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「ああ。俺の部屋だ」
全然知らなかった。
なのに私ってば呑気に自分だけの中庭とか思っていた。愚かすぎる……。
そしてふと思いつく。
「……つまりは私の部屋と近いのですか?」
焦った私にディオリュクスはこともなげに告げる。
「ああ。だろうな」
全然気づかなかった。部屋から出るより、この中庭で過ごすことが多かったため、外のことなど把握していなかった。
しかしディオリュクスのこの格好は、先ほどまで寝ていたのだろう。わざわざ中庭にまで降りてきた理由はなに?
それに私は彼に聞きたいことがある。
手をギュッと握りしめ、息をスッと吸う。心臓がドキドキして緊張から足が震えるが、勇気を振り絞る。
「な、なぜ、あんなことをしたのですか?」
ディオリュクスはジッと私を見下ろしている。
「ご自分の手を傷つけてまで……」
相手の反応があまりにも薄いものだから、もごもごと口ごもってしまう。
「ああ」
あっさりと口にしたディオリュクスは、私の質問の意図をようやく理解したようだ。そしてそっと腰を折る。私の目線と交じり合わさり、近くなった距離に体が震えた。
「俺の後ろ盾をくれてやったのだ。俺と契りを交わしたのだから、それ相応の待遇にもなろう」
「で、でも、私はあなたと契ってなどいなません!」
胸の前で両手を握りしめ、反論する。ディオリュクスは目を見開き、瞬きをした。
そして不意に笑い出した。顔に手を当て、声を出してまで。
「な、なにを……」
この人、おかしくなったのかしら。戸惑って視線をさまよわせた。
「俺が否定しないのだから、嘘でも契りを交わしたと言っていればいいだろうが、お前はなぜ、そうまでバカ正直に生きる。それが時には己の首を絞めることだと、気づかないのか」
それは、あの夜から一週間、私はよく考えた。
ディオリュクスからの後ろ盾を手に入れたから、行動範囲も広がったのだと。でも私は――。
「確かにあなたの後ろ盾を手に入れたことは強いです。だけど、私の気持ちは変わりません。――森に帰りたい」
真っすぐに彼の目を見つめた。
ディオリュクスは私の顎をいきなり掴んだ。
グッと上を向かされ、彼の視線と対峙する。顔をのぞきこまれ、思わず顔をしかめた。顎がギリギリと痛むが、ディオリュクスはしばらくすると興味を失ったようで、手を離す。そしてフイッと顔を逸らした。
「お前は今、愛人という立場だ」
「愛人!?」
驚きすぎて大きな声が出てしまった。でもそれじゃあ……!!
「異世界からの落ち人、かつ王の愛人。その立場をせいぜい有効に使うんだな」
「わ、私はどう過ごせば――」
問いかけると、ディオリュクスは横顔を向けた。
「知らん。せいぜい、自分で考えるのだな」
そのまま、去っていくディオリュクスの後ろ姿を見送った。
でも今日の態度を見て、はっきりとわかった。
彼は私に興味がない。気まぐれで構っただけで、特に気にも留めていないと再認識した。
私に向ける冷たい視線、そして彼自身、私に対する処遇を特に考えてないように感じた。
これならいつか、出られるかもしれない。淡い期待だが、すがるものがないよりはいい。
手を強く握りしめた。
そしてそれから三日ほど、中庭には行かず、城内を歩いてみた。
護衛はついてくるけれど、移動場所が制限させることもない。なにかあった時のためにも、ある程度は把握しておきたい。私が覚えたのは図書館の位置だ。珍しい花々が描かれた図鑑が並び、圧倒される。その一冊を手に取ると、オウルの森に自生していた薬草などの詳しい説明が描かれている。
この図鑑を最初から持っていたら、知識を深めるのに役立っただろうに。どこか悔しい思いだ。
だが、私の知識はすべてサーラから教わったもの。つまり、この本にも負けないぐらいの知識がサーラの頭には詰まっていたのだ。それってつまりすごいこと。
脳裏に浮かぶのは腰を曲げながら、薬を調合する姿。今頃、なにをしているのだろう。私がいなくなったことで、寂しいとか思っていないかしら。元気なようでいて、もういい年齢なので無理をしていないか心配になる。考えれば考えるほど、悪い方向へ向かう。
でも、今は考えても仕方のないことだ。自分自身に言い聞かせ、悪い思考を振り切った。
図鑑を開くと丁寧な説明が書かれているが、残念ながら私は字を読むのがあまり得意ではない。時間があればサーラから教わったが、すらすらと読めるまではいかなかった。
この機会に、ちょっと学んでみようか。独学になるけれど。皮肉なことに時間だけはたっぷりとあるのだから。
私は適当な子供向けと思われる本を二冊手に取ると、図書室をあとにした。
そして部屋に戻ると、本を開いた。
たどたどしく、つっかえながらも、目を通していると、夢中になりすぎたみたいで、外は夕日が沈みかけていた。しかし、絵本の一冊もまともに読めないだなんて、本当、自分は狭い世界で生きてきたのだと実感する。
オウルの森で、側にいるのはサーラだけ。
薬草を採取し、自給自足が基本の日々。それで外の世界に出てみれば、字を読むにも苦労しているだなんて、まだ知らないことはたくさんある。
そんな自分に呆れながらも椅子にもたれ、深く息をついた。
全然知らなかった。
なのに私ってば呑気に自分だけの中庭とか思っていた。愚かすぎる……。
そしてふと思いつく。
「……つまりは私の部屋と近いのですか?」
焦った私にディオリュクスはこともなげに告げる。
「ああ。だろうな」
全然気づかなかった。部屋から出るより、この中庭で過ごすことが多かったため、外のことなど把握していなかった。
しかしディオリュクスのこの格好は、先ほどまで寝ていたのだろう。わざわざ中庭にまで降りてきた理由はなに?
それに私は彼に聞きたいことがある。
手をギュッと握りしめ、息をスッと吸う。心臓がドキドキして緊張から足が震えるが、勇気を振り絞る。
「な、なぜ、あんなことをしたのですか?」
ディオリュクスはジッと私を見下ろしている。
「ご自分の手を傷つけてまで……」
相手の反応があまりにも薄いものだから、もごもごと口ごもってしまう。
「ああ」
あっさりと口にしたディオリュクスは、私の質問の意図をようやく理解したようだ。そしてそっと腰を折る。私の目線と交じり合わさり、近くなった距離に体が震えた。
「俺の後ろ盾をくれてやったのだ。俺と契りを交わしたのだから、それ相応の待遇にもなろう」
「で、でも、私はあなたと契ってなどいなません!」
胸の前で両手を握りしめ、反論する。ディオリュクスは目を見開き、瞬きをした。
そして不意に笑い出した。顔に手を当て、声を出してまで。
「な、なにを……」
この人、おかしくなったのかしら。戸惑って視線をさまよわせた。
「俺が否定しないのだから、嘘でも契りを交わしたと言っていればいいだろうが、お前はなぜ、そうまでバカ正直に生きる。それが時には己の首を絞めることだと、気づかないのか」
それは、あの夜から一週間、私はよく考えた。
ディオリュクスからの後ろ盾を手に入れたから、行動範囲も広がったのだと。でも私は――。
「確かにあなたの後ろ盾を手に入れたことは強いです。だけど、私の気持ちは変わりません。――森に帰りたい」
真っすぐに彼の目を見つめた。
ディオリュクスは私の顎をいきなり掴んだ。
グッと上を向かされ、彼の視線と対峙する。顔をのぞきこまれ、思わず顔をしかめた。顎がギリギリと痛むが、ディオリュクスはしばらくすると興味を失ったようで、手を離す。そしてフイッと顔を逸らした。
「お前は今、愛人という立場だ」
「愛人!?」
驚きすぎて大きな声が出てしまった。でもそれじゃあ……!!
「異世界からの落ち人、かつ王の愛人。その立場をせいぜい有効に使うんだな」
「わ、私はどう過ごせば――」
問いかけると、ディオリュクスは横顔を向けた。
「知らん。せいぜい、自分で考えるのだな」
そのまま、去っていくディオリュクスの後ろ姿を見送った。
でも今日の態度を見て、はっきりとわかった。
彼は私に興味がない。気まぐれで構っただけで、特に気にも留めていないと再認識した。
私に向ける冷たい視線、そして彼自身、私に対する処遇を特に考えてないように感じた。
これならいつか、出られるかもしれない。淡い期待だが、すがるものがないよりはいい。
手を強く握りしめた。
そしてそれから三日ほど、中庭には行かず、城内を歩いてみた。
護衛はついてくるけれど、移動場所が制限させることもない。なにかあった時のためにも、ある程度は把握しておきたい。私が覚えたのは図書館の位置だ。珍しい花々が描かれた図鑑が並び、圧倒される。その一冊を手に取ると、オウルの森に自生していた薬草などの詳しい説明が描かれている。
この図鑑を最初から持っていたら、知識を深めるのに役立っただろうに。どこか悔しい思いだ。
だが、私の知識はすべてサーラから教わったもの。つまり、この本にも負けないぐらいの知識がサーラの頭には詰まっていたのだ。それってつまりすごいこと。
脳裏に浮かぶのは腰を曲げながら、薬を調合する姿。今頃、なにをしているのだろう。私がいなくなったことで、寂しいとか思っていないかしら。元気なようでいて、もういい年齢なので無理をしていないか心配になる。考えれば考えるほど、悪い方向へ向かう。
でも、今は考えても仕方のないことだ。自分自身に言い聞かせ、悪い思考を振り切った。
図鑑を開くと丁寧な説明が書かれているが、残念ながら私は字を読むのがあまり得意ではない。時間があればサーラから教わったが、すらすらと読めるまではいかなかった。
この機会に、ちょっと学んでみようか。独学になるけれど。皮肉なことに時間だけはたっぷりとあるのだから。
私は適当な子供向けと思われる本を二冊手に取ると、図書室をあとにした。
そして部屋に戻ると、本を開いた。
たどたどしく、つっかえながらも、目を通していると、夢中になりすぎたみたいで、外は夕日が沈みかけていた。しかし、絵本の一冊もまともに読めないだなんて、本当、自分は狭い世界で生きてきたのだと実感する。
オウルの森で、側にいるのはサーラだけ。
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