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夢は、夢のままで良かった
卒業式が終わって、夜の卒業祝いパーティ。
シャンデリアが眩しい。
卒業式では何も起こらなかった。
断罪は、この夜のパーティで行われる。
フェリシアさまが「卒業祝いのパーティで宣告する」と言っていたっけ。
わたしは見納めだなあとぼんやり周囲を眺めていた。
その中心で、これから予定通りの「断罪」が始まる。
第一王子エドワードさまが、一段高い壇上の中央に立つ。
金色の髪が光を反射して冷たく輝き、その威圧感に周囲は静まり返った。
わたしは壇のすぐ下、衆人環視の中に立たされている。
「ニーナ・ローレンス。君には数々の不品行があった。
学園の規律を乱し、身分を偽り、不当な利益を得た。
そして……王族への不敬な接近を試みた。
よって、君を王都から追放する」
容赦のない宣告。
ホールがざわめきに包まれて、列席していた男爵さまの顔が真っ青に染まっていく。
わあ、大丈夫かな。
でも、すぐに証書を見せるから大丈夫。
心配になるほど青いけど。
けれど、エドワードさまの冷徹な声とは裏腹に、その瞳が一瞬だけ、案じるように揺れた。
エドワードさまは優しいなあ。
わたしは令嬢らしい微笑みをがんばって維持しながら、壇上へと一歩、歩み出る。
「エドワードさま、宣告の件、承知いたしました。では、男爵さまにこちらを」
懐から取り出した一通の証書を、壇の傍らに控えていた男爵さまへと差し出す。
「化粧水の全利権を男爵家に譲渡いたします。
引き換えに、わたしの身の自由と、これまでにかかった養育費を
これをもって完済したと認めていただきたく存じます」
青かった男爵さまの顔が、今度は興奮したように赤くなった。
色の変化がすごいね。
でも、お金大好きな男爵さまは嬉しそう。
莫大な利益を生むその紙に、食い入るようにサインを書き込んでくれた。
わたしも、すぐに迷わず自分の名を記した。
これで、契約は完了した。
良かった。間違えずにここまでこれた。
その時、壇上のエドワードさまの傍らに、フェリシアさまが歩み寄った。
エドワードさまは周囲に見せつけるようにフェリシアさまの腰を抱き寄せた。
お二人は睦まじい様子でわたしを見下ろしている。
「追放なんて、ニーナも運がないわね。
でも、化粧水のおかげで、わたくしの肌はより完璧になったわ。
ねえ、エドワード様もそう思いませんこと?」
フェリシアさまはわざとらしく冷ややかに笑って見せた。
けれど、至近距離で対峙するわたしには見えていた。
エドワードさまの腕に回された彼女の指先が、微かに震えているのを。
そして、その美しい瞳の縁に、堪えきれない涙がたまっているのを。
ううフェリシアさま。わたしも泣きそうだよ。
「ああ、もちろんだよ、フェリシア。君に相応しい逸品だ。
平民になる人間に権利を持ち逃げされなくて安心したよ」
エドワードさまは冷淡な言葉を吐き捨てながら、
わたしにだけ伝わるように小さく頷いた。
計画通り。この「追放」こそが、わたしを自由にする唯一の道。
「ニーナ、どこへでも好きなところへ行きなさい。
二度とわたくしの目に触れない場所へ」
突き放すような言葉は、彼女なりの精一杯の「行って」というエールだった。
わたしは、涙をこらえて深く頭を下げた。
「ありがとうございます、フェリシアさま」
背を向けて歩き出す。
ざわめく令嬢たちの間を抜けて、わたしはホールを出た。
人目を避けるように回廊を走る。
中庭に面した薄暗い「準備室」へと滑り込んだ。
ここは貴族たちが立ち入ることはない、使用人たちの通路につながる場所。
急いで重苦しいドレスの編み上げを解く。
ああ~なんでこんな細かく紐を通すのよー!
やっとの思いで解けた紐とかさばる布の塊を床に脱ぎ捨てた。
代わりに身に纏ったのは、荷物の中に隠していた古いワンピース。
クローの瞳の色によく似た、深い緑色の布地が、今のわたしにはどんな礼装よりも誇らしい。
広いお屋敷も、綺麗なシャンデリアも、王子さまも、お姫さまも。
あれは夢の世界。
夢は、夢のままで良かった。
わたしの居場所は、ここじゃない。
もう、マナーも、偽りの名も、何もいらない。
わたしは、ニーナ。
ミッカン農家の隣に住んでいた、ただの女の子。
フェリシアさま、エドワードさま、ありがとう。
二人が手伝ってくれたから、わたしはちゃんと自由になれた。
この自由を、絶対に手放さない。
裏門へ向かって、わたしは夜の冷気の中を全力で駆け出した。
クローが、待っていてくれる。
商人さんが、連絡してくれたはずだから。
必ず、待っていてくれる。
シャンデリアが眩しい。
卒業式では何も起こらなかった。
断罪は、この夜のパーティで行われる。
フェリシアさまが「卒業祝いのパーティで宣告する」と言っていたっけ。
わたしは見納めだなあとぼんやり周囲を眺めていた。
その中心で、これから予定通りの「断罪」が始まる。
第一王子エドワードさまが、一段高い壇上の中央に立つ。
金色の髪が光を反射して冷たく輝き、その威圧感に周囲は静まり返った。
わたしは壇のすぐ下、衆人環視の中に立たされている。
「ニーナ・ローレンス。君には数々の不品行があった。
学園の規律を乱し、身分を偽り、不当な利益を得た。
そして……王族への不敬な接近を試みた。
よって、君を王都から追放する」
容赦のない宣告。
ホールがざわめきに包まれて、列席していた男爵さまの顔が真っ青に染まっていく。
わあ、大丈夫かな。
でも、すぐに証書を見せるから大丈夫。
心配になるほど青いけど。
けれど、エドワードさまの冷徹な声とは裏腹に、その瞳が一瞬だけ、案じるように揺れた。
エドワードさまは優しいなあ。
わたしは令嬢らしい微笑みをがんばって維持しながら、壇上へと一歩、歩み出る。
「エドワードさま、宣告の件、承知いたしました。では、男爵さまにこちらを」
懐から取り出した一通の証書を、壇の傍らに控えていた男爵さまへと差し出す。
「化粧水の全利権を男爵家に譲渡いたします。
引き換えに、わたしの身の自由と、これまでにかかった養育費を
これをもって完済したと認めていただきたく存じます」
青かった男爵さまの顔が、今度は興奮したように赤くなった。
色の変化がすごいね。
でも、お金大好きな男爵さまは嬉しそう。
莫大な利益を生むその紙に、食い入るようにサインを書き込んでくれた。
わたしも、すぐに迷わず自分の名を記した。
これで、契約は完了した。
良かった。間違えずにここまでこれた。
その時、壇上のエドワードさまの傍らに、フェリシアさまが歩み寄った。
エドワードさまは周囲に見せつけるようにフェリシアさまの腰を抱き寄せた。
お二人は睦まじい様子でわたしを見下ろしている。
「追放なんて、ニーナも運がないわね。
でも、化粧水のおかげで、わたくしの肌はより完璧になったわ。
ねえ、エドワード様もそう思いませんこと?」
フェリシアさまはわざとらしく冷ややかに笑って見せた。
けれど、至近距離で対峙するわたしには見えていた。
エドワードさまの腕に回された彼女の指先が、微かに震えているのを。
そして、その美しい瞳の縁に、堪えきれない涙がたまっているのを。
ううフェリシアさま。わたしも泣きそうだよ。
「ああ、もちろんだよ、フェリシア。君に相応しい逸品だ。
平民になる人間に権利を持ち逃げされなくて安心したよ」
エドワードさまは冷淡な言葉を吐き捨てながら、
わたしにだけ伝わるように小さく頷いた。
計画通り。この「追放」こそが、わたしを自由にする唯一の道。
「ニーナ、どこへでも好きなところへ行きなさい。
二度とわたくしの目に触れない場所へ」
突き放すような言葉は、彼女なりの精一杯の「行って」というエールだった。
わたしは、涙をこらえて深く頭を下げた。
「ありがとうございます、フェリシアさま」
背を向けて歩き出す。
ざわめく令嬢たちの間を抜けて、わたしはホールを出た。
人目を避けるように回廊を走る。
中庭に面した薄暗い「準備室」へと滑り込んだ。
ここは貴族たちが立ち入ることはない、使用人たちの通路につながる場所。
急いで重苦しいドレスの編み上げを解く。
ああ~なんでこんな細かく紐を通すのよー!
やっとの思いで解けた紐とかさばる布の塊を床に脱ぎ捨てた。
代わりに身に纏ったのは、荷物の中に隠していた古いワンピース。
クローの瞳の色によく似た、深い緑色の布地が、今のわたしにはどんな礼装よりも誇らしい。
広いお屋敷も、綺麗なシャンデリアも、王子さまも、お姫さまも。
あれは夢の世界。
夢は、夢のままで良かった。
わたしの居場所は、ここじゃない。
もう、マナーも、偽りの名も、何もいらない。
わたしは、ニーナ。
ミッカン農家の隣に住んでいた、ただの女の子。
フェリシアさま、エドワードさま、ありがとう。
二人が手伝ってくれたから、わたしはちゃんと自由になれた。
この自由を、絶対に手放さない。
裏門へ向かって、わたしは夜の冷気の中を全力で駆け出した。
クローが、待っていてくれる。
商人さんが、連絡してくれたはずだから。
必ず、待っていてくれる。
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