが、理不尽に虐げられていたリゲルを偶然見つけてしまった。
自分の騎士として扱うことで彼の待遇はすこしよくなった。なのに突然自分が幽閉されることになってしまった。
もうリゲルを守ることができないと謝るアヴニールに今度は自分が守る、そう言って彼はアヴニールに忠誠を誓った。
下級島出身で身分の差で苦労しながら毎日傷だらけになっても騎士の訓練を欠かさなかった。天力を向上させることにひたすら努力して翼力機士と契約すら成し遂げた。
血の繋がりのある肉親など家族だと思ったことは一度もない。
家族といえる存在はリゲルとコンシェンツァ卿だけだったのにコンシェンツァ卿を失ってしまった。
たとえ祖国を見捨てた裏切者と罵られようともアヴニールはもう家族を失いたくない。リゲルを死なせたくない。唯一の家族を守りたい。だからアヴニールは祖国を切り捨てる。
「それでもわたしは地の世界に行くことを選びます」
「どこまでも御供致します」
決意を込め胸元で拳を握りしめてリゲルを見る。リゲルもアヴニールを見つめていた。
『了解しました。命令を実行します。負荷重力運動計測。軌道調整完了。異空間磁力緩衝界磁展開します。防御界磁最大出力』
主の命令を受けたヴィマナは何の躊躇もなく虹のかかる滝壺へと飛び込んだ。視界は一瞬で一面雲に覆われ白一色となる。
『五秒後、結界磁場強制突入。――衝撃に備えてください』
磁場の渦と空間の歪みが離れたりまた重なりあいながら不思議な収縮運動を繰り返し、火花を散らす結界の綻びに黄金の鳥は突入した。
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